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雪童子と友人
拾参
しおりを挟む目が覚めると見知らぬ天井があった。飛び起きると目が回って、また床に逆戻りになる。
「おお、起きたか」
しゃがれた男の声がして、目だけをそちらに動かす。
囲炉裏の傍で草履を編んでいた年老いた男がゆっくりと立ち上がる。男が「ばあさん、ばあさん」と土間に向かって声を張り上げると、「はあい、今行きますよ」と老いた女が現れた。
女は皺だらけの手で蛍雪の頬に触れた。優しい目をした人だった。
「まあ冷たい。湯たんぽをあげましょうね。ご飯は食べられる?」
男はゆっくりと蛍雪の体を起こすと背中に腕を回してて支える。
「なんだ、風で吹き飛びそうなほど軽いじゃないか」
蛍雪は戸惑いながらふたりの顔を交互に見た。ふたりは目じりをしわくちゃにして線のように細い目で笑う。腹の底に心地よい熱が広がった途端、どうしようもなく泣きたくなった。
触れられる頬に、背中に、心地良い熱が広がる。ずっと求めていた“あったかい”がそこにあった。
声をあげて泣いた。ふたりは困ったように蛍雪の背中を擦った。その手が温かくて一層涙が零れた。後悔はしていないはずなのに涙が止まらなかった。
老夫婦はひとり行き倒れていた蛍雪から話を聞こうとしたが、蛍雪はかたくなに口を閉ざした。困ったように笑った老夫婦はそれ以上は聞き出そうとせず、甲斐甲斐しく世話を続けた。
やがて起き上がれるようになって、家を出て行こうとした蛍雪に老夫婦は「一緒に暮らそう」と話した。老夫婦は子どもに恵まれなかったらしい。
「でも、おれ、ちゃんと何も話してないのに」
言葉に詰まった蛍雪の頬を撫でた。
「何を悩んでいるのか、秘密にしているのか、そんなのは私たちには関係ないんだよ」
「そうさ。私たちは、お前と一緒に居たい、それだけさ」
ずっともとめていた“あったかい”の中に己の居場所を見つけたのだ。
蛍雪は何度も生を享けた。その度に人間の中に居場所をみつけ暮らしていた。
人の死にも立ち会った。妖の世界に居れば、六花と居れば持つことのなかった感情だって抱いた。人と同じように、苦しいこと、悲しいことも経験した。そんな中で蛍雪を支えるのは、いつも“あったかい”をくれる人間だったのだ。
人の傍で生きて、思うことはただ一つ。
人になりたい。人になって、大人になって、誰にも忘れられず、誰かのそばで一生を暮らしたい。
そんな思いを抱いて、六花が「虚しい」といった気持ちが次第に分かるようになった。
あれほど愛した人が、大切にしてくれた人が、次に生まれたときには己のことを忘れていて、この世からいなくなっていて、何も感じないわけがなかった。
胸に穴がぽっかりと開いたような虚しさが、生まれ変わるたびにひとつずつ増えていった。
最近はよく夢に六花が出てくるようになった。夢の中で六花はいつも同じことを言った。
────お前は陽の下を歩けない。大人になる前に溶けるんだよ。
それでもいい。新しい場所で暮らす。
────人の記憶に妖は残らない。蛍雪が消えれば、お前との思い出は残らないんだよ。
俺は。
────帰っておいで蛍雪。私たちの世界ならお前を悲しませるものはいない。お前を忘れたりしない。また兄やと一緒に暮らそう。
分かっている。妖の世界なら、俺のことを忘れたりする人もいない。死に嘆くこともない。
妖たちと一緒に生きるのは、人に比べたら楽に決まっている。でも、初めて人間と一緒に過ごした時、とても悲しくて逃げたくなるほど辛いことがあったのに、泣きたくなるくらい心地良かったのだ。優しくて、温かくて、幸せで。温かいということが初めて分かったのだ。
六花に背を向けるのはこれで二度目だった。
それでも俺は、人の傍で生きたいんだ。
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