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4章 白豚腐女子×軟派騎士=?
4-14 外伝
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侯爵令嬢ミラベルは黙々とベルゼル侯爵領の牧草を脇に寄せていた。
王太子夫妻の結婚披露パーティでミラベルは酔っぱらって家に帰って来ただけなのに、なぜか庭園で酒をラッパ飲みした上、吐いて暴れていたという噂が立ってしまった。
酔ったのは本当だが、騎士にエスコートしてもらってそれ以上の失態もせず無事に家に帰ったはずである。(記憶はないが)
何故か話に尾ヒレ胸ビレがついていて、ミラベルの父ベルゼル侯爵が激怒して、ミラベルをベルゼル侯爵領地で領地経営の手伝いをしろと社交界への出入りも禁止した。
そういうわけで、只今牧草地の手入れを手伝っている。
「あー腰が痛いわぁ」
一休みして、積み上げた牧草の上に座る。
「お嬢様、こんなに労働しなすって、見上げたお嬢様だぁ」
田舎の訛りのある話し方で、牧場主の女主人が冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「ふふ。これが牛さんの餌になるのでしょう。私牛さんが大好きなのよ」
ミラベルは前世から元来頑張り屋の女の子だった。
だが最近は、前世の記憶にある小説の物語を鵜呑みにして空回りしていた。その小説の主人公ミラベルは転生者ではなかった、その時点で小説と違うというのに、物語通りに事が起きると思い込んでしまったのだ。
彼女は知らない。転生者のエヴァも人格が変わり、一人のモブの存在で大きく運命が変わった事も小説とはもう違う世界だと言う事も。
「あ、あら?」
飲み物を受け取った手にビリビリと酷い痛みが走る。
「あら大変。お嬢様の手が!おいぃ、レーベンさん!お嬢様の手のマメが潰れてるさぁ!手当てしてくれぇ!」
ジクジクするなぁと思っていたら、ミラベルの掌にできたマメの水ぶくれが潰れて、血と水が出ている。
「すみませんっすみません!お嬢様たぁ、文句も言わず働いてくれるからさぁ、こんなことになってるなんてっ」
女主人はミラベルの手を両手で包んでペコペコと頭を下げた。
「いいえ、作業に夢中になっていて、私も疎かだったのよ。気にしないで頂戴。こんなのすぐに治るわ」
「お、お嬢様ぁ…」
レーベンという若い男が救急箱を持ってきて、ミラベルの足元に膝をついた。
ミラベルの手を見せると、ギョッとした顔をしてから、真剣な顔で手当てをし始める。
「お嬢様、これはやり過ぎですだぁ。私が領主さまに怒られてしまうさ」
女主人がションボリして、ミラベルに言う。
「ふふ。お父様に何も言わなければいいのよぉ。一週間もすれば直るでしょう。後だって残らないわよ」
「いいえ。いいえ。おいレーベンさん、今日はもうお嬢様に帰って貰おうな。明日は休んでもらって」
「私できるわよ」
「お嬢様、牧場主も困ります。お聞きくださいませ」
レーベンは侯爵家の侍従で執事見習いの男だ。父からの言い付けで領地の労働を課せられているミラベルに付き合わされ、ミラベルの侍女と一緒に牧場でお手伝いをしてくれている。彼にも侍女にも申し訳ない事だ。ミラベルが領地のカントリーハウスに引っ込んでいた方が彼らには楽だろうし、渋々休む事を了承する。
小さな馬車に乗って、3人で屋敷へと帰る途中、ミラベルは考えていた。
どうしよう…、私は小説通りの運命になると思っていたから、王太子妃になる心積りで社交会で振舞っていたし、今まで見合いを断って来たわ。外交のために他国の歴史や、マナーを習ったり外国語のお勉強をしていたけど…全部無駄だったのね…
