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27. 執着 side シグルド
しおりを挟む「ローラ……」
「シグルド様、私……大旦那様にクビだと言われました。私たちが愛し合っていたことがバレてしまって、否定したんですけど、シグルド様が持っていた愛人契約書の控えを目の前に突きつけられて、それ以上誤魔化せませんでした」
愛人契約書──
(俺が王宮に行っている間に部屋を漁られたのか……)
すべてを失った今、もう何を聞いても驚かない。
俺の胸に縋って泣くローラを見ても、全く心が動かない。
「離せ、ローラ」
突き飛ばすように女を引き剥がし、トランクを開けて私物を詰め込んでいく。
「シグルド様……? どこかに行くんですか?」
本当に頭の悪い女だな。
察しの悪さに苛立ちが増す。
「イリスと離婚したから、この邸を出ていくんだよ」
そう言うと、ローラの泣き顔が歓喜に変わった。
「じゃあ!やっと私たち一緒になれるんですね!私も急いで荷物まとめてきます!」
「は? 何言ってんだ。お前との関係は今日でお終いだ」
「え……?」
喜んで部屋を出ようとしたローラに別れを告げると、真っ青な顔で振り返る。
「何を驚いている? 元々俺が望めば関係を終了する契約だっただろう? お前の実家への援助も打ち切りになるから、早く実家に帰って金策の当てを探した方がいいぞ」
「そんな! 終わりだなんてどうして! 私たちは愛し合っていたんじゃないんですか!?」
「何を勘違いしている。お前とは専属娼婦の契約関係でしかない。だからそのギャラとしてお前の実家に金を払っていたし、常々イリスの前では立場を弁えろと注意してきただろうが」
俺の言葉に、ローラが呆然としている。
「そもそも、お前だって最初は実家を助けるためだと割り切っていたじゃないか」
「でも……私を愛してるって言ってくれましたよね?」
「お前、ちゃんと契約書を読んでいないのか? 俺に愛を求めるなと書いてあるよな。行為中の睦言なんか演出の一つだろ? 鵜呑みにして違反行動をとった場合も契約を破棄すると書いてあるぞ」
「じゃあ……ぜんぶ、嘘……?」
やはり契約書をよく読んでいなかったらしい。
(援助の金額だけを見てサインしたのか)
「当たり前だろう。俺が愛しているのは──……お前じゃない」
イリスの名前を出しそうになった時、彼らの凍てついた視線を思い出して口を閉じた。
俺に、それを口にする資格はないのだ。
「そんな……シグルド様、嘘ですよね? だって、あんなに熱く抱いてくれたのに……」
悲劇のヒロインのように、メソメソと涙を流すローラ。
そんな姿を見ても慰めたいとは思わず、ただただ鬱陶しい。
『悲嘆に暮れて自分に酔うのはやめなさい』
不意に王妃の言葉を思い出し、自分も彼らからこんな風に見えていたのかと思うと、羞恥でどうにかなりそうだった。
この女と関係を持ったせいでイリスに離婚されたと思うと、自分が一番悪いとわかっていても、逆恨みのような気持ちが湧いてしまう。
(さっさと縁を切った方がいいな)
そうでないと、怒りをぶつけてしまいそうだ。本当はこの場で捨て置きたいが、公爵に持ち帰れと言われた以上、この女を置いて出ることはできない。
「ローラ、お前も早く荷物をまとめろ」
「……っ、はい!」
何を勘違いしたのか、ローラはまた笑顔になり、そのまま部屋を出ていった。そして荷物をまとめて戻ってきたローラを連れて玄関に出る。
すると、そこには公爵と執事が立っていた。
「最後に一つだけ。もうイリスには近づかないように。伯爵家当主である君の兄に、接近禁止の書類を渡してあるからサインをして送り返してくれ。それさえ渡してくれたら、公爵家として君にこれ以上の罰は望まない」
公爵の笑みに、緊張感が走る。
さすがにそれを額面通りに受け取るほど、俺は愚かではない。
これは公爵の警告だ。
イリスに近づけば、容赦なく潰すと言われているのだ。
「……寛大なご配慮をいただき、ありがとうございます。この度は大変申し訳ありませんでした」
もう、イリスに会えない。
その事実に心が軋む。
どこかで、時間が立てば幼馴染に戻れるかもしれないなんて、そんな甘い期待を持っていたことに気づく。
この期に及んで自分に甘い思考回路に嫌気がさした。
あの離婚の話し合いで、王妃はこういう俺の人間性を見抜いたのだろう。
頭を下げながら公爵の言葉を待っていると、視界の端にローラが立ち、同じように頭を下げるのが見えた。
息を呑む音が頭上から聞こえる。
きっと執事だろう。
離婚したとしても、俺は伯爵家に籍が移っただけで、ローラよりも上位の貴族だ。横に並び立つなどあり得ない。それが許されるのは学園の中だけだ。
だというのに、まるで妻気取りで俺の横に立ち、同じように頭を下げている。傍目から見たら愛し合う二人に見えるかもしれない状況に、血の気が引いた。
公爵の纏う空気が変わる。
「不愉快だ。さっさと出ていけ」
◇◇◇
「なんであんなことしたんだ! 君は頭も悪ければ貴族マナーもなってないんだな!」
我慢できずに、俺は馬車の中でローラを詰った。
「そんな……酷いです! 何故そんなに怒るのですか!? 私はイリス様には本当に申し訳ないことをしてしまったから、最後に誠意ある謝罪をしただけなのに──」
この女はこんなに話の通じない女だっただろうか?
「公爵を怒らせたんだぞ? それがどういう意味か、お前はわかっていないのか?」
「公爵のお気持ちはわかりますよ。娘の夫と私が、許されない恋に落ちてしまったんですもの。イリス様から見たら、私は夫を奪った女──父親である公爵が私を許せないのは当然です。だからこそあの場で頭を下げたのです」
わかっていない。
お前は何もわかっていない。
「いつか許していただけるように、これから二人で誠実に暮らしていきましょう。大丈夫です。たとえ貴方が平民になったとしても、私がずっと、貴方をお支えしますから」
「……っ」
「愛してます。シグルド様」
そう言って、ローラは幸せそうに微笑んだ。
ねっとりとした視線にゾッとする。
ローラの執着が体に纏わりついて、絡め取られそうな錯覚に陥る。早く逃げなければ、とんでもないことになる。
その後、俺と結婚するというローラの妄想話に俺は一切言葉を返すことはなく、彼女を実家に送り届けてそのまま別れた。
伯爵家に戻った後は、父が持っていた子爵位を譲り受け、領地で代官として働くことになった。とにかく王都から──ローラから距離を取りたかった。
あの日から一切の連絡を断つと、伯爵家に手紙が毎週のように送られてきたそうだが、全て捨ててもらった。動きを調べると、公爵が何かしたのか、ローラは実家で幽閉状態にあるらしい。
それを聞いて俺はホッとした。
(幽閉されているなら、諦めるのも時間の問題だろう)
これで全て終わったと思ったんだ。
だが、ローラは矛先を変えた。
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