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木霊の探しもの
弐
しおりを挟む「麻どの。どれ、私も手伝いましょう」
両手に木箱を抱えていた私にそう声をかけたのは、ケヤキと名乗った木霊の彼だった。旅装束を解いたのか、今は焦げ茶色の着流し姿だった。
ケヤキは三つあるうちの二つを軽々と持ち上げて「どちらに運びましょうか」と尋ねる。
「いや、そんな、申し訳ないです……!」
慌てて手を差しだした私をやんわりと制したケヤキは、目を弓なりにして微笑む。思わずその笑みに見惚れてしまい、しばらくしてはっと我に返る。
「す、すみません……じゃあ、本殿に」
「かしこまりました」
私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれるケヤキの横顔を盗み見る。ふと、さきほどのことを思い出した。
『────魑魅?』
不思議そうに尋ねた三門さんに、彼は重々しく頷いた。
『はい。一昨年から探し始め、この手でしかるべき場所へ還してまいりました』
難しい顔をしたふたりについて行けず、ひとり首を傾げた。それに気が付いたのか、三門さんがすかさず説明をしてくれる。
妖のなかでも、とりわけ害のある妖がそう呼ばれているらしい。その形はなく、真っ黒な靄が集まったような禍々しい姿をしているのだとか。
ケヤキはおもむろにこちらへ背を向けると、着物の襟に手をかけ片方の肩をはだけさせる。慌てて顔を反らそうとしたけれど、見えてしまったその肩に思わず動きを止め、はっと息を飲んだ。彼の右肩から腕、そして胸にかけて、まるで皮膚が死んでしまったかのようにどす黒い色をしていたのだ。
『私の本体である木が腐りかけているのです。木が朽ちてしまえば、私も消えてしまいます。それまでになんとしても、残りのひとりを見つけたい』
思わず眉間に皺がよる。三門さんも同じ表情をしていた。
着物を元に戻してこちらに向き直ったケヤキは、意志のこもった強い目で三門さんをまっすぐと見つめる。黙って聞いていた三門さんが難しい顔のまま口を開く。
『君の願いは分った。でも、どうして君が魑魅を追うんだい?』
途端、ケヤキは悲しそうな顔で目を伏せた。唇を一文字に結び、何かを堪えるように眉根を寄せて膝の上で拳を握る。
『……申し訳ありません。今は、訳あって、としか言えぬのです』
私と三門さんは顔を見合わせた。
肩をこわばらせ俯くケヤキに、よほど言いづらいわけがあるのだと察することができた。
『突然訪ねてきて、訳も話さぬまま助けを乞うのはおかしいと分かっております。でも……でも、私には三門さましか頼れるものがおらぬのです。どうか、そのお力をお貸しください』
畳に手を付き深く頭を下げたケヤキに、三門さんは小さく息を吐いた。
『……結守神社は妖と人を助け、導く神社だ』
顔をあげひとつ頷いたケヤキに、三門さんは続ける。
『どんな妖でも助けを乞えば、僕はできる限りのことをするよ。でももし君の胸に秘めているものが間違いであれば、正しい方へ導くのも僕の仕事だ。だから、いつかその判断をしなければならない時が来たら、必ずすべてを話してもらうよ。それでもいい?』
いつになく真剣な顔でケヤキの目を見る三門さん。その視線を真っ向から受け止めたケヤキは深く頷いた。
すると、三門さんはふっと表情を緩めた。
『分かった、一緒に探そう』
少し瞳を潤ませたケヤキが、もう一度勢いよく頭を下げる。「ありがとうございます」と言ったケヤキの声は、少し涙にしめっていた。
ケヤキの横顔を見ながら考える。
彼はその胸に、一体どんな想いを秘めているのだろうか。どうしてそこまでして、魑魅を追っているのか。どうしてそのわけを話してくれないのか。
「……三門さまは、泰助さまととても似ていらっしゃいます」
ぽつりとつぶやいたケヤキに、ふと我に返る。
「そう、なんですね。ひいおじいちゃんとは会ったことがないので、よく知らないんですけど」
「そうでしたか。泰助さまはとても慈悲深くお優しい方でした。私は常々、菩薩はこのような人なのだろうなと思っておりました」
ケヤキは懐かしむように目を細めて空を見上げた。
写真でしかみたことのない、ひいお祖父ちゃん。会ったことはないけれど、こうしてずっと慕ってくれている妖がいるのだから、とても素敵な人だったに違いない。
一度でいいから会ってみたかったな、と少し切ない気持ちになった。
「あ、巫女のお姉ちゃん!」
突然そんな声がして振り返る。野球帽をかぶった小さな男の子が立っていた。何度か社頭で遊んでいる姿を見たことがある。
「こんにちは、厄除けのお札貰いに来たんだけど、三門兄ちゃんいる?」
駆け寄ってきた男の子は、私の隣に立っていたケヤキを不思議そうに見上げながらそう尋ねる。
「社務所にいるよ」と指させば、男の子は分かった! と元気に返す。そして続けざまに「隣のキレイなおねえさん、三門兄ちゃんのコイビト?」と尋ねる。そんな無邪気な質問に、思わず目を見開いた。
はは、と楽しげに笑ったケヤキは、男の子の前にしゃがみ込むと、その頭を撫でた。
「すまんなあ、人の子。私はおねえさんでも恋人でもないのだ」
ケヤキの低い声に「え、おにいさん!?」と男の子が仰天する。しかしすぐに順応したのか、「巫女のお姉ちゃんより美人だね!」とあどけない笑みを見せると、手を振りながら走って行った。
最後のひとことに、思わず顔が強張る。
たしかに女の私が見てもケヤキは美人だと思うし、小さな子が言うことだから悪意はないと分かっているんだけれど。
「麻どの、子どもの言うことです。それに我々のような者たちは、人間を魅了するために見た目が良く作られるのですよ」
私を励ますためなのか、ケヤキが慌てて口を挟む。なんだか慰められると余計に悲しくなる気がする。
「それにしても、今はおもてらのお社が開いている時期なのですね」
突然話題を変えたケヤキ。彼の心遣いに申し訳なさが募る。「はい、一昨日から」と返事をすると、ケヤキは少し安心したように微笑む。
「人の子が私の姿が見えたので驚きました」
そう言えば確かにそうだ。普段なら見えるはずのない姿を見ることができ、言葉も交わしていた。ふと、ババに教えてもらったことを思い出した。おもてらのお社は昼夜を問わず、人も妖も参拝できるお社なのだ。
「何度か開門祭に来たことがあるんです。あれはいいものですね」
懐かしそうに、でもどこか寂しさを含んだ表情で呟くケヤキ。なんだか胸がざわざわして、慌てて口を開く。
「……来年も再来年も、あります」
「ええ、そうですね」
穏やかに笑うケヤキの横顔を見ているとやはり胸がざわついて、妙に引っかかった。
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