闇の者

広之新

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第12章 故郷の土

隠れ里

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「変わっておらぬな!」半蔵は叫んだ。そこは山々に囲まれた自然豊かな里山だった。久しぶりのこの地を訪れて、彼はうれしくなって興奮していた。ここには都会にはないものがあふれていた。目を和ませる景色、うまい空気、突き抜けるような青い空・・・それはしばらくの間、半蔵が忘れていたものだった。
ただ半蔵はずっと浮かれているわけにはいかなかった。
「何もなければいいが・・・」半蔵は嫌な予感を覚えていた。

   ――――――――――――――――――――――――――

 普段、半蔵は「井上正介しょうすけ」として笠取荘で働いている。いつもは何も話さず、ただ黙々と調理の仕事をしている菊が珍しく正介を呼び止めた。
「これを・・・」菊は1通の封書を差し出した。
「これは?」
「私の幼馴染から送って来たものです。宛名を見ればお分かりいただけると思いますが・・・」菊は言った。正介が裏を見ると、「時田甚兵衛」となっていた。
「甚兵衛か!」正介はその名に懐かしさを覚えた。
「中をご覧ください。」菊は言った。正介は手紙を取り出して目を通した。

『菊殿。久しゅうござる。私がこの生まれた里に戻ってはや、30年になる。・・・最近、おかしなことが起こり困っておる。・・・この里が脅かされておる・・・もしできれば正介様にお耳に入れていただけないだろうか・・・・      甚兵衛』

「これは!」正介は驚いた。
「あの甚兵衛が封書まで寄越して訴えてきております。ただごとではないと・・・」菊は厳しい顔で言った。
「わかった。私自ら行こう。甚兵衛には昔、世話になったからな。」半蔵は言った。菊はそれを聞いて無表情にまま深くうなずいた。


 半蔵はあとを疾風たちに任せて新東京を出て来た。ここは忍びの隠れ里のうちの一つだった。半蔵は幼き頃、父に連れられてここに来て、甚兵衛の家に預けられた。家族と離れて不安であったが、甚兵衛たち里の者が彼にやさしくしてくれた。そして忍びの術も手ほどきしてくれた。この里で朝から晩まで走り回り、幼い正介はたくましく育ち、やがてこの里を離れた。甚兵衛はいわば育ての親だった。
「確かこの道・・・」半蔵は隠し道を覚えていた。ここを通れば里まですぐにたどり着ける。そこはけもの道を少し広げた程度だった。だが忍びの者が通るためにいくつかの工夫がされていた。しかも警戒用の鳴子まで各所に張り巡らせていた。半蔵は昔のようにその道を歩いて行った。
しばらくすると里に着いた。そこで鍬で畑を耕す老人の姿があった。その老人は麦わら帽子に首に手ぬぐいを巻いており、里の者のようだった。半蔵はそのままその横の道を歩いていた。するとその老人が鍬を持ったままいきなり飛び上がった。
「!」驚いた半蔵はすぐに後ろに下がった。老人は鍬を振り下ろしてきた。半蔵はそれを避けると、右手でその鍬の柄をしっかりと受け止めた。
「何者だ!」その老人は声を上げた。半蔵はその声を聞いて顔がほころんだ。
「甚兵衛! 私だ。」半蔵は言った。すると甚兵衛は鍬を引いて、
「若! 若じゃございませんか!」甚兵衛は驚きながらも喜びにあふれていた。
「もうこんな歳になった。若じゃないだろう。」半蔵は笑った。
「これは失礼しました。正介まさすけ様。よくお越しくださいました。菊に手紙を出したのですが、まさか正介様、直々にお見えになるとは思いませんでしたので。」甚兵衛は言った。
「一体何があったのだ? いきなり鍬を振り上げるとはただ事ではないな。」半蔵が尋ねた。
「はい。身のこなしがただ者ではないと思いましたので、いきなりあのようなことをしてしまい申し訳ありませんでした。詳しくは家にてご説明いたします。」甚兵衛は言った。
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