あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ

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付喪神の子守り

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ハッと顔をあげると、変わらず私は居間にいた。ひな人形の傍で蹲っていたらしい。試しに頬を抓ってみたらとても痛かったので、今度は夢ではないらしい。

ゆっくりと立ち上がってひな人形の前に立つ。背伸びをしてお内裏さまの腰の刀に手を伸ばした。鞘ごと取ってゆっくりと刀身を引き抜く。真ん中あたりで折れた刀は、夢で見た通りだった。


「これのせいで、詩子を守れないんだよね……?」


真っ直ぐと前を見据えるひな人形たちに問いかける。彼らは何も答えなかったが、その瞳は何かを必死に訴えているように思えた。

とにかくこのことを三門さんに伝えないと。詩子の身に何かあったら、なんて考えるだけでも恐ろしい。

その時、ふと何か大事なことを忘れているような気がして首を傾げた。そもそも私はさっきまで何をしていたんだっけ。


「あっ、時間っ」


私はトイレを借りた後、戻るときに客間を覗きさっきの夢を見た。ということは、夢を見ている間に随分と時間が流れているはずだ。

慌ててお内裏さまの腰に刀を戻し客間を飛び出す。飛び込むように居間へ入ると、詩子のおばあちゃんが驚いたように目を丸くした。


「詩子、どこにいますか!?」

「さっき携帯電話を取りに行ったけれど……」

「……え?」


記憶をたどると、たしか、私は詩子と同じタイミングで居間を出た。詩子はスマートフォンを取りに行くために自室へ戻っていったはずだ。それじゃあ、私がひな人形と詩子の夢を見ていたのはたった一分か二分だったことになる。

変だ。今まで妖たちの言葉に影響されて、彼らの記憶を夢で見たことはあるけれど、一分や二分で目が覚めるなんてことはなかった。それにいつもは夜眠りについてから夢を見ていたのに、今回は無理やり見せられたような形だった。彼らの言葉に、それほど強い力を持っていたとは思えない。

一体どういうことだろう、眉間に皺を寄せたその時だった。


「きゃあっ」


廊下の向こうから詩子の悲鳴が聞こえた。


「私みてきますっ」


おばあちゃんには居間にいるように伝えて廊下に飛び出した。声がした方へ駆け出す。廊下の一番奥に「詩子の部屋」と書かれたボードが、ドアノブにかけられていた。迷わずそのドアを開けた。


「詩子っ、大丈夫!?」

「え、麻? どうしたの?」

「え、いや、だって、悲鳴……」


部屋の真ん中で尻もちを付いた詩子が、目を丸くして私を見上げた。私もきょとんと目を丸くした。


「ああ、さっき叫んだからだよね? ごめんごめん、何でもないの。これ見て」


気が抜けたようにへらっと笑った詩子は自分の足元を指さす。そっと覗き込むなり、私は絶句した。

右足と左足のわずかにあいた隙間にカッターが刺さっていたのだ。上から叩き付けなければできないほど、床に深く突き刺さっている。


「なんか、スマホ探してたら机の上から落としたみたいで」

「落とした……? ほんとに?」


詩子に手を貸して立ち上がらせる。


「待って麻。これ、何……」


詩子が突然私の二の腕を掴んだ。わずかにその手が震えている。詩子が指さした先に視線をやって、顔をひきつらせた。


「破れてる、どうして……」


昨日の夜に写真で送られてきた時よりも、御札の黒い部分が増えている。刃物で切り付けられたようにふたつに裂けていた。

ぞわりと背筋に冷たいものが走る。悪い予感がした。


「詩子、直ぐに部屋を出よう」


詩子の両手を握りしめてそう言った。戸惑いながらも頷いた詩子の手を引いてドアに向かう。ドアノブに手を伸ばしたその瞬間、私の鼻先で勢いよくそのドアが閉まった。

詩子が私の背中で息を飲むのが分かった。ドアノブを強くガチャガチャと回すも、ピクリとも動かなかった。背後でかたかたかたと何かが揺れる音がして振り返る。本棚の本が、ペン立てのペンが小刻みに揺れている。

