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第二章 〜点と線 / 隠された力〜

27. 父の魔法

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今、ヴィオラの目の前で父エイダンとクリスフォードが睨み合っている。始まりは、ヴィオラの部屋に入るなり放った父の一言。


「ヴィオラ。診察をするから脱ぎなさい」


部屋に一緒にいたクリスフォードとカリナが固まった。

そして父の後ろにいたロイドが片手で顔の上半分を抑えて天を仰いでいる。


「いきなり来て何を言っているんです?この変態」


ブリザードが吹きそうな程冷たい目で父を変態呼ばわりするクリスフォードと、サッとヴィオラを背に庇い、警戒心を露わにしているカリナ。


「何おかしな事を言ってるんだ。先日の背中の傷が消えていないんだろう?俺は治癒魔法士で医者だ。治療をするから見せてみろ」


「今更父親づらですか」

「お前はいちいち絡んで来るな。話が進まん」


敵意剥き出しのクリスフォードをいなして父はヴィオラに治療を促す。

いくら父親でも肌を晒すのはイヤだし、ましてや自分でも目を背けたくなる程のアザだらけの肌を人に見せるのはかなりの抵抗があった。


でも──、


「いずれ嫁ぐ身で傷があってはダメだろう」

 
この言葉でヴィオラは決意せざる得なかった。


誰よりも、ルカディオに見られたくない。
醜い肌を見られて、嫌われたくない。


ヴィオラにとっては、ルカディオとの愛が全てにおいての原動力なのだ。自分の大事な人達と、ルカディオと幸せになる為に。そのために、自分の足で立つ事を決めたのだ。


治るなら、治したい。
ルカディオの前でキレイでいたい。

だから───。



「分かりました。お願いします。お父様」

「ヴィオ!?」

「大丈夫よお兄様。の方に診てもらうだけ」

「・・・・・・っ」


言外に含まれた『この人は医者であって父ではない』という意に気づいたエイダンが僅かに反応したのを視界の隅に捉える。


(これくらいで傷ついた顔なんかしないで欲しい。あくまで被害者はこっちなんだから。ズルいわ)


クリスフォード達を部屋から出し、部屋には父とヴィオラとカリナの3人だけになる。長椅子に座って父に背中を向け、簡易ドレスの前ボタンに手をかけた時、カリナがヴィオラの手を止めた。


「?」

「お嬢様。私も脱ぎます」

「え?」

「旦那様お願いします。私の傷も診ていただけませんか?」


カリナがエイダンを見据えてお願いをする。

自分の手を握るカリノの手が僅かに震えていた。きっとカリナはヴィオラの心を守ろうとしてくれているのだ。

伯爵家当主の行動に口を挟むのは13歳のカリナにとってはとても勇気がいる事だろう。

それでもカリナは一生懸命、ヴィオラの味方であろうとしてくれる。ヴィオラの不安を察して、拭い去ろうとしてくれている。


傷を見て、醜いと思われないか。


ずっと、そう思われるのが怖くてカリナ以外には傷を見せた事がない。きっとその不安を察して動いてくれたのだろう。カリナの優しさが心に染みる。有難くて握ってくれた手を握り返し、お礼を言った。


「いいだろう。カリナといったか。ヴィオラの事を庇ってお前もケガを負ったとロイドから聞いている。一緒に診察するから見せなさい」


そして2人は共に、父に傷だらけの背中を診せた。


後ろでヒュッと空気の音がした。
やはり醜くて引かれたのだろうか。そう思った時、泣きそうな声が後ろから聞こえた。


「俺は何て事を・・・っ、こんな小さな背中に・・・っ」


ものすごく小さな声だったが、確かに聞こえた。後ろで空気が震えているのがわかる。


(──────泣いてる?)