今年ジョージ王太子はナンシー公爵令嬢と何も問題なく結婚し、半年経った今王太子妃の妊娠に国中が明るい知らせに浮足立っている状態だ。
手を動かす度にジンジンと手のひらの潰れた豆が痛んだ。
少しだけナンシー王太子妃に嫌な態度をとっていたり、無理矢理ジョージ王太子に引っ付いていった自覚はある。
いつまで待っても物語が始まらないから…焦っていたのだ。
だから今まで迷惑をかけた人たちにはもう関わらないでいようとミラベルは領地行きに否やは無かった。
しかし物心ついた時に思い出した、この先起こると思っていた出来事が、これからも起こり得ないと知り、目標を失ったミラベルは舵の壊れた船に乗っているような不安を感じていたのだ。
目の前に開けた真っ白の未来が恐ろしくて、ミラベルは心細くて泣きそうになってくる。今までの努力も全部意味が無くなる。ああ、怖い。私はどこに行けば、何を目標にすればいいのかしら…
カントリーハウスに戻り、ミラベルは湯あみして、着替え、自室で紅茶を飲んでいた。
そこに先ほどのレーベンが軟膏を塗りにやってきてくれた。
「ありがとうレーベン。よろしくお願いするわ」
手を差し出すと、レーベンは痛くないように優しくミラベルの潰れた豆に軟膏を塗って、新しい包帯を巻きなおしてくれる。
「無茶をし過ぎです。お嬢様」
レーベンは心配した顔で救急箱の中身を直しながら、ミラベルを伺う。
「そうね…」
元気なく答えたミラベルに、レーベンは瞳を揺らしていた。
「何か悩んでいるなら、俺が力になりたいです。お嬢様…」
レーベンは彼女の手を取り、熱くて柔らかいものが、ミラベルの包帯を巻いた手に落とされた。
ミラベルは胸がドキリと跳ねる。
真剣な眼差しと、熱い感情がミラベルに向けられていたのだ。
「レ、レーベン?」
ドキドキと何かが始まった高揚感が体を支配していく。
「好きです、お嬢様。婚約者が決まるまでで、良い。俺を側に置いてくれませんか?」
蠱惑的な瞳に逆らうことができず、ミラベルは小さく頷いた。
一年後、ミラベルは隣国の公爵に見初められ、専属の執事と共に隣国へ渡り、二人からたくさんの愛を受けることになる。
それはまた別の話。
【ヒーローはバタフライエフェクトが起きない世界線の夢を見る】
《ゼスト》
「ーー…君との結婚は考えられないんだ。近日中に正式に君の家に知らせを送る…僕はもうここを下がらせてもらうよ。パーティ楽しんで」
侯爵家の大広間で平坦な男の声がした。
ざわりと会場の一角に騒ぎが起きる。
ゼストの耳にもはっきり聞こえた。
婚約者同士の仲違いの声。
さっき遊び相手の令嬢にフラれたゼストはその方向を見た。
少しふくよかな色の白い令嬢が一人で佇んでいた。周りに友達もいないのか彼女を擁護する者もいない。去っていく婚約者を恨めしげに傷ついた目で見るしかできない女だった。
周りの嘲笑が酷く、ゼストはイライラした気分に拍車がかかる。
「レディ、大丈夫ですか?」
暗い顔をしたまま彼女は声をかけたゼストに振り向く。
まぁ、普通の女だ。ムチムチした肢体で胸はそこそこありそうだが。
「もし、良ければ、気分転換に私めが庭園でもご案内しましょうか?」
手を差し出すと、令嬢は薄く口角を上げて彼の手を取った。
令嬢の手はフワフワとしてきめ細かく肌が吸い付くようだった。日々の研鑽による皮の分厚く硬い手にそれが重ねられると、ゼストはその感触にビクリと肩を揺らす。
日々鍛錬を重ねる彼は強盗を捕まえたこともあれば、戦闘で人を殺したこともあったし、肝は座っていると自分でも自負している。その彼が衝撃で肩を揺らしたのだ。
それほど令嬢の手は気持ちよく、彼より少し体温が低いそれは心地良かった。
遊び人の彼はたくさんの女の肌を知っている。
そのどれとも違う感触にゼストの暗い欲望がもたげる。
