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04 魔王編
魔王編01 ~序文~
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―――――――――――――――――――
◆未来
―――――――――――――――――――
【千年紀終はりて、七つの星くず落ち來たり。
理破れ世は惑い、僞りの神、黒き封印を解き給う。
然して終末の鐘は鳴り、七魔王顯現せり。】
―― セフィラの黙示録 ――
ここで一時的に時の流れを進めさせてもらう。聖剣を巡る冒険から約1万4800年後。
【アールヴ暦24万8千年代】
南の大陸中央部、深い緑に覆われた名もなき森に数人のアールヴのグループがいた。曲がりくねった大木が蔦のようにもつれ合い、鎧猿や動菌類といった珍しい動植物が闊歩する人跡未踏の地。
「なにが人跡未踏か」
考古学者ローチア・ラセルは吐き捨てるように言った。彼女は、旧世界の人間で言うと24才前後のアールヴで、メガネに白衣といった出で立ちをしている。プラチナベージュに近いセミロングの髪が印象的だが後頭部の寝ぐせがそのままだ。あまり気にしない性格らしい。
彼女の目の前には、崩れかけの巨大な塔がそびえていた。木の根や幹が絡まり森に埋もれており、かつては1200m以上あったとされる塔上部が天を突いている。
「聖塔。間違いないようだな。ここが旧帝国帝都レプラローフ。そして、伝説の古戦場だ」
そう言うと、ローチアは低く笑いながら塔に取り付いて登り始めた。白衣をたなびかせながら平地を行くように進む。見た目からは想像できない身体能力だ。
「ローねーちゃん、待ってよー」
彼女の後ろを小さな影がついていく。彼女の息子、ではなく知り合いの子供で、6~8才ぐらいになる少年だ。ローチアのマネをして塔を登ろうと頑張っている。3mほど登ったところで彼は足を滑らせ、悲鳴とともに落下した。その真下にはローチアの助手の男がいて、少年を軽々と片手で受け止めた。
「何をしている、タナシッサ! 手伝いたまえ!」
上の方からローチアの声がする。もはや彼女には遺跡のこと以外は目に入らないようだ。
「へぇへぇ。よーしお前ら作業開始だ。チビ、おめえはそこに座ってろ!」
少年をその辺に座らせて、タナシッサと呼ばれた男が作業員達に言った。あまり研究員には見えない、どちらかと言えば何かの用心棒といった雰囲気の男だ。
彼の指示で作業員たちがそれぞれ動き出した。静かな森がにわかに活気づく。しかし、作業は簡単には進まなかった。まとわりつく植物群が作業員やローチアの手をことごとく妨げたのだ。
「非魔法的だ。なんだってこんなに生い茂っているのだ!?」
忌々しげに遺跡に絡まる木の根を睨みつけると、ふいにローチアは振り返って手をかざした。
「!? ちょ待、おま何す」
タナシッサがローチアの意図に気づいて声をうわずらせた。
「やばい、皆逃げろ!!」
座らせたばかりの少年を再び抱えてタナシッサは走りだした。その表情から危険を察知した作業員たちも後に続く。皆が有効範囲から出るのを待っていたのかどうなのか、次の瞬間、彼女の魔法生物分解が発動した。巻き起こる光と悲鳴の乱舞。
半径20mほどの眩い球体が辺りを包み込み、その中にあった植物が次々と輪郭を失い分子に分解される。風の魔法で残った塵を綺麗に吹き飛ばすアフターサービス付きだ。
光が収まると、範囲内の植物はさっぱりと一掃されていた。
「よし。スッキリしたようだな」
元の姿を現した遺跡を前に、満足そうにローチアが言った。
幸い巻き込まれたものはいなかった。タナシッサ始め作業員達は、恐怖と苦情と安堵がごちゃ混ぜになって言葉を失い、呆然とローチアを眺めた。実は彼女は、動物に無害なように魔法を調整していたのだが、彼女でない者は当然それを知らない。
そんな彼等の事などお構いなしに、ローチアはあちこち調べて回った。
