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本編

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豪華な料理にチリ一つ落ちていなさそうなまさにVIPの来る超高級ホテルを思わせる広い広い部屋に貴族と呼ばれる者達はこれが普通の部屋だと言わんばかりの表情をしながら談笑を楽しんでいる。
そんな中、見事な衣装に身を包んだ数人の若い青年や少年達が一箇所に集まるという異様な光景が広がっていた。
彼らの中心にはこちらも見事な衣装に身を包んだ美の付く少女がいた、その正体はユージンである。しかし、もともとは良く整った顔立ちをしているので女装していてもあまり可笑しくはなかった、それどころかその会場に居合わせた他の貴族の令嬢達はユージンの美しさに嫉妬の視線を向けるほどだった。そして、違和感を感じさせない一番の理由はその声である、秘密は首から下げたペンダントそれにはとても小さくなった聖剣が吊るされていた。この聖剣の魔法を使って声色を一時的に変えることができた。胸は見せかけのためにセリカ自作の胸パッドが入っている、ちゃんと揺れるので本物と大差ない。
着用する時は勇気がいるのだが...

「お名前をお聞かせください!」
「どこのお家の方ですか?」
「あちらでお話でも...」
「私と踊っては頂けませんでしょうか?」

男達の必死さはユージンにトラウマを呼び起こさせた。初めてこの女装を見せた時のマリア達の反応である。
今すぐこの場を抜け出したかった、同じ性別の者が鼻息を荒くし、じりじりと近寄ってくるのだ、男達同様にユージンも必死で笑顔を振りまいて断りの言葉を片端からかけていく。

「申し訳ございません、わたくし男性との交際経験はございませんの。」

さっきから何度目だろう、と考えながら貴族出身のセリカにならった断りの言葉を呪文のように言われた通り笑顔で応えていく。ふと、一人の少年と目が合った、彼はどうせ自分等相手にしてもらえないだろうと思っているのだろうか、ユージンに興味の視線は向けても近づいて来ようとはしなかった。

「(あんたも男になんか興味ないだろ?でもごめんな、仕事で言われてるんだ、できるだけ会場の男達の興味を引かせろってな。)」

目を合わせたまま顔を少年へ、手で口元を隠すように小首をかしげながら笑顔を向ける。
これもセリカから教えてもらった上品な堕としテクである。この仕草一つで興味のなかった男でもすぐにハイエナの様に近づいてくるという。

「(うわー、本当にハイエナみたいに来たよ。)」

自分に興味があるんだと勘違いした男はユージンを囲んでいた男達の中へ混ざっていった。

「申し訳ございません、皆様ともっとお話したいのですが...」
「そ、そんな!」
「どちらに行かれるのですか?!」

本当に面倒くさいな、と心の中で叫びながら丁寧に男達を相手していく。
どうして自分がこんな目にと思いながらつい先日の会話を思い出していた。

◆◇◆

「え、武闘会?闘ったりするやつ?」
「違うわい舞踏会じゃ。」
「なんでそんなものに出なきゃ行けないんだよ...」
「いい?今回の舞踏会は普段貴族達がやっているのとは違ってとても大きいのよ。」
「良くそんな事しってるな、セリカ。」
「私、元貴族出身だしね。」
「そうだったのか。」
「んで、その舞踏会で何をしろって?」
「今回はほとんどの貴族が出るほど大きい舞踏会だから」
「なるほど、つまり犯人が出てくる可能性も充分あるな。」
「そう。そして、一番の目的はユージンを狙わせるってことだからユージンにはその舞踏会で凄く目立って貰わなくちゃいけないわけ。」
「その舞踏会とやらはいつあるんだよ」
「3日後」
「早っ!!」
「こっちはこっちで色々と準備するから、ユージンはしっかり自分を売り込んで来てね!」