本能が警鐘を鳴らしている。


「ねえ麻どういうこと!? 何が起きてるの!?」


詩子が私の腕をゆすった。ひどく戸惑っている。


「大丈夫だよ。落ち着いて、息を吸ってみて」


詩子の両手を握りしめて、自分にも言い聞かせるようにそう言った。深呼吸をすると、今にも爆発しそうなほど波打っていた心臓が少しだけ落ち着いた。


「三門さんが私の傍にいる限り大丈夫だって言ってたの。詩子、スマホある?」


泣きそうな声で「ある」と言った詩子は、ジーンズのポケットにねじ込んでいたスマートフォンを取り出す。


「三門さんに連絡しよう。たぶんすぐ近くまで来ているはずだから」


震える指で画面を叩いた詩子、スマートフォンを耳に当てた。電話は直ぐにつながったらしく、詩子は縋りつくような声で話し始める。


「み、三門くんっ、助けて、どうしてらいいか分かんない!」


そればかり繰り返す詩子に、慌てて「代わって」と手を差しだす。スマートフォンを受け取って直ぐに耳に当てた。


「もしもし麻です、かわりました」

『麻ちゃん!? いまうたちゃんの家だよね、何があったの!』

「詩子の部屋に閉じ込められましたっ。御札が破れてしまっていて、たぶんそのせいです!」

『災厄がうたちゃんを狙ってるんだ、とりあえずふたりはそばでかたまっていて。直ぐに行くからっ』


わかりました、と言いかけてハッと思い出す。


「詩子の守りの力のもとは、ひな人形の付喪神なんです!」

『っ、どういうこと?』


三門さんの息が乱れているのが電話ごしに分かった。きっと走っているのだろう。


「ひな人形の付喪神が詩子を守っていたんです。でも徐々に守る力が弱くなってきていて、お内裏さまの刀も折れてしまって、もう守ることができないんです」

『なるほど、そういうことだったんだね』


簡潔に伝えただけなのに三門さんはみなを察したらしい。一呼吸置いて、とても真剣な声で私の名前を呼んだ。


『麻ちゃん、今からうたちゃんのスマホに祝詞を送るから、それをお雛さまの前で唱えてほしいんだ。できる?』

「祝詞って、三門さんがしている風にですか」

『そう。簡単な祝詞だよ、絶対に大丈夫だから』

「で、できません! だって私……」


私の言葉を遮るように、詩子が「きゃあっ」と悲鳴を上げ頭を抱え込みその場にしゃがみ込んだ。次の瞬間、詩子が立っていた場所へ本棚に入っていたはずの文庫本が勢いよく飛んでくる。本は派手な音をたててドアにぶつかって足元に落ちた。

思わず自分も悲鳴を上げる。直ぐに詩子に寄り添った。


『麻ちゃんっ、麻ちゃん! 何があったの!』


床に落としてしまったスマートフォンから三門さんが声を張り上げているのが聞こえた。震える手を無理やり抑え込んだ。

お母さんを怪我させてしまったこと、妖の子どもに怪我を負わせてしまったこと、その時の恐ろしさを忘れてしまったわけではない。今だって、言いたいことを思い浮かべてから話してはいるけれど、それでもまだ誰かを傷つけてしまうのではないかと不安なのだ。

三門さんを待っていると、詩子が怪我をしてしまうかもしれない。考えたくもないけれど、取り返しのつかないことになる可能性だってあるんだ。

守れる力を持っているのは、私なんだ。

床に落ちているスマートフォンを拾い上げた。


『麻ちゃん、返事してっ、麻ちゃ……』

「三門さん、どうやって唱えればいいんですか!」


三門さんの言葉を遮った。震えを誤魔化すように、お腹の底に力を入れて叫ぶように尋ねる。

一瞬の間があく。


『……優しい声で歌うように唱えて。神さまに感謝の気持ちを伝えて、力を貸してくださいって思いながら唱えるんだよ』

「わかりました」


涙が出そうだったけれど、きつく目を擦って流れてくる前に止めた。視界が曇れば、祝詞が見えなくなってしまう。


『絶対大丈夫。きっと彼らが力を貸してくれるから。麻ちゃんならできるよ』


その言葉を最後に通話が終わった。しゃがみ込む詩子の肩を抱き寄せる。部屋の窓が軋み始め、揺れが激しくなる。私は息を飲んだ。

ぽこん、とメッセージアプリにメッセージが届いたことを知らせる通知音が鳴った。直ぐに三門さんとのトーク画面を開く。長い祝詞の最後に、「お雛さまたちに聞こえる声で」と書かれていた。私は立ち上がってドアに手を当てる。

思い出せ、三門さんの声。赤ちゃんに子守唄を聞かせるような、優しくて暖かい声。包み込んで守るような。

すっと息を吸った。


「────此《こ》れ神床《かむどこ》に坐《まし》ます 掛《か》けまくも畏《かしこ》き天照大御神《あまてらすおおみかみ》 産土大神等《うぶすなのおおかみたち》の大前《おおまえ》を拝《おろが》み奉りて 恐み恐みも白さく 大神等《おおかみたち》の廣《ひろ》き厚き御恵《みめぐ》みを 辱《かたじけな》み奉り……」