「見ろ! やはりこの本は正しかった!」
古い本を取り出してページをめくる。ツッコむ気力もなくしたタナシッサが近寄って口を開く。
「……なんだそのキタねぇ本は」
「これはレイド=リイド=レイドーク著の希少本創世記最古の写本だ」
古いがしっかりとした装丁の分厚い本で、印刷ではなく手書きによるものだ。
「これによると、ここレプラローフの地で、かつて世界を滅亡させるほどの闘いが繰り広げられたとある」
「ああ、例のお伽話か」
「これを見たまえ」
魔法で地面を3mほど掘り返し、ローチアは古い地層の中から小さなカケラを拾い上げた。軽く磨いて助手の前に差し出す。
「ガラス? なんでそんな大昔にガラスが?」
「いや、ガラス自体は"旧"帝国時代には存在したようだ。問題は、似たようなガラス片がこの地方全体からいくつも見つかっているという事実だ」
「……何が言いたい?」
「ガラスの原料は砂だ。その辺にあった砂が1700℃以上の高熱で溶かされ、冷えて固まってガラス質になるのだよ」
「それだけの熱が広範囲に? ……まさか!?」
「そう戦略級極限魔法だ」
単純に極限魔法とも呼ばれるそれは、この"近代"最強最悪の魔法として恐れられている。発動するためには複雑な魔術式と技術が必要であり、さらに1000人近くの魔道士を集めねばならない。大国同士が全力で撃ちあうと星を7回焼きつくすことが出来るとも言われている。近代になって登場した新しい魔法なのだ。
「バカな! そんな昔にそれほど高度な魔法があるわけが」
「だが、そう考えると、世界が滅びた説明がつく」
「……!!?」
「極限魔法によって、旧帝国は……いや、世界は一度滅びた」
―――――――――――――――――――
◆現在
―――――――――――――――――――
再び帝国時代に筆を戻そう。レイドーク迷宮探索より18年後。
【アールヴ暦23万4027年】
【帝国暦1136年】
アールヴ帝国北部ダオラエスローノ地方。草原と沼地に囲まれた小高い丘に、リーダティカと呼ばれる小さな砦があった。
迷宮攻略後、帝都レプラローフに戻ったルーヴ、シア、レイドの3人は、紆余曲折を経てシアの実家であるテスエローフ伯爵家の私設軍隊に属することになっていた。皆それぞれ歳を重ね、少年から青年へと成長しつつあった。
数年前孤児院からテスエローフ家に引き取られたシアは、このたび正式に跡継ぎとして認められ、帝国北部ダオラエスローノ地方にあるリーダティカ砦の守りを任されていた。任務は、北方から南下する魔獣の討伐である。
とはいえ、この時点では魔獣はほとんど現れず、兵たちは暇を持て余すことが多かった。
彼女が率いるのはテスエローフ伯爵家千士隊で、百士隊10隊、計1000人で編成されている。ルーヴとレイドも百士隊隊長としてこれに加わっていた。ただ、それは、枢機兵団所属を希望していたルーヴの望みが、いまだ叶わないままだという事を意味していた。
**********
リーダティカ砦は田舎の小さな砦である。とはいえ、外壁は防御魔法を施されたしっかりした石造りになっているし、必要な設備もすべて揃っている。かつてこの地で起こった激しい戦いにも耐え抜いたと言われている。
砦の中庭にはあまり広くない練兵場があり、その片隅にルーヴがいた。
「何やってんだ、ルーヴ?」
同じ孤児院出身のガーネリクとロラッカが通りかかり、弟分であるルーヴを見つけて話しかけた。テスエローフ隊は私設軍隊ゆえに、縁故などで雇われた知り合いも多い。しかも、兵のほとんどが平民である。
「ああ。ちょっと新しい技を作ろうと思ってね」
「技? 魔法じゃなくて?」
レイドーク地下迷宮でロロクルオスを斬った時の技を、ルーヴは思い出していた。
「(あれを自由に使いこなせれば……」
あの時は無我夢中で、どうやってあの技を出せたのか彼にもよくわからない。最初は聖剣特有の能力かとも思ったが、最近気付いた事がある。
「(たしか、固有剣技とか言ったか? ラギが使っていた技が似てる気がする)」
