純愛じゃなくたっていいじゃないっ!

みみ

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プロローグ

「あの、離してくれない?」

 脱力した無感情の声が耳元で囁かれる。抵抗する様子はないようだが、念のため彼女の細い手首をガッチリと掴み身動きを取れないようにする。

「立場がわかってないようだね。君は今、強姦魔に襲われてるんだよ? 離す訳ないでしょ」

 彼女の身体に顔を近づける。ああ、本当にいい匂い。少しカジュアルなTシャツから感じられる湿った肌。視覚と嗅覚をこれでもかというくらいに刺激されて、我慢の限界などとうに過ぎていた。

「この路地ね、夜になるとだ~れも通らないんだ。君が唯一の通行人、だから助けは来ないよ」

 薄暗い路地に寝そべる彼女に覆いかぶさって耳元でそう囁いてやる。

「ふぅ、ふぅ……女の子、女の子の身体。生の身体……!」

 自分でも息が荒くなっているのが分かる。心臓がバクバクと跳ね続けて背徳感が全身を駆け巡るのが止まらない。
 彼女の表情は最初の時と変わらず未だに真顔で、どうやら本当に状況がわかっていないみたいだ。もしかして、こういう性に関する知識がないのかな?

「ぐふふふ!」

 欲望を抑えきれなかった人間にのみ許された醜い、醜い笑い声が口元から溢れ出す。
 でも、これはしょうがないの。
 びっくりするくらいにいい匂い。信じられない程に柔らかそうなおっぱい。誘惑しているんじゃないかと疑ってしまう艶美な足と歩くたびに揺れる綺麗な髪の毛。そんな性欲の集合体たる女の子を好きなようにできる。そんな現実離れした行為が今、現実となっているのだから。

「はぁ、はぁ……それじゃ、入れるね」

 きた、きた。ついにこの時が! 
 彼女のホットパンツのファスナーを開けて、ずり下ろす。見えてきたのは無地の黒。特に装飾があるワケでもなく露出も少ない機能性重視の淡白な下着。だけど、そんな生活感を感じさせる下着が寧ろ加虐心をくすぐってくる。

「あのさ」

 まだなんか言ってる。そっか本当に分からないんだな彼女。いいよ、今から教えてあげるから! 気持ちいい事教えてあげるから! 

「入れるって……あんた女じゃん」
「……」
「あんた女じゃん」
「二回も言わなくてもわかってるよおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 私、安藤珠樹の全身全霊の絶叫が路地にこだまする。

「いいじゃん! 女でもいいじゃん! 何なんか文句でも!? あーそうですよ付いてないですよ、私には女の子に挿入すべきアレがないですよ! でも何!? だったら女の子を犯しちゃダメなの!? ううん、私は犯す! 入れるものがないなら作る、もしくは装着する! 何がなんでも女の子と気持ちいい事がしたい!」

 叫び過ぎて貧血気味になってきた。でも、叫ぶのをやめない! これは私の魂の叫びだから! このソウルハウリングをやめたら私が私でなくなってしまうから!
 そんな私の訴えを、相変わらず彼女は感情の読めない表情で聞いている。何この寒暖差。でもその冷たい目で見つめられるのも気持ちいい!

「はぁ……立場が分かってないのはどっちなんだか」
「え、何を言ってるのか……うわぁっ!?」

 瞬間。私の体が浮いた。

 彼女に馬乗りになってたはずの私は気が付くと何故か立場が逆転。私が組み伏せられていた。

「あんた、力無さすぎ。そんなんで人一人を押さえつけれるワケないじゃん」
「あれ!? でも、だってさっきは簡単に押し倒せたよ!?」
「それは抵抗するのがダルかっただけ。あたしバイト帰りで疲れてんの」

 ほえー、なるほど。手加減されてたのかー。

「……ええっと」

 あれ? この状況どうしよう。
 必死に押さえつけられている手を動かすけどビクともしない。足をバタバタさせると彼女の足が絡まってきてこちらもビクともしない。

「……」
「……」

 交差する私と彼女の視線。えっと、もしかしてこの状況は。

「逆レ!?」

 彼女の有無も言わさないというような冷たい視線。完全に組み敷かれた体勢、鎖骨付近を流れる汗。これ……。

「いいかも……」

 ずっと女の子を犯すことだけ考えてきたけど、犯されることは考えてなかった。だけど、この屈服させられている感じ。クールな女の子に無表情で馬乗りになられるの、いいっ!

