言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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襲来

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その後しばらく怪我人の治療に当たっていると、「巫寿ちゃん!」と名前を呼ばれた。ほぼ同時に沢山の手が自分の白衣を掴む。

振り向くと庇角院ひかくいんの子供たちが焦った表情で立っている。どうしたの、と尋ねるよりも先に子供たちが泣きそうな顔で私に詰め寄った。


「巫寿ちゃん文鬼ぶんき先生こっちきた!?」

「文鬼先生? 皆と一緒に本殿へ避難したんじゃなかったの?」


庇角院で子供たちの面倒を見てるい院長先生だ。

庇角院は社の裏側にある。避難の報せが出たら真っ先に伝わるはずだし、現に子供たちがここにいるということは避難の報せはちゃんと伝わっているという事だ。


「文鬼先生と一緒に本殿へ来たんじゃないの?」


うぐうぐと嗚咽を漏らす子供達の背をさする。


鬼平太きへいたが、庇角院にかんざし忘れたって泣いて、文鬼先生が取りに戻ったんや!」

「だってあれは死んだお母ちゃんの形見なんや……!」


名前が挙げられた子鬼の少年が顔をくしゃくしゃに歪めてそう訴える。堪えきれなくなった涙がポロポロとこぼれた。


「もう三十分も経ったのに、まだ戻ってこやんねん!」

「みんなで探したけど本殿にもこっちにもおらん!」

「もしかしたら文鬼先生、敵に捕まったんと……」

「縁起でもないこと言うなや!」


皆の表情が一気に不安に染る。

庇角院は社の裏手にある。ここから五分とかからない距離だ。確かに三十分は遅すぎる。


「い、今……なんて」


震える声に弾けるように振り返る。呆然と立ち尽くす鬼子ちゃんの手から包帯が転げ落ちた。私が声をかけるよりも彼女が駆け出す方が早かった。


「鬼子ちゃんッ! 待って!」


追いかけようと慌てて立ち上がり、グッと袴を引っ張られる感覚に足を止める。視線を下げると不安げな表情を浮かべた子供たちが私を見上げていた。

膝をついて子供たちと目線を合わせる。


「鬼子ちゃんと一緒に文鬼先生を探してくるから、皆は本殿で待ってて」

「すぐ戻ってくる……?」


ポロポロと零れる涙を拭ってやって「もろちん」と笑う。


「すぐに戻ってくるから、皆は文鬼先生が帰った時心配しないように涙を拭っておいてね」


分かった、と力強く頷いた子供たちの頭に手を置いた。出口へ向かう途中にいた信乃くんと恵衣くんに声をかける。

もし文鬼先生が怪我をして動けなくなっているのなら、私と鬼子ちゃんだけじゃ支えきれない。男手が必要だ。

簡単に説明するとすぐに動き出してくれた二人。私たちは庇角院を目指して走り出した。

走りながら、信乃くんがいつもと違って何かを考え込むように口を閉ざしているのが引っかかった。思えば神楽殿へ戻ってきた時からどこか気もそぞろと言った感じだった。


「信乃くん? 大丈夫?」


たまらずそう声をかけると「え?」と顔を上げた信乃くん。堪忍、今なんか言うた?と本当に別のことに気を取られていたようで、申し訳なさそうに拝む。


「いや、その。大したことじゃないんだけど、いつもと様子が違ったから……」

「そりゃ変にもなるだろ。いきなり身内が敵になって現れたらな」


言葉の意味が理解できなくて固まる。

"いきなり身内が敵になって現れたらな。"────身内が敵!?

一体誰が、と言いかけて赤い瞳の妖狐を思い出す。そうだ、野狐の伊也は元は信田妻族の妖狐。妖は仲間意識が非常に強いし、同じ一族の妖を身内と表現するのもうなずける。

鼻を鳴らした恵衣くんに、信乃くんはどこか少し力が抜けたように肩を落とすと苦笑いを浮かべた。


「恵衣ってホンマ事実と正論に忠実に生きとるよな」

「それの何が悪い」

「いんや、むしろ変に気遣われるよりその方がええわ」


前を向いた信乃くんはひと呼吸おいて口を開く。


「伊也は俺の実姉や」


実姉……ってことは信乃くんのお姉さん!?


「身内って比喩表現じゃなかったの!?」

「ツッコミどころそこかいな」

「ご、ごめん」


咄嗟に詫びを入れるけれど、なんだか謝るのも少し変な感じだ。

そうか、本当に身内だったんだ。様子がおかしかったのも頷ける。


「野狐に落ちてからはずっと行方知らずやったんや。まさかこんな所で再会するとはな」

「それは……驚くよね」

「でもまぁ野狐落ちした時点で信田妻の敵やし、ほんま変に気ぃ遣わんでええよ」


気を遣うなと言われても、そんな話を聞いたあとじゃ反応に困る。

私は伊也に命を狙われたわけで、その伊也が信乃くんのお姉さんだったなんて。


「だったら言わせてもらうが、身内の管理くらい自分たちでどうにかしたらどうなんだ? 他一族や俺たちを巻き込みやがって迷惑この上ない」


ちょっと恵衣くんは気を遣わなすぎでは?