レイドークへ旅をした時、ラギことユウナギは初歩的な固有剣技を使っていた。それ自体は大したことのない地味で普通の剣技なのだが、自分より遥かに弱そうなユウナギが、自分と同等の戦いをしてみせた事が気になっていた。
確証はない。ただの彼の勘でしか無い。しかし、固有剣技によって技術を高める事ができれば、いつかあの技を自由に出せるようになるのではないか。ルーヴはそう考え、ここ数年試行錯誤を繰り返してきた。
「へえ。面白そうだな。ちょっとやってみてくれよ」
「ああ。まだ全然未完成なんだけど……」
木剣を構え、息を整えて集中する。気合一閃。ルーヴが木剣を振り抜いた。すると、空気が引き裂かれ小さな衝撃波が弧を描いて伸び、3m先にある藁の人形を切断した。
「おお!!」
周辺から感心したような声が上がった。ガーネリクがルーヴにヘッドロックを仕掛けてからかう。
「流石だな、"亜竜殺し"」
「いやだから、それは皆の力だって」
付与魔法をかけた聖剣を使えばもっと威力は上がるだろう。だが、ルーヴの表情は今ひとつ優れなかった。
「もっとだ。もっと力がいる」
**********
リーダティカ砦の古い執務室で、シアは砦の責任者としての書類仕事を片付けていた。彼女の側には初老の魔道士バルレットが控えている。彼はシアの執事にしてお目付け役兼参謀だ。
「シア姉ー!」
そこへ、ひとりの少女が泣きながら入ってきた。ピーチピンクの髪を左右で結んで肩まで垂らし、戦場に似つかわしくないヒラヒラした服を着ている。彼女も同じ孤児院の出身者で、皆にとって妹みたいな存在だった。
「どうしたの、クックル?」
シアが尋ねると、クックルは目をこすりながらヒザコゾウを差し出した。見ると擦り傷があり血が滲んでいる。転んで膝を擦りむいたのだろう。
「もう、それぐらいの怪我で泣かないの。ていうか、あなた回復師でしょ? それぐらい自分で治せるんじゃないの?」
彼女はシアの部隊に回復師見習いとして加わっている。
「今日は訓練だったから魔力がもうないの。それに、お腹が減って……。ルー兄もレー兄も見つからないし……」
クックルはヘタリと座り込んだ。
「しょうがないわねー」
シアはもともと攻撃魔法が専門である。回復魔法も使えなくはないが、レイドほど上手くはない。
「ああ、そうだ。傷薬っていう新しいモノがあるんだけど、試してみる?」
「メリーク?」
ユウナギに教わった、薬草から作った塗り薬だ。その後、レイドと共に再現、改良し最近完成にこぎつけた。製造の際に魔法を使うことで即効性が生まれ、より実用的になっていた。
さっそくクックルのヒザコゾウに塗ってみる。少し染みたようで彼女は泣きわめいたが、すぐに痛みと傷が消えた。
「あれ?」
目をしばたたかせて、クックルは泣き止んだ。
「ほう。これはまた面妖な。地方によっては、薬草等を食べて体を癒やす風習があると聞きますが、直接塗るという発想はありませんでしたな」
老魔道士バルレットも目を見張る。アールヴにしてみれば、バランコスの尻尾(旧世界風に言うとコロンブスの卵の意)的な治療方法だったのかもしれない。
「なにこれすごーい! 魔法を使わないのに怪我が治った!!」
クックルの表情が花のように輝いたあと、目が小銭型になって歪む。
「これを売れば……!」
シアが困ったような呆れたような顔をして、ため息を付いた。
**********
砦の一角の自室で、ホコリと木くずにまみれレイドは何か作業をしていた。
「ふむ。こんなもんかな」
完成したばかりの手作りの弓を両手で掲げ、しげしげと眺める。その弓は、先の旅でユウナギが使っていた簡素な弓矢を参考にして、見よう見まねで作ったものだ。
材料は、レイドークの遺産の中にあった壊れた杖の部品と、皆で倒した亜竜の牙などから出来ている。弦には亜竜の髭を、矢には、亜竜の背中に生えていた棘のような毛を使った。複雑な意匠が施されたこの古風な弓矢を、彼は元になった杖の名前を継承して魔法の弓と呼ぶことにした。
