幸福についてのジレンマ

おつきさま。

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幸福についてのジレンマ

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幸福になれないと知りながら、それでも互いに手放すことができずにずるずると関係を続けてきたのは、それが確かに恋だったから。
あと一歩、あと一言、たった一つのなにかがあればいとも簡単に終わるほどこの関係は脆いとわかっているのに、なぜかその一歩、その一言を繋ぐ手を離せなかった。
二人の間に残った愛の残滓のような執着が、それでもちゃんと、愛だったから。



幸福についてのジレンマ





俺が御坂昭乃を認識したのは高一の春だ。
クラスが同じだった。
入学して最初の自己紹介、名前と出身中学となにか一言。

「えーと、納豆は中粒がすきです。よろしくお願いします」

そんなありふれた形式の自己紹介で、御坂昭乃はそう言った。

(うわーアホっぽそう)

それが、御坂昭乃の第一印象。

32人。俺を除けば31人の自己紹介の中で、御坂昭乃よりも目立つ自己紹介をしたやつなんていくらでもいたのに、その自己紹介だけがやけに記憶に残ったのは、俺が納豆は小粒派だったからかもしれない。



 

同じクラスにいながら連む人間はまるで違い、入学から半年近く経っても俺と御坂が関わることはなかった。
昔からなぜか見た目も行動も派手な奴らが周りに集まりやすい俺と、わかりやすく目立つわけでもなく、かと言って地味なわけでもないまさに普通の男子高校生グループの中にいる御坂とでは交わるわけがなかった。
ただ、同じ教室にいる以上視界には入る。
視界の端に映る御坂はいつも楽しそうに笑っていた。
友達と話す時、ご飯がうまい時、おもしろい話をしてる時。
わかりやすくシンプルに、感情のままに笑っていた。
まるで子供みたいだった。
かと思えば、急にむくれて見せたり、焦ったり困ったり泣きそうになったりもする。
くるくるくるくる、目まぐるしく変わる表情は面白いくらい感情をそのまま表していて、俺は気付けば御坂昭乃という男をよく目で追うようになった。
話しかけてみようかと考えて、でもまあこのまま見てるぐらいが丁度いいかという答えに落ち着く。
だから自販機のボタンを勝手に押したのは、ただの気まぐれだ。
実際に話してみた御坂は第一印象のまま、やっぱりアホそうだった。
ていうか多分、アホなんだろう。



それからしばらくして、席替えで俺は御坂の前の席になった。
ある日思いつきで後ろに回すプリントに不細工なウサギを落書きしてから渡すと、背中から伝わる気配だけで御坂の動揺が伝わってきて、それが死ぬほど面白かった。
癖になってそれからは毎回後ろに回すプリントにくだらないイタズラをした。
あまりにくだらないそれをいい加減無視してもいいのに御坂は毎回律儀にツッコんで、形だけ怒ったふりをして、結局いつも最後には楽しそうに笑っていた。
御坂との時間は穏やかで、柔らかくて、昼下がりの微睡みのように心地いい。
こんな時間が永遠に続けばいいのに。
ずっと、こいつの隣にいられたらいいのに。
御坂が笑う度に、そんなことを思った。



とある冬の日、昇降口を出ると雪が降っていた。
濡れるのが好きな御坂は俺に傘を貸すと言った。
他人の傘で自分だけ悠々と帰れるわけないのに、ほんと馬鹿。
俺は御坂の手から傘を奪い取って雪の中へ飛び出した。
御坂が次にどんな表情をするのか知りたくて、俺はいつも意味のないことばかりした。
これだってそう。
あんまり離れるとほんとに御坂が濡れるから俺はすぐそばの電灯の下で足を止めた。
振り返ると俺を追いかけてきた御坂と目が合った。
色の薄い俺の目とは全然違う、真っ黒に澄み切った御坂の目。
この目にじっと見つめられると、おかしな気分にさせられる。
逸らせない、と強く思う。
多分その時、世界には俺たち二人しか生きていなかったと思う。
他の生き物は全部死んだか、或いは時間が止まっていた。
それくらい、俺には御坂の存在しか感じられなかった。
御坂の告白に、俺は「いいよ」と頷いた。
恋なんて、俺には向いていないのに。



