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04 魔王編
魔王編02 ~千士隊~
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◆戦争の歴史
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アールヴの歴史は戦争の歴史でもある。レイドークの子孫達が南の大陸全体に広がり、小さな国を作り始める前から既に戦争はあった。
正確に、いつ最初の戦争があったのかは判断しがたい。"最初の殺人"が戦争の始まりだと言えなくもないし、別々の村同士の初めての戦いがそうだとも言える。猿人の群れと群れとの争いを候補に上げる者もいるだろう。
ともあれ、ここでは国家規模の争いに限定するとして、中世にはすでに大きな戦争がいくつも見られた。
アールヴの歴史書に初めて登場するハルモアの戦い。
"戦国志"として知られる、大陸中を巻き込んだ帝国建国に至る戦い。
その後、長きにわたってヘトゥオス大陸を二分する、アールヴ帝国とライグリューゼン王国による千年戦争。
他にも大小様々な戦いがアールヴの歴史を赤黒く彩った。茨の国の内戦。北征事変。六王の乱。海の国海戦。葉の国の反乱。ゲネブヘートの虐殺……。
様々な人々の想いと血と肉を飲み込んで時は巡る。
―――――――――――――――――――
◆千士隊
―――――――――――――――――――
【アールヴ暦23万4027年】
【帝国暦1136年】
帝国北部ダオラエスローノ地方。リーダティカ砦。冬。
砦は今、無礼な客人による非礼極まる訪問を受けていた。手土産は血と鉄の臭い。すなわち、小鬼の集団約300匹による襲撃だ。迎え撃つは砦に駐留するアールヴの守備隊、テスエローフ千士隊である。
「オレに続けぇ!!」
白い竜馬を駆る青年が、怒涛となって押し寄せる敵軍に単騎突撃を仕掛けた。古風だが上質な兜の下からのぞく髪の色は、アールヴには珍しい赤色をしていた。青年は、自信たっぷりに白い歯を見せて口角を上げる。
「目にも見よ! わが火纏の聖剣の威力を!!」
彼の突撃を受け、4、5体の小鬼がボーリングのピンのように弾き飛ばされた。悲鳴のような呪いのようなわめき声を撒き散らし事切れる。
遅れること2、3馬身。配下の100騎ほどが彼に遅れまいと必死で追走する。
「つええ!!」
「どーなってんだあの人!?」
「アレが亜竜殺し、ルーヴ・ドロウスか。すげぇな」
レイドークを攻略したルーヴは、「亜竜殺し」「アル・ユーシアの再来」と噂されるちょっとした有名人になっていた。今は故あってリーダティカ砦守備隊の百士隊隊長に収まっている。
「俺たちも行くぞ!」
部下たちが鬨の声を上げて彼に続いた。騎兵のみで構成されるこの部隊は強化竜騎隊と呼ばれている。
「今の百士隊はルーヴの隊!? あのバカまた暴走して!」
愚痴をこぼしたのは勝ち気そうな目をした娘シア・テスエローフである。丁寧に磨かれた軽装鎧に身を包み、戦いの邪魔にならないよう、その輝く金髪を背中で編みこんでいる。無骨な軍装に包まれてなお、隠し切れない輝かしい生命力にあふれていた。
今、テスエローフ伯爵家の跡継ぎとなった彼女は、テスエローフ千士隊を率いてここにいる。
シアの手には、レイドークの遺産の中にあった伝説級の魔槍リグナーグが握られていた。槍としての性能もさることながら、魔法増幅他、各種固有能力 を備えた逸品だ。
リグナーグを振りかざし、シアは竜馬上で直属の百士隊に号令を下す。魔法攻撃に特化した歩兵隊、魔導法撃部隊である。配下の魔道士が一斉に、一糸乱れず呪文を唱え始めた。
「澆季の業、戦の唄、朽ち壊れし破壊の旋律。顕現よ! 大火炎槍!!」
魔法を使う時シアだけは全身に魔法紋が現れる。その彼女を筆頭に、100の炎が死の宣告となって逃げ惑う小鬼達に襲いかかった。
一面を炎の壁が覆う。熱気が立ち込め、冬だと言うのに兵たちの額に汗が流れる。
小鬼の群れは大混乱に陥って焼け出された。
「よし、このまま一気に――」
「右翼前方に敵影! 大鬼約40!!」
「――何!?」
シアが命令を下そうとした時、それを遮るように報告があった。
