白魔道師と龍の獣道 ~二匹の魔物が形見をお届けします~

世見人 白図 (ヨミヒト シラズ)

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1章 死神の白魔法

11 懐中道標

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”トリル・サンダラ”の地質調査員の娘サニアと再び彼女の住んでいた町に戻り、オアシスへ向かい”トリル・サンダラ”から抜ける迄の間に最低限必要な物を揃える為、オアシスへ向かう途中から少し外れ、再び町に足を踏み入れていた。

「これでよし。さあ行こうサニアちゃん」
「馴れ馴れしいぞ」
「失礼しました」

正直この子の住んでいたこの町へ踏み入れるのは、彼女のことを思うとあまり立ち寄るべきでは無いのだろうが、荷物を一つとして持っていなかった彼女をそのまま連れ回すのも無理がある。
町で荷物や道具を調達し用意する中、町を歩きかつて栄えていたであろう町の廃れ朽ちた姿が広がる中。彼女はそれでも飄々としていた。

「町の人、無事でいると良いね」

強がっているのだろうと感じ、少し気になり声をかけるも暇そうにし適当な返事であしらわれる。
いつしか父親の事も話さなければならない。知っているにしても知らないにしても、身内の訃報を言うのはいまだに心苦しくどう伝えるのが正解なのか未だ分からない。

「あのねサニアさん・・・。実は私お父さんの日誌を預かってるの」
「ん?そうか、どこにあった」
「机の上ともう一つはあなたのお父さんが抱き抱えていて・・・、亡くなられていたの」

そうこの本は私達がこの町にある彼女の家で見つけたもの、そして私達がこの場所から離れるときにローライ君が持ってきていたのだ。
それはここに来る前、彼女サニアとの話し合いをしていた数時間ほど前の事。

____________________________________________________


「俺は足手纏いか?」

ローライは少し苛立ちを見せ言った。その目は少し悲しげにも見えた。

「違うよ、けどこれ以上あなたを危険な巻き込むわけにはいかない」
「それを言えばお前もまともに戦える程万全じゃないだろ、死にかけのクセに」
「分かってる。けど彼女を放って行くのも出来ないし、犠牲も増やしたくない。だからローライ君には近くの町で救援を呼んで欲しい」

彼は黙りしばらく考えた後に渋々と頷いた。

「あの女の言う事はおそらく正しい。あの町で一度探知魔法を使った時に売店を見つけたけど、砂に埋まっていた小さな道具や武器は探知出来なかった・・・。だけど今話を聞いても正直怪しい」
「私もそう思う。何か嫌な予感はする、罠かもしれない。ここからまたオアシスに向かうと龍に出会した時、今度こそ逃げられない・・・」
「なんでそう思うのにお前は行くんだ?」
「それでも私はあの子があの町の生き残りなら生きて帰して町の人と再会させてあげたい。例え罠でも、もしかしたらなんらかの呪いであの龍に脅されているのかもしれない、放って置けない。それにあの子は探しているリュックについても知っていたし場所も分かるって言ってるなら、もしかしたら遺品を持ち帰る事が出来るかも知れない」

彼は再び黙った。私は上手く人を突き放すような良い言葉が見つからない。心を鬼にしてでも言うべきだ「お前は役立たずだ、もう用はない」、なんて思ってもいないことも言えない。きっとすぐバレる嘘だと思う。
それに散々に言われてきた言葉だから分かる、どれだけ傷付くか。

「お前、その体で何が出来んだよ・・・」
「大丈夫」
「大丈夫な訳ねえだろ。お前が行くなら俺も行く、これは俺の仕事でもある」
「それはダメ、私はあなたを生きて帰したい。お願い、私の言う事を聞いて」

彼は悔しそうに下唇を噛み締め、両手は硬く拳を作り俯く。その様子だけでどれだけ悔しいのかよく分かる。それは私も嫌という程知っている。けれどそれでも同行させる訳には行かなかった。

