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わくたかむの社
弐
しおりを挟む最寄り駅から車を20分ほど走らせたところに、社はあった。
太く、重く、年月の重みにも軋まずに立つ檜の一の鳥居をくぐる。
足元から柔らかな音が立つ。喧騒の都心にあるとは思えないほど静寂に満ちていた。聞こえるのは風の通る音と、木々が葉を揺らすささやき。
この森は生きている。
何となくそんな言葉が心に浮かんだ。
木々の合間を縫うようにして参道は続く。空気は澄んで、湿り気を含んだ土と樹皮の香りがほのかに鼻をかすめた。
二の鳥居を越える。やがて視界の奥には、一国の城と見まごうほど荘厳な本殿が現れた。
深い檜皮色の屋根が、空に溶け込むように静かに広がり、軒先は長く優雅に反り上がっている。重厚でありながらしなやかで光を吸い込んだような屋根と、柔らかい木肌の柱。軒下には銅板の飾り金具が控えめに施され、空の光を淡く反射していた。
広い拝殿前の敷石は淡く白んで、踏みしめればほのかに冷たい感触が足元に伝わる。そこに立つだけで、身体から余計な音や言葉が抜けていくような不思議な浄化がある。
風が吹くと軒下の飾りが小さく揺れ、鈴の音にも似た澄んだ響きが空に溶けていった。
足を止めた。
滝に打たれるような強いエネルギーを感じ、手先がびりびりと痺れる。
皆同じように呆然と立ち尽くし、目を見開いたままただ本殿を見上げていた。
「おーい、学生さんたち」
遠くからそんな声がして金縛りが解けたかのように皆がパッと振り返った。
紫袴の神職さまが軽くてを上げながら走ってくる。私たちの前にたどり着くと、膝に手をついて肩で息をする。
よっぽど急いで来たらしい。
「待たせてすまないね」
額の汗を拭いながら神職さまが顔を上げる。
額はすっきりと広く皺はごく控えめに刻まれている。こめかみにやや白髪が混じっており、恐らくは禄輪さんよりも年上の方なのだろう。
頬はやや丸みを残しており、タレ目気味の瞳は人懐こさと包容力の両方を感じさせた。
苦しそうな息遣いはやがてゴッホゴッホと辛そうな咳に変わる。
「だ、大丈夫ですか権宮司?」
私たちをここまで案内してくれた若い神職さまが慌てて背をさする。もう歳なんですから、とからかい交じりではなく本気で心配する声色で窘める。
「すまない、大丈夫だ。君はもう奉仕に戻りなさい。後は私が」
不安げな表情を浮かべた神職さまだったが、しぶしぶ一つ頭を下げて引き下がる。去っていった彼の背中を確認した神職さまは私たちに向き直った。
神職さまは私たちを見回し、目尻の笑い皺をより一層深める。
「皆さん初めまして。わくたかむの社権宮司、扇屋真言です」
権宮司、宮司に次いで社で二番目に偉い役職だ。
慌ててガバッと頭を下げる。代表して聖仁さんが一歩前に出た。
「本日より神社実習させていただきます、神修二、三年計五名です。約二ヶ月間、ご迷惑をおかけするかと思いますがご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします」
ゴベンタツってなんだ?
小声でそんな事を聞いてきた泰紀くんの頭を恵衣くんがグッと押し込んだ。
笑いそうになるのをグッとこらえる。こんな大事な場面で勘弁して欲しい。
「そう固くならなくていい。私達も、君たちにとって有意義な実習になるよう尽力するよ。じゃあ、まず荷物を置いたら社の中を案内しようか」
はい、と返事をして足元に置いていたボストンバッグを肩にかける。
そこで薫先生から預かっている資料があったことを思い出し、鞄の中からゴソゴソと封筒を取り出す。
「あの、真言権宮司。宮司は今どちらにいらっしゃいますか? 先生から"着いたら直ぐ宮司に渡すように"と書類を預かっていまして」
私がそう尋ねると、権宮司は一瞬目を見開き、動揺したように視線を泳がせた。気まずい沈黙が流れる。
私、何かまずい事でも言ってしまったんだろうか?
しかしすぐに動揺した様子を隠した権宮司は、また目を弓なりにして手を差し出す。
「それは私が受け取ろう。ありがとう」
「あ、はい」
ぎこちなく封筒を手渡す。
それを見つめた権宮司はきゅっと唇を結び目を瞑ると、小さく息を吐き振り返った。
「この二か月間、君たちに伏せているのも無理があるので、先に伝えておこう」
神妙な面持ちで目を伏せた権宮司。突然のことに私たちは顔を見合せて首を捻る。
権宮司の瞳の不安の色がより一層濃くなった。
「わくたかむの社、現宮司である神々廻隆永さまは今────行方が分からなくなっているんだ」
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