それを持ってレイドは、砦の中庭に工房を構える武器職人の元を訪れた。レイドはまだ会ったことはなかったが、最近やってきたばかりのナジーラガンという人物らしい。
店のノレンをくぐるとそこは作業場になっていた。いろいろな道具や作りかけの武器などが所狭しと並べられている。誰もいないようだが、なぜかガラガラという音が延々と響いていた。
よく見ると、カウンターに小さな公亜人族の少女が座っていた。まだこちらには気づいていないようだ。ハスタームはハムスターから別れて進化した亜人種で、身長10~15cmほど、3頭身の体に少し丸みを帯びた耳と申し訳程度の尻尾を持つ。知能は人と変わらない。
「(うわーはじめて見た。人形みたいだなー)」
少し見とれた後、レイドは彼女に声をかけた。
「あのー。仕事を頼みたいんだけど……」
「!!? ああん? ふざけんなてめーころすぞ」
少しビクッとした後、彼女は言った。見た目の可愛らしさとは真逆のセリフだったので、一瞬レイドは面食らう。
「こらー。ディーベル、おきゃくさんにそんなこといっちゃだめー」
横柄なハスタームを、少し奥にいたもう一人のハスタームの少女がたしなめる。こちらは見た目通りのふわふわした性格のようだ。
「だ、だってよーフワル、こいつが……」
「だーめ!」
少し頬を膨らませ、おねえさんぶって言う。
「わたしたちも"じんるい"のひとつなんだってこと、きちんとできるんだってことを、しめさなきゃ」
そう言いつつ、フワルと呼ばれたハスタームは先程からずっと回し車の中で走り続けていた。ガラガラという音の正体は彼女のようだ。かなりのスピードが出ている。
「き、君たちが武器屋さん?」
「なんか文句あんのか!? ああ!?」
「わー。ご、ごめんなさい。文句ないですー」
「こらー。だめだっていってるでしょ」
レイドの疑問も当然だ。こんな小さなハスターム族に大きな武器を作れるのだろうか。隣の部屋に普通のアールヴの職人もいるようだが、彼等はどうやらアシスタントらしい。
「はじめまして。わたしはフワル・ナジーラガン、このみせのてんちょうです」
フワルは、回し車で走りながらペコリと挨拶をした。
「おきゃくさん、どんなごようですか?」
「実は、これの廉価版を量産したいんだけど……」
レイドは弓を取り出してカウンターに置いた。興味深げにフワルが覗き込む。
「なんですか、これ?」
「武器だよ。この弓で矢を遠くまで飛ばして攻撃するんだ」
「ハァ? 何言ってんだてめぇ。アールヴには魔法があるだろうが。なんでわざわざそんなもん」
「……まあ、見ててよ」
魔法の弓を手に取り、レイドは実演をして見せることにした。矢をつがえ弓を引き絞り付与魔法を施して、放つ。
「貫通の矢」
魔力を纏った矢は、炎の弾丸となって古い鉄の盾を大音響とともに貫通した。
「ぴゃ!!」
ディーベルが慌てて物陰に隠れる。フワルは回し車の中で気を失い、しばらく遠心力に弄ばれた。ハスタームは少し臆病だ。
「ああ、ご、ごめん!」
フワルを助け出して、カウンターの上にある小さなソファに寝かせる。改めて見ると、カウンターの上は小さな部屋のようになっていた。ディーベルが恐る恐る顔を出し、フワルのそばに駆け寄った。目を回しているだけで、怪我はなさそうだ。
「これがあれば、少ない魔力で大きなダメージを与えられるんだ」
「ふーむ。なるほどな」
「それで……。どうかな? テスエローフ家からの発注になるんだけど……」
少し考え込んだ後、気が強い方のハスタームの少女はニヤリと笑った。
「わかったよ! オレ達がその弓とやらを作ってやる!」
そう言うとディーベルは体の何倍もある弓を軽々と持ち上げてみせた。ハスターム族は小さな体を補うために、強化系の魔法を良く使う。最大強化されたその力は、人を10数mも殴り飛ばせるほどだと言われていた。
【続く】
◆未来
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【千年紀終はりて、七つの星くず落ち來たり。