初めて彼女が出来たのは中学二年生の時。
一つ上の先輩だった。
その先輩は俺のあらゆる初めてをもらいたがって、付き合って一週間もしないうちに俺はいわゆる大人の階段をのぼりきった。
そうしてそれからまた一週間もしないうちに別れた。
次の彼女はすぐできて、だけどやっぱりすぐ別れた。
いつも好きだと告げてくるのは相手の方で、終わりにしようと相手をフるのは俺だった。
そういうことを何回か繰り返して、次はほんとうに好きだと思った相手と付き合おうと決めた。
今まではなんとなく彼女っていう存在が欲しかったし、気持ちいいことを覚えたらしたくなったし、俺を好きだと言う女の子はいつも可愛かったから簡単に付き合ってたけど、それが良くないのかもしれないと思ったからだ。
別に付き合ったらちゃんとそれなりに好きだったけど、やっぱり自分から好きになるのとは違うのかもしれない。
高校に入学して、委員会が一緒の違うクラスの女の子を好きになった。
今までの俺の周りにはいなかった、控えめで静かで可愛らしいタイプ。
向こうも俺のことが好きなのは目を見てわかった。
でも俺は告白をされるばかりでしたことはない。
どうしようかと考えていたら、運のいいことに向こうから告白された。
今度は自分から好きになったしきっと上手くいくだろうという俺の予想を裏切って、関係は早々に終わりを告げた。
今回も、フッたのは俺だった。
別に、高望みをしてるわけじゃない。
ただ、なんでか上手くいかないだけ。



俺と付き合うと、全員人が変わった。
俺が好きだなあと思った部分はいつのまにか消え失せて、なんで付き合ってるんだっけ?って考えちゃったらもう終わり。
自分の顔が人と比べて大分整っている自覚はある。
原因は主にそれだった。
俺と付き合うと、俺の顔があまりに良すぎるせいで相手はどうしようもなく不安になるらしい。
それはまるで蟻地獄のように、一度不安になると抜け出せない。
俺を他の誰かに取られるかもしれないという不安はやがて、俺が浮気をするかもしれないに変わり、俺がちょっと他の人間と話す、笑う、触れる。
それだけでヒステリックに怒鳴り散らして泣きじゃくる。
正直、全くやましいことをしてないのにキレられて責められるのは意味がわからないし、うざいことこのうえない。
何もないから友達だからって言ったって、嘘の一言で跳ねつけられる。
自分のことを全く信じてもらえないっていうのは、思っているよりダメージがデカい。
「好きだよ」って、大切に渡した言葉さえも疑われて、受け取られることもなくゴミのように捨てられる。

「嘘よ、どうせ誰にでも言ってるんでしょ?」
「信じない、結の好きは軽いよ」
「わたしのことほんとに好きならどうして他の子と話すの!?」

全員だ。
俺が付き合った相手は、最後には全員そうなった。
暖簾に腕押し。
いくら言葉をかけたって無駄、彼女たちには届かないし響かない。
でも多分、悪いのは俺なんだろう。
俺が彼女たちを変えてしまったんだから。