肌を摩るとプニプニと弾力もあり、この暗い顔をした令嬢に付け入って己が欲情を叩き込み、散々泣かして、鳴かせて、びしゃびしゃにして白濁にまみれさせる想像をすると、久しぶりに怒張せんばかりに自分の雄が昂った。
いつもならこんな酷く弄ぶような女遊びはしない。何かが彼を突き動かしていたのか。
令嬢の手を引いて、人のいない庭園まで連れて行くと彼女は婚約破棄のショックで小さく啜り泣いていた。
「お泣きなさい。私の胸ならお貸しします」
甘言を吐くと簡単に令嬢は堕ちた。
パーティが盛況する間、人の寄りつかない侯爵家のガゼボでゼストは傷心の彼女から乙女を奪った。ゼストの巧みな愛撫で体を開かせ、最後には彼女も絶頂していた。
思った通り、令嬢は最高の抱き心地で、ゼストも若い見習い騎士のごとく何度も彼女を白く汚した。
ゼストが彼女を味わい尽くして、満足した後、手持ちのハンカチで綺麗にした彼女をガゼボに寝かしていた。彼女は色々あって疲れたのか、目を閉じて静かにしていた。
そこに遊び相手の未亡人の一人が男妾と通りがかったのだ。
「あら、ゼストじゃない?」
「テレサか、ごきげんよう。このパーティに参加していたんだな」
「ええ。…あら?そちらの方は寝ていらっしゃるの?」
令嬢のためにテレサ達に見えないよう彼女を隠して前に立つ。
「ああ、気分が悪いんだ」
「ほほほ。お嬢さん。ゼストに遊ばれちゃうわよ?早くお家に帰りなさい。貴方も悪い男ねぇ」
「そんなんじゃないさ。テレサ、行ってくれ」
「まぁ!焼けちゃうわね…ふふふ。じゃあ、また今度ね、ゼスト」
彼女達が去ったあと、令嬢は目を覚ましたのか上体を起こして青い顔をしていた。
その様子が居た堪れなくて、ゼストは笑顔で語りかけた。
「家まで送ろうか?」
「いいえ、結構。さようならっ」
情事の名残でふらつきながら、くしゃくしゃになったドレスのまま彼女はゼストのエスコートを断り、一人で逃げるように歩いて行く。心配で後をつけると、青白い顔をした彼女は侯爵家の従者に頼んで馬車を出してもらった様だ。
関係を持ったというのに彼女の名前さえ聞いていなくて、ゼストは後になって後悔した。
何故なら、あの令嬢を知った後から、ゼストは彼女に会いたくて堪らなかったからだ。
おそらく一目惚れというやつなのかも知れない。普通の者なら先に感情を寄せて、交際して肉体関係を持つのが普通なのに。
彼は取り返しのつかない事をしでかしていた…
ゼストが所属する第三騎士団の副団長の娘が婚約破棄されて、さらに男に弄ばれて傷物になったという噂話を聞いた時、ゼストは呆然とした。
彼女は心を病んだという。
なんて事をしてしまったのかと思い悩んだ。その罪深さから、ゼストは副団長に罪を告白してしまった。
その自白を受けて、深く傷ついた令嬢が自殺未遂を繰り返していて、毎日愛する娘を見舞い、心を砕いている父親がどんな事をしてしまうかも彼は考えていなかった。
筋肉の塊が狂気と力をもってゼストに降り注ぎ、最初から無抵抗だった彼は半殺しの目にあった。泣いて暴れる彼を騎士団員10人で止めた程だった。彼の異常な叫び声で団員が集まって来たので、ゼストは命が助かったのだ。
セオドア・トーン第三騎士団副団長は責任を取って騎士団を退団し、ゼストは数ヶ月の療養の後、第一騎士団の近衛隊に配属替えになった。
トーン子爵家に謝罪に訪れても門前払いされるだけで、ゼストはトーン子爵令嬢にもう二度と会えなかった。
ゼストはこの事件の後、勃起不全になり、心身共に異性との交際はもうできそうにない。
近衛隊は第一騎士団の子爵以上の貴族出の騎士が担っている。王族専属のボディガードだ。あまり知られてはいないが、女性の王族を守るためにこう言った問題を抱えた騎士が配置される事があると近衛隊長に言われた。勤務時間は長く、騎士として、あまり手ごたえの無い仕事だった。
