言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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後悔

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饅頭屋の取材も中盤に差し掛かった頃、店主が客に呼ばれ「ちょっと待ってて」と俺たちを残して店先へ出たタイミングを見計らって嘉正が困り顔で歩み寄ってきた。


「ねぇ慶賀、賀子ちゃ大丈夫? やっぱり様子見てきた方がいいんじゃない?」


またその話かよ、と顔を顰める。取材が始まってからもう三度目だ。

がしがしと頭の後ろを掻きながら深い息を吐く。


「ほっとけって言っただろ」

「でもまだ五歳だよ。しかもちゃんと妖が見えてる訳でもないんだから、トラブルにでもなったら……」

「ならねぇーよ。今頃絶対に座って待ってっから」


俺がそう言いきったことが想定外だったらしく目を瞬かせる。

かれこれ五年近く賀子の兄貴をしてきたんだから嫌でもわかる。

喧嘩した後叱られた後、誰も相手にしてくれないと分かるとアイツは慌てて追いかけてくる。そして「ごめんなさい」とまた泣いて、結局俺たちが絆される流れだ。

今頃半べそで椅子に座って俺の事を待っているはずだ。


「あんま怒ってやんなよぉ、慶賀」


取材内容をまとめるのに苦戦していた泰紀が、プリント相手に唸りながらそう零す。


「賀子な、お前の真似がしてぇんだとよ」


真似?と眉根を寄せながら聞き返す。


「賀子は慶賀が思ってるよりも、慶賀のことが好きだってことだよ」


やっと終わったのか伸びをしながら泰紀が振り向く。意味わかんねぇよ、と零すと泰紀はヒヒヒと笑う。


「にーにみたいに強くなるために、にーにの真似をするんだと。そしたら言霊の力が宿って、神修も一緒に行けるかもしれないからって。そう言ってたぞ」


なんだよそれ、そう呟いたはずの言葉は声にならずに掠れて消える。

自分に言霊の力がないことは賀子自身が一番よくわかっているはずだ。

小さい頃は自分に言霊の力がないことを嘆いてよく両親を困らせて、俺の長期休暇が終わって神修へ戻る時も、「どうして自分は通えないのか」と泣きじゃくってはみんなで必死に宥めていた。

けれどいつの間にか賀子なりに諦めがついたのか駄々をこねるようなことはなくなった。むしろ幼稚園の友達と同じ地元の小学校へ通えることを楽しみにしているくらいだ。神修初等部は鞄が規定のリュックサックなので、両親に買ってもらったピンクのランドセルは何度も何度も見せびらかされた。

だからもう言霊の力にも神修にも未練はないのだとばかり思っていた。


『慶賀は背が低いから、スポーツは不向きだなぁ』

『やはり志々尾家の血は言霊の力が薄いらしい。慶賀さんは次の宮司には選ばれないだろうな』


どう足掻いても変えることが出来ない産まれ持った素質。それが人と違うこと、人にはあって自分にはないものがあること。それがどれほど悔しくて、簡単に諦められるようなものじゃないかなんて誰よりも分かっていたはずなのに。

きゅっと唇を噛んで俯く。嘉正が俺の肩にぽんと手を置いた。


「ごめんごめん。もうちょっとかかりそうだから、座って待っててもらえる? 好きなの食べていいから」


慌ただしく戻ってきた店主が、隅の座敷を指さして俺にメニューを押し付ける。お品書きと書かれた文字をじっと見つめ、「おばちゃん!」と店主を呼び止めた。


「この中に小麦入ってないやつある?」

「小麦? この辺の団子なら入ってないわね」

「じゃあそれお願い!」


はいよー、と忙しそうに店の奥へ消えていった店主。

嘉正が目を細めて俺の二の腕を小突く。やめろよ、と照れ隠しにわざと顔を顰めた。


「筆の店で買ったやつと合わせてプレゼントして、仲直りしてきなよ」

「み、見てたのかよお前! てか別に喧嘩じゃねぇよ、賀子が勝手に拗ねてるだけだ!」

「はいはい、そうですね」


にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた嘉正はさらりとそう受け流した。程なくして店主がお盆に三色団子を乗せて現れる。賀子が好きなピンク色もある。