俺に恋は向いていない。
もう二度と、恋はしない。
そう決めた。
それなのに、俺はあきの告白を受け入れた。
ダメにしてしまうかもしれないと思いながら、隣にいることを選んだ。
そうだ自分の為だ。
俺はあきの隣にいたかった。
あきなら、いつも笑ってるあきなら、大丈夫かもしれないと期待したんだ。
でも、とことん俺は恋人を不安にさせる天才らしい。
やっぱりあきも変わらなかった。
俺が他の奴と接するだけで不安になってヒステリック起こして、過剰に俺を独占したがった。
俺の好きなあきは、俺といるせいでどんどん失われていった。
信頼ないのもキレられんのもうんざりだった。
今までは、そうなった時点でバッサリ切ってきたのに、なんでだろう。
別れられないと思った。
あきが嫉妬して、俺はそれがうざくてキレて喧嘩になる。
前までだったらここで「別れよっか」と言ってしまうのに、それだけは言えなかった。
言えないけどイラつくから、喧嘩してる間はあきのことをガン無視した。
数日経つとあきがしおらしく謝ってくる。
ごめんね、ごめんね結。
きっとまたすぐに喧嘩になる。
わかりながら許すのは、それでもあきのことが好きで好きでどうしようもなかったからだ。
馬鹿みたいに俺たちは同じことを繰り返した。
なんの生産性もない不毛な関係だった。
あきなら違うって思いたくて、でも結局お前も変わんなかった。同じだったあいつらと。
それでも、それでもなんでかな。
もう今度こそ別れようと思うのに、ふとした瞬間なににも苛まれずに俺を見て笑うあきがいると、簡単に恋に落ちた。ああ、手放せないと思った。
お前だけは手放せないなって、馬鹿みてえ。



あきと付き合いはじめて、もうすぐで二年になるという12月の雨の日。
あきが泣いた。初めて、俺の前で泣いた。
今までで一番長い喧嘩をして、一週間ぶりに一緒に帰った日のことだった。
ごめんとあきは言った。
でもそれは、いつもみたいに犯したことを謝っているんじゃなくて、もっと違うなにかについて謝っているように俺には聞こえた。
だから俺は、まだ学校を出たばかりのその道であきのことを強く抱きしめた。
あき以外のすべてーー他人の目も、冷たい雨もどうでもよかった。気にならなかった。
ほんとうはあき以外、俺にはいらない。
そんな盲目的で排他的な想いを伝える代わりに、ただひたすら俺の腕に収まる体を抱きしめた。



あきは俺といない方がいい。
あきの為を思うなら別れてやったほうがいいのだと、そんなことは最初からわかってた。
俺の方から手放してやらなきゃいけないと、わかってた。
俺といるとあきは幸せになれない。
あんなによく笑うあきが、俺といるとすぐに泣いて怒ってぐしゃりと顔を歪ませる。
俺はあきを不幸にすることしかできない。
あきの笑った顔が好きなのに、俺の存在はいつもあきの顔を曇らせた。
そうしてそれは逆もまた然りだ。
それでも俺たちは離れられなかった。
離してやれなかった。
もはや恋なのか愛なのか、ただの執着なのかもわからないそれが、俺たちにはすべてだった。
どうして俺はこんなにあきが特別で、あきだけが手放せないのだろうと時々考えた。
でも答えは出ない。
俺があきを好きなことに、なにか壮大な理由やきっかけがあったわけじゃない。
こんなに面倒くさくて、うざくて、それでもいまだに好きなことに、なにか特別な理由があるわけでもない。
あきを好きになったのは、運命的に落ちた恋なんてものじゃなく。
ただ、ふとしたある瞬間ごく些細な事象で「ああ、いいな」と、そう思ったたった数秒の出来事の積み重なりが恋になっただけだった。
ただ、あきが好きで仕方なかっただけだった。

「ゆう…っすき、すきだ、大好きだ」
 
あきが泣く。
俺の腕の中で。
俺を好きだと言って。
俺に好きだと言われて泣く。

そうして、俺はそんなあきを見てこの二年半を後悔した。
付き合ったことをじゃない。
あきに、好きだと言わなかったことをだ。
俺はあきと付き合ってから二年半、一度もあきに好きだとは言わなかった。
まさか言い忘れてたなんてことがある訳もなく。
意図してその言葉を使わなかった。
深い理由もなにもない。
ただ、好きだと言うのが怖かっただけ。