理破れ世は惑い、僞りの神、黒き封印を解き給う。
然して終末の鐘は鳴り、七魔王顯現せり。】
―― セフィラの黙示録 ――
ここで一時的に時の流れを進めさせてもらう。聖剣を巡る冒険から約1万4800年後。
【アールヴ暦24万8千年代】
南の大陸中央部、深い緑に覆われた名もなき森に数人のアールヴのグループがいた。曲がりくねった大木が蔦のようにもつれ合い、鎧猿や動菌類といった珍しい動植物が闊歩する人跡未踏の地。
「なにが人跡未踏か」
考古学者ローチア・ラセルは吐き捨てるように言った。彼女は、旧世界の人間で言うと24才前後のアールヴで、メガネに白衣といった出で立ちをしている。プラチナベージュに近いセミロングの髪が印象的だが後頭部の寝ぐせがそのままだ。あまり気にしない性格らしい。
彼女の目の前には、崩れかけの巨大な塔がそびえていた。木の根や幹が絡まり森に埋もれており、かつては1200m以上あったとされる塔上部が天を突いている。
「聖塔。間違いないようだな。ここが旧帝国帝都レプラローフ。そして、伝説の古戦場だ」
そう言うと、ローチアは低く笑いながら塔に取り付いて登り始めた。白衣をたなびかせながら平地を行くように進む。見た目からは想像できない身体能力だ。
「ローねーちゃん、待ってよー」
彼女の後ろを小さな影がついていく。彼女の息子、ではなく知り合いの子供で、6~8才ぐらいになる少年だ。ローチアのマネをして塔を登ろうと頑張っている。3mほど登ったところで彼は足を滑らせ、悲鳴とともに落下した。その真下にはローチアの助手の男がいて、少年を軽々と片手で受け止めた。
「何をしている、タナシッサ! 手伝いたまえ!」
上の方からローチアの声がする。もはや彼女には遺跡のこと以外は目に入らないようだ。
「へぇへぇ。よーしお前ら作業開始だ。チビ、おめえはそこに座ってろ!」
少年をその辺に座らせて、タナシッサと呼ばれた男が作業員達に言った。あまり研究員には見えない、どちらかと言えば何かの用心棒といった雰囲気の男だ。
彼の指示で作業員たちがそれぞれ動き出した。静かな森がにわかに活気づく。しかし、作業は簡単には進まなかった。まとわりつく植物群が作業員やローチアの手をことごとく妨げたのだ。
「非魔法的だ。なんだってこんなに生い茂っているのだ!?」
忌々しげに遺跡に絡まる木の根を睨みつけると、ふいにローチアは振り返って手をかざした。
「!? ちょ待、おま何す」
タナシッサがローチアの意図に気づいて声をうわずらせた。
「やばい、皆逃げろ!!」
座らせたばかりの少年を再び抱えてタナシッサは走りだした。その表情から危険を察知した作業員たちも後に続く。皆が有効範囲から出るのを待っていたのかどうなのか、次の瞬間、彼女の魔法生物分解が発動した。巻き起こる光と悲鳴の乱舞。
半径20mほどの眩い球体が辺りを包み込み、その中にあった植物が次々と輪郭を失い分子に分解される。風の魔法で残った塵を綺麗に吹き飛ばすアフターサービス付きだ。
光が収まると、範囲内の植物はさっぱりと一掃されていた。
「よし。スッキリしたようだな」
元の姿を現した遺跡を前に、満足そうにローチアが言った。
幸い巻き込まれたものはいなかった。タナシッサ始め作業員達は、恐怖と苦情と安堵がごちゃ混ぜになって言葉を失い、呆然とローチアを眺めた。実は彼女は、動物に無害なように魔法を調整していたのだが、彼女でない者は当然それを知らない。
そんな彼等の事などお構いなしに、ローチアはあちこち調べて回った。
「見ろ! やはりこの本は正しかった!」
古い本を取り出してページをめくる。ツッコむ気力もなくしたタナシッサが近寄って口を開く。
「……なんだそのキタねぇ本は」
「これはレイド=リイド=レイドーク著の希少本創世記最古の写本だ」
古いがしっかりとした装丁の分厚い本で、印刷ではなく手書きによるものだ。
「これによると、ここレプラローフの地で、かつて世界を滅亡させるほどの闘いが繰り広げられたとある」
