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わくたかむの社
捌
しおりを挟む二時間くらい車を走らせ、山道を登り始めて5分くらいしたところで神職さまは車を停車した。どうしたんだろう?と皆が腰を浮かせる。
フロントガラスの向こうに「ここから先立ち入り禁止」と書かれた看板が立てられているのが見えた。
「ここからは道が荒れていて車では進めないんだ。悪いが上までは歩いてい行ってくれ。日没まであと三時間だから、それまでには必ずここに戻ってくるんだぞ」
「神職さまは一緒に行かないんですか?」
「はぁ……俺はお前たちの送迎ついでに解呪の任務を任されたんだよ」
それはそれは面倒くさそうにため息をこぼす神職さま。
おおかた、「なんだお前あっちの方面に行くのか、じゃあこれもついでに頼む」みたいなお使いを頼むノリで任務を任されたのだろう。
お疲れ様です、とみんなで深々と頭を下げる。
車を降りると乾いた枯葉の匂いが風に乗って私の頬を撫でた。
山道を見上げる。ちゃんと舗装された道路だけれど、長年放置されていたのかひび割れや積もった落ち葉が目立つ。
「さぁ、時間もないしサクサク登ろうか」
ちぎれかけたロープをくぐった聖仁さんに続き、私達も足を踏み入れた。
落ち葉を踏みしめながら緩い登山道を登っていく。
「そこまで大きな山じゃないから、歩いて二時間程度で頂上まで登れるんだって。この辺の学校じゃ定番の遠足コースだったみたいだよ」
タブレットを操りながら聖仁さんが辺りを見回した。
山火事からもう十数年近く経っているので、火災の跡はよく観察しないと見つけることができないくらい再生している。
むしろ人の手が入らなくなったからか、草木がみっちりと生い茂って生き生きしているようにすら感じる。
「今日は一旦陽太くんが最後に確認された場所と、当時のハイキングコースを辿って────って、あれ? 亀世は?」
振り返った聖仁さんが足を止めた。
え?と目を瞬かせて前後左右を確認する。ほんの少し前まで隣を歩いていたはずの亀世さんの姿がなかった。
「遅れてんじゃね? 亀世さんの体力って俺の夏休みの宿題に対するやる気と同じくらいしかないし」
つまりほぼゼロということか。
そういえば以前鶴吉さんも、似たようなことを言っていた気がする。
「探してきましょうか」
聖仁さんの隣でタブレットを覗き込んでいた恵衣くんが名乗り出るけれど聖仁さんは苦い顔で首を振る。
「山の中だし別行動はやめとこう。それにこれがあれば一発でしょ?」
やれやれと肩を竦めた聖仁さん。懐から鳥の形に切り取られた形代を取り出した。
なるほど、形代に空から探させる作戦か。
短い祝詞を唱えてフッと息をふきかけると、鳥の形代はふわりと空に舞い上がり暫くその場を旋回したあと来た道から少しそれた方角へ進み始める。
「あっちだね、よし行こう」
歩き出した聖仁さんの背中を追いかけ、なんとなく恵衣くんの隣に並ぶ。
「……凄いな、あの人は」
珍しく自分から話しかけてきた恵衣くん。その視線は前を歩く聖仁さんに向けられている。
改めて聖仁さんの優秀さを実感し思わずそう漏らしただろう。
「本当に凄いよね。実習が始まってから頼りっきりだよ」
何気なくそう呟けば、まるで変なものを見たような顔で振り向く。
「自覚があるなら自立する努力をしろよ」
「あ……えっと、そうだよね。うん」
思わぬ返答に面食らう。分かる分かる俺も、なんてフレンドリーな返事は期待していなかったけれど、まさかこんなに真正面からぶった斬りされるとは思っていなかった。
そうだよね、恵衣くんに雑談力を求めるのは間違いだった。
バレないように小さく息を吐く。
「……まぁ、気持ちは分からんでもない」
そんなつぶやきが聞こえて、おや?と顔を見た。
「聖仁さんは、怜衣兄さんに似てる」
聖仁さんの背中に向けられたその眼差しは、いつもよりほんの少しだけ親しみがこもっている。
怜衣さん、恵衣くんのお兄さんだ。歳が十六個離れていて、とても優秀な人だったと以前教えてくれた。
怜衣さんは空亡戦当時専科生だったけれど、神役諸法度上では神職として認められているため、空亡戦へと派遣され命を落とした。
普段滅多に他人を褒めない恵衣くんが、お兄さんのことは優しくて優秀で面倒見のいい人だったと話していた。
余程尊敬していたのだろう。
そう評価するお兄さんに似ていると言うくらいなのだから、きっと同じくらい聖仁さんの背中を追いかけているに違いない。
「二人で、聖仁さんを超えられるように頑張ろうね」
これまた変な顔をした恵衣くん。
私は何一つ変なことを言っていないと思うんだけれど。
「お前が前向きなことを言い出したら、それはそれで妙だな」
たまらずガックリ項垂れる。額を押えながら深く息を吐いた。
「あのさ恵衣くん……今すっごく失礼なこと言ってるって自覚ある?」
「俺は本当のことを言っただけだ」
本当に、なんでこの人はこんな物言いしかできないかな。
恵衣くんのことをよく知らない人が聞いたら間違いなく勘違いされると思うんだけど、分かっているんだろうか。
「恵衣くんはもうちょっと人の気持ちを考えるべきだと思う」
「はぁ? 十分考えてるだろ」
「またすぐそうやって……」
呆れた声を出せばムッとした顔の恵衣くんが私を睨みつける。
不機嫌になるといつもそうだ。
その時、前を歩いていた聖仁さんが「んふっ」と堪えるように笑ったのが聞こえた。くつくつと肩を震わせながら振り返って、私たちの顔を交互に見る。
「……なんですか」
「ごめんごめん恵衣、なんでもないよ。ただ後輩が可愛くて」
「なんすかそれ」
未だに震える聖仁さんは一息つくと、気を取り直した様子で「それよりほら」と前を指さす。私の肩の高さくらいまである急な傾斜があった。
「巫寿ちゃんこれ登るのきついだろうから、恵衣が手貸してあげて」
「わかりました」
なんで俺が、という返事を予想していたけれど、聖仁さんから頼まれたことだからかあっさり引き受けた恵衣くんは、出っ張った石に足をひっかけ三歩で上まで登りきる。
上で振り返って膝を着くと「ん」と右手を差し出した。
私ばっかり気にしてるようで、なんだかちょっと悔しい。
ちょっと意地悪して差し出された手を思いっきり引っ張てみたけれど、ビクともせずひょいと私を引っ張りあげる。
するりと傾斜の上に降り立った。
「あ……ありがとう」
「ん」
何事も無かったかのように歩き出した背中を慌てて追いかけた。
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