言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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すれ違い

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ただの悪い人なんだと思いたかった。

沢山の神職を、私の仲間を、先輩を。いちばん大切にしなければならない薫先生を傷つけたのだから、悪い人でいて欲しかった。

でも色んな人の話に出てくる神々廻芽は成績優秀で誰にでも平等に優しく、人望もあって親友もいた。仲間を裏切り傷つけるような人物には思えなくて、ずっと不思議だった。

どうして変わってしまったのだろう? 何が彼をそうさせたのだろう?

神々廻芽があんな風に変わってしまったのは、大切な人を失ってしまったからなんだ。

両親がどう出会い双子がどうやって生まれたか、呪われた弟として忌避された薫先生の幼少期、分け隔てなく愛してくれた母を失った日、それぞれの場所で過ごした多感な時期、再会し唯一無二の存在となった双子、そして決別。

薫先生と神々廻芽がこれまで歩んできた道のりはあまりにも壮絶で、私なんかが涙を流していいはずもないのに目頭の熱を我慢することが出来なかった。


「私は、幸さまの命日が来る度に己の過ちを悔いているんだ」


真言権宮司は目を伏せて畳をさらりと撫でた。

ここは幸さんの部屋だったはずだ。


「私があの時、芽さまもいなくなったことを幸さまへ伝えていなければ、幸さまが道場へ行くことはなかった。幸さまが死ぬこともなかった。幸さまが生きていればきっと、芽さまの心を守ってくださった。隆永さまが変わってしまうこともなかった」


穏やかな声には迷いがない。迷いなくそう言えるほど権宮司は日々そう思い続け、己を責め続けたのだろう。

きっと私がどんな励ましの言葉をかけたところで権宮司の心には響かないだろうし、安易に励ましの声をかけていいものでもない。


「悔いても過去は変わらないのだから、残された私たちは未来を見るしかないのだけれどね」


真言権宮司は優しい顔をして続ける。

"残された私たちは、未来を見るしかない"その言葉には重みがあって、私の心に深く沈み込む。


ももくんから君のことは何となく聞いている。芽さまや薫さまの時も、巫寿くんも。若い君たちに重荷を背負わせて何もできない大人たちをどうか許してくれ」


申し訳なさそうに微笑む権宮司に首を振った。

これまで私のことを助けてくれた人たちの顔が脳裏をよぎる。何も出来ずもがく私に、皆は迷わず手を差し伸べてくれた。


「そんなことありません。私、沢山の人に助けてもらっています。だからきっと薫先生も芽……さんも、沢山の人に支えられていたんだと思います」


きっと今の薫先生が笑えているのは、薫先生の周りにいた大人たちや嬉々きき先生のような親友が、薫先生を支えていたからだ。

少し驚いた顔をした真言権宮司。そうか、そうだね、と噛み締めるように呟いた。


「それで、君が聞きたかったことは聞けただろうか。芽さまのことを知りたかったんだろうけれど、あいにく私は学校でのご様子はほとんど存じ上げないんだ。高等部にあがられた頃からはもっぱら審神者さまのお話ばかりだったしなぁ……」


芽さんが審神者のもとで力の制御を学んでいたのは、かむくらの社で玉じいから教えてもらった。

まさか志ようさんと芽さんがそこまで親しい仲だったとは思わなかったけれど。


「長い間審神者さまの元で修行していたんですか?」

「中等部の頃からだから、5年くらいだろうか。あとから本庁の役人に聞いた話だが、空亡戦の最中もかむくらの社の護衛役としておそばに居たらしい」


空亡線の最後の方には学生動員があった。薫先生からは学生動員で親友が亡くなったと聞いている。

自分はなにもできず親友を亡くし、母のように慕っていた女性を失った芽さん。彼を支える手は沢山あったはずだけれど、きっと負の感情はそれを上回ってしまったんだろう。

ふと、ずっと記憶の片隅にあった前に見た夢の内容が脳裏を駆け巡り、ハッと息を飲んだ。


いまよりももう少し綺麗で、丁寧に手入れされたかむくらの社だ。

私は木に登って遊んでいて、誰かに声をかけられた。顔は覚えていない、ただ松葉色の袴を着たお兄さんだったことは覚えている。

お兄さんに「こんな所で遊んでいちゃダメだよ」と木から降ろされて、手を繋いで社の廊下を歩いた。その先で、志ようさんがお母さんに抱きつきながら泣きじゃくる姿を見た。

ただの夢かと思っていたけれど、お母さんの日記で私が小さい頃にかむくらの社へ行ったことがあることが分かった。


そして、同じ時期に志ようさんの元で修行していた芽さん。

もしあの時話した松葉色の袴のお兄さんが、芽さんだったとしたら?

だとすると私は────幼少期に芽さんと出会っていることになる。

その時の芽さんに、私に殺意を覚えるほどの何かが起きたのだとしたら全ての辻褄が合う。

泣きじゃくる志ようさん、それを見た芽さん。その場に居合わせた私。

あの時お母さんたちは、何を話していたの?

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