214 / 357
恋する乙女
漆
しおりを挟む「────はい、では皆さんで考察していきましょうか」
無事にご祈祷が終わって恵衣くんが席に着いた。みんなは一斉に伸びをする。短いものとはいえ神事はやっぱりどこか空気が張りつめる。
それにしても、と私は未だ違和感の残る左手の指先をそっと撫でた。
先生がホワイトボードを引っ張ってきて真ん中に置いた。真ん中に簡単な人の頭と左手の絵を描く。
「じゃあ一人ずつ、何を感じたのかここに書き込んで発表していきましょう。まず恵衣さんからお願いします」
「はい」
立ち上がった恵衣くんはスタスタとホワイトボードに歩み寄ると赤いペンで頭頂部に丸を書いた。
線で引っ張り隣に「清水に触れた時のような心地よい冷たさ」と付け加えると、「あ、俺も」と嘉くんが同意する。
「頭頂部に心地よい感覚がありました。正神界系の中位の神が憑依していると思われます。神意にかなった状態だと判断しました」
頭頂部に清々しい感覚があるのは、憑霊観破法の中では最も普通の状態であるとされている。何事もなければ多くの人はこの状態になっている。
恵衣くんと嘉正くんがそう感じたのも何だか納得がいく。
「嘉正はともかく、無難にオリコウサンに面白みもなく生きてる恵衣ならまぁそうなるよねぇ」
明らかに褒めている口調ではない言い方に恵衣くんの眉がぴくりと動く。
「先祖や神に警告を受けるような生き方をしている奴らの方がどうかしてると思うけどな」
「はァ!? 僕は警告じゃなかったし!」
またもや喧嘩開始のゴングが鳴り響き立ち上がった来光くん。冷や冷やしながら見守っていると、ホワイトボードの前に立ち赤ペンを握った。
側頭部と左手の人差し指、中指にに丸を付けた。
「ここに指で押されるような感覚があったあと、左手のこの指先が痺れました」
こんこん、とホワイトボードを叩いた来光くん。
「左手にも何かしらを感じた人が出てきましたね。ここから分かることは何ですか? 泰紀さん」
先生に指名されて「げ、俺?」と露骨に嫌な顔をした泰紀くんが頬を掻きながら立ち上がる。
「えっとまず……両方の側頭部だから、霊とか先祖の類……っすよね?」
「そうですね。では左手に刺激があった場合は、どの指が何に当たりますか?」
うーんとえぇーと、と視線を泳がせる泰紀くんとふいにバチッと目が合った。そして小さく拝むと「先生! 巫寿さんが答えたがっています!」と私に丸投げする。
ひどい、あんまりだ。
露骨に顔を逸らして席に座った泰紀くんにちょっと恨みがましい視線を送って渋々立ち上がった。
私もあんまり憑霊観破は得意じゃないのに……。
頭に刺激を感じて続けて左手の指にも何らかの刺激があった場合、その指に応じてついている霊が異なってくる。
どうしても覚えられないと瑞祥さんにボヤいた時に、いい語呂合わせを教えてもらった。確か────。
「……親指は親戚の先祖霊、人差し指が父親と祖父の霊で中指が母親と祖母、薬指が兄弟叔父叔母で、小指が子供の霊です」
「素晴らしいですね、きちんと覚えられています。よく勉強していますね」
すげ~、と皆が拍手を送ってくれた。無事答えられたことにホッとしながら席に座る。隣に座っていた嘉正くんが私の袖をくっと引っ張った。
「凄いね巫寿、覚えるの難しくなかったの?」
「難しかったから、瑞祥さんにいい語呂合わせを教えてもらったの」
「へぇ、どんな? 教えてよ」
「あ、えっと……うん。後で、ね」
ありがとう、と嬉しそうに笑った嘉正くんが前を向く。
申し訳ないけれど、私から嘉正くんにこの語呂合わせを教えることはできないだろう。
瑞祥さんがこの語呂合わせを私に教えてくれた時のことを思い出す。隣にいた聖仁さんの呆れた顔が蘇る。
『そんなハレンチな語呂合わせを女子が作らないの。そして後輩に教えるのも止めなさい』
巫寿も後輩に伝授してやれよ、と言われたけれどおそらく私の代でその語呂合わせは途絶えるだろう。
「ではこの事から何が分かりますか、来光さん」
「はい。人差し指と中指なので巫寿ちゃんが言ったように父親と母親の霊です。自分の両親は健在なので生霊だと思います。連絡を無視してるので、その催促かなと」
結構です、と先生に席に戻るように促されて来光くんが戻ってきた。
「来光くん、あの……大丈夫?」
思わずそう声をかける。
来光くんは両親と絶縁関係にあると聞いている。日頃から連絡も取り合っていないし、長期休暇も実家ではなく間借りしている薫先生の家に帰っている。
そんな状態の両親が生霊になってまで来光くんに何かを伝えようとしているなんて、何かあったに違いない。
「あはは、全然大丈夫。いつもの事なんだよ。新学期とか学期末の度に"戻ってきて普通の学校に通え"って言ってくるんだ。世間体を気にする人たちだから僕が得体の知れない学校にいるのが気に食わないみたい。思い出した時だけそういう連絡してくるくせによく言うよねぇ全く」
世間話でもするような軽い口調でそう言った来光くん。話しぶりから本人は大して気に留めていない様子なのが伝わってくるけれど流石に心配になる。
部外者の私が口を挟んでいいような内容ではないので、「何かあったら相談してね」とだけ伝える。来光くんは「ありがとう」と嬉しそうにはにかんだ。
「では次は泰紀さん、発表してください」
はーい、と立ち上がった泰紀くんは頭頂部の丸をつけた。
「えーと、俺は頭のてっぺんを押される感覚がしたんだよなぁ。なんかこう、ツボを押されて"いでで"ってなる感じ」
隅によけていた教科書を捲った。頭頂部についての記述がある場所を指でなぞって心の中で読み上げる。
────頭のてっぺんに鈍痛を感じて疼くような痛みは、神の怒りに触れている疑いあり。痛みが強いほど神の怒りは強く、怒りが納まるまで祈念を行うこと。単に何かしらの感覚があるだけなら、警告、注意の暗示で本人に害が及ぶことはない。
なるほど、だったら泰紀くんの場合は。
「泰紀、お前何したんだよ! 神の怒りに触れるってよっぽどじゃね!?」
ゲラゲラ笑う慶賀くんに、すかさず「ちげーし!」と泰紀くんが噛み付く。
「俺の場合、神様からの注意と警告だつーの! これから怪我とかビョーキに用心して生活しろってことだよ! ていうかそういうお前はどーなんだよッ」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに鼻を鳴らした慶賀くんは立ち上がって、孫悟空の頭の輪っかみたいな円を描き入れた。
「俺はここが紐で締め付けられる感じがした! センセーこれってまだ習ってないよな、どういうやつ!? 頭のてっぺんに近いほど神様の霊格が高いんだろ!」
確かに頭をぐるりと覆うように何かを感じる場合というのはまだ習っていなかった気がする。
試しに教科書をめくってみたがそれらしき記述はない。おそらく三年生で習う分野なんだろう。
「慶賀さん、本当にそう感じたんですか?」
