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鬼脈
肆
しおりを挟む何時間歩いたのか、もしくはまだ数分しか経っていないのか。時間経過がわかるものといえば足裏の痛みと全身の疲労感くらいだった。
どこまでも続く暗闇と静寂は確実に私たちの五感を狂わせていく。自分がまっすぐ立っているのかすら分からなくなって、もう五回以上転びそうになっては恵衣くんに助けられた。
「お前ら、そこにいるよなぁ……」
「いるよー……」
最初は不安を紛らわせようと喋っていた皆も、疲れがピークに達しているのか声にハリがない。誰も口にはしないけれど、もうきっと限界に近いはずだ。
「恵衣、少し休もう。もうみんな限界だ」
恐らく最後尾を歩いていた嘉正くんが軽くロープを引っ張った。
釣られるようにみんなが足を止めて深く息を吐く。
「同じ場所に留まっていたら、いつまでも外には出られないぞ」
「でも、がむしゃらに歩いたからって鬼門が見つかる訳じゃない。一旦作戦を立てよう」
「じゃあお前は鬼門を見つけられる作戦を立てられるのかよッ……!」
恵衣くんが声を荒らげたことに驚いた。方向を見失った時ですら落ち着いて私たちに指示を出していたのに感情的になっている。
「恵衣のせいじゃない。全部一人で背負うなよ」
諭すような嘉正くんの優しい声に握っていた手が微かに震えた。そして気付く。長い間握っていたはずの手はずっと冷たかった。
当たり前だ。どれだけ優秀で落ち着きがあったって恵衣くんは私と同じ17だ。こんな状況でいつもと変わらず冷静でいられるはずがない。
手の冷たさは、恵衣くんの緊張と焦りを物語っている。
恵衣くんのことだ。自分の指示で鬼門に飛び込んで道を見失ってしまったことに責任を感じているのだろう。この中に恵衣くんを責める人なんて、一人もいるはずがないのに。
「みんなで考えよう。これまでみたいに」
そう言って今度は私がその手を強く握った。少しでも自分の熱が移って、冷え切ったその手のひらが温まればいいと思った。
恵衣くんの身体から力が抜ける感覚がして、深呼吸をする音が聞こえる。これも恵衣くんの癖、何か起きた時にこうしてよく深く息を吐いている。
恵衣くんは冷静なんじゃなくて、きっと冷静でいるために人一倍努力できる人なんだろう。
「……別に背負ってなんかない。でも、まぁ、お前らの意見も聞いてやらんでもない」
そんな物言いがおかしくてプッと吹き出す。
だいぶ性格は丸くなったけれど、相変わらず「ごめんね」と「ありがとう」だけはずっと下手くそだ。
みんなが「疲れたー!」と悲鳴を上げながらどさどさとその場に座り込む。私も腰を下ろすと、繋いでいた手はすっと離れる。
手のひらに残った熱が逃げていくのが何だか惜しくて、胸の前でぎゅっと握りしめた。
その時、ふっと自分の中にもうひとつの強い気配を感じた。
「眞奉?」
頭の中に「はい」と彼女のいつも通りの返事が響く。どうやら無事に戻ってこれたようだ。
「大丈夫? 怪我はない? 黒狐族はどうなった?」
「お、巫寿の神使が帰ってきたのか?」
ひとつ頷くと、来光くんがぽんと手を叩いた。
「ねぇ巫寿ちゃん、騰蛇に出てきてもらってよ!」
「え? あ、うん。眞奉出てこられる?」
言い終わるとほぼ同時に目の前に強烈なオレンジ色の光が現れた。暗闇に慣れた目が光を捉えて頭の奥を刺す。
ぐはっ、と呻きをあげて歪んだ皆の顔が見えて「あっ」と声をあげる。
そうだ、眞奉の翼は炎を纏っている。暗闇の中にパッと光が咲いて光が差した。
「見えるって素晴らしいね……慶賀のアホ面が恋しくなる時が来るとは思わなかったよ」
「おい来光テメェ喧嘩売ってんのか」
軽口を叩くみんなの顔は幾分か明るい。私も沈みこんでいた気分が少しばかり浮上した気がした。
みんなで焚き火を囲うように眞奉の周りを取り囲んだ。
「私は変わりありません。黒狐族には逃げられました」
「そっか。時間を稼いでくれてありがとう。眞奉が無事でよかった。ゆっくり休んでてって言いたいところなんだけど、もうしばらくそこにいてくれる?」
「承知しました」
ひとつ頷いた眞奉は無言で私を見つめながらその場にじっと立つ。視線は若干気まずいが灯りがあるのとないのとじゃ大違いだ。
で、と手を叩いたのは嘉正くんだった。