「ああ、例のお伽話か」
「これを見たまえ」
魔法で地面を3mほど掘り返し、ローチアは古い地層の中から小さなカケラを拾い上げた。軽く磨いて助手の前に差し出す。
「ガラス? なんでそんな大昔にガラスが?」
「いや、ガラス自体は"旧"帝国時代には存在したようだ。問題は、似たようなガラス片がこの地方全体からいくつも見つかっているという事実だ」
「……何が言いたい?」
「ガラスの原料は砂だ。その辺にあった砂が1700℃以上の高熱で溶かされ、冷えて固まってガラス質になるのだよ」
「それだけの熱が広範囲に? ……まさか!?」
「そう戦略級極限魔法だ」
単純に極限魔法とも呼ばれるそれは、この"近代"最強最悪の魔法として恐れられている。発動するためには複雑な魔術式と技術が必要であり、さらに1000人近くの魔道士を集めねばならない。大国同士が全力で撃ちあうと星を7回焼きつくすことが出来るとも言われている。近代になって登場した新しい魔法なのだ。
「バカな! そんな昔にそれほど高度な魔法があるわけが」
「だが、そう考えると、世界が滅びた説明がつく」
「……!!?」
「極限魔法によって、旧帝国は……いや、世界は一度滅びた」
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◆現在
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再び帝国時代に筆を戻そう。レイドーク迷宮探索より18年後。
【アールヴ暦23万4027年】
【帝国暦1136年】
アールヴ帝国北部ダオラエスローノ地方。草原と沼地に囲まれた小高い丘に、リーダティカと呼ばれる小さな砦があった。
迷宮攻略後、帝都レプラローフに戻ったルーヴ、シア、レイドの3人は、紆余曲折を経てシアの実家であるテスエローフ伯爵家の私設軍隊に属することになっていた。皆それぞれ歳を重ね、少年から青年へと成長しつつあった。
数年前孤児院からテスエローフ家に引き取られたシアは、このたび正式に跡継ぎとして認められ、帝国北部ダオラエスローノ地方にあるリーダティカ砦の守りを任されていた。任務は、北方から南下する魔獣の討伐である。
とはいえ、この時点では魔獣はほとんど現れず、兵たちは暇を持て余すことが多かった。
彼女が率いるのはテスエローフ伯爵家千士隊で、百士隊10隊、計1000人で編成されている。ルーヴとレイドも百士隊隊長としてこれに加わっていた。ただ、それは、枢機兵団所属を希望していたルーヴの望みが、いまだ叶わないままだという事を意味していた。
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リーダティカ砦は田舎の小さな砦である。とはいえ、外壁は防御魔法を施されたしっかりした石造りになっているし、必要な設備もすべて揃っている。かつてこの地で起こった激しい戦いにも耐え抜いたと言われている。
砦の中庭にはあまり広くない練兵場があり、その片隅にルーヴがいた。
「何やってんだ、ルーヴ?」
同じ孤児院出身のガーネリクとロラッカが通りかかり、弟分であるルーヴを見つけて話しかけた。テスエローフ隊は私設軍隊ゆえに、縁故などで雇われた知り合いも多い。しかも、兵のほとんどが平民である。
「ああ。ちょっと新しい技を作ろうと思ってね」
「技? 魔法じゃなくて?」
レイドーク地下迷宮でロロクルオスを斬った時の技を、ルーヴは思い出していた。
「(あれを自由に使いこなせれば……」
あの時は無我夢中で、どうやってあの技を出せたのか彼にもよくわからない。最初は聖剣特有の能力かとも思ったが、最近気付いた事がある。
「(たしか、固有剣技とか言ったか? ラギが使っていた技が似てる気がする)」
レイドークへ旅をした時、ラギことユウナギは初歩的な固有剣技を使っていた。それ自体は大したことのない地味で普通の剣技なのだが、自分より遥かに弱そうなユウナギが、自分と同等の戦いをしてみせた事が気になっていた。