「あんたまた変なこと考えてるでしょ」

 私がエクスタシーを感じていると、彼女の無機質な声が耳を通り背中を伝い、脳に衝突して全身が痺れる。はぅんっ♡

「はぁ……」

 彼女はため息をつくと上着のポケットに手を入れて、スマホを取り出した。
 その瞬間。私の顔から血が引いてく。逆レとか言ってる場合じゃなかった。私は強姦魔、そして今のこの状況、考えられることはただ一つ。

 通報。

 あ、やだ! 通報はやだ! こんなのお父さんに知られたら終わりだよ! 警察の人はなんて伝えるのかな『あなたの娘さんを強姦未遂で逮捕しました』なんて!? 

「お、お願いい゛いい゛い! 通報だけはやめてええぇぇ!」

 馬鹿なお願いをしてることは自分でも分かる。だけど私まだ捕まりたくない。ようやく私の脳は自分の仕出かした事を悪いと把握したようで、鼻の奥がツンとしたと思うと目から涙が溢れてきた。

「お、おね……がい、ひっく……しま、す……警察だ、けは……うぅ……」

 泣きじゃくって思うように言葉が出ない。だけど、私の必死の懇願も虚しく、彼女はスマホの操作をやめなかった。

「うぅ、うぅぅ……」

 私は自分のしたことを激しく後悔する。一時の感情と欲望に身を任せて、こんな事するなんて……彼女もきっと嫌な思いをしたに違いない。ごめんなさい、ごめんなさい。何とか償いをさせて欲しいと、私の心はそれでいっぱいだった。

「よし、と。あれ? なんであんた泣いてるの」
「う、うぅ……だってぇ……警察、警察呼ぶんでしょぉ……ぐすん……」
「警察? ああ、別に今のはお母さんに今日は遅れるってメールしただけだよ」

 彼女は呆れたような顔をしてスマホをポケットに仕舞い込んだ。

「ど、どうひて……私、強姦魔なのに……」

 涙と鼻水で潤った口を私は必死に動かす。

「強姦魔、ねぇ。それにしたらあまりにも貧弱すぎるけど。それに、こんなことでいちいち警察呼ぶのもめんどいっての。事情聴取とかであたしも連れて行かれるだろうし」
「ふぇ? じゃあ、私逮捕されない?」
「されないよ」

 その瞬間、罪悪感とか、後悔とか、自責の念だとか、様々な後ろめたい感情が一斉に沸騰して爆発した。

「うぅうあぅありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ちょっ」

 どこからこんな力が湧いてきたのか分からないけど、私は押さえつけられていた手を解いて彼女に抱きついた。胸に顔を埋め、わんわんと泣きわめく。

「服、汚れるんだけど」
「あぅぅ……ごめんね……」

 私は糸を引きながら顔を離す。彼女はそれをハンカチでふき取ると、そのハンカチを私に差し出す。

「ほらあんたも拭きな。顔すごいよ」

 水色のハンカチ。その優しさに私の目からは再び涙の滝が流れる。大量の涙と鼻水ですぐにハンカチはビショビショになってしまい、私が返そうとすると彼女は「あげるよ」と言いそっぽを向いた。
 それから、十分後。ようやく涙の枯れた私は。

