あなたがくれた痛みなんていりません

Yapa

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『実は良い人』幻想

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「良かった。じゃあ、遠慮なく言わせてもらうけどね」

「え?」
 
思わぬ展開にあたしは顔を上げた。

「心配かけたからってビンタしてくる方も、ビンタされてあたしが悪いなんていうのも時代錯誤だよ。気になってたんだけど、玻璃って明くんと付き合い出してから元気なくなったよね。それを女の子らしくなったって言う人もいるのかもしれないけど、それだって時代錯誤だと思うな。あなたの取り柄はむやみに元気なとこでしょ?」

「な、な……!」
 
むやみに元気と思われていたのかというショックもあり、あたしの口からはうまく言葉が出てこなかった。
 
その隙に、結家くんはさらに言葉を重ねた。

「まあ、時代に合わせることが正しいとは限らないけど、彼氏の話をしているのに、玻璃はツラそうだ。玻璃は幸せなの?別れちゃえばいいのに」

「い、いや、たしかにグチったけど、やっぱり向こうは心配してくれてるわけで、ビンタしても、それはあたしのことを本当は想ってくれてるからで……」

「はあ……」

「!」

結家くんはため息をついた。あからさまに呆れていた。

「玻璃はなぜか人の内面を勝手に想像して、『本当は』自分のことを想ってくれてるからとか言うよね。『実は良い人』幻想とでも言うのかな?そんなものはさ、物語を盛り上げるために作られた都合のいい嘘っぱちの人間観でしかないよ。実は良い人なんて本当にはいやしないんだから、そんなものを信じてると不幸になるよ」
 
あたしはあまりの言われようにさすがにカチンと来た。これではあたしがなにも知らない愚かな夢見る少女のようではないか。

「はあ?表面的な言葉だけでいったい人のなにがわかるって言うの?浅くない?」

「人間なんて浅いものだよ。深いと思い込みたいから、深くなるんだよ」

「浅いと思い込んでたら幸せになれるっていうの?ずいぶん薄っぺらい幸福だこと!」
 
あたしは挑むように皮肉を言ってやった。きっとあたしの顔はひどく捻じくれていたことだろう。こんな顔を結家くんに見せることになるとは。
 
結家くんはそれでもまっすぐにあたしの瞳を見つめて、さらりと言った。

「あなた自身を嫌いにさせる彼氏なんて最低だよ。もしも俺が玻璃の彼氏なら、自己嫌悪になんか絶対させない」

「は?はあ?なに言って……!」

「おっはよー!」
 
友人の萩子が勢いよく教室のドアを開けて入って来た。いつもならここであたしと結家くんのおしゃべりは終わりだが、今日はそういうわけにはいかなかった。
 
というか、あたしがさせなかった。

「なに?どういう意味?」

「言葉通りの意味だけど」

「おっはよー!」

「言葉通りの意味ってなに?」

「お得意の想像力を働かせてよ」

「おっはよー!」

「はあ?想像するなって言ったり、想像しろって言ったり、結家くんはいったい何様なの?」

「べつに何様でもないよ。ただ友人が心配しておせっかいな忠告をしただけだよ」

「おっはよー!」

「あら?他人の心配を引き受けてやる必要はないってさっき言ってたじゃないの。それなのにあなたの心配は引き受けなきゃいけないわけ?」

「個人的なふたりの関係の場合は、心配を引き受けてくれるんでしょ?だから確認とったじゃない。要らなきゃ受け取り拒否はご自由に」
 
小面憎い!ああ言えばこう言うとはこのことだ!

あたしは初めて知る結家くんの一面にびっくりするやらむかっ腹が立つやらで混乱した。

「おっはよー!」
 
だから、しつこくあいさつしてくる萩子にまでイライラが募って、つい睨みつけてしまう。萩子も萩子だ。いつもはあたしと違って空気を読むのに長けた人なのに、なんで今日に限って……。
 
見ると、萩子は今にも泣きべそをかきそうな顔をしていた。けれど、それはあたしに睨まれたからではなくて、気まずそうな視線を追っていくと、教室のドアの前に明が悄然と立っているのであった。
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