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雨と傘と
弐
しおりを挟む翌日から神話舞の稽古が始まった。
と言っても私の役は去年と同じ巫女助勤で、振り付けもそこまで変わらない。
舞ったのは一年前だけれど案外体は覚えているもので、なんなら去年よりもいい感じだと初日から禰宜に褒められたくらいだ。
メンバーも去年とそこまで変わっていないから雰囲気も終始和やかなまま、一時間半の稽古が終わる。
いそいそと帰り支度を整えていると「お疲れ様、巫寿ちゃん」と聖仁さん達に声をかけられた。
「早速褒められてたね。流石だなぁ」
「ガハハッ、巫寿は私の秘蔵っ子だからな!」
瑞祥さんに抱きしめられてぐりぐりと頭を撫でられる。
「部活もあと十分くらいで終わると思うんだけど、顔だけ出してこようと思って。巫寿ちゃんどうする?」
「あ、私この後授力の稽古があって」
この後は本庁の稽古場を借りて誉さんと先見の明の稽古だ。
そう伝えると二人は頑張れ、と私の背を叩く。
手の温かさが嬉しくて少しはにかみながら大きく頷いた。
前来た時と同じように本庁の受付で名前を伝えれば、若い役員に中へ案内された。
事前に聞いていたとおり、今回は室内の稽古場へ案内される。こじんまりとした板張りの床の一室で、壁には神棚が祀られている。どこにでもありそうな稽古場だった。
神棚の下には姿勢を正して手を合わせる誉さんの姿があった。
「こんにちは。遅くなりました」
その背中に声をかければ、誉さんはぱっと顔を上げて振り返った。
「巫寿さん、こんにちは。神話舞の稽古が始まったんでしょう。疲れているのに私の予定に合わせてもらって悪いわね」
「こちらこそわざわざ来て……いただいて……?」
私、いつ誉さんに神話舞の話をした?
誉さんと会ったのは神話舞に誘われるよりも前の事だ。なんなら稽古が始まる日だって、顔合わせの日にやっと決まった。
どうして誉さんが知っているの?
「ふふ、不思議いっぱいって顔ね。私が誰か忘れた?」
ゆっくりと目を弓なりにした誉さんに「あっ」と声を上げる。
「もしかして先見の明で……?」
「ご明察。さぁ、稽古を始めましょう」
誉さんにこれまでの事を尋ねられた。これまで私がどんな時に先見の明を発動したか、ということだ。
思い当たる一度目は一学期の開門祭だった。確か神話舞の一回目の舞台が終わって、疲れて控え室で居眠りをしていた時に、クラスメイトのみんなが危険に晒されるのを見た。
そこからも何度か無意識に使ったことはあったけれど、どんな時と聞かれると場面は様々だ。
最初は眠っている時に見たし、最近は立っている時に脳裏をよぎるように見る時もある。
ふむふむと頷いた誉さん。
「そもそも巫寿ちゃんは、先見の明はなんだと思う?」
先見の明が何か?
先見の明は授力のひとつで、未来を見通す力ではないんだろうか。
私がそう答えると誉さんは小さく首を振る。
「簡単に言えば未来を見通す力であっているけれど、本質は違うのよ。よく思い出して。先見の明がどんな時に発動したか」
どんな時に発動したか……。
目を閉じてもう一度去年のことを思い出した。
開門祭で空亡の残穢が封印された場所へ行って戦った時、学校で蠱毒に襲われそうになった時、山で遭難したおじいちゃん達が土砂崩れに巻き込まれそうになった時。
あ、と小さく呟く。
「どれも誰かが危険に晒されていた時────ですか?」
その通りよ、誉さんは深く頷いた。
「先見の明は他の授力とは違って、発動条件があるの。それは先見の明の本質が"危機回避"だから」
「危機、回避……」
「そう。先見の明の発動条件は"誰かに危機が迫っている時"」
思い返せば見た未来は誰かが怪我をしたり苦しんだりする姿で、どれも目を背けたくなるような光景ばかりだった。
「先見の明は迫り来る危機を事前に見ることで、それを回避する力なのよ」
そう、だったんだ。
だから私は何度も何度も、皆が危険に晒される瞬間の未来を見たんだ。
そこでふと気が付く。
「あれ……でも発動条件が"誰かに危機が迫っている時"なんだとしたら」
「そう、その通りよ。先見の明が他の授力とは大きく違うのはそこなの」
誉さんは苦い顔で頷く。
鼓舞の明を使うには決められたステップを踏む必要があり、書宿の明は文字を書くことで力が宿る。どの授力も呪力保有者が何かしら働きかけることで力を生み出す。
でも先見の明の発動条件は"危機が迫った時"。
つまり私自身の力だけじゃ、どう足掻いても先見の明を使うことは出来ないということだ。
「先見の明はどう足掻いても自分たちでどうこうできる力じゃないのよ」
誉さんの言葉に余計に困惑する。
いくら授力が口伝で親から子へ引き継がれるからと言って、その力の本質を神職が知らないはずがない。ましてやエリート集団の本庁の役員が知らないわけがない。
誉さんを紹介してもらったことでこうして私も先見の明について知ることができたわけだけれど、力の使い方を教えることができないなら誉さんじゃなくてもよかったはずだ。
本庁の役員はどうして私を誉さんに引き合わせたんだろう……?
「ガッカリしたかしら?」
「あ、いえ……! そういう訳ではなくてっ」
私が難しい顔をして黙り込んだのを見て、誉さんは申し訳なさそうな顔をした。
慌てて首を振って姿勢を正す。
「ただ先見の明が発動した時にできる限り長く未来を見れるようにする方法ならあるわ。と言っても、我流なんだけどね」
「我流? 誉さんが見つけたんですか?」
「ええ。審神者時代に暇つぶしがてら色々試したのよ」
暇つぶしがてら……。
誉さんは軽い口調で言ったけれど、それってなかなか凄いことなんじゃないだろうか。
「だから力の使い方は教えられないんだけれど、力をどう使いこなすのかは教えられるわ。次の稽古からはそれを練習していきましょう」
その言葉に壁の掛け時計を見上げると、終わるように指示された時間の五分前だった。
ありがとうございました、と手をついて頭を下げる。
これまでは力の本質すらよく分かっていなかったし、発動条件も知らなかった。例え自分の意志で力が使えなくても、知識を得たことは大きな進歩だ。
「次もよろしくお願いします!」
私の言葉に誉さんは深く頷き微笑んだ。
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