案の定少しむくれた信乃くんが「俺に言うなや」と顔を背ける。わざとらしく深いため息を吐いた恵衣くんは顎で前を示す。

庇角院の建物が見えてきた。

軽口を叩くのもここまでだ。まずは建物内の捜索、もし文鬼先生が見つからなければ範囲を広げて探さなければならない。

先に飛び出して言った鬼子ちゃんも少し心配だ。

神職さまたちが黒狐族を里の外れで食い止めてくれているとはいえ、油断出来ない状況であることには変わりない。二人ともすぐに見つかるといいのだけれど、という私の心配は杞憂で終わることになる。

門を押し開けて中へはいると玄関扉が開け放たれているのが見えた。たたきの上に座り込むふたつの人影を見つける。


「いた……!」


たたきの上に跪いていたのは文鬼先生だ。その身体を支えるように鬼子ちゃんが脇に手を入れて踏ん張っている。

やっぱり鬼子ちゃんひとりじゃ支えきれなかったんだろう。

信乃くん達が私を追い越して駆け付けた。


「女ひとりで支えられるわけないやろ! 退き!」


驚いた顔をした鬼子ちゃんは、すぐにばつが悪そうな顔をして目を逸らす。


「私だって、妖力を使えば……!」

「使えないから自力で運ぼうとしたんだろ。できない事を引き合いに出すな、時間の無駄だ」


恵衣くんの正論が炸裂する。正論は図星な時ほど刺さるものだ。鬼子ちゃんは顔を真っ赤にして下唇を強く噛んだ。

恐らく神楽殿で神職さまたちの怪我の治療を助けた時に沢山力を使ってしまったのだろう。私もかなり疲労感を感じているから、27倍難しいと言われる妖力を扱う鬼子ちゃんはもっと疲れているはずだ。

男子二人が文鬼先生の両脇を支える。


「堪忍な。すぐ戻るつもりやってんけど、膝が外れる癖がでてしもて。鬼子のことそないに責めんたって」


文鬼先生は鬼子ちゃんの頭に手を乗せた。私は背中に回ってそっと手を添える。


「子供たち心配して待ってます。早く戻りましょう」

「ああ、おおきに」


せーの、と声を揃えて文鬼先生を立ち上がらせる。さすが男の子二人、難なく先生を持ち上げるとゆっくりと歩き出す。これならすぐに社へ戻れそうだ。

胸をなでおろしたその時、まるでテレビのチャンネルを突然切り替えられたかのようにいきなり脳内に映像がブツリと入れ替わる。

青く燃える炎と、炎に包み込まれる庇角院の建物が見えた。

それがどういうことかを理解すると同時に「走ってッ!」と叫んで文鬼先生の背中を強く押す。

ほぼ転がるようにみんなが外へ出た瞬間、背中から轟音と共に激しい熱を感じる。足が絡まって土の上にずさりと転がった。勢いよく振り返れば、顔中に熱が降りかかる。

庇角院が青い炎で燃えている。


「助かった」


恵衣くんが私の二の腕を掴んで立ち上がらせてくれた。礼を言いながらひとつ頷く。


間違いなく「先見の明」が発動した。

これまでに比べればほんの僅かな情報だったけれど、しっかりと私たちに危険が迫っていたことを教えてくれた。

そしてこの青い炎は────。


「ホンマちょこまかと子ネズミみたいによう動く子らやね」

「至極煩雑」


声の方に顔を向ける。庇角院の屋根の上だ。火花を散らす炎に顔を顰めながら目を向けた。


「伊也ねぇ……」


今にも泣きそうな声がその名前を呼ぶ。

大きな団扇で仰ぐような風の塊が炎の壁に穴を開ける。その向こう側に立ちこちらを見下ろす二人の人物と目が合った。


「伊也姉て。まだそないな呼び方してんの? これやからあんたは甘いねん────信乃」


赤い瞳を細め、伊也は露骨に嫌悪を顕にした表情で吐き捨てる。一瞬、頬を平手打ちされたような酷く傷ついた顔をした信乃くんはギュッと唇を噛み締めて屋根の上を睨む。


「……隣の大漢はお前の彼氏か」

「あははッ、あんたにそんな笑いのセンスあったんやな? てか巫寿ちゃんさぁ、そのへん情報共有しといてもらえる? いちいち頭から説明するん面倒なんやけど」


伊也が隣の大柄な男をチラリと見た。里の外れでぬらりひょんと共に現れた烏天狗だ。

口を閉ざしていた烏天狗がゆっくりと私たちを見渡す。


「一戦交える相手に、名乗らぬは失礼か」


屋根から飛び降りた烏天狗は片膝を着いて地面に着地した。深く頭を下げた体勢のまま続ける。


「某、天狗の妖、烏天狗の天司てんじと申す。何卒よしなに願い申し上げ候」


そう言い立ち上がった天司にみんなが目を丸くする。

屋根の上に立っていたから気が付かなかったけれど、天司と名乗るこの妖、かなり大きい。目測だけれど恐らく背丈は190近くあるだろう。横にも大きく恰幅がいい。


「まーたクセ強いん出てきよったで……」


今はそうじゃないでしょ信乃くん。

心の中で激しくつっこみつつ、実は私も同じことを考えていたのでなんとも言えない気持ちになる。


「天司……聞いたことがある。確か烏天狗族の次期頭領に選ばれていたはずだ」


恵衣くんの言葉に信乃くんは深く頷く。


「代替わりはしとらんけど、ほぼ取り仕切っとんのは次期頭領の天司や。つまり────」


"烏天狗族はそっち側ってことか"


信乃くんのいう"そっち側"の意味を直ぐに理解して言葉を失う。

烏天狗族を率いる天司、天司と共謀する伊也、伊也は神々廻芽に従っていて、神々廻芽は空亡を利用している。

つまり烏天狗族が、神々廻芽側についたということだ。だとしたら伊也が従える黒狐族も同じように考えられる。黒狐族も神々廻芽に従っているんだ。

全部の事柄が繋がっていき、やがてひとつの答えに辿り着く。

各地で起きているこの戦は、神々廻芽が妖一族を引き込むために起こしたものなんだ。


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