「シア! ここは僕に任せて!」
「レイド!? ――任せる!」
右翼後方に控えていたレイドの百士隊が前に出る。
「みんな、準備はいいかい!?」
レイドが言い、配下の兵達が大声で応えた。隊長という役柄は彼にあまり似合っていないように見える。しかし、兵の士気は決して低くはなかった。
彼等が手にするのは、武器屋ナジーラガン製の弓だ。この世界で初めて量産されたものだが、かなりの完成度である。小さな武器職人の得意げな笑顔をレイドは思い出した。
正直、最初に弓を見た時の部下達の反応はあまり芳しくはなかった。だがそれも実践してみるまでのこと。今ではレイドの強化弓箭隊全員が自信を持って、その弓を構えている。
「放て!!」
付与魔法で殺傷力を増した矢の雨が、大鬼の頭上に降り注いだ。その一矢の破壊力は、鉄の盾に直径30cmの風穴を穿つほどである。いくら大鬼と言えどもたまったものではない。たちまち死体の山を築き上げた。
「おお! あれが強化弓箭隊か」
「すげぇな、あの弓矢ってやつは」
シア隊の魔法使い達が噂する。
「付与魔法だけで攻撃魔法と同じぐらいの効果があるとはな」
「レイド隊長が発明したらしいぞ」
レイド本人は散々否定して回ったものの、噂が広がる速度には追いつかなかった。
「ラギに教えてもらったって言ってるのに……」
レイドークに同行した黒髪の少年の顔がレイドの脳裏をよぎった。ただ、弓に付与魔法をかける運用方法を考えたのはレイドである。
シア隊とレイド隊の攻撃により敵部隊は約半数が肉塊に成り果て、残り半数も満身創痍となって進撃を止めた。さらにそこへルーヴの強化竜騎隊が突撃し止めを刺す。敵の大部分はもはや戦意を喪失しており、1匹、2匹と戦列を離れ、やがて総崩れで敗走をし始めた。
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◆小さな戦果
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帝国領土最北の地ダオラエスローノ地方。ここにはリーダティカを始め幾つかの砦があった。これより北は魔獣達の領域であり、魔獣の脅威から帝国領土を守るために砦が必要だった。
その砦周辺で、この数日間どういうわけか魔獣の数が目に見えて増えていた。やがてそれは帝国北域全体に広がり、各地の守備隊は人手不足で悲鳴を上げることになる。
そんな中、リーダティカ砦を守るテスエローフ隊の活躍には目覚ましいものがあった。少ない兵力でよく戦いよく砦を守った。その一因が弓矢と傷薬にあったのは明白であろう。弓と薬、どちらも魔力の節約に大いに役立ち、結果、隊の実働時間が増え戦果も上がった。
実際この時期、アールヴ世界でもっとも進歩的だったのはここリーダティカ砦かもしれない。
**********
敵はほぼ逃げ散り、周辺に展開していたテスエローフ隊の各部隊も残敵を掃討しつつ本体と合流を始めた。味方の損害も殆ど無く、圧勝と言って良い戦果だ。それなのに、なぜかルーヴの表情は浮かなかった。
皆に背を向けて、小さくため息をつく。
原因は彼の魔力にあった。ここへ来て魔力の成長がほとんど止まってしまったのだ。これまでは干し森檎などの回復薬でダマシダマシやって来たのだが、それも通用しなくなりつつある。幸い、彼には類まれな剣技の才能があり、またその研鑽を怠らぬ努力のかいあって戦闘時に不都合は無く、むしろ以前よりも格段に強くなっていた。
しかし、アールヴの世界で魔法力が弱いということは、あまり歓迎される事態ではない。
「ちょっとルーヴ、なんなのよさっきの暴走は!?」
「ああ? なんだようるせーな」
そんなルーヴの悩みに気づきもせず、先ほどの暴走の件でシアが彼を叱りつける。仮にも今はシアがルーヴの上官なのだ。うるさそうにルーヴはシアを見たが、なぜだか嫌な気はしなかった。いつもと変わらぬ彼女の態度に、彼は少し安心したのかもしれなかった。
「またルーヴのヤツが暴走したのか。シアも大変だな」
「ヤレヤレだね」
ルーヴ達を見守るように2人の青年が言った。同じ孤児院出身のガーネリクとロラッカだ。2人とも武装歩兵百士隊の隊長を任されている。
