言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

文字の大きさ
355 / 357
鬼脈

しおりを挟む

何時間歩いたのか、もしくはまだ数分しか経っていないのか。時間経過がわかるものといえば足裏の痛みと全身の疲労感くらいだった。

どこまでも続く暗闇と静寂は確実に私たちの五感を狂わせていく。自分がまっすぐ立っているのかすら分からなくなって、もう五回以上転びそうになっては恵衣くんに助けられた。


「お前ら、そこにいるよなぁ……」

「いるよー……」


最初は不安を紛らわせようと喋っていた皆も、疲れがピークに達しているのか声にハリがない。誰も口にはしないけれど、もうきっと限界に近いはずだ。


「恵衣、少し休もう。もうみんな限界だ」


恐らく最後尾を歩いていた嘉正くんが軽くロープを引っ張った。

釣られるようにみんなが足を止めて深く息を吐く。


「同じ場所に留まっていたら、いつまでも外には出られないぞ」

「でも、がむしゃらに歩いたからって鬼門が見つかる訳じゃない。一旦作戦を立てよう」

「じゃあお前は鬼門を見つけられる作戦を立てられるのかよッ……!」


恵衣くんが声を荒らげたことに驚いた。方向を見失った時ですら落ち着いて私たちに指示を出していたのに感情的になっている。


「恵衣のせいじゃない。全部一人で背負うなよ」


諭すような嘉正くんの優しい声に握っていた手が微かに震えた。そして気付く。長い間握っていたはずの手はずっと冷たかった。


当たり前だ。どれだけ優秀で落ち着きがあったって恵衣くんは私と同じ17だ。こんな状況でいつもと変わらず冷静でいられるはずがない。

手の冷たさは、恵衣くんの緊張と焦りを物語っている。

恵衣くんのことだ。自分の指示で鬼門に飛び込んで道を見失ってしまったことに責任を感じているのだろう。この中に恵衣くんを責める人なんて、一人もいるはずがないのに。


「みんなで考えよう。これまでみたいに」


そう言って今度は私がその手を強く握った。少しでも自分の熱が移って、冷え切ったその手のひらが温まればいいと思った。

恵衣くんの身体から力が抜ける感覚がして、深呼吸をする音が聞こえる。これも恵衣くんの癖、何か起きた時にこうしてよく深く息を吐いている。

恵衣くんは冷静なんじゃなくて、きっと冷静でいるために人一倍努力できる人なんだろう。


「……別に背負ってなんかない。でも、まぁ、お前らの意見も聞いてやらんでもない」


そんな物言いがおかしくてプッと吹き出す。

だいぶ性格は丸くなったけれど、相変わらず「ごめんね」と「ありがとう」だけはずっと下手くそだ。

みんなが「疲れたー!」と悲鳴を上げながらどさどさとその場に座り込む。私も腰を下ろすと、繋いでいた手はすっと離れる。

手のひらに残った熱が逃げていくのが何だか惜しくて、胸の前でぎゅっと握りしめた。

その時、ふっと自分の中にもうひとつの強い気配を感じた。


眞奉まほう?」


頭の中に「はい」と彼女のいつも通りの返事が響く。どうやら無事に戻ってこれたようだ。


「大丈夫? 怪我はない? 黒狐族はどうなった?」

「お、巫寿の神使が帰ってきたのか?」


ひとつ頷くと、来光くんがぽんと手を叩いた。


「ねぇ巫寿ちゃん、騰蛇に出てきてもらってよ!」

「え? あ、うん。眞奉出てこられる?」


言い終わるとほぼ同時に目の前に強烈なオレンジ色の光が現れた。暗闇に慣れた目が光を捉えて頭の奥を刺す。

ぐはっ、と呻きをあげて歪んだ皆の顔が見えて「あっ」と声をあげる。

そうだ、眞奉の翼は炎を纏っている。暗闇の中にパッと光が咲いて光が差した。


「見えるって素晴らしいね……慶賀のアホ面が恋しくなる時が来るとは思わなかったよ」

「おい来光テメェ喧嘩売ってんのか」


軽口を叩くみんなの顔は幾分か明るい。私も沈みこんでいた気分が少しばかり浮上した気がした。

みんなで焚き火を囲うように眞奉の周りを取り囲んだ。


「私は変わりありません。黒狐族には逃げられました」

「そっか。時間を稼いでくれてありがとう。眞奉が無事でよかった。ゆっくり休んでてって言いたいところなんだけど、もうしばらくそこにいてくれる?」

「承知しました」


ひとつ頷いた眞奉は無言で私を見つめながらその場にじっと立つ。視線は若干気まずいが灯りがあるのとないのとじゃ大違いだ。


で、と手を叩いたのは嘉正くんだった。


「ここからどうやって脱出するかを考えなくちゃね」

「だな。あ~、非常口みたいなのねぇのかな~」

「そんな便利なものあったら今頃みんな家でおやつ食ってるよ」


だよなぁ、と慶賀くんは重いため息を吐く。

整備されている宿場町のところ以外は、鬼脈の中には道という道がない。けれど曲がったり坂を登ったりすることはなく基本的にただ真っ直ぐ歩けば目的地へ辿り着けるので、これまでちゃんと整備されることがなかったのだろう。