◆◇◆

『ユージンさん?どうしますか?』

ペンダントからカエサルの声が聞こえる。ユージンは表情を崩さず小声で答えた。

「とりあえずこの中からすごい金持ちそうな人を見つけてその人と話でも...」

そんな中目の前の青年達を見てユージンは改めて気づいた。全員同じ様な高い服に身を包んだ者達ばかりだということに。

「区別がわからん。」

その時、会場がユージン達以外の場所で盛り上がった。談笑を楽しんでいた貴族も話すのを止め、入り口の扉を凝視している。
誰かくるのだろうかと思ったユージンは先程まで鼻息を荒くしていた青年の一人に話しかけた。

「あの...」
「は、はい!!なんでしょうか?!」
「どなたかいらっしゃるのでしょうか?」
「ご存知ないのですか?今晩のこの舞踏会にはあるゲストが招かれているんですよ。」
「ゲスト、ですか?」

ユージンとその青年の会話を聞いていたのか、また隣の青年が話をしてきた。

「ええ、そのゲストの方なのですが、どうやら二代目勇者様だとか...」
「なっ?!...ゴホン!二代目勇者様ですか...」
「ええ、しかし私達が生まれてくる前に初代勇者様はお亡くなりになられたので勇者という者がどのような存在かは存じ上げておりませんが...」
「なんでもこの前のガリア国とのいざこざも納められたとか。」
「確かローマ皇王様ともお知り合いだとの事で。」
「......」

視線を落として様々な考えを片端から当てはめてみる。
新しい勇者?二人の勇者?違う、自分が勇者なのだから後の考えられる可能性は...

『偽物、ですな。』
「そう、だよな?」
『勇者の証=聖剣、つまり私を持っていない限りその者がいくら勇者と言っても自称にしかすぎませんからな。なにか気になることでも?』
「俺の他にも勇者が現れたかと思ってな。」
『有り得ませんな...』
「まあ、そうだろうな。」
『いかが致しますか?』
「放っておく。」
『良いんですか?』
「まあ、今はな、仕事に集中しないと。
でも一応じーさんには報告しておくか...カエサル、《メッセージ》」

右手を手に当てるとノイズが頭に直接流れ込むように聞こえてくる。この魔法は昨日緊急時の通信用のためにマリアから教えてもらったもので、どんなに離れていても対象の人物と会話を行うことが可能になるという優れものだ。聖剣のおかげでかなりの時間をかけて習得するところを短時間で使用出来るようになった。
しばらくしてハンセンの声が聞こえてくる。

『どうしたんじゃ。』
「会場が騒がしくなってきてな、二代目勇者様が来るらしい。」
『勇者、のぅ...』
「どうする?」
『ともかく接触する他ないじゃろう。犯人の狙いも勇者に移る可能性がある。』
「でも、勇者なんか狙ってもシェールスギルドの奴らには利益がないんじゃないか?」
『どちらにせよ勇者をなんとかせんとその会場では身動きできんじゃろう?それに勇者ともなればなにか大きな繋がりがあるんじゃないか?』

ユージンは先程青年達とした会話を思い出していた。

「あ、ローマ皇王...」
『そういう事じゃ。』
「分かったよ、接触すりゃいいんだな?」
『護衛もな。まあ、勇者には必要ないと思うがのぅ。何かあれば外で待機しているガディ達を呼ぼう。』
「了解した。」

メッセージの魔法が切れると同時に入り口の扉が開いて三つの影が入ってきた。入ってきたのは男、そして左右には真ん中の男性とは不釣り合いな美女が二人腕を組むように入ってきた。三十代前半の太っていて髪は茶色に染め、横は短く刈り上げている。

「あ、あれが、に、偽物...」

ユージンは入ってきた勇者を唖然と眺めていた。その視線に気がついたのか、偽勇者はユージンを見るなりおおっと声を上げ、真っ直ぐこちらに近づいてくる。
道を開けるために群がっていた青年達はどんどん横に流れていった。
ユージンもその流れに沿って端に行きたかった。
目の前まで近くに来た偽勇者はユージンをジロジロと見つめて納得したように頷く、目は大好物の食べ物を目の前に出された子供の様にトロンとしていてなんとも言えない気持ち悪さがあった。