「キャー、ルー兄お疲れ様ー!」
場所もわきまえずルーヴに抱きついたのはクックルという名の元気な少女だ。回復師としてシアの隊に同行している。孤児院出身者の中で一番の年下で、皆の妹的存在だった。
「クックル離れなさい! まだ戦闘中よ! まったくあんたはいつまでたっても甘えん坊で……!」
「いーやーだー」
シアがクックルを引き剥がそうとして彼女の服を引っ張った。まだ完全に戦いが終わったわけではなかったが、皆、警戒を解き始めていた。
「ふー、おまたせー」
最後にレイド隊が合流して、テスエローフ千士隊の全部隊が平原の中央に集合した。
「……もう反撃もなさそうね。砦に帰りましょう」
周囲をざっと一望し、シアが言った。
「フン。もう終わりか。他愛もない」
いささか物足りないといった顔をして、聖剣を鞘に収めながらルーヴが独り言ちた。――その直後。空気を揺るがす爆音が弾け、熱と爆風が彼の頬を殴るように炙った。
「!!?」
隊と隊の間に着弾した何らかの攻撃により、3、4mもの爆炎が立ち上った。周辺の兵達が吹き飛ばされ、あちこちから悲鳴とうめき声が聞こえてくる。
「敵襲!!」
ルーヴが大声で叫んだ。と同時に竜馬の手綱を引き腹を軽く蹴って走りだす。彼の声で全員我に返り、再び気を引き締め臨戦態勢を取る。
「姫さま」
執事兼参謀の初老の魔道士バルレットが促した。わずかに自失していたシアの表情がすぐさま改まる。
「防御陣形!」
そう言いつつも、内心彼女は思っていた。
「(だめだ、間に合わない)」
すぐに第二撃が彼等に襲いかかる。しかし、その攻撃は彼等の眼前で四散した。見ると、いつの間に移動したのかルーヴが聖剣を持って攻撃を受け止めていた。
「ルーヴ!」
すぐにレイド隊と支援部隊が対魔法障壁を展開して支え、どうにか第二撃を凌ぎ切った。
「攻撃を斬ったのか!?」
「なんてやつだ」
幸運な事に死者は出ていないようだが、それでも多数の怪我人を出してしまった。
シアの指示で、防御態勢を維持しつつ怪我人を少しずつ竜馬に乗せ後方へ送る。
「クソッ! まだ敵がいたのか!?」
戸惑いながら作業する兵達の後ろから、低く響く規則的な振動音が聞こえてきた。人の足音にしてはテンポが遅く音も大きすぎる。
「な、なんなのアレ……」
将たる立場を一瞬忘れ、シアが途方に暮れた様子で声を漏らす。
「まずい、まずいよこれは……」
顔色を失ってレイドが言う。
音のする方角には、小山のような影が1つ揺らめいていた。魔獣と見まごう巨大な人類種、巨人だ。20m近い巨体に高い知性を備え、部分鎧とその下には小綺麗な服まで着ている。動きが緩慢なのがせめてもの救いだ。
さらに、巨人の足元には大小様々な魔獣が蠢き、土煙を立てていた。その数は軽く万を超え、地平線が魔獣で埋まるほどである。ルーヴらには知る由も無かったが、これは例の、中央を南下していた13万にも及ぶ魔獣の群れの一部である。いち千士隊だけでどうこうできるレベルではない。
「ルー兄、シア姉、レー兄……」
蒼白になってクックルはつぶやいた。
―――――――――――――――――――
◆魔軍
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「全員、退けー!!!」
シアが鐙の上に精一杯立ち上がり、声を限りに叫んだ。皆が一斉に走りだす。
後方からは時折、先程の攻撃が繰り返された。ジーナントの魔法のようだ。走りながらレイド隊が防御魔法を展開し、かろうじて攻撃を受け流す。距離がまだ遠かったのが幸いだった。
「一体どうなってる!? どうして魔獣が徒党を組んで……」
巨人の出現にも驚かされたが、問題はむしろそちらのほうだ。別種の魔獣同士が軍隊のように統率された動きをする事など、これまで聞いたこともない。
「あんなの帝国正規軍でも勝てるかどうか……」
「なあに。リーダティカ砦まで逃げ切れればなんとかなるさ!」
弱気になるレイドに対し、余裕たっぷりの笑顔を作ってルーヴが言う。さらに彼は、皆を鼓舞するように声を張り上げた。
「全員で生きて帰るぞ!!」
兵達が大声でそれに応えた。
シアがクックルを呼んで自分の竜馬に乗せる。
「しっかりつかまってなさい」
「う、うん」
