あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ

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家鳴のいたずら

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ただいま、と言いながら廊下を歩いていると今の方からババの返事が返ってきた。顔を覗かせると、せっせと洗濯物をたたんでいた。


「あれ、三門さんはまだ帰ってきてないんだ」

「三門? ずっと帰ってきていないよ」


ババを手伝うべく向かいに座って、まだ畳まれていない洗濯物を手に取った。


「三門さん、私を探していたみたいなの」

「何かあったのかい?」


途端不安げな顔をしたババに慌てて首を振る。


「きっと何か用事があるんじゃないかな。あ、そうだ。ババ、何か細い紐とかないかなあ」


何に使うんだいと聞かれて、手ぬぐいで包んで袂に入れていた切羽をババに差し出した。円禾丸に会ったこと、切羽をもらったことを順に話していく。するととても驚いた顔をした。


「良いものを貰ったんだね。御神刀さまに守られているのと同じくらいの意味があるよ」

「そ、そうなの……? 円禾丸って強かったんだ」


「そりゃあユマツヅミさまの刀だからね。御神刀さまの切羽か、それじゃあ組紐を作ってあげようかね」


畳み終えた洗濯物を抱えて居間を出て行ったババは、しばらくしてたくさんの糸と真ん中に穴の開いた小さな木の椅子のようなものを抱えて戻ってきた。

そしてカラフルな紐をいくつか私の前に並べる。思わず「うわあ……」と感嘆の声をあげた。そんな私の反応に、ババは得意げに笑った。


「可愛いだろう。組紐って言うんだよ。御神刀さまだったら、藤に金、あとは黒だね」


糸の束から数本色を選んで取り出したババ。木の台にそれを仕掛けると、慣れた手つきで紐の位置を入れ替えたりしていく。すると、開いた丸い穴の下から、カラフルな一本の紐が出来上がっていった。「すごいっ」と声をあげると、ババはカラカラと笑う。


「そんなに近付いたら、額をぶつけるよ。やってみるかい?」

「で、できる?」

「簡単さ」


ババが自分の座っていたところを少しずれて、座布団を叩く。ドキドキしながら促されるままに座ったその時。


「麻ちゃんいる⁉」


居間の障子がスパン! と勢いよく開いた。ババとふたりして「ひゃっ」と声をあげる。

三門さんが肩で息をしながらそこに立っていた。


「ここにいたの!」

「は、はい」

「気分悪いとかない⁉」

「えっと……特には、ないです」


三門さんは額に手を当てて、安堵したように大きなため息を吐いた

怪訝な顔をしたババが何かあったのかと尋ねると、一段と真剣な表情を浮かべて一つ頷く。


「気分が悪いって言う参拝者がたくさん出たんだ。状況を辿ったら、授与所で篠が祝詞をあげたらしいね」

「あ……はい、そうです」


何も見ないで長い祝詞をすらすらと暗唱していた姿は記憶に新しい。自分のふがいなさと同時に、同い年なのにすごいなあ、ともひそかに思っていたのだ。


「いい機会だから麻ちゃんにも教えておくね。祝詞は、たった一ケ所を唱え忘れるだけでも、発音を少し間違ったりするだけでも、その逆の効果を引き起こすことがあるんだよ。篠の場合、祝詞を一文飛ばしてしまったから、浄化するはずが汚してしまう効果が出たんだ」

え、と言葉を失った。確かに三門さんが唱える祝詞のような心地よさは感じなかったが、まさか逆の効果が生じていたなんて微塵も思わなかった。


「それで、今は」

ババが表情を曇らせると、三門さんは安心させるように微笑んだ。


「もう大丈夫だよ、そこまで強いものではなかったから」

「そうかい。しかしまあ、開門祭で娘役をやってからか、妙に背伸びをするようになったとは思っていたんだが、まさかそんなことのなるとはね。しっかり叱っておかないといけないよ」


「分かってる。今から篠の所へ行ってくるよ」


ふうと深く息を吐きだした三門さんがくるりと背を向けた。ババが慌ててその袖をつかみ動きを制する。

今度は三門さんが不思議そうな顔をして振り返った。


「今朝から何も食べてないだろう。雑煮があるから食べていきな」

「後で食べるよ、今は時間がないから」

「そんな青い顔で何言ってんだい。今食べるんだ」


きっぱりと言い切ったババに三門さんは苦笑いを浮かべた。困ったように首の後ろを擦ってから「分かったよ」と肩を竦める。

ババは嬉しそうに、そして安心したように微笑むといそいそと台所へ向かった。


「今座ると、絶対眠っちゃうんだけどなあ」と呟きながら三門さんは私の隣へ腰を下ろす。直ぐに「うん?」と首を傾げた。


「麻ちゃん、何か持ってる?」


え、と小さく声をあげて直ぐに広げた掌を三門さんに見せる。


「これ、貰ったんです。どうしてわかったんですか」

「ふふ、なんとなく。良く見せて」


差し出された掌の上に乗せると、三門さんはポカンと口を開き、こぼれんばかりに目が全部見えてしまいそうなほどに目を見開いた。普段は見れないような呆気にとられた顔だった。


