サイコ島

Yapa

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第1話 姫夜島

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「はい!お兄ちゃん、ヒメアゲハつかまえたよ!あげる!」



「ええっ!マジで!?」




ヒメアゲハは姫夜島にのみ生息する蝶で、当時のボクのアイドルだった。警戒心の強い蝶でめったに捕らえることはできない。




「それをわずか6歳の女の子が捕まえるとは…揚羽は天才か!?」




ボクは桐生揚羽を持ち上げて頬ずりしてやる。




「うきゃー!うひゃひゃひゃ!」




猿みたいな声をあげて喜ぶ揚羽。




「かわいいな~!揚羽もピン止めしちゃおうかな~?」



「それってお嫁さんにしてくれるってこと?」



「んあ?」




なぜ昆虫標本にされることがお嫁さんに結びつくのかわからない。




「だって、それってずっと大切にしてくれるってことでしょ?」



「ん?まあ、そうだな…」




たしかにボクは作った昆虫標本をどれも大事に保管している。




「じゃあいいよ!ピン止めして!」



「ぷっ」



「あ~、なんで笑うの~?」



「まったく、揚羽はおしゃまさんだな~」



「大介お兄ちゃんだってまだ子供でしょ?高校生はまだ子供だってお父さん言ってたもん!」



「そうだな~。じゃあ、揚羽が大きくなったらお嫁さんにしちゃうか?」



「うん!」



「ついでにピン止めもしてやろう」



「うん!」




意味も分からず揚羽は笑った。



ボクは指先でジタバタと暴れているヒメアゲハの蠕動を感じていた。







姫夜島。港。晴天。




「あ~、君が烏丸大介君かね?」




しゃがんでいるところを背後から声をかけられた。




「はい。善光寺さんですか?わざわざ出迎えに来ていただいてありがとうございます」




ボクは立ち上がり、先輩警官である善光寺光男巡査長に敬礼した。




「ああ、いいよいいよ。そんなにかたっ苦しくしないで。気楽に行こう。どうせ二人しかいないんだからね」



南国特有のゆるい笑顔で善光寺さんは言う。なかなか気安い人だと思う。



二人しかいないというのは、この姫夜島には二人の警官しか配属されていないということだ。



ボクは新しく交代で配属されたということになる。




「なにをしていたんだい?」



「ああ、いつの間にか肩にテントウムシがついていまして。逃がしていたところです」



「はは、やさしいんだね」



「虫が好きなんです」








「昔、この島に住んでたんだって?」



「はい。16歳まで住んでました」



「へぇ、今は…?」



「26歳です。だから、10年ぶりですね」



「へえ、おれは2年前に配属になったんだが、どうだい?この島は変わったかい?」



「ん~、どうでしょう?港はちょっと綺麗になってた気もしますが、まだわからないですね」



「そうだな。今度飲みにいこう。未成年の時には入れなかった店に案内しちゃる」



「はは、こわいな~」




パトカーで寮に向かう道中、他愛もない世間話をしていた。



ふと視界の隅に奇妙なものが映った。



急に全裸の中年が現れたのだ。しかも二人。男の方が女の方をおんぶしていた。



あまりにもいきなりな異常事態に目の錯覚かと思ったが、目を擦ってもそれらはいた。ひょこひょこ歩いている。



「え?え?」



驚いたことに、善光寺さんはパトカーを止めようとしなかった。




「…止めないんですか?」




聞くと、それまで常に柔和な顔つきだったのが能面のような顔になった。




「民事不介入だから」




…そういう問題だろうか?



久しぶりに住むことになったこの島には何か異変が起こっているのかもしれない。



バックミラーに遠ざかる全裸おんぶ中年男女の姿を見てボクはそう思った。







翌日、非番なので幼馴染の揚羽の家に行ってみた。



あのおしゃまさんは元気だろうか?覚えているだろうか?



ヒメアゲハをくれた美しい思い出はよみがえる。




「全部脱いで正座しろっ!」




しかし、揚羽の家から聞こえてきたのはずいぶんと不穏な怒声だった。



ボクは生垣の隙間から中を覗き込んだ。





(な、なんだこりゃ!?)





昨日見た全裸おんぶの中年男女が、一目瞭然の輩たちに囲まれて庭で正座させられていた。今まさに服を脱ぎ、全裸が完了したところだった。





(どこかで見覚えがあると思ったが、やはり揚羽の両親だったか…!)





揚羽の両親たちは高圧洗浄機でいたぶられはじめた。



夫は妻を守ろうと覆いかぶさるが、水圧がキリキリ上げられて弾かれる。



それが何度も繰り返され、夫が転げる度に輩たちは爆笑していた。





「痛い痛い」




妻が悲痛な叫びをあげるから、夫はヘトヘトになりながらも何度も守ろうと立ち上がり、その都度弾かれていた。




ボクはあんまりな光景に顔を手で覆うしかできなかった。





考えることはいくつもあった。



特に昨日の善光寺さんの言動が気になる。



あの輩どもは一体…?善光寺さんと関係しているのか…?



ボクは家の周りをグルっと回った。



敵のことを知らなければならなかった。



明らかに輩どもは、馴染んでいる。



今、この場限りのことではない。



輩共はこの家に、もしかしたらこの島に相当長く巣食っているのではないか…?



だとしたら揚羽は一体…?



家の裏に行くと、海っぺりの崖が見えた。



そこに制服を着た女の子がたたずんでいるのが見えた。



遠くからでもわかる。



長い髪を風になびかせているその少女は、桐生揚羽、ボクの幼なじみだった。
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