結奈とママの、そしてパパの日記

広之新

文字の大きさ
13 / 40
第4章 日記

ママからの日記帳

しおりを挟む
 それは11月に入った日のことだった。帰宅後に玄関の呼び鈴が鳴った。急いで出て見るとそれは宅配便だった。

「お届け物です。」

とA4サイズほどの小包が届けられた。依頼主は文房具店となっている。

(何か、頼んだかな?)

私には覚えがなかった。だが届け先の名前の欄を見て驚いた。

『藤田理恵』

 それは死んだ妻の名前だった。彼女が送ってきたのだ。私は不思議な気分に襲われたが、とにかくその包みを開けてみた。すると中には手紙と大きな日記帳が入っていた。

『この度は遅くなって申し訳ありません。特注の日記帳の製造がメーカーの都合で遅れておりましたが、この度やっと入荷できました・・・』

 この日記帳は理恵が生前、注文したもののようだ。やっと今になって届けられたというわけだ。それにしては立派な日記帳だった。飾り立てた厚い表紙に中はしっかりした紙だった。理恵が書いていた日記帳とはまるで違う。

(何のためにこの日記帳を?)

私は日記帳をひっくり返してみた。すると裏には

『藤田結奈』

と書かれていた。理恵が結奈のために頼んだようだ。そこで私は思い出した。そんなことを理恵と話したような・・・。
 私はすぐに理恵の部屋へ行って彼女の日記を開いてみた。

『パパとも相談したが、結奈にも日記を書いてもらおうと思う。いつもいろいろ話してはいるが、口では言えないこともあるだろう。書くことで自分を見つめられる・・・』

確かにそうだった。そんなことを理恵と話したことがある。

    ――――――――――――――――――――――

 理恵は翻訳の仕事をしていたが、それはパソコンでしていた。ノートにペンで書いていることをよく見るのでそれについて聞いたことがあった。

「何を書いているの? 仕事か?」
「いえ、日記よ。」
「日記?」
「ええ、ずっと書いているのよ。気づかなかった?」
「そうだったのか。」

疑問は解けたが関心はなかった。だが理恵はそのついでとばかりに私に言った。

「日記を書くことはいいことだわ。あなたもどう?」
「いいよ。君みたいに文才はないから。」
「そう? でも結奈に日記をつけさせるのはどうかしら? きっと役に立つわ。」
「まあ、そうかも・・・」
「そうしましょう。それならいい日記帳を注文するわ。普通のノートだと結奈はやる気が出ないかもしれないから。」

        ―――――――――――――――――

 それは妻が亡くなる1週間前ぐらいだった。理恵はそれで「どうせなら」と特注の、それは立派な日記帳を頼んだのだろう。これなら結奈が気に入ってくれるだろうと・・・。
 夕食の後で私は結奈にその日記帳を見せた。

「じゃあじゃあーん! 立派な日記帳だろう。これで毎日、日記をつけたらどうだい?」

私は笑顔を作って結奈に日記を差し出した。結奈は怪訝な顔をしていた。いきなりそんなものを出されたらそういう反応になるのかもしれないが・・・。

「ママは毎日、日記を書いていたんだ。結奈にもそうして欲しいと言ってこれを注文したんだよ。」

私がそう言うと、結奈が聞いた。

「何を書くの?」
「その日のことさ。どんなことでもいい。後から見直すとその時の思い出がよみがえるんだよ。」

私はこう答えた。確かに理恵の日記を読んでいたらその時々の記憶が蘇った。涙を流したが・・・。

「ふーん。」

結奈はまじまじとその日記帳を見ていた。そして胸にしっかり抱いてその大きな日記帳を部屋に持っていった。その姿を見て私は思った。


(その日記帳にはママの思いがあると結奈は感じたのかもしれない。多分、日記をつけてくれるだろう。)


 夜遅くなって結奈の部屋に行った。こっそりドアを開けるとすやすやと眠っている。その寝姿は悩みなど抱えていないような穏やかな眠りであった。それは久しぶりに見るような気がした。
 ふと机の上を見るとあの日記帳が置かれている。ちゃんと書いたのだろうか・・・と思って、こっそりそれを開いて見てみた。

『今日から日記を書く。ママみたいになりたいから。』

と書かれていた。ただの一文だが、これが結奈の初めての日記だ。私にはそれが何か特別なもののように思えた。それにその文字以上の彼女の気持ちが伝わってくるような気もした。


 それから結奈は毎日、日記を書いていた。私はそれを、結奈が寝静まった後に読んでいた。娘の日記をのぞき見るなどよくないことだと思えたが、会話が少なくなった彼女のことをよく知るにはそれしかなかった。担任の山中先生が時々、メールで結奈の様子を知らせてくれるが、それだけではよくわからない。それにはないことや私が結奈から聞いていないこともよく書いてあるのだ。

『真理ちゃんと帰り道でケンカした。好きな子を言った言わないと言い合いになった。親友なのに、おこってそのまま帰った。明日会ったら気まずいな。』

結奈に何か、言ってやりたいが、この日記をのぞき見していることは絶対に言えない。そんなことをしたらいろんなことを書いてくれなくなる。とにかく親友と仲直りできないものかどうか・・・遠回しに何か言った方がいいのか・・・私は日記を読みながら迷っていた。

 その次の日の朝、結奈は少し元気がないように見えた。多分、昨日のケンカが尾を引いているのだろう。登校の時には親友の真理ちゃんと顔を合わせるはずだ。仲直りするにはどう話しかけたらいいか、悩んでいるんだろう。私はいつものように結奈に声をかけた。

「おはよう。今日は学校で何があるのかい?」
「いつもと同じ。別に何もないよ。」

結奈は少し機嫌も悪いようだ。

「そうか。困っていることがあればパパに言うんだよ。」
「何を急に。何もないわよ!」

さらに結奈はへそを曲げてしまった。悩んでいることを素直に言ってくれたらいいが、私には言いたくないのだろう。それを何とか聞き出そうとしても無理なのかもしれない。

(元刑事がだらしがない。)

容疑者を取り調べで自白させたことはよくしたが、娘の前では無力である。親友と仲直りするように何か言ってやりたかったが、結局、何も聞きだせないままに結奈は登校していった。

(多分、理恵なら母親の勘で結奈の異変に気付いて、事情を聞きだしてアドバイスしていたのだろう。私には無理か・・・)

私はため息をついた。



 夕食のときの結奈の様子はいつもと変わらなかった。もう解決したのかもしれない。その夜、また結奈の日記を見てみた。どうなったか、気になったのだ。

『朝、真理ちゃんと会った。お互いに謝った。それで仲直りした。昨日まではどうしようかと思っていたのに。でもよかった。これでまた真理ちゃんと親友でいられる。』

結奈は仲直りをしたようだった。私が何か言ってやらなくても結奈は自分で解決できたのだ。私はホッとした。

(結奈はもう3年生だ。日々、成長している。学校という社会の中でちゃんと過ごしている。私がいちいち心配しなくても大丈夫だろう・・・)

それでも私は心配していた。母親を亡くした心の傷がどれだけ深いか、母親がいなくなった喪失感がどれほど大きいか・・・それが私に埋められるだろうかと。結奈の穏やかな寝姿を見てそっと頭をなでていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...