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カイと猫、静かな日常?
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同盟から一ヶ月後。
屋敷の朝は、相変わらず静かだった。
静かすぎて、逆に落ち着かない。
キアルラは回廊の影で丸くなりながら、じっと中庭を見ていた。
木々は健康。
魔力の歪みなし。
結界も安定。
――問題なし。
だからこそ、胃が痛い。
「……今日も、何も起きてないな」
小声で呟くと、近くの柱にもたれていたカイザラードが、無言で頷いた。
この一ヶ月で、二人の距離は奇妙に縮まった。
言葉は少ない。だが、互いの**“異変に気づく速度”**だけは異様に早くなっている。
アリー――アリセルネは、今日も書斎に引きこもっていた。
読んでいるのは、文字数の少ない児童向けの本。
だがページをめくる速度が、明らかに普通ではない。
「……また、集中しすぎてる」
カイが低く言う。
「触るなよ。止めるのは、最後の最後だ」
「分かってる」
カイは苦笑した。
この一ヶ月で覚えた、“正しい距離”だ。
最初の頃、彼は頻繁にアリーに声をかけていた。
返事は短く、表情も乏しい。
それでも彼女は、決して拒絶しなかった。
それに気づいてから、カイは接し方を変えた。
敬語をやめ、必要以上に構わず、それでいて――目だけは離さない。
「なあ、キアルラ」
「なんだ」
「この屋敷、静かすぎるだろ」
「ああ」
「普通、貴族の屋敷って、もっと騒がしいもんじゃないのか」
キアルラは一瞬考え、そして言った。
「騒がせないようにしてるんだ」
「……やっぱり?」
「魔力が漏れたら終わりだからな」
カイは息を吐いた。
「俺、奴隷だった頃より、今の方が胃が痛いんだけど」
「奇遇だな。聖獣やってた頃より、今の方が胃が痛い」
視線が合い、二人は同時に目を逸らした。
――笑うと、気配が揺れる。
この屋敷では、それすら警戒対象だ。
その時。
書斎の扉が、静かに開いた。
「……カイ」
呼ばれた名前に、彼は即座に反応する。
「どうした?」
アリーは本を胸に抱え、少しだけ首を傾げていた。
「この話、続きを読んでほしい」
それだけ。
だが、カイの眉がわずかに動く。
集中しすぎていた時の“無表情”とは違う。
――今日は、ちゃんと表情が戻ってきている。
「いいよ。中庭で読むか?」
「……うん」
その返事は、ほんの少しだけ柔らかかった。
キアルラはその様子を見て、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
(……この一ヶ月、無駄じゃなかったな)
敵対しない。
守ると決めた。
それだけの関係。
だが今は、守る理由が、少し増えてしまった気がする。
「……カイ」
「何だ?」
「何も起きない日ほど、気を抜くな」
「分かってる。胃が痛いし」
「よし」
二人は同時に、中庭へ向かう小さな背中を見送った。
今日も、何も起きない。
それが、この屋敷でいちばん恐ろしく、いちばん守る価値のある“平穏”だった。
屋敷の朝は、相変わらず静かだった。
静かすぎて、逆に落ち着かない。
キアルラは回廊の影で丸くなりながら、じっと中庭を見ていた。
木々は健康。
魔力の歪みなし。
結界も安定。
――問題なし。
だからこそ、胃が痛い。
「……今日も、何も起きてないな」
小声で呟くと、近くの柱にもたれていたカイザラードが、無言で頷いた。
この一ヶ月で、二人の距離は奇妙に縮まった。
言葉は少ない。だが、互いの**“異変に気づく速度”**だけは異様に早くなっている。
アリー――アリセルネは、今日も書斎に引きこもっていた。
読んでいるのは、文字数の少ない児童向けの本。
だがページをめくる速度が、明らかに普通ではない。
「……また、集中しすぎてる」
カイが低く言う。
「触るなよ。止めるのは、最後の最後だ」
「分かってる」
カイは苦笑した。
この一ヶ月で覚えた、“正しい距離”だ。
最初の頃、彼は頻繁にアリーに声をかけていた。
返事は短く、表情も乏しい。
それでも彼女は、決して拒絶しなかった。
それに気づいてから、カイは接し方を変えた。
敬語をやめ、必要以上に構わず、それでいて――目だけは離さない。
「なあ、キアルラ」
「なんだ」
「この屋敷、静かすぎるだろ」
「ああ」
「普通、貴族の屋敷って、もっと騒がしいもんじゃないのか」
キアルラは一瞬考え、そして言った。
「騒がせないようにしてるんだ」
「……やっぱり?」
「魔力が漏れたら終わりだからな」
カイは息を吐いた。
「俺、奴隷だった頃より、今の方が胃が痛いんだけど」
「奇遇だな。聖獣やってた頃より、今の方が胃が痛い」
視線が合い、二人は同時に目を逸らした。
――笑うと、気配が揺れる。
この屋敷では、それすら警戒対象だ。
その時。
書斎の扉が、静かに開いた。
「……カイ」
呼ばれた名前に、彼は即座に反応する。
「どうした?」
アリーは本を胸に抱え、少しだけ首を傾げていた。
「この話、続きを読んでほしい」
それだけ。
だが、カイの眉がわずかに動く。
集中しすぎていた時の“無表情”とは違う。
――今日は、ちゃんと表情が戻ってきている。
「いいよ。中庭で読むか?」
「……うん」
その返事は、ほんの少しだけ柔らかかった。
キアルラはその様子を見て、胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
(……この一ヶ月、無駄じゃなかったな)
敵対しない。
守ると決めた。
それだけの関係。
だが今は、守る理由が、少し増えてしまった気がする。
「……カイ」
「何だ?」
「何も起きない日ほど、気を抜くな」
「分かってる。胃が痛いし」
「よし」
二人は同時に、中庭へ向かう小さな背中を見送った。
今日も、何も起きない。
それが、この屋敷でいちばん恐ろしく、いちばん守る価値のある“平穏”だった。
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