「ローライ君にはローライ君の役割がある。ここを無事に出て近くの街へ着いたら救援を呼んで。それが今あなたが出来る最善の役割なの」

彼は返事をしなかった。しかし私はこれだけは分かっている。

「頼りにしてるよ、ローライ君」

かつてラックやムジークに言われた言葉。この言葉にどれだけ勇気付けられたか知っている。
彼は拳を解き顔を上げ私の顔を見た。

「分かった」
「ありがとう。短い間だったけどあなたとの旅。楽しかった」
「まるで今生の別みたいな言葉だな。死ぬなよ、カペラ」
「分かった。あとは任せたよローライ君」

ローライは何かを思い出したかの様にリュックに手を入れ一 2冊の本を取り出し私に手渡してきた。それは地質調査員の書いた日誌と血で汚れた本だった。

「持ってきてたの?」
「出る時に一応な、でもまあ持ち主の娘が現れたんだ。返してやってくれ」

本を受け取りそれからは二人、共に背を向けお互いに反対の方向へ歩いた。彼は"トリル・サンダラ"を抜けた街まで。私はサニアと共にオアシスへ。
腕を組み待つサニアはどこか楽しげな様に見える。

「あのガキは立ち去らせるのか?まあ懸命な判断だな」
「今からオアシスまで急いでも日は暮れる。だからもう一度あなたの住んでいた町に戻ろう」
「行ってどうする?」
「私はともかく、あなた荷物何も持ってないでしょ?せめてここを出るまでの食料は揃えよう。じゃないとまたあなた行き倒れちゃうよ?」
「成程な、分かった」

____________________________________________________

サニアにリュックを手渡す際、その2冊の本も入れている事を伝える。彼女は「分かった」と一言言いそれからは特に何の反応も無くそのリュックを背負い歩き出した。

「あの・・・サニアさん」
「なんだ?」
「その本大切にね。その本に、お父さんあなたのこと心配してたり、あなたの事を書いてたりしてたからきっと本当にあなたの事を愛してたんだと思う」

それを聞くとサニアは鼻で軽く笑い「どうだかな」と言う。
仲が悪かったのだろうか、それでもお父さんが彼女についてどんな思いだったのか、その欠片程の思いが綴られていると感じた。

「さて、では行こうか・・・魔獣よ」
「カペラです」

彼女は先頭に町を抜け2人オアシスへと再び向かうのだった。
日は落ちかけ、薄暗くなる頃の事だった。
形を成しては動き出し崩れいく"砂上の夢"は日を増す事にその日に目撃する回数が多くなっていく、その異常な光景にどこか不気味に感じ始めていた頃。
それまでのまともな会話を一切しなかった彼女が口を開いた。

「お前、龍と出会したのか?」

唐突な質問に咄嗟に答えが出せなかった。けれど静かに彼女は答えを待つように後方を歩く私に視線を送っていた事に少し意図を感じる。

「会った、直接戦う羽目になっちゃって、命からがらなんとか逃げてきたよ」
「お前達、隠れる術を知らなかったよな?」
「うん、まあ色々あって相手が身動き取れない所で走って逃げたって感じかな」
「倒したのか?どうやって?」
「倒したというより、怯ませれたって感じかな。知り合いのくれた魔道具と"砂上の夢"のおかげなんだけど・・・。どうしてそんな事を?」
「なに、隠れる術も知らずに良く龍から逃げれた事に不思議に思ってな。ただ歩くのも暇になってきた」

町を出てから、早数時間が経つ。その間に全くと言って良いほどに彼女と二人会話もなかった。ローライは”トリル・サンダラ”を抜け、町へついたのだろうか?どこのタイミングで野宿をしようか、龍が見当たらないのは本当に海の向こうへと行ってしまったのか等、色々とその間考え事をしていた。
そしていくつか、彼女サニアについても考えていたが、会話が途切れぬ今、それを聞くチャンスである。

「そっか。私からの質問良い?」
「いいぞ、嘘を言うかも知れんがな」
「あなた、私のペンダントを見て同じ模様が刺繍されたリュックを見たって言ったよね?」
「ああ、それが質問か?」
「それはいつ?」
「砂漠でだな、オアシスから離れる時に砂に隠れる為に穴を掘っていたら出てきたんだ。ついでだからオアシスの中に投げ込んだからな。盗賊にでも見つからない限り荷物の移動はないだろう」