「これ、円禾丸の切羽だよね? いつ貰ったの、宝物殿には入ったの?」

「えっと、さっきです。宝物殿に間違って入ってしまって、そこで会って……。ごめんなさい、大切な場所だって知らなかったんです」

「ん? ああ違うよ。怒っているわけじゃないんだ」


慌てた様子で顔の前で手を振った三門さんにほっと胸をなでおろす。


「少し驚いたんだ。これを常に身に着けておくっていうことは、円禾丸にずっと守ってもらっていることと同じ意味なんだ。たいていの災厄は跳ね返すことができる。……まさか、彼がそう言うことをするひとだったんだなんて、思わなかったから」


ババから聞いた通りだった。この切羽ひとつでも、それくらいの効果があるらしい。不思議に思いながら切羽の穴を覗いて手で弄ぶ。


「小さい頃に見た切りで、最近は全く会っていなかったから、てっきりもう人間の前には姿を現さないようにしているんだと思ってたよ」


ふと円禾丸との会話を思い出す。

確か、円禾丸は三門さんに“こわい”と言われてから姿を見せないようにしていたんだ。けれど三門さんはそんなことを全く覚えていないらしく、突然姿を見せなくなったと嘆いている。
これは────。


「あの……三門さん」


円禾丸から聞いたことを簡潔に伝えると、三門さんは頭を抱えて机に突っ伏した。お雑煮を運んで来たババが不思議そうな顔をする。


「全く身に覚えがありません……」

「し、仕方ないですよ。だって、今の背丈の半分くらいって言ってましたし」


姿を見せてくれないのは僕のせいだったんだ、とひどく落ち込む三門さんを慌ててフォローする。ありがとう、と力なく笑うと深い溜息を零しながらお箸を手にした。


「謝ってくるよ。直ぐに行きたいけど、会いに行けるのは四日になるかな」


ひどく肩を落とす姿に、なんだか申し訳なくなった。何か話題を探そうと目をきょろきょろさせ、「あっ」と心の中で手を打つ。


「三門さん、教えてほしいことがあるんですけれど」

「ん?」

「お御籤ってどうして結ぶんですか?」


参拝者のかたに聞かれたけれど答えられなかったことを思い出して尋ねた。


「ああ。あれはね、神社や木に宿った神様の力を借りて、悪い運勢をいい運勢に変えるために結ぶんだ。神様と縁を結ぶって意味もあるんだ。本来はどれも持ち帰っていいんだよ。あれに書かれているのは、その人が“いま必要としている”神様のお言葉だからね」


なるほど、深く頷いた。なんとなくお御籤は買ってから結ぶまでが一連の流れなのだと思っていたけれど、そうではなかったのか。“いま必要としている言葉“なら、なおさら肌身離さず持っておいた方がいいのかもしれない。


「麻ちゃんも後で引いてみたらいいよ。あ、でも、少し後に来てね。たぶん同い年だから、変に意識しちゃうんだと思うんだ」


そう言って苦笑いを浮かべた三門さん。篠のことを言っているんだと直ぐに分かった。私も、叱られている姿は誰かに見られたくない、きっと妖でもそう思う感覚は々なんだろう。

他にも役立ちそうな神社のうんちくをいくつか教えてくれた三門さんは、十分もゆっくりとしないうちに立ち上がった。もっと休んだほうがいいと苦い顔をするババを宥めながら、いそいそと社頭へ戻っていった。

三門さんが出て行った方を、ババが心配そうに見つめる。


「あたしはあの子が体を壊さないか、毎年ひやひやさせられているんだよ」
ババは深くため息を吐いた。


「毎年三箇日が明けた翌日から、下手すりゃあ三日間は眠り続けるんだよ」

「み、三日間も……?」

「眠れない夜がつづくからねえ。普段からきちんと眠る時間を取れていない子だから、どっと疲れが押し寄せるんだろうよ」


ババは三門さんが使った食器を盆に乗せて立ち上がると、また台所へ消えていった。

そして三門さんに言われた通り少し時間を空けて授与所に向かった。少し気まずい気持ちを抱えながら中へ入ると、丁度ろくろ首の明里と篠が入れ替わるタイミングだったらしい。

目元が少し赤くなった篠が私を睨みつけると、早足で横を通り過ぎて行った。


「女の恨みは恐ろしいんだよ、特に妖はね」


含み笑いを浮かべた明里。そして「さて、どうやって三門に見つからずに逃げ出そうかね」と呑気に大きな欠伸をした。
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