ゼストは新しく王太子の婚約者となったベルゼル侯爵令嬢の専属の護衛に任命される。未来の王妃だ。間違いがあってはならない。
「初めまして、貴方が私の専属護衛官の方ね?」
その可憐な顔で屈託なく笑う令嬢に跪いて、ゼストはーー
暖かくて柔らかくて心地いい物が腕の中でモゾモゾ動いて、ゼストは覚醒した。
嫌な夢を見た。
恐ろしくて手が震えて心拍数が早まっているのを感じる。義父に殴られる衝撃も、トーン子爵家で門前払いされる悲しさと後悔で胸が押しつぶされる感覚も、全てさっき起こったように鮮明であった。
「ゼ…スト様?」
一歩間違えていれば目の前に居なかったかも知れない、かけがえの無い妻がさらにモゾモゾと動く。
身を捻って正面を向いてくれた彼女は半分目を閉じながら「ん?」と可愛らしく聞いてくる。
「怖い夢を見た…」
「まあ…お疲れですのね」
そう言ってエヴァはその豊満な胸でゼストを包む様に抱きついた。
彼女は寝ぼけているのか、先日から裸で寝る様にお願いしたのを忘れているのか、直に彼女のおっぱいがゼストの顔に当たっている。
妻の胸は最高のおっぱいだとゼストは思っている。大きさ、柔らかさ、色、感度、乳首のサイズ、触り心地。ゼストは誰にも内緒にしているが、おそらく妻のおっぱいは世界一だと思っている。
それを惜しげもなく常に妻に飢えている自分に与えてきたのだから、これはもう誘っているよな?
勝手にそう判断して、ゼストは目の前のふわふわおっぱいにむしゃぶりつき、第5ラウンドになだれ込むのであった。
*****
後書き+補足
最後までお読み頂き有難うございます。
こちらで『転生令嬢エヴァの婚約破棄から始まる愛と妄想の日々』は完結になります。
近々こちらの話に出てくるスピンオフ作品も追加しますので、またそちらでお会い出来れば嬉しいです。
沢山の反応有難うございます。
もし気が向きましたら感想など頂けると作者が飛びます。
王太子夫妻の結婚披露パーティでミラベルは酔っぱらって家に帰って来ただけなのに、なぜか庭園で酒をラッパ飲みした上、吐いて暴れていたという噂が立ってしまった。
酔ったのは本当だが、騎士にエスコートしてもらってそれ以上の失態もせず無事に家に帰ったはずである。(記憶はないが)
何故か話に尾ヒレ胸ビレがついていて、ミラベルの父ベルゼル侯爵が激怒して、ミラベルをベルゼル侯爵領地で領地経営の手伝いをしろと社交界への出入りも禁止した。
そういうわけで、只今牧草地の手入れを手伝っている。
「あー腰が痛いわぁ」
一休みして、積み上げた牧草の上に座る。
「お嬢様、こんなに労働しなすって、見上げたお嬢様だぁ」
田舎の訛りのある話し方で、牧場主の女主人が冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「ふふ。これが牛さんの餌になるのでしょう。私牛さんが大好きなのよ」
ミラベルは前世から元来頑張り屋の女の子だった。
だが最近は、前世の記憶にある小説の物語を鵜呑みにして空回りしていた。その小説の主人公ミラベルは転生者ではなかった、その時点で小説と違うというのに、物語通りに事が起きると思い込んでしまったのだ。
彼女は知らない。転生者のエヴァも人格が変わり、一人のモブの存在で大きく運命が変わった事も小説とはもう違う世界だと言う事も。
「あ、あら?」
飲み物を受け取った手にビリビリと酷い痛みが走る。
「あら大変。お嬢様の手が!おいぃ、レーベンさん!お嬢様の手のマメが潰れてるさぁ!手当てしてくれぇ!」
ジクジクするなぁと思っていたら、ミラベルの掌にできたマメの水ぶくれが潰れて、血と水が出ている。