「昭乃、好きだよ」

そう言って、信じてもらえなかったら。
その言葉までも疑われたら。
そう考えると途端に恐ろしくなって言えなかった。
他のどんな女に疑われたってもういい。
でも昭乃、お前にだけは疑われたくない。
俺のこの気持ちを、お前にだけは捨てられたくなかった。
だから言えない代わりに、伝えない代わりに、いつもあきを抱きしめた。
そんなもので伝わるわけもないのに、この腕から俺の気持ちが伝わっていればいいと願った。
そのせいで酷く傷つけた。
たった一言、だけどきっとなにより大事なその一言を俺が言わなかったばかりに、あきをずっと苦しめた。
もしも俺があきに好きだと言われたあの日、「俺も好きだよ」と返していたなら、あきはこんな風にならなかったし俺たちはもっと幸せだったのかもしれない。



昨日、あきに「もう、別れよっか」と言われた瞬間、俺は自分が間違っていたことを知った。
俺からあきに別れようなんて言えないから、いつかあきの方からその言葉を言われた時はすんなり受け入れてやろうと思っていた。
それしかきっと、俺にできることはないから。
だけどどうだ。
いざその場面を迎えると、俺は本当にあきからそんなことを言われる日が来るなんて思っていなかったことを知った。
いつかなんて来ないと馬鹿みたいに信じていたのだ。
ショックのあまりなにも言えずに呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
なにがすんなり受け入れてやろう、だ。
みっともない。 
喉が震えるせいで声が出なかった。
それで良かったと思う。
もし声が出たら、俺はその時「嫌だ」とあきに縋ってしまっていただろうから。
あきがボロボロと痛ましく泣いていた。
俺の前で泣くのも、俺のせいで泣くのもそれで二度目だった。
ああ、俺は本当にあきを不幸にすることしかできないな。
走り去っていくあきを追いかける資格は、俺にはない。



時計の針が0時を回って日付が変わっても、あきは帰ってこなかった。
もう二度と、ここには帰って来ないかもしれない。
でも荷物は全部置いたままだ。
きっと取りに帰るだろう。
その時すれ違いになるのが嫌で、俺はあきのことを探しに行かなかった。
なんて、それはただの言い訳だ。
本当はあきを探しに行きたかったけど、あの時だって追いかけたかったけど、探したところで追いかけたところで、俺は結局あきを不幸にすることしかできない。
また泣かせることになるとわかっているのに、そんな無責任なことは出来なかった。
このまま離れた方があきの為になる、だから行っちゃいけない。
あきと暮らし始めて、初めて一人で夜を明かした。
いつ帰るかわからない相手を待つのは辛いな、あき。
俺はいつも飲み会であきを一人にしたことを少し反省した。
真夜中や明け方に家に帰るといつもあきはベッドの中にいた。
でも、寝ているふりをして本当は起きていることを俺は知っていた。
俺がちゃんと帰ってくるのか不安だったんだろう。
その証拠に、俺が眠ったふりをして初めてあきは、安堵するように眠りに落ちた。
別に、飲み会なんて本当はどうでもいい。
サークルも先輩も映画も、どうでもいい。
あき以外ほんとに全部、どうでもよかった。
それでも俺があきを選ばないのはあきに早く俺を諦めて欲しかったから。
こんな不毛な関係を早く投げ捨てて欲しかったからで、そしていつかあきを失った時に自分が壊れない為だった。
あきしか存在しない世界の中であきを失ったら俺はダメになる。
だからあき以外の人間ともきちんと関係を築き世界を開けておく必要があった。
いつか終わる前提の恋に依存してしまったら、あまりに救われないだろう。




翌朝、あきが学校に来たら電話して欲しいと言っておいた慎太郎から約束通り電話がきた。
真面目なあきはやっぱりサボることなく学校に行ったらしい。

「もしもし」
『あ、結?おはよ、昭乃ちゃん学校来たよー』
「わかった、さんきゅ」
『ったく、早く仲直りしろよ?あーそれでさ、オレさっき見ちゃいけないもの見ちゃったかも…』

言いにくそうに慎太郎が切り出す。

「見ちゃいけないもの?なんだよ」
『や、なんか昭乃ちゃん車で送ってもらったっぽいんだけど』
「それが?」
『うーん見間違いじゃないと思うんだけどさ、キス、してたんだよな。しかも相手、男だった』
「………は?」

キス?昭乃が、男と?

『そう言えば昭乃ちゃん、前付き合ってる人いるって言ってたけど彼女とは言ってなかったなって思って。めちゃめちゃ美人とは言ってたんだけど、その人も男ではあるけどすごい綺麗な顔してて、まあ美人って言われたら美人だなって…』
「わかった」

電話口でまだ慎太郎がなにか喋っていたけれど気にせずに切った。
これ以上あの話を聞いたらどうにかなりそうだった。

「そういうことか」

次を見つけたから、ちゃんと幸せになれる場所を見つけたから、昭乃は俺に見切りをつけた。
そういうことなのか。
でも昨日の朝、一緒にご飯を食べに行こうと誘った時のあきはちゃんと俺のことが好きだったはずだ。
なんでも語るあきの目はただひたすらに俺が好きだと嬉しいと叫んでいたのに。 
何かの間違いかもしれない。

「…ははっ、あーもうわかんねー」

あきの気持ちも、自分の気持ちも。





大学にも行かずに一日中玄関のそばに座り込んであきの帰りを待っていた。
まるで犬だ。
日が落ちて、世界が夜に片足を突っ込み始めた頃、ガチャリと鍵の閉まる音がした。
普段なら俺はまだいない時間だから開けようとして閉めてしまったのだろう。
この家の鍵を持ってるのは俺を除いてあきだけだ。
帰ってきた、あきが。
そう思うと変に緊張して膝を抱えた腕に力が入った。
ドアが開く。
一日ぶりに見るあきの姿に胸が震えた。
先にリビングに入りソファに座っていると後から入ってきたあきが冷蔵庫に向かう。
なにか飲むかと聞かれて麦茶と答えつつ振り返ると、こっちを見ていないあきの後ろ姿、その首の辺りにあるはずのない赤い跡を見つけた。
ざわりと急速に心臓が冷えて、鼓動が早まる。
待て、なんだそれは。
咄嗟にあきの体を引き寄せて力の加減もせずに首元を押さえつけた。
どう見ても虫刺されではないそれは、キスマークだった。
自分のものだと相手の身体につける所有の証。
問い詰めるとあきは付けられたことには気付いていないようだったが、いつ誰に付けられたのかについては心当たりがあるらしかった。
ふざけるな、と叫びたかった。
なにを簡単にこんなものを付けられてんだよ、お前は俺のものだろ、どうして他の奴にも触られてんだよどこまで触らせたんだよ。
あきのすべては俺のものだったのに。
お前の柔らかい部分をすべて晒して触らせたのか、俺しか聞けないようなあの声を聞かせたのか。
想像するだけで吐きそうだった。
耳鳴りが酷い、世界がグラグラと揺れてわけがわからなくなってあきを突き飛ばす。


幸せにしたい。幸せになってほしい。
あき、お前に。
何度そう願っただろう。
その時隣にいるのはきっと俺じゃないのだと、わかっててそれでも、幸せになってほしいと願った。
いつだってお前が笑えば世界はそれだけで美しい気がした。
でも無理だ、やっぱり無理だった。
お前の隣にいるのが俺じゃないなんて耐えられるわけがなかった。
お前にこの跡をつけた男なら、お前のことをきっと幸せにできるんだろう。
傷つけることもないんだろうな。
それでも、例えそうだとしても無理だよ俺は。
やっぱりお前のことを手放せないんだ。