「えっと……あの、本当にごめんね?」
「反省してるならもうこんな事はしないことだね」

 彼女はそれだけ言うと、乱れた衣服を整えて踵を返した。

「じゃ、あたし帰るから」

 特に惜しむことなくその場を去ろうとする彼女に私は静止の声をかける。だけど彼女は当然だけど止まってくれない。

「ま、待って……!」

 声でダメなら体で。私は彼女の背中に飛びついた……! だけど私の指が彼女に接触するその瞬間、腕を彼女に引っ張られて私の胸は彼女の背中に乗っかる形になる。流れるような見事なその身のこなしはまぁ万人なら見たことがある、そう背負い投げだ。

「ぐほォッ!?」

 そして地面へと叩きつけられる。だけど、特に痛みはなくむしろ驚きのあまり声が出てしまったという感じだ。上手な人の投げ技は衝突の瞬間、裾を引いて衝撃を和らげてくれるから痛くないと聞いたことがある。

「あ、ごめんつい」
「うぅ……しくしく……あんまりだよぉ……」
「いやあんたは言える口じゃないでしょ」

 彼女は私の泣き顔を見てため息をつく。

「で、なに?」

 私が呼び止めた理由を怠そうに聞いてくれる。嫌な顔をしてるけど、彼女は面倒見がいいのかもしれない。

「あの、名前……名前を教えて!」

 私は必死の思いで喉に引っかかっていた言葉を捻り出す。少し声が裏返ってしまったけど、どうにか伝えることができた! 

「え、やだよ」
「……」

 声のトーンが常に同じな彼女だったけど、その言葉だけは、心底嫌だと言うのが伝わって来た。

「な、な、な、なななんでよおおぉおおお! いいじゃん名前くらいいいじゃああああん! 私勇気を振り絞って聞いたのにいいいいいいい! あ、あんまりだああああああ!」
「だって名前教えたらあんたストーキングしてきそうじゃん。住所特定とかされたら最悪だし」

 あまりにもごもっともな返答が返ってくる。そうだった、私は未遂にしろ強姦魔であることは変わりないんだった。自らの行いに激しく後悔。

「もういいでしょ、あたし帰る」
「ぞんなあああ゛あ゛あ゛ああ! あ! 私! 私の名前教えるから!」
「いやいいよ……」

 そりゃそうだ。私の名前なんて知ったところで警察に通報した時の手間が少なくなるだけだ。

 歩みを進めてどんどんと遠くなっていく彼女の後ろ姿に、私はどうにか、何かかける言葉はないかと必死に探す。

「わ、私! 私の名前は安藤珠樹、安藤珠樹だよーーー!」

 結局、自分の名前を叫ぶことしかできなかった。側から見たらなんとも滑稽な姿だ。
 当然、彼女からの返答はなく辺りは静寂に包まれ、少し寒い夜風の音だけが路地の中で小さく木霊していた。辺りも大分暗くなりスマホに映し出された時計を見ると日付が変わっている。

「はぁ……帰ろう……」

 このままここにいてもしょうがないので私も帰路に着くことにした。

「それにしてもエロかったなぁあの子」

 艶かしい彼女の首筋が私のピンクな脳内でフラッシュバックする。いや反省はしてるよ? してるけど、人間、反省とか決心とか、そういったものはそのいっときだけで。少し時間が経てばすっかり忘れてしまうものなんですよ。だからこれは人間の脳の構造上しょうがなくて謂わば生理現象のようなもので、特段私の性格が“クズ“というワケではないんですよ。
 そんな言い訳をしながら私は綺麗に透き通る夏空の星を見上げる。

「もう一度、もう一度だけ……会いたいな……」

 流れ星でも落ちたら願ってみようかな。私はなるべく見落とさないように目を見開く。それはやっぱり、側からみたら滑稽なんだろう。だけど、人目を気にするなんて余裕はもうなくて、私はフラフラと彷徨うように家へと帰って行く。

 
 ——今思えば、この夜が私の未来を変えた決定的な因子だったんだなと、そう、思う。
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