「すみませんっすみません!お嬢様たぁ、文句も言わず働いてくれるからさぁ、こんなことになってるなんてっ」
女主人はミラベルの手を両手で包んでペコペコと頭を下げた。
「いいえ、作業に夢中になっていて、私も疎かだったのよ。気にしないで頂戴。こんなのすぐに治るわ」
「お、お嬢様ぁ…」
レーベンという若い男が救急箱を持ってきて、ミラベルの足元に膝をついた。
ミラベルの手を見せると、ギョッとした顔をしてから、真剣な顔で手当てをし始める。
「お嬢様、これはやり過ぎですだぁ。私が領主さまに怒られてしまうさ」
女主人がションボリして、ミラベルに言う。
「ふふ。お父様に何も言わなければいいのよぉ。一週間もすれば直るでしょう。後だって残らないわよ」
「いいえ。いいえ。おいレーベンさん、今日はもうお嬢様に帰って貰おうな。明日は休んでもらって」
「私できるわよ」
「お嬢様、牧場主も困ります。お聞きくださいませ」
レーベンは侯爵家の侍従で執事見習いの男だ。父からの言い付けで領地の労働を課せられているミラベルに付き合わされ、ミラベルの侍女と一緒に牧場でお手伝いをしてくれている。彼にも侍女にも申し訳ない事だ。ミラベルが領地のカントリーハウスに引っ込んでいた方が彼らには楽だろうし、渋々休む事を了承する。
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どうしよう…、私は小説通りの運命になると思っていたから、王太子妃になる心積りで社交会で振舞っていたし、今まで見合いを断って来たわ。外交のために他国の歴史や、マナーを習ったり外国語のお勉強をしていたけど…全部無駄だったのね…
今年ジョージ王太子はナンシー公爵令嬢と何も問題なく結婚し、半年経った今王太子妃の妊娠に国中が明るい知らせに浮足立っている状態だ。
手を動かす度にジンジンと手のひらの潰れた豆が痛んだ。
少しだけナンシー王太子妃に嫌な態度をとっていたり、無理矢理ジョージ王太子に引っ付いていった自覚はある。
いつまで待っても物語が始まらないから…焦っていたのだ。
だから今まで迷惑をかけた人たちにはもう関わらないでいようとミラベルは領地行きに否やは無かった。
しかし物心ついた時に思い出した、この先起こると思っていた出来事が、これからも起こり得ないと知り、目標を失ったミラベルは舵の壊れた船に乗っているような不安を感じていたのだ。
目の前に開けた真っ白の未来が恐ろしくて、ミラベルは心細くて泣きそうになってくる。今までの努力も全部意味が無くなる。ああ、怖い。私はどこに行けば、何を目標にすればいいのかしら…
カントリーハウスに戻り、ミラベルは湯あみして、着替え、自室で紅茶を飲んでいた。
そこに先ほどのレーベンが軟膏を塗りにやってきてくれた。
「ありがとうレーベン。よろしくお願いするわ」
手を差し出すと、レーベンは痛くないように優しくミラベルの潰れた豆に軟膏を塗って、新しい包帯を巻きなおしてくれる。
「無茶をし過ぎです。お嬢様」
レーベンは心配した顔で救急箱の中身を直しながら、ミラベルを伺う。
「そうね…」
元気なく答えたミラベルに、レーベンは瞳を揺らしていた。
「何か悩んでいるなら、俺が力になりたいです。お嬢様…」
レーベンは彼女の手を取り、熱くて柔らかいものが、ミラベルの包帯を巻いた手に落とされた。
ミラベルは胸がドキリと跳ねる。
真剣な眼差しと、熱い感情がミラベルに向けられていたのだ。
「レ、レーベン?」
ドキドキと何かが始まった高揚感が体を支配していく。
「好きです、お嬢様。婚約者が決まるまでで、良い。俺を側に置いてくれませんか?」
蠱惑的な瞳に逆らうことができず、ミラベルは小さく頷いた。