確証はない。ただの彼の勘でしか無い。しかし、固有剣技によって技術を高める事ができれば、いつかあの技を自由に出せるようになるのではないか。ルーヴはそう考え、ここ数年試行錯誤を繰り返してきた。
「へえ。面白そうだな。ちょっとやってみてくれよ」
「ああ。まだ全然未完成なんだけど……」
木剣を構え、息を整えて集中する。気合一閃。ルーヴが木剣を振り抜いた。すると、空気が引き裂かれ小さな衝撃波が弧を描いて伸び、3m先にある藁の人形を切断した。
「おお!!」
周辺から感心したような声が上がった。ガーネリクがルーヴにヘッドロックを仕掛けてからかう。
「流石だな、"亜竜殺し"」
「いやだから、それは皆の力だって」
付与魔法をかけた聖剣を使えばもっと威力は上がるだろう。だが、ルーヴの表情は今ひとつ優れなかった。
「もっとだ。もっと力がいる」
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リーダティカ砦の古い執務室で、シアは砦の責任者としての書類仕事を片付けていた。彼女の側には初老の魔道士バルレットが控えている。彼はシアの執事にしてお目付け役兼参謀だ。
「シア姉ー!」
そこへ、ひとりの少女が泣きながら入ってきた。ピーチピンクの髪を左右で結んで肩まで垂らし、戦場に似つかわしくないヒラヒラした服を着ている。彼女も同じ孤児院の出身者で、皆にとって妹みたいな存在だった。
「どうしたの、クックル?」
シアが尋ねると、クックルは目をこすりながらヒザコゾウを差し出した。見ると擦り傷があり血が滲んでいる。転んで膝を擦りむいたのだろう。
「もう、それぐらいの怪我で泣かないの。ていうか、あなた回復師でしょ? それぐらい自分で治せるんじゃないの?」
彼女はシアの部隊に回復師見習いとして加わっている。
「今日は訓練だったから魔力がもうないの。それに、お腹が減って……。ルー兄もレー兄も見つからないし……」
クックルはヘタリと座り込んだ。
「しょうがないわねー」
シアはもともと攻撃魔法が専門である。回復魔法も使えなくはないが、レイドほど上手くはない。
「ああ、そうだ。傷薬っていう新しいモノがあるんだけど、試してみる?」
「メリーク?」
ユウナギに教わった、薬草から作った塗り薬だ。その後、レイドと共に再現、改良し最近完成にこぎつけた。製造の際に魔法を使うことで即効性が生まれ、より実用的になっていた。
さっそくクックルのヒザコゾウに塗ってみる。少し染みたようで彼女は泣きわめいたが、すぐに痛みと傷が消えた。
「あれ?」
目をしばたたかせて、クックルは泣き止んだ。
「ほう。これはまた面妖な。地方によっては、薬草等を食べて体を癒やす風習があると聞きますが、直接塗るという発想はありませんでしたな」
老魔道士バルレットも目を見張る。アールヴにしてみれば、バランコスの尻尾(旧世界風に言うとコロンブスの卵の意)的な治療方法だったのかもしれない。
「なにこれすごーい! 魔法を使わないのに怪我が治った!!」
クックルの表情が花のように輝いたあと、目が小銭型になって歪む。
「これを売れば……!」
シアが困ったような呆れたような顔をして、ため息を付いた。
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砦の一角の自室で、ホコリと木くずにまみれレイドは何か作業をしていた。
「ふむ。こんなもんかな」
完成したばかりの手作りの弓を両手で掲げ、しげしげと眺める。その弓は、先の旅でユウナギが使っていた簡素な弓矢を参考にして、見よう見まねで作ったものだ。
材料は、レイドークの遺産の中にあった壊れた杖の部品と、皆で倒した亜竜の牙などから出来ている。弦には亜竜の髭を、矢には、亜竜の背中に生えていた棘のような毛を使った。複雑な意匠が施されたこの古風な弓矢を、彼は元になった杖の名前を継承して魔法の弓と呼ぶことにした。