「ここからどうやって脱出するかを考えなくちゃね」
「だな。あ~、非常口みたいなのねぇのかな~」
「そんな便利なものあったら今頃みんな家でおやつ食ってるよ」
だよなぁ、と慶賀くんは重いため息を吐く。
整備されている宿場町のところ以外は、鬼脈の中には道という道がない。けれど曲がったり坂を登ったりすることはなく基本的にただ真っ直ぐ歩けば目的地へ辿り着けるので、これまでちゃんと整備されることがなかったのだろう。
「思ったんだけどさ、妖たちが動き出す時間までこの場にとどまってるのはどう? まだ妖たちが動き出す時間じゃないから人通りが少ないだけで、騰蛇もいれば誰がそばを通った時に気付くんじゃないかって」
今の時間は妖たちにとっては真夜中、恐らくかなり長い時間を歩いていたはずなのに誰かとすれ違ったような気配は一度も感じなかった。
時間が経って妖たちが動き出せば、眞奉の翼の灯りもあるし助けを求めることもできるかもしれない。
みんなの表情がみるみる明るくなる。
嘉正くんの言う通り、この場に留まるべきかもしれない。
「いや、それじゃ駄目だ」
恵衣くんは険しい顔で静かに首を振った。
「お前ら、今どれくらい時間が経ったか分かるか?」
そう尋ねられてみんなはお互いに顔を見合わせる。
「三時間くらいじゃない?」
「は? この腹の減り具合的に五時間近くは経ってんぞ!」
「俺も来光と同じで三、四時間くらいかな」
流石に五時間も過ぎているとは思わないけれどか、私も大体四時間くらいは経ったように感じた。
恵衣くんがすっと右腕を差し出した。手首にはシンプルなシルバーの腕時計がつけてある。時計の針は昼の一時を少し過ぎた時刻を指していて、皆はぎょっと目を剥いた。
「えっ、鬼脈に潜ったのが昼前だったよな!? 迷い始めてまだ一時間しか経ってねぇのか!?」
恵衣くんの腕を掴んで腕時計を覗き込む慶賀くん。離せ馬鹿、と勢いよく頭を叩かれる。
「この暗闇の中にたった一時間いただけで、それだけ時間感覚がずれてこの疲労具合だ。五感も狂い始めてる。巫寿が何度も転びそうになったのもそれが原因だろうな。つまりここに長居するのは危険なんだよ」
皆の顔が引き攣ったのがわかった。私も落ち着いたはずの心臓が少しずつばくばくと音を立てはじめる。
なにかのテレビで見たことがある。陽の光が一切入ってこないところに人を住まわせてどんな影響があるのかを試した実験だった。どんどん時間感覚が狂って心身が衰弱していく、というような研究結果だったはずだ。
つまり私達にもそれと同じようなことが起きているということだ。
「や、ヤバいじゃん! 俺頭おかしくなるのか!?」
「慶賀はもう十分おかしいから安心しなよ! 嘉正と僕の方が一大事だろ!」
「なんだと!? 眼鏡かち割ってやろうかゴラ!」
ふざけてる場合かッ!と嘉正くんのお叱りが入って二人はシュンと口を閉じた。
本当にふざけいる場合じゃない。このまま心身が衰弱していけば出口を見つけるどころの話じゃなくなってくる。
「分かったらとっとと進むぞ。俺達には進む以外に選択肢はない」
淡々と告げた恵衣くんが立ち上がる。皆は何も言わなかった。ただ青い顔をして重い腰を上げ、のそのそと歩き始めた。
せっかく眞奉のおかげで皆の沈んでいた空気が少し浮上したのにまた元に戻ってしまった。
唇を噛んで眞奉の翼をじっと見つめる。
本当に方法はないの? どうにかしてここから脱出する方法は。
「……え?」
「どうした巫寿?」
突然声を上げた私に、みんなは怪訝な顔で振り向いた。咄嗟に人差し指を唇に当てて「しっ」と呟く。
目を閉じて耳を済ませる。
耳鳴りがしそうな程の静寂、その中でさっき確かに。
────カンッ……。
「やっぱり……! 何かの音がする!」
え!?と皆が慌てて辺りを見回した。しかし周りは暗闇が広がるだけで何も見えない。
カン、カン、と立て続けに二回ほど音がした。
物を叩くような音だ。金属というよりは木製の何かを叩くような音に近い。
なんの音? 一体どこから聞こえるの?
「俺も聞こえた!」
「僕も! 木槌で何かを叩いてるような音じゃない!?」
「多分こっちだよ!」
すかさず音が鳴る方向を特定した私達は、音に向かって走り出した。
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