成程、オアシスの水に入れれば"砂上の夢"でオアシスが埋まる可能性はあっても物自体は水の中、移動は無いという事なのか。

「”リオラ”さんは私と同業なの、だから彼の荷物は恐らく必要最低限の食料があったはずだけど、それは取らなかったの」
「もちろん頂いた、餓死したくないからな」
「リュックを持って移動せず食料だけ?」
「そうだが?荷物を全て持っていたら邪魔だと思ってな」
「いつから町を離れたの?町の人となんで一緒じゃないの」
「"砂上の夢"に巻き込まれてはぐれたんだ」
「いつ頃町を離れたの?」
「おい、質問が多いぞ」

私は歩みを止めた。すると彼女も足を止め不服そうに振り返りこちらを睨んだ。

「最初に会った時。なんで私達を追って来ていたのか聞けてなかったよね?」
「そうだな」
「これだけ答えて、なんで私達を追っていたのか」
「食料が尽きて、恵んで貰おうとしていた。それでお前達の落とした食料を頂いてああなった」
「声もかけず、走る素振りもなく?」
「もう体力もなかったからな、それに走っていけば逃げるだろう?」
「じゃあなんで、わざわざオアシスからあそこまで向かう道中に見えていたはずの町へ行かなかったの?」
「大した物ももうないと勝手に思ってな、立ち寄らなかった」
「じゃああなたは町の様子も人もその行方も、いつみんなが逃げ出して。どうなっているかも知らず、わざわざ”トリル・サンダラ”から離れた近隣の町へ向かわず、そこから人が最も遠いオアシスの方へ行ったの?」
「忘れ物をしたといったろ?」
「町から痕跡が途絶えたのは約2週間前、その間ずっと?」

彼女はついに黙り、冷たい目へと変わる。

「口数が多いな、腹立たしい。不愉快だ」
「あなたは何者なの?私をオアシスまで連れてどうするつもり?何が目的なの?」
「黙れ」

その一言だけで、彼女の一喝に少し気圧された。それ程までに彼女から伝わる強い気迫を感じた。
それは一瞬の事だった。
彼女は深くため息をつき頭をガシガシとかく姿はさっきの気迫は嘘みたいに無くしていた。

「質問が多い。では俺があのオアシスに行くまでの話を順序良く話せば良いか?」
「え?」

随分とあっさりとした答えに少し驚いた。殺意にも似たそれを見せたあの言葉や気迫は一体なんだったのか不思議に思う程に。

「だが嘘を言うかもだが」
「辻褄が合わなければまた質問するよ?」
「それは面倒だな・・・」
「別に彼含め私もあなたに危害を加える気は最初から無いの」
「毒物を入れて倒れている俺をそのまま襲わなかった時点で分かっている」
「じゃあ教えてくれる?何があったのか最初から」

彼女は面倒くさそうな顔をし、オアシスのある方へと再び歩き出し言う。

「オアシスに着いたら教えてやる」
「まだ歩くの?もう夜だし今日は休もう。まだ先はあるから今から直ぐに休んで早朝行こう」
「そんなに悠長にしてていいのか?」
「本当は出来ないけど、実は私前々日に大きなダメージ負っちゃって。正直そろそろ限界なんだ」

彼女は鼻で笑い立ち止まり荷物をその場に置き支度を始めた。

「随分と頼りないやつだ。そんな奴に背中を任せていたのか」
「ごめんなさい、でも囮くらいにはなるから」

そうしてその日は、火を起こさず簡単な食事を済ませつつテントも張らず、寝袋に包まり夜を過ごすのだった。
私はサニアが眠った事を確認した後、浅くだが眠りについた。その日、終始警戒し神経をすり減らしながら動いてた為とても疲れはしたものの、未だ拭い切れない彼女への不信感は熟睡する事を許さなかった。
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