ほれほれ行ってこい、と背中を押されて渋々歩き出した。

団子がのった盆を片手に、空いた手でポケットをまさぐる。無造作に突っ込んだそれを引っ張り出して目の前で掲げた。

小指サイズの小さな筆のストラップ、書道用品の店でたまたま見付けて買ったものだ。店主いわく、筆を作る際に出た廃材を再利用して作り販売しているらしい。

柄の部分は流石にピンク色はなかったけれど、鳥居のような深い朱が綺麗なものを選んだ。これなら普段筆を使わない賀子でもカバンか何かに付けれるだろうし、おままごとにも使えるはずだ。

小さいからと言って安い訳ではなく、これを買ったおかげで母さんからもらった小遣いはほとんどなくなった。

欲しいポゲモンカードがあったけれど、今回は我慢しよう。


賀子は今頃、どうせ椅子に座って背を丸め、鼻を真っ赤にして俺を待っているはずだ。


確かに俺もちょっと言い過ぎたところはあったし、賀子の気持ちをちゃんと考えてやらなかったことは少し反省している。

団子とこれを渡して、「もう少ししたら帰れるから、家ついたらおままごと付き合ってやるよ」そう言おう。

「にーに赤ちゃん役ね」と言われても今日だけは我慢してやるか。


そんなことを考えながら暖簾をくぐる。



「おい賀子、これお前も食える団子────賀子?」




店先の赤い長椅子には誰の姿もなかった。


あいつ、違う椅子に座ってんのか?


そう思ったけれど周りに赤い長椅子がある店はない。一瞬嫌な感じがして、それを振り払うように深く息を吐く。


あいつ、もしかしてまだ拗ねてんのか? 珍しく今日は長いな。


長椅子に盆を置いて、賀子を置いてきた場所へ足を向ける。置いてきたと言っても店を三軒挟んだ先にある十字路だ。

恐らくそこでまだ蹲って抵抗しているのだろう。


いつもなら見つけ次第「いい加減にしろバカ子!」と怒鳴るところだけれど、今日は勘弁してやるか。

何故か胸騒ぎのする心臓を服の上から押さえつけ小走りで道を戻る。時刻は八つ時を過ぎた頃、妖たちの時刻で言えば真夜中だ。一日中賑やかな鬼脈でも、やはり出歩く者は少ない。

一際小さい影を探す。おかっぱ頭にピンクのワンピース、お気に入りの白猫のポシェット。

探す。時間が経つにつれざわめき程度だった胸騒ぎは騒音のように大きくなった。


「賀子? おい賀子!」


声をはりあげた。歩いていた妖たちがちらちらとこちらを振り返る。けれど賀子の姿だけが一向に見つからない。


「賀子、怒ってないから出てこいって! 心配してるんだよ!」


もしかしたら「また怒られるかも」と思っているから出てこないのかもしれない。

そう考えてなるべく柔らかい口調で声をはりあげる。しかしその声に振り返るのは、往来を歩く妖だけだった。

焦りがピークに達する。心臓が耳の隣にあるのかと言うほどバクバクと音を立てた。握りしめる手のひらに嫌な汗が滲む。


「すみません! このくらいの身長で、桃色の服を着たおかっぱ頭の女の子見てませんか!?」

「俺の妹が迷子で、五歳の女の子見てませんかッ!」

「賀子って名前なんです、ほんの十五分前に別れたばっかで……!」


手当り次第声をかけた。誰も彼も横に首を振る。

クソ、と舌打ちをしてメイン通りから一本外れた裏路地に入った。メイン通りとは違って街頭もなく人一人通れるくらいの狭さしかない裏路地は、整備されているわけでもないのでかなり入り組んでいる。

賀子は暗い場所が苦手なので、自分から裏路地に入っていくとは思えないけれど、もし迷子になっているとしたらこの場所以外考えられない。


「賀子! 賀子ッ!」


走りながら名前を叫んだ。喉の奥が乾いて息が苦しい。全身から汗が吹き出す。

迷子ならまだいい。けれどここは鬼脈だ、幽世と現世の境目で善と悪が交わる。ここを出歩く妖が全て善良な妖とは限らない。

人の魂を食う妖もいる。授力を求めて血肉を食らう妖もいる。

見えない賀子が万が一そんな妖に出会っていたとしたら、間違いなく抵抗する間もなく────。


それ以上考えることはあまりにも恐ろしくて勢いよく被りを振った。

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