一年後、ミラベルは隣国の公爵に見初められ、専属の執事と共に隣国へ渡り、二人からたくさんの愛を受けることになる。
それはまた別の話。
【ヒーローはバタフライエフェクトが起きない世界線の夢を見る】
《ゼスト》
「ーー…君との結婚は考えられないんだ。近日中に正式に君の家に知らせを送る…僕はもうここを下がらせてもらうよ。パーティ楽しんで」
侯爵家の大広間で平坦な男の声がした。
ざわりと会場の一角に騒ぎが起きる。
ゼストの耳にもはっきり聞こえた。
婚約者同士の仲違いの声。
さっき遊び相手の令嬢にフラれたゼストはその方向を見た。
少しふくよかな色の白い令嬢が一人で佇んでいた。周りに友達もいないのか彼女を擁護する者もいない。去っていく婚約者を恨めしげに傷ついた目で見るしかできない女だった。
周りの嘲笑が酷く、ゼストはイライラした気分に拍車がかかる。
「レディ、大丈夫ですか?」
暗い顔をしたまま彼女は声をかけたゼストに振り向く。
まぁ、普通の女だ。ムチムチした肢体で胸はそこそこありそうだが。
「もし、良ければ、気分転換に私めが庭園でもご案内しましょうか?」
手を差し出すと、令嬢は薄く口角を上げて彼の手を取った。
令嬢の手はフワフワとしてきめ細かく肌が吸い付くようだった。日々の研鑽による皮の分厚く硬い手にそれが重ねられると、ゼストはその感触にビクリと肩を揺らす。
日々鍛錬を重ねる彼は強盗を捕まえたこともあれば、戦闘で人を殺したこともあったし、肝は座っていると自分でも自負している。その彼が衝撃で肩を揺らしたのだ。
それほど令嬢の手は気持ちよく、彼より少し体温が低いそれは心地良かった。
遊び人の彼はたくさんの女の肌を知っている。
そのどれとも違う感触にゼストの暗い欲望がもたげる。
肌を摩るとプニプニと弾力もあり、この暗い顔をした令嬢に付け入って己が欲情を叩き込み、散々泣かして、鳴かせて、びしゃびしゃにして白濁にまみれさせる想像をすると、久しぶりに怒張せんばかりに自分の雄が昂った。
いつもならこんな酷く弄ぶような女遊びはしない。何かが彼を突き動かしていたのか。
令嬢の手を引いて、人のいない庭園まで連れて行くと彼女は婚約破棄のショックで小さく啜り泣いていた。
「お泣きなさい。私の胸ならお貸しします」
甘言を吐くと簡単に令嬢は堕ちた。
パーティが盛況する間、人の寄りつかない侯爵家のガゼボでゼストは傷心の彼女から乙女を奪った。ゼストの巧みな愛撫で体を開かせ、最後には彼女も絶頂していた。
思った通り、令嬢は最高の抱き心地で、ゼストも若い見習い騎士のごとく何度も彼女を白く汚した。
ゼストが彼女を味わい尽くして、満足した後、手持ちのハンカチで綺麗にした彼女をガゼボに寝かしていた。彼女は色々あって疲れたのか、目を閉じて静かにしていた。
そこに遊び相手の未亡人の一人が男妾と通りがかったのだ。
「あら、ゼストじゃない?」
「テレサか、ごきげんよう。このパーティに参加していたんだな」
「ええ。…あら?そちらの方は寝ていらっしゃるの?」
令嬢のためにテレサ達に見えないよう彼女を隠して前に立つ。
「ああ、気分が悪いんだ」
「ほほほ。お嬢さん。ゼストに遊ばれちゃうわよ?早くお家に帰りなさい。貴方も悪い男ねぇ」
「そんなんじゃないさ。テレサ、行ってくれ」
「まぁ!焼けちゃうわね…ふふふ。じゃあ、また今度ね、ゼスト」
彼女達が去ったあと、令嬢は目を覚ましたのか上体を起こして青い顔をしていた。
その様子が居た堪れなくて、ゼストは笑顔で語りかけた。
「家まで送ろうか?」
「いいえ、結構。さようならっ」
情事の名残でふらつきながら、くしゃくしゃになったドレスのまま彼女はゼストのエスコートを断り、一人で逃げるように歩いて行く。心配で後をつけると、青白い顔をした彼女は侯爵家の従者に頼んで馬車を出してもらった様だ。