詩子を守ってくれた神さまへの感謝。そして、もう一度助けを乞うのだ。

助けて下さい。その力をお貸しください。どうかもう一度、詩子を守って。


「……高き尊き神教《おしえ》のまにまに 直き正しき眞心《まごころ》もちて 誠の道に違《たが》ふことなく 負ひ持つ業《わざ》に勵《はげ》ましめ給ひ 家門高《いえかどたか》く 身健《みすこやか》に 世のため人のために盡《つく》さしめ給へと 恐み恐みも白す────」


唱え終わると同時に、息もつかずに柏手を打った。ひな人形たちにも聞こえるくらいの大きく冴えわたった音を鳴らす。


 ────結守の巫女よ、ありがとう。


頭の奥に直接語り掛けるような声がしたかと思うと、次の瞬間、目の前のドアが勢いよく開き、私はその場に尻もちを付いた。洞窟の入り口のように強い風が部屋に入り込む。

詩子が悲鳴を上げる。慌てて駆け寄ったその時、視界の端を色鮮やかな布が横切った。


「結守の巫女よ、助かったぞ!」

「我らに力が戻った」

「兵どもよ、うち祓うのじゃ!」

「詩子どのをお守りするのじゃ!」


風に乗って現れた小さな付喪神たち。詩子をずっと見守ってきた、ひな人形の付喪神だった。

風が部屋の陰に隠れていた靄をあぶりだした。それに向かって放たれた矢は、光の線を引いて靄を切り裂く。黒い靄は弾けるように拡散し、光に包み込まれて消えていく。彼らは大きなそれを、次々と消し去っていった。


「詩子、詩子、顔をあげて」


蹲る詩子の肩をゆすった。詩子は怖々と顔をあげ、そしていっぱいに目を見開く。


「ひ、ひな人形が……」

「見えるの!? そうだよ、詩子を守ってくれていたひな人形が、戦ってるの」


信じられない、と呟いた詩子はふっと力が抜けたように私に寄りかかった。慌ててそれを支える。


「詩子どのに近付くなど、笑止千万!」


お内裏さまが綺麗につながった刀を振りかざし、靄を頭から切り裂いた。切り口から光があふれ出し、やがて靄を包み込む。光が弾け、飛び散った。

刀を収めたひな人形たちが私の傍へ来た。


「必ずや御礼に参ります」


細い目をさらに細めてにっこりと微笑んだ彼らは、詩子の頬にそっと触れる。瞬きした次の瞬間には、もうそこにはいなかった。

玄関のほうから私の名前を呼ぶ三門さんの声がした。足音が近付いてくる。


「麻ちゃん!?」


額に汗を浮かべた三門さんが部屋へ飛び込んできて、私の前に跪く。気を失う詩子の首に手をやって安心したように小さく息を吐いた三門さん。私と目を合わせるよ「よくやったね」と微笑んだ。

その瞬間、体の力が一気に抜けていくような感覚に襲われた。

終わったんだ。私、ちゃんとできたんだ。

胸に熱いものがこみ上げて、ぼろぼろと涙が零れた。嬉しいのと、安心したのと、とても怖かったのが一気にあふれ出した。三門さんが白衣の袖で私の頬を拭う。大きな手が頭に乗せられて、もっと涙が溢れた。






ふと我に返ると、電車はおもてら町をとうに抜けていた。山間をいくつか抜けたらしく、田畑はすっかりなくなって、ビルの立ち並ぶ景色が見え始める。そんな風景に少しの寂しさを覚えつつ、途中だった詩子へのメッセージをまた打ち始める。

あの日、私が唱えたのは『神棚拝詞』という祝詞で、本来は神棚や産土神に向けて唱えるものらしい。

神棚拝詞を唱えることにより、神さまとひととのつながりが強くなる。だから、“付喪神”になっていたひな人形を他の神さまと同じように祝詞を唱えることで、詩子とひな人形たちのつながりを強くすることができたのだ。その結果、彼らの守りの力を強くさせたのだとか。

あの日のことを思い出すと、まだ胸がどきどきする。初めて言霊の力で友達を守ることができたのだ。いつも三門さんに助けられてきたように、私も自分の力で人を救えることが分かった。

もっと言霊の力について知りたい。できることを増やしたい。


そんな思いが一層強まった。


「早く帰りたいなあ……」


遠ざかって行く山を見つめながら、私はそう呟いた。

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