先程までにこにこと見守っていたはずの先生が急に真剣な顔になった。突然空気が変わったことに、慶賀くんは戸惑いながら頷いた。
「……三年生の範囲なのでまだ教えていませんが、龍神系の神が意志を伝えようとしています」
「龍神!? かっけぇ~!」
「締め付けるような感覚は知らず知らずのうちに龍神の怒りに触れる行いをしたか、警告を受けている状態です」
え?と慶賀くんが固まる。
龍神と言えば主に水を司る神様だ。
「だはははッ! 龍神に怒られるとかお前何したんだよ!」
「慶賀って馬鹿だと思ってたけど、龍神を敵にするほど馬鹿だったんだね」
「どうせ水関連の悪さでもしたんでしょ」
「救いようのない馬鹿だな」
心当たりがあるのか青い顔をして口を閉ざした慶賀くん。龍神を怒らせるほどの悪さって一体何をしでかしたんだろう。
「しっかり手を合わせて心から反省してください。それしか方法はありません」
はい、と力なく肩を落とした慶賀くんが席に戻った。
「では最後に巫寿さん。発表してください」
先生に指名され返事をして立ち上がった。ホワイトボードの前に立ちペンを握る。
私が丸を書いたのは恵衣くんや嘉正くんたちと同じ頭頂部、そして左手全体を囲うように大きく丸を書く。
皆が少し不思議そうな顔をした。
「えっと……私も恵衣くんたちと同じで、頭頂部に刺激がありました。ただ心地よい感覚って言うよりかは、むずむずする感じでした。それと────」
自分がペンで囲った左手のイラストを見る。
「左手が動かなかったんです……神事の最中に」
指先に痛みが出たり付け根に痺れを感じる場合があるというのは習ったけれど、左手が動かなくなるなんてことは習っていなかったはずだ。
痛みは感じないけれど心地よいという訳でもない。それに手が動かなくなるなんて、なんだただならぬ感じがする。
「あら。神様は巫寿さんとお話したいことがあるのね」
「へ?」
明るい声でそう言った先生に目を瞬かせた。
「これも三年生の範囲なんだけれど、左手が動かなくなるのは"神が伝えたいことがある時"なのよ」
神が、伝えたいことがあるとき。だから先生は「神様は巫寿さんとお話したいことがあるのね」と言ったのか。
でも伝えたい事がある時と警告している時って何が違うんだろう。少なくとも痛みは感じていないから、私に対して怒ってはいないんだろうけど……。
ちょうどその時、授業の終りを知らせる鐘が鳴り響いた。では今日はここまで、と先生が手を叩く。
「来週までに今日の実習のレポートを書いてきてください」
少し面倒くさそうな声で皆は「はーい」と返事をして立ち上がった。私も荷物をまとめて立ち上がる。一度振り返って先生が消し始めたホワイトボードを見つめた。
神様が私に伝えたがっている事って、一体なんなんだろう。
10
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
神戸・栄町 困り顔店主の謎解き紅茶専門店
hana*
キャラ文芸
レトロな建物が立ち並ぶ、神戸・栄町。
カフェ激戦区とも呼ばれるこの町の、とあるビルの2階でひっそりと営業している紅茶専門店には、長身でイケメンでいつもにこやかで誰にでも親切、なのになぜかいつもトラブルを招き寄せるという困った体質の店主がいる。
店に訪れるのは、婚約破棄された会社員、紅茶嫌いのカップル、不穏な女子大生のグループ……。
困り顔店主が、お客さんのお悩みを紅茶の香りとともにほわっと解決!?
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
郷守の巫女、夜明けの嫁入り
春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」
「はい。───はい?」
東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。
「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」
「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」
近年、暁の里の結界が弱まっている。
結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。
郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。
暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。
あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。
里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。
「さあ、足を踏み入れたが始まり!」
「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」
「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」
「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」
「──ようこそ、暁の里へ!」
転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜
万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。
こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?!
私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。
バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。
その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。
鬼が現れ戦う羽目に。
事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの?
この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。
鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます!
一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。
はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる