I love youの訳し方

おつきさま。

文字の大きさ
24 / 33
太陽と向日葵

しおりを挟む
最後に辿り着いたのは向日葵で作られた巨大な迷路。俺の背丈を優に超える大きさの向日葵が、整然と並んで壁を作っている。

「でっか!すご!美好くんより大きいんじゃない?」
「そうですね、俺より少し高いくらいかな」
「ひまわりに負けてやんのー」
「どの口が言ってます?」

じとりと横目で睨まれた。なんだよ冗談じゃん。
わざとらしく俺を置いて行こうとする美好くんの背中を早足で追いかけて、迷路の中へと足を踏み入れた。
こういうのはちょっとした遊び心が大切である。
ということで、分かれ道が来るたびにジャンケンをして、勝った方が決めた道に進むというルールを取り入れた。
左手だか右手だかを壁に当てながら進めば迷わずに出られるという攻略法を聞いたこともあるが、そんなものに頼る気はなく俺は毎回直感で進む方向を決めた。それも遠回りになりそうな方。
だってせっかく美好くんと一緒にいられるのに、誰がここから抜け出したいと思うだろう。このまま一生ぐるぐる迷ったっていい。むしろそれがいい。
そんな美好くんからしたら傍迷惑なことをずっと考えている。
健気な俺の思いとは裏腹に、楽しい時間は容赦なく過ぎて行く。
そもそも今日は集合が遅かったせいで太陽はもう西に傾き始めていて、西日の淡いオレンジが向日葵の鮮やかな黄色を薄めていた。

「綺麗だな。ひまわりってさ、太陽に向かって咲くって言うじゃん。だから花言葉はあなただけを見つめる」 
「先輩はいつも急ですよね」

不意に思い付いたことをそのまま口にしたら、隣でひまわりを見上げていた美しい横顔がこっちを向いて呆れたような顔をした。
そんな顔には慣れっこなので、俺は気にせず続ける。

「花が咲く前の時期の向日葵は、太陽が上り始めるのと一緒に東から西に向きを変えていく。太陽のことをずっと追いかけてるんだよ。一途だよな、俺みたいじゃない?」
「はい?」
「…なーんちゃって」

好きって言わない。
美好くんからしてみればバレバレらしいけど。顔に全部出てるらしいけど。この間はうっかり言っちゃったけど。一応、そう決めた。
だけどたまにどうしようもなく、言葉が口を突きそうになる。だから遠回しに、ギリギリ許されそうなラインを測っておふざけのように言ってみた。美好くんはきっとお得意の冷めた目で「何言ってるんですか」とか、棒読みで「そうですね」って言って終わりだろうなって、そう思ってた。

なのに。
俺の予想を裏切って、笑うように、或いは眩しさから庇うように美好くんはゆったりと目を細めた。
落ちていく太陽の光が丁度目線の高さにあった。
きっとそのせいだろう。

「先輩の髪は色素が薄いから。外にいると陽の光に透けてキラキラしてる」

美好くんはいつも急だって俺に言うけど、美好くんだって人のことは言えない。
おまけに文学的な美好くんの言葉は大概直接的ではなくて婉曲的だ。
だから、と美好くんは続けた。


「先輩は、向日葵よりも太陽の方が似合いますよ」


まるである種の告白のような台詞だと思った。
なのに浮かべた表情は到底それには似つかわしくないもので、美好くんは今にも溶けてなくなりそうな笑い方をした。
夕日の逆光の中で見るそれはやわらかく微笑んでいるようにも見えたし、泣きそうな顔をしているようにも見えた。

「それってさ、」

褒めてんの?それとも俺、またフラれた?
なんて馬鹿正直に聞く勇気はなかった。
でもなんとなくそうなんだと思う。
追いかけてばっかりの自分を俺は向日葵に例えたけど、美好くんは俺に太陽の方が似合うって言う。
素直に受け取るならきっと褒められてるはずなのに、もう諦めてって、そう言われてる気がした。

「…あー、いや。美好くん」
「はい」
「あのさ。太陽を追いかけるのは花が咲く前の向日葵で、花が咲いた後の向日葵は、太陽の方向を向いて動かなくなるんだよ」
「だからなんですか。ホント、先輩って変なことはよく知ってますよね」

「は」ってなんだ「は」って。
それ以外は何も知らないって言いたいのか。

「うるせーな。つまりそういうことだよ」

いつも生意気で、冷めてて、だからたまに笑われるとあっさり恋に落ちてしまう。何度も何度も、馬鹿みたいに。諦めろって言ったって、俺がそれに何回失敗したと思ってんの?じゃなきゃ今ここにはいない。一回好きになったら、もうダメだ。
目の前の美しい顔に向かって、ベーッと舌を出す。

「お前が諦めろバーカ」

俺に諦めさせようとするのを、長谷川を好きでいることを。
そんでさっさと俺を好きになればいいのにって、いくら強気なことを思っても俺って案外弱いから。
笑った唇の端がうっかり引き攣りそうになるのを慌てて誤魔化した。だって美好くん、罪悪感とか覚えたら友達さえやめるって言いそうだし。

「…先輩って、マジで馬鹿」
「あ?」
「そんなんじゃ幸せになれないですよ」
「いつも幸せそうでいいですねって八つ当たりしてきたのは誰でしょーか」
「ははっ、そんなこともありましたね」

秋の冷たさを少し孕んだような生温い風が二人の間を通り過ぎた。
美好くんの前髪がふわりと攫われて真っ白な額があらわになる。黒く透き通った穏やかな瞳が、俺を見つめてふっと緩んだ。


「だからですよ。俺、先輩にはずっと幸せでいてほしいんです」


マシュマロみたいにやさしくて、無責任な言葉だと思った。
でもそれがきっと美好くんの本心だった。
じゃあお前が幸せにしろよって、そう言ったら困るくせに。
幸せでいてほしいと幸せにしたいはよく似ているようで全く違った。それはどこまでも他人事で、美好くんに幸せにしたいと思われてるはずの長谷川には到底敵わない。
俺は美好くんの特別になれない。

「言われなくても、俺はいつも幸せだよ」

ほらやっぱり、太陽は美好くんの方だ。
どれだけ手を伸ばしたって届く日は来ない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ずっと憧れていた蓮見馨に勢いで告白してしまう。 するとまさかのOK。夢みたいな日々が始まった……はずだった。 だけど、ある出来事をきっかけに二人の関係はあっけなく終わる。 過去を忘れるために転校した凪は、もう二度と馨と会うことはないと思っていた。 ところが、ひょんなことから再会してしまう。 しかも、久しぶりに会った馨はどこか様子が違っていた。 「今度は、もう離さないから」 「お願いだから、僕にもう近づかないで…」

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

処理中です...