それを持ってレイドは、砦の中庭に工房を構える武器職人の元を訪れた。レイドはまだ会ったことはなかったが、最近やってきたばかりのナジーラガンという人物らしい。
店のノレンをくぐるとそこは作業場になっていた。いろいろな道具や作りかけの武器などが所狭しと並べられている。誰もいないようだが、なぜかガラガラという音が延々と響いていた。
よく見ると、カウンターに小さな公亜人族の少女が座っていた。まだこちらには気づいていないようだ。ハスタームはハムスターから別れて進化した亜人種で、身長10~15cmほど、3頭身の体に少し丸みを帯びた耳と申し訳程度の尻尾を持つ。知能は人と変わらない。
「(うわーはじめて見た。人形みたいだなー)」
少し見とれた後、レイドは彼女に声をかけた。
「あのー。仕事を頼みたいんだけど……」
「!!? ああん? ふざけんなてめーころすぞ」
少しビクッとした後、彼女は言った。見た目の可愛らしさとは真逆のセリフだったので、一瞬レイドは面食らう。
「こらー。ディーベル、おきゃくさんにそんなこといっちゃだめー」
横柄なハスタームを、少し奥にいたもう一人のハスタームの少女がたしなめる。こちらは見た目通りのふわふわした性格のようだ。
「だ、だってよーフワル、こいつが……」
「だーめ!」
少し頬を膨らませ、おねえさんぶって言う。
「わたしたちも"じんるい"のひとつなんだってこと、きちんとできるんだってことを、しめさなきゃ」
そう言いつつ、フワルと呼ばれたハスタームは先程からずっと回し車の中で走り続けていた。ガラガラという音の正体は彼女のようだ。かなりのスピードが出ている。
「き、君たちが武器屋さん?」
「なんか文句あんのか!? ああ!?」
「わー。ご、ごめんなさい。文句ないですー」
「こらー。だめだっていってるでしょ」
レイドの疑問も当然だ。こんな小さなハスターム族に大きな武器を作れるのだろうか。隣の部屋に普通のアールヴの職人もいるようだが、彼等はどうやらアシスタントらしい。
「はじめまして。わたしはフワル・ナジーラガン、このみせのてんちょうです」
フワルは、回し車で走りながらペコリと挨拶をした。
「おきゃくさん、どんなごようですか?」
「実は、これの廉価版を量産したいんだけど……」
レイドは弓を取り出してカウンターに置いた。興味深げにフワルが覗き込む。
「なんですか、これ?」
「武器だよ。この弓で矢を遠くまで飛ばして攻撃するんだ」
「ハァ? 何言ってんだてめぇ。アールヴには魔法があるだろうが。なんでわざわざそんなもん」
「……まあ、見ててよ」
魔法の弓を手に取り、レイドは実演をして見せることにした。矢をつがえ弓を引き絞り付与魔法を施して、放つ。
「貫通の矢」
魔力を纏った矢は、炎の弾丸となって古い鉄の盾を大音響とともに貫通した。
「ぴゃ!!」
ディーベルが慌てて物陰に隠れる。フワルは回し車の中で気を失い、しばらく遠心力に弄ばれた。ハスタームは少し臆病だ。
「ああ、ご、ごめん!」
フワルを助け出して、カウンターの上にある小さなソファに寝かせる。改めて見ると、カウンターの上は小さな部屋のようになっていた。ディーベルが恐る恐る顔を出し、フワルのそばに駆け寄った。目を回しているだけで、怪我はなさそうだ。
「これがあれば、少ない魔力で大きなダメージを与えられるんだ」
「ふーむ。なるほどな」
「それで……。どうかな? テスエローフ家からの発注になるんだけど……」
少し考え込んだ後、気が強い方のハスタームの少女はニヤリと笑った。
「わかったよ! オレ達がその弓とやらを作ってやる!」
そう言うとディーベルは体の何倍もある弓を軽々と持ち上げてみせた。ハスターム族は小さな体を補うために、強化系の魔法を良く使う。最大強化されたその力は、人を10数mも殴り飛ばせるほどだと言われていた。
【続く】
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