「思ったんだけどさ、妖たちが動き出す時間までこの場にとどまってるのはどう? まだ妖たちが動き出す時間じゃないから人通りが少ないだけで、騰蛇もいれば誰がそばを通った時に気付くんじゃないかって」


今の時間は妖たちにとっては真夜中、恐らくかなり長い時間を歩いていたはずなのに誰かとすれ違ったような気配は一度も感じなかった。

時間が経って妖たちが動き出せば、眞奉の翼の灯りもあるし助けを求めることもできるかもしれない。

みんなの表情がみるみる明るくなる。

嘉正くんの言う通り、この場に留まるべきかもしれない。


「いや、それじゃ駄目だ」


恵衣くんは険しい顔で静かに首を振った。


「お前ら、今どれくらい時間が経ったか分かるか?」


そう尋ねられてみんなはお互いに顔を見合わせる。


「三時間くらいじゃない?」

「は? この腹の減り具合的に五時間近くは経ってんぞ!」

「俺も来光と同じで三、四時間くらいかな」


流石に五時間も過ぎているとは思わないけれどか、私も大体四時間くらいは経ったように感じた。

恵衣くんがすっと右腕を差し出した。手首にはシンプルなシルバーの腕時計がつけてある。時計の針は昼の一時を少し過ぎた時刻を指していて、皆はぎょっと目を剥いた。


「えっ、鬼脈に潜ったのが昼前だったよな!? 迷い始めてまだ一時間しか経ってねぇのか!?」


恵衣くんの腕を掴んで腕時計を覗き込む慶賀くん。離せ馬鹿、と勢いよく頭を叩かれる。


「この暗闇の中にたった一時間いただけで、それだけ時間感覚がずれてこの疲労具合だ。五感も狂い始めてる。巫寿が何度も転びそうになったのもそれが原因だろうな。つまりここに長居するのは危険なんだよ」


皆の顔が引き攣ったのがわかった。私も落ち着いたはずの心臓が少しずつばくばくと音を立てはじめる。

なにかのテレビで見たことがある。陽の光が一切入ってこないところに人を住まわせてどんな影響があるのかを試した実験だった。どんどん時間感覚が狂って心身が衰弱していく、というような研究結果だったはずだ。

つまり私達にもそれと同じようなことが起きているということだ。


「や、ヤバいじゃん! 俺頭おかしくなるのか!?」

「慶賀はもう十分おかしいから安心しなよ! 嘉正と僕の方が一大事だろ!」

「なんだと!? 眼鏡かち割ってやろうかゴラ!」


ふざけてる場合かッ!と嘉正くんのお叱りが入って二人はシュンと口を閉じた。

本当にふざけいる場合じゃない。このまま心身が衰弱していけば出口を見つけるどころの話じゃなくなってくる。


「分かったらとっとと進むぞ。俺達には進む以外に選択肢はない」


淡々と告げた恵衣くんが立ち上がる。皆は何も言わなかった。ただ青い顔をして重い腰を上げ、のそのそと歩き始めた。

せっかく眞奉のおかげで皆の沈んでいた空気が少し浮上したのにまた元に戻ってしまった。

唇を噛んで眞奉の翼をじっと見つめる。


本当に方法はないの? どうにかしてここから脱出する方法は。


「……え?」

「どうした巫寿?」


突然声を上げた私に、みんなは怪訝な顔で振り向いた。咄嗟に人差し指を唇に当てて「しっ」と呟く。

目を閉じて耳を済ませる。

耳鳴りがしそうな程の静寂、その中でさっき確かに。


────カンッ……。


「やっぱり……! 何かの音がする!」


え!?と皆が慌てて辺りを見回した。しかし周りは暗闇が広がるだけで何も見えない。


カン、カン、と立て続けに二回ほど音がした。

物を叩くような音だ。金属というよりは木製の何かを叩くような音に近い。

なんの音? 一体どこから聞こえるの?


「俺も聞こえた!」

「僕も! 木槌で何かを叩いてるような音じゃない!?」

「多分こっちだよ!」


すかさず音が鳴る方向を特定した私達は、音に向かって走り出した。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。 こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?! 私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。 バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。 その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。 鬼が現れ戦う羽目に。 事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの? この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。 鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます! 一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。 はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。

神戸・栄町 困り顔店主の謎解き紅茶専門店

hana*
キャラ文芸
レトロな建物が立ち並ぶ、神戸・栄町。 カフェ激戦区とも呼ばれるこの町の、とあるビルの2階でひっそりと営業している紅茶専門店には、長身でイケメンでいつもにこやかで誰にでも親切、なのになぜかいつもトラブルを招き寄せるという困った体質の店主がいる。 店に訪れるのは、婚約破棄された会社員、紅茶嫌いのカップル、不穏な女子大生のグループ……。 困り顔店主が、お客さんのお悩みを紅茶の香りとともにほわっと解決!?

郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」 「​はい。───はい?」 東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。 「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」 「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」 近年、暁の里の結界が弱まっている。 結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。 郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。 暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。 あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。 里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。 「さあ、足を踏み入れたが始まり!」 「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」 「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」 「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」 「​──ようこそ、暁の里へ!」

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...