関係を持ったというのに彼女の名前さえ聞いていなくて、ゼストは後になって後悔した。
何故なら、あの令嬢を知った後から、ゼストは彼女に会いたくて堪らなかったからだ。
おそらく一目惚れというやつなのかも知れない。普通の者なら先に感情を寄せて、交際して肉体関係を持つのが普通なのに。
彼は取り返しのつかない事をしでかしていた…
ゼストが所属する第三騎士団の副団長の娘が婚約破棄されて、さらに男に弄ばれて傷物になったという噂話を聞いた時、ゼストは呆然とした。
彼女は心を病んだという。
なんて事をしてしまったのかと思い悩んだ。その罪深さから、ゼストは副団長に罪を告白してしまった。
その自白を受けて、深く傷ついた令嬢が自殺未遂を繰り返していて、毎日愛する娘を見舞い、心を砕いている父親がどんな事をしてしまうかも彼は考えていなかった。
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セオドア・トーン第三騎士団副団長は責任を取って騎士団を退団し、ゼストは数ヶ月の療養の後、第一騎士団の近衛隊に配属替えになった。
トーン子爵家に謝罪に訪れても門前払いされるだけで、ゼストはトーン子爵令嬢にもう二度と会えなかった。
ゼストはこの事件の後、勃起不全になり、心身共に異性との交際はもうできそうにない。
近衛隊は第一騎士団の子爵以上の貴族出の騎士が担っている。王族専属のボディガードだ。あまり知られてはいないが、女性の王族を守るためにこう言った問題を抱えた騎士が配置される事があると近衛隊長に言われた。勤務時間は長く、騎士として、あまり手ごたえの無い仕事だった。
ゼストは新しく王太子の婚約者となったベルゼル侯爵令嬢の専属の護衛に任命される。未来の王妃だ。間違いがあってはならない。
「初めまして、貴方が私の専属護衛官の方ね?」
その可憐な顔で屈託なく笑う令嬢に跪いて、ゼストはーー
暖かくて柔らかくて心地いい物が腕の中でモゾモゾ動いて、ゼストは覚醒した。
嫌な夢を見た。
恐ろしくて手が震えて心拍数が早まっているのを感じる。義父に殴られる衝撃も、トーン子爵家で門前払いされる悲しさと後悔で胸が押しつぶされる感覚も、全てさっき起こったように鮮明であった。
「ゼ…スト様?」
一歩間違えていれば目の前に居なかったかも知れない、かけがえの無い妻がさらにモゾモゾと動く。
身を捻って正面を向いてくれた彼女は半分目を閉じながら「ん?」と可愛らしく聞いてくる。
「怖い夢を見た…」
「まあ…お疲れですのね」
そう言ってエヴァはその豊満な胸でゼストを包む様に抱きついた。
彼女は寝ぼけているのか、先日から裸で寝る様にお願いしたのを忘れているのか、直に彼女のおっぱいがゼストの顔に当たっている。
妻の胸は最高のおっぱいだとゼストは思っている。大きさ、柔らかさ、色、感度、乳首のサイズ、触り心地。ゼストは誰にも内緒にしているが、おそらく妻のおっぱいは世界一だと思っている。
それを惜しげもなく常に妻に飢えている自分に与えてきたのだから、これはもう誘っているよな?
勝手にそう判断して、ゼストは目の前のふわふわおっぱいにむしゃぶりつき、第5ラウンドになだれ込むのであった。
*****
後書き+補足
最後までお読み頂き有難うございます。
こちらで『転生令嬢エヴァの婚約破棄から始まる愛と妄想の日々』は完結になります。
近々こちらの話に出てくるスピンオフ作品も追加しますので、またそちらでお会い出来れば嬉しいです。
沢山の反応有難うございます。
もし気が向きましたら感想など頂けると作者が飛びます。
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