敵地上部隊の侵撃速度はそれほど速くはない。しかし厄介なことに、敵には空を飛ぶ魔獣部隊が存在した。小鬼の亜種である狗頭鬼が大怪鳥に乗り瘴気とともに空を舞っている。その中の一部が突出し、逃げるアールヴたちに向かって急速に追いすがった。残念ながら、アールヴにはまだ飛行魔法は無い。
「迎撃!」
立ち止まって反撃すれば敵本隊に追いつかれ、たちまち全滅させられるだろう。故に、テスエローフ隊は撤退しつつ反撃を行った。自由に飛び回る大鳥に逃げながら魔法や矢を当てる事は難しい。それでも、撃ち落とす事が出来ずとも牽制にはなる。
その、弾幕の隙間を抜けて3匹のダルーガが急降下した。ドルォボックが軽く首の付根を蹴ると怪鳥はカッと口を開き、ブレス攻撃を放つ。ダルーガのブレスは怪音波を伴うマイクロ波の一種で、10秒以上直に浴びると皮膚はただれ血が沸き立ち死に至る。また、直撃ではなくとも、不安や恐怖心を呼び起こし人を狂乱状態に陥らせる。
「散り失せし紅き穹窿、穿ちて降り、劫火の衣纏て刺し貫け――」
兵達が次々と倒れ悶絶する。あと数秒ブレスを受けていたら命は無かっただろう。その時、彼等とダルーガの間にルーヴが割って入った。
「――火炎付与」
少ない魔力を絞り出して聖剣に炎を付与させる。さらに全神経を研ぎ澄まし、すべての力を刃に集中させ、構える。まるで波1つ無い水面のような一瞬の静寂の後、急激に波紋が走る。
「截鉄!!」
切り裂かれた真空が刃となってダルーガに襲いかかり、ドルォボック諸共に真っ二つに切り裂いた。
「おお! なんだ今の魔法!?」
味方からもどよめきが起こる。初めて見るルーヴの剣技を魔法と誤認したのも無理からぬ事。この技は魔法によるものではなく、純粋に剣の技術によって生み出された固有剣技だ。レイドーク迷宮の戦いでロロクルオスを斬った時に生まれた技の実用版である。
あの時の技は聖剣の力によるものが大きかった。しかしルーヴはユウナギの剣技をヒントに、厳しい鍛錬の末自らの技として体得する事に成功したのだ。
「あの技、完成してたのか」
「いつの間に……」
目を見開いてロラッカとガーネリクが言う。砦の練兵場で見たときとは段違いの威力だ。
血煙を撒き散らし魔獣の残骸が別々に地面に叩きつけられた。他のダルーガ達が一瞬怯む。その隙を逃さず、負傷者を回収しできるだけ距離を稼ぐ。
「シア、レイド、先に行け!!」
ルーヴが叫んで自ら殿を買って出た。2人は何も言わずただ頷いた。下手に引き止めたり反論したりしなかったのは、信頼の証だろうか。ルーヴが無駄死にをするような男では無いことを、シアとレイドはよく知っていたから。
ルーヴの左右に2騎の竜馬が続く。部隊の指揮を副隊長に任せた武装歩兵百士隊の隊長2人だ。歩兵隊といえど隊長クラスは騎乗している。
「俺らも手伝うぜ」
「ヤレヤレ。しょうがないね」
ガーネリクとロラッカが、弟分をからかうように言う。ルーヴは笑って肩をすくめた。この2人にはいつまでたっても頭が上がらない。それでも、今は同格の百士隊隊長同士だ。表情を引き締めてルーヴは叫んだ。
「砦まで守りきるぞ!」
「まかせろ!」
「了解」
**********
リーダティカ砦はテスエローフ隊の目の前にまで迫っていた。砦の守備隊が門を開けて待っているのがルーヴにも見える。敵地上部隊は後方300メートルの距離にまで迫っていた。
仮に砦に入れたとして、あの大軍をしのぎきれるのか。魔法で強化されているとは言え、防壁は巨人の攻撃に耐えられるのか。様々な疑問もあるが、今は砦を頼るしかない。
「あと少し!」
だが、彼等の努力もダルーガの速さの前には徒労でしかなかった。10数羽の大怪鳥が包囲するように周囲を飛びながら一斉に飛びかかってきたのだ。
「くっ!!」
テスエローフ隊は疲労の極みにあった。魔力も尽きかけ、皆、重い足を鉛のように引きずっている。ルーヴにはもはや固有剣技を放つ気力さえもない。
彼はふと、馬蹄の轟が大きくなっている事に気付いた。テスエローフ隊だけでこれほどの騒音になるだろうか。その、騒音を引き裂いて豪快な力強い声が響いた。
「よく持ちこたえた!!」
声と同時に、ルーヴの眼前に迫っていたダルーガ3体が一瞬でザク切りにされ地に落ちた。
