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雪童子と友人
拾伍
しおりを挟む金曜日の放課後、私たちは学校が終わって直ぐに社に集まった。
鬼門は裏の鳥居のことを指す。鳥居の向こう側を覗くも森が続くだけで、なんら変わりはない。
本当にこの向こう側が妖たちの世界なんだろうか。
「鬼門をくぐれば、もう妖たちの世界だ。絶対に気を許しちゃだめだからね。……ああ、やっぱり僕も一緒に」
「お前はこっちの仕事があんだろ」
健一さんに後ろから羽交い締めにされた三門さん。いつもは健一さんを制すほうの役割なので、意外な姿だった。
「今回は幽世と現世の境界までしか行かねえんだから危険な場所もない。三門よりも何十倍も強いみくりも一緒なんだ」
「そうだぞ、この私が一緒なのだ、そう案ずるな。お前はしっかりと稲荷コロッケを温めて待っておればよい」
私の腕の中でくわあと呑気に欠伸をしたみくり。三門さんは顔を顰めてひとつ息を吐く。
「麻ちゃん、腕出して」
首を傾げながら右腕を差し出すと手首にひやりとするものが巻かれた。銀色の腕時計だった。三門さんがたまにつけているのを見たことがある。
「向こうの時間はこちらとは違ってゆっくり進んでいるんだ。これはきっちり、こちらの時間に合わせてある」
お礼を言うと、三門さんは「ほんとはまだ大反対してるんだから」と眉根を寄せて私の頭を軽く叩いた。
「麻ちゃん、ちょっと」
健一さんに名前を呼ばれて、そばに駆け寄る。
「どうしたんですか?」
「ごめんな、役に立てなくて」
「え……?」
「麻ちゃんが幽世に行くつったら、あいつもかたくなになる理由を自分から話すんじゃないかと思ってカマをかけたんだけど。相変わらずの頑固野郎だよ」
健一さんは苦い顔をして頬を首の後ろを触った。
やっぱりそうだったのか。健一さんは私との約束を忘れていたわけではなかったらしい。自分から話すように仕向けたということは、健一さんは自分の口から話してほしかったのだろうか。
「じゃあ、幽世に行くぞって言ったのは」
「いや、どっちにしろ結守神社に関わる以上、一回は幽世を見といたほうがいいと思ってたし。こんな形になるとは思わなかったけど。まあ、きっかけがなかったら、あいつは絶対に行かせないと思ったからさ」
そういって肩を竦めた健一さんに小さく笑った。
たしかに三門さんなら絶対に言わないだろう。
「ありがとうございます。健一さんがいなかったら、できなかったことだから」
「俺はそんなに優しくねえよ。ほら、時間がねえんだからさっさと行ってこい。面は絶対に外すなよ」
社を出るときに借りた狐面の紐を今一度強く縛り直した。詩子と雪ちゃんも同じような面をつけている。“迎門《げいもん》の面”と呼ばれるらしいこれは、幽世で私たちの正体を隠してくれるのだとか。
振り返って三人の顔を見た。皆少し緊張しているのか強張った表情だ。きっと私も同じ顔をしている。
「俺のせいで変なことにつき合わせてしまうことになって、ごめんな」
「何言ってんの! むしろ妖怪の世界に行けるなんて、胸がどきどきする! ちょっと怖いけど、でも大丈夫だよ」
詩子が富岡くんの肩を叩いて笑った。空気が少し軽くなったところで、「よし」と小さく呟く。
「気を付けて」
三門さんが不安げに私を見つめる。三人が小さく頷いたのを確認して、門をくぐり抜けた。
門をくぐって直ぐ、視界が暗転した。身を固くする間もなく、一気に光が飛び込んでくる。ネオンの光とは違った温かみのあるオレンジ色の光は裏の社の提灯と同じ。
ゆっくりと目を慣らしながら顔をあげる。私たちはハッと息を飲んだ。
昔の宿場町を彷彿させる木造の建物がずっと先まで立ち並ぶ。豪華絢爛な細工が施され、提灯の光で黄金に輝いていた。見上げれば建物は夜空のずっと先まで伸びていて、あちこちに赤い橋が架かっている。聞いたことのない不思議な調子の音色に賑わう声。通りには同じように迎門の面をかぶった人たちでにぎわっていた。
「みくり、ここはまだ幽世ではないんだよね」
「ああ、狭間にある宿場町みたいなところだな」
「同じ面をかぶっている人たちがたくさんいる」
「これから現世に出るから人形に化ける奴が多いのだ。迎門の面は通行手形の役割でもある。突っ立ってないでとっとと歩け」
みくりにそうせかされて、慌てて私たちは歩き出した。
「なんか、もっとおどろおどろしいところを想像していたんだけど、全然違うね! それにみんな面を被っているから怖くないし」
声を弾ませた詩子は興奮気味に辺りを見回す。詩子のそんな怖い物知らずな性格に少しだけ緊張が解ける。
「雪ちゃんと富岡くんも、大丈夫?」
こくりと頷いたふたり。
「そういや、富岡はここに来たことあるの?」
「いや、俺はずっと現世だから」
そんな話をしながら、私たちはゆっくりと通りを歩いた。
目的地には思いのほかあっさりと到着した。みくりの案内で通りをいくつか曲がって、表の通りよりも少し寂れた薄暗い裏路地の長屋の一番端にそこはあった。表に看板が出ている訳でもなく、隣の家と何ら変わりない。
「みくり、ほんとにここ?」
「疑う前に確かめろ」
ひとつ欠伸をしたみくりはするりと私の腕の中から飛び降りた。てくてくと歩き、器用に前足でその家の扉を開けると中に入って行ってしまった。
私たちは「どうしよう」とお互いの顔を見合わせる。その時、
「は!? なんでアンタがここにいてはりますん!」
どこかで聞いたことのある声が中から聞こえて、半開きの扉が勢いよく開いた。黄土色の長髪に着流し姿の、糸のように目の細い人がそこに立っていた。
「に、仁吉……さん?」
以前、裏山であったおとら狐の仁吉だった。
「麻、この人と知り合い?」
「う、うん。前に裏山であったことがあるの。おとら狐っていう妖」
「妖!? 見た目、人間じゃんっ」
目を丸くしてまじまじと仁吉さんを見つめる詩子。仁吉さんはちっと舌打ちをすると私たちを見下ろして深い溜息を吐いた。
「黙って聞いとったら、えらい好き勝手失礼なこと言うてくれはりますな。お嬢さん」
びくりと肩を震わせた詩子は震えた声で謝って私の背中に隠れる。
「こんなガキンチョ四人もよこして、三門は一体何を考えとるんや? 面倒ごとならごめんやで、とっとと帰って乳飲んで寝え」
しっし、と犬でも追っ払うように手を振った仁吉さん。そんな言い方、と声を荒げたその時、
「……患者さんです」
雪ちゃんが富岡くんの手を引いて前に出た。
はあ? と富岡くんを上から下までじろりと睨むと、くるりと背を向け中に入っていく。しばらくして中から「はよ入り」と声がかけられ、私たちは顔を綻ばせた。
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