「そなた名は?」
「わたくしでございますか?」
「そなたしかおらんだろう?」
「お初にお目に掛かります勇者様、わたくしユー...」

ジンと言いかけて焦って考え直す、もしかしたら自分の名前を知っている人物がいるかもしれない、その前にユージンというのは男性の名前ではないか、と。

「...ユ、ユリスにございます。」
「ほう、ユリスか大変可愛らしい名ではないか。」
「恐縮でございます。」
「ユリスよ、あちらで私と話でもどうだね?」
「光栄ですわ、勇者様と同じお席につけるとは。是非、お願い致します。」

偽勇者は笑顔になってユージンの手を握ったまま早足で席に移動した。

「さあ、席に座りたまえユリス。」
「では、失礼致します。そういえばまだ勇者様のお名前をお聞きしておりませんわ。」
「ああ、私はジーニスという者だ。」
「(偽物じゃねーか!!)ジーニス様ですか...大変お強そうなお名前でございますね?」
「そうか?」

しばらく会話が途切れてしまい、何を話したら良いのかわからなくなったユージンはジーニスの膝に座っている二人の美女を見た。目は虚ろだが、頬を赤らめて笑顔である。

『どうやら、魔法《魅了(チャーム)》のようですね』

視線の先に気づいたのかペンダントから直接脳に話しているので周りに聞こえないはずだが耳元で囁かれるような感覚がした。

「おモテになられるのですね...」
「ああ...しかし、ユリス程美しい女は見たことがない。」
「ご冗談を、お世辞がお上手ですわ。」
「これは、本音だ。どうだ?私の妃になっては?」

いきなりの事で頭が混乱してしまった。

「(え?!それ、結婚って事ですよね?!今日会ったのにプロポーズすんの?!隣に美女いるし!わからんわー、貴族わからんわー!まず、男の俺じゃなくてもこいつとは結婚したくねぇと思う!)」

その時、メッセージを知らせる音が脳内に響いた。

「申し訳ございません、わたくし少々お手洗いに行かせて頂きますわ。その後またお話出来ますでしょうか?」
「ああ、構わないとも。」
「ありがとうございます、失礼致します。」

席を立って一度ジーニスから距離を置く。そしてメッセージを受ける。

『おう、今大丈夫かのぅ?』
「ん?あぁ、まあ大丈夫だ。しかし、なんだありゃ絶対勇者じゃねーぞ。」
『大変なんじゃ。その男の側近の女なんじゃがな、貴族の令嬢なんじゃよ。』
「ああ、チャームとか言う魔法使ってたな。」
『流石に気づいたか、その男、貴族の気に入った女に魅了の魔法をかけて自分の女にしたり飽きた女は闇市で売り飛ばす等しておるらしい。』
「ああ?そんなことしたらその家の親が黙ってないだろう?」
『黙らせたんじゃよ、権力と財力でな。貴族としての権限を娘と一緒に奪い取って行くらしい。』
「くそ野郎だったか...で、どうすりゃ良い?あんな魔法解くぐらい簡単だけどよ。」
『むぅ、しかし一人二人の話ではないのじゃそんな数の娘の面倒を誰が...いくらギルドとて無理じゃよ。』
「じゃあ俺がみる。」
『はぁ!?正気か?無理じゃろう?!』
「俺実は領主なんだよねロウデンタークって街の。」
『あの、奴隷しかいない街のか!初耳じゃな...分かった、好きにせい...ただし、仕事が終わった後じゃ。』
「了解だぜ。」
『お前さんまでチャームに引っかかるでないぞ?!』
「俺、精神支配対策は完璧だから安心しろって。しかも、男だし。」
『では、その男を捕まえる証拠を掴んでくれ。』
「OK」
『それと、本来の仕事の方もな』
「わーってるって」
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