振り向くと、テスエローフ隊の横をすり抜けて駆けつける軍勢の姿が目に入った。ひときわ目立つ蒼い旗を掲げている。ルーヴにとってその旗は特別な意味を持つものだった。
「枢機兵団……!!?」
駆けつけたのは、帝国軍枢機兵団第6軍である。規模で言うと1万の兵を擁する万士隊に当たるが、その実力は10万の軍勢に相当すると言われていた。
先頭を駆るのは千年戦争の英雄であり、第6軍軍団長ヒューゼル・ロイヒで、先ほどの攻撃もこの男だ。鍛え上げられた肉体は野生の獣の如く張り詰めて、恐ろしいほどの膂力と魔力を蓄えている。アールヴの中でも極めて珍しい希少種、薄い灰色の肌と銀髪を持つ闇のエルフであった。
「雲の段、灰の眠り、狭き激流閃き落ちよ、黄昏は暗き水底に沈め――大瀑布!!」
ヒューゼルはさらに呪文を詠唱した。遠方から近づきつつある地上部隊の鼻っ柱へ、約30mにわたり大瀑布の如き水系統の上位魔法を叩き込んだのだ。100匹超の魔獣が押し流され、もともと沼地の多い足場がさらにぬかるみ進軍速度を鈍らせた。
テスエローフ隊から歓声が沸き起こる。声も出せず、ルーヴは目を丸くしてただそれを見ていた。
だがしかし、その魔法も巨人にはあまり効果が無いようだ。ぬかるみを数歩で飛び越えて、地響きとともに巨体がルーヴ達の眼前に現れる。あまりの大きさに、皆息を呑んで静まり返った。間髪をいれず、巨人は手にした鉄塊――巨大な鎚――を打ち下ろす。
「冗談じゃねぇ!!」
咄嗟に反応したルーヴが竜馬の背を蹴り、迫りくる鉄塊の側面に最後の力を振り絞って截鉄を叩きつける。巨大な鎚の軌道は僅かに逸れ、無人の大地にクレーターを穿った。
「ほう」
と感心したのはヒューゼルばかりでは無かった。鎚を引き抜いて、当の巨人が口を開く。
「我が名はギーガ……」
口や声帯が大きいため、空気とともに声が波打つ。
「しゃ、喋った!?」
ルーヴは驚いたが、巨人種も人類種の1つだ。高い知能を持つ彼等が喋っても何の不思議もない。
「小さきものよ……知るが良い。この地は魔王レフィキュル様のものである、と」
それは流暢なアールヴ語であった。
「魔王……!?」
聞きなれない言葉に、ルーヴはマユをしかめた。
ルーヴの前にヒューゼルが背を向けて立つ。人間で言うと50代ぐらいのはずなのだが、どう見ても40代にしか見えない。彼はおもむろに、そして瞬時に剣を振り抜いた。巨人が半歩後ずさる。頬には1mに渡る傷がついていた。巨人にとってはかすり傷だ。
「後は我らに任せよ」
「…………!」
有無を言わせぬヒューゼルの言葉に何も言えず、ぎこちなく頷いてルーヴは馬首を巡らせた。今の彼では足手まといにしかならないだろう。
それと入れ違うように、第6軍本隊から遠距離魔法による波状攻撃が行われた。指揮をとるのは副団長ニーア・ジーテラセタだ。一見すると善良そうな好青年なのだが、その影には残虐な笑みが潜む。彼のアダ名は"腹黒、腹以外も黒"である。
枢機兵団の打撃により巨人を始め敵の出足が鈍った。その間隙を有効に使い、ルーヴらテスエローフ隊はリーダティカ砦まで後退することに成功した。
大量の負傷者を出し魔力も体力も使い果たしてはいたが、奇跡的に死者はいなかった。……まだ、この時点では。
【続く】
◆戦争の歴史
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アールヴの歴史は戦争の歴史でもある。レイドークの子孫達が南の大陸全体に広がり、小さな国を作り始める前から既に戦争はあった。
正確に、いつ最初の戦争があったのかは判断しがたい。"最初の殺人"が戦争の始まりだと言えなくもないし、別々の村同士の初めての戦いがそうだとも言える。猿人の群れと群れとの争いを候補に上げる者もいるだろう。
ともあれ、ここでは国家規模の争いに限定するとして、中世にはすでに大きな戦争がいくつも見られた。
アールヴの歴史書に初めて登場するハルモアの戦い。
"戦国志"として知られる、大陸中を巻き込んだ帝国建国に至る戦い。
その後、長きにわたってヘトゥオス大陸を二分する、アールヴ帝国とライグリューゼン王国による千年戦争。
他にも大小様々な戦いがアールヴの歴史を赤黒く彩った。茨の