「好きだよッ!!」

気付いたら叫んでいた。
もう一生、使うつもりのなかった言葉。

「好きだよ、好きに決まってんだろ!好きでもない男と二年半も付き合うかよ!好きでもないのに、こんなめんどくせえ奴と付き合うかよ…わかれよそんくらい」

声にしたらいっそう想いは強くなって、泣きそうになる。
見られたくなくてあきの肩に額を預けると泣きじゃくるあきが俺の髪を縋るように撫でた。
夢じゃないのかと何度も確認するあきに好きだと何度も返してやる。
ほんとは最初から好きだったよって、だけど言わない理由があったこと、大事なものなんて俺にはあきしかないこと。
他の人間なんて、本当は全員どうでもいいんだってこと。

「俺といても、あきは幸せになれないんだ」
「っおれは、ゆうがいればいいよ…!」

はじめからずっと、わかってた。
互いの存在が互いの不幸になること。
俺はあきがいれば幸せだ。
でも同時に不幸だ。
あきを幸せにしようとすると、俺は必然的に孤立することになる。
だってあきは俺の世界に他の人間が入ることを許さないから。
あきだけいればいい、嘘じゃない。
でもあきしかいない世界で生きていくことはできない。
生きていく為に他人の存在は必要不可欠だ。
生きるってそういうことだ、社会も世界もそういうふうに出来ている。
排他的な関係に依存する俺たちを、誰も許してはくれないよ。
俺は常に許されていたいんだ。
だって俺たちは死ぬまでこの世界で生きていくんだから。
あき、俺たちはどうすれば幸せに生きていけるんだろう。
あきの幸せは俺といることだと言うけれど、本当にそうか?
あきをこんなにも盲目にして、苦しめて、感情を波立たせてばかりいる俺の存在が本当にあきにとっての幸福なのか。

「おれじゃ結を幸せにできないって、おれもわかってるよ…でも!それでも、一緒にいたいんだよっ…!」

ぎゅうっと俺に抱きつく腕の力を強めてあきが叫ぶ。
痛みを孕んだぐちゃぐちゃなその声が俺の中の一番柔らかい部分に突き刺さった。
それまるで魔法のように、或いは呪いのように、永遠に抜けはしないだろう。

「……きっとまた泣かせる」
「うん」
「きっとまた傷つける」
「うん」
「幸せにしてやれない」
「うん」
「不幸にしかできない」
「おれもだよ、ごめん」

でも、それでも。

「きっとずっと、…っ、好きなままだ」
「っうん、おれも、永遠に結が好きだ…!」

キスをする。
嬉しいのか悲しいのか理由もわからずただ泣いて、互いの息を奪うように。
深海魚のなかには、相手の身体に食らいついて、やがては吸収され一つになる者がいるという。
それはどれほどの愛だろうかと俺は考える。
ねえ昭乃。
もしも俺たちが深海魚だったなら、話はもっと簡単だったのかもしれない。
俺か昭乃、どちらかが相手の体に食らいついて、いつの日にか一つになる。
そうしたら、俺たちはきっと幸福にしかなり得ない。
離れても離れなくても不幸になるなら一つになってしまえばいい。
俺はお前を幸せにしてやれる。
海の底なら誰も俺たちを咎めないし、許しを乞う必要もない。
ずっとずっとふたりきりで、いつか緩やかに朽ちていく。
音も光もないその場所で、世界で一番静かな終わりを迎える。
そこにはきっと永遠がある。幸福がある。
涙の味で塩辛いキスを繰り返す。
海と同じ味がした。
あき、あき。
食らいつく代わりにずっとずっとキスをしていよう。












いつか、深海魚になる日まで。
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みんなの感想(1件)

みゅん
2026.02.25 みゅん

マジで好きです

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