そして診察が始まる。

裂傷、火傷跡、色素沈着あり・・・とカルテに書き込んでいく音が聞こえる。痛みの程度を調べる為に所々押された。


鞭打ちから1か月以上経っているので痛みはほぼなくなったが、まだ皮膚が引き攣れてしまう所は何箇所かあった。

そしてカルテに書き込む音が止んだ後、エイダンがカリナの背中に手をかざし、治癒魔法をかけた。父の手のひらから湧き出る水色の光の粒子にヴィオラは目を瞠る。光がカリナの体全体を包みこんだ。


「「 ・・・っ! 」」


傷跡がキラキラと光り、修復を始めてどんどん小さく、薄くなっていく。そして最後は完全に消えて綺麗な肌に戻っていった。
 



(──────すごい)



父の魔法を初めて間近で見た。

とても神秘的で、───キレイだと思った。


邸の敷地内から出た事も、お茶会なども参加した事のないヴィオラは、魔法自体をほとんど見た事がない。

見たことがあるのは火属性の魔力を持つ母の魔法だけで、それはヴィオラを痛めつけるための魔法だった。


母親の暴力を避けようと手で体を庇うと、腕を掴まれたり払われたりする際に、母は一瞬だけ炎を出すのだ。一瞬でも熱いものは熱い。当然火傷になり、ヴィオラにとっては魔法は怖いイメージだった。


でも父の魔法は全然違う。
これが人を癒す魔法なのか。


これをクリスフォードに使えば病は治るのではないだろうか?ヴィオラがそんな疑問を思い浮かべたことに父も気づいたらしい。


「すまない。今カリナに施した治癒魔法は今のお前たちには使えない。お前たち2人の身体にはまだ魔力回路ができていないから俺の治癒魔法は毒でしかないんだ。完全に魔力無しの身体であれば、属性による魔力抵抗がないから治せたんだが、魔力持ちの疑いがある以上、慎重に事を進めなければいつ魔力暴走を起こすかわからない」


父が持ってきていたドクターズバッグの中から間口の広い小瓶を取り出し、服を正したカリナに手渡した。


「この薬をヴィオラの傷に塗ってやってくれるか?」

「は、はい!」

「この薬は研究で作った治癒魔法を組み込んだ傷薬だ。通常の薬草ベースのものより治りが早い。量産に成功していないから市場にまだ出回っていない物だ。だからこの薬の事は口外しないでくれ」

「「 わかりました 」」

「では塗ってやってくれるか?塗るだけとはいえ、もしかしたら傷口から魔力が体内に摂取されて微量でも拒絶反応を起こす可能性も捨てきれない。このまま異常がないか診させてくれ」


ヴィオラは頷いてカリナに薬の塗布をお願いする。
少しでも肌の引き攣れが良くなるなら、薬の効果を試してみたい。


治癒魔法を塗り薬に組み込むって一体どうやるのだろうか?その研究内容にとても心惹かれる。

塗り薬に直接治癒魔法をかけるのだろうか?でもそれなら簡単に量産できそうだからきっとそんな単純なものではないのだろう。



(───これから私も、人を癒せる医療品を作りたい)



ミオの世界にはあって、この世界にはないものが沢山ある。ヴィオラはそれを出来る限り生み出したいと思っている。




「・・・・・・薬を塗ってから体の不調はないか?」


この先の展望を巡らせていると父に体調を聞かれた。視線を向けるとすごく心配そうにこちらを見ている。


(────何?調子狂うんだけど・・・)


「いえ、特になんとも。大丈夫みたいです」

「そうか」


ホッとしたようにその旨をカルテに書き込んでいる。


「魔力判定が終わって、体内の魔力回路が安定したら治癒魔法で傷跡全て治すから、もう少し待ちなさい」

「・・・・・・はい」


「お嬢様・・・旦那様すごいですね・・・。私の背中、嘘のように傷がなくなりました」

「そうね。とってもキレイな肌に戻ってる。良かったねカリナ!」



2人で喜びを分かち合っていると、視界の隅に少しだけ、笑顔を浮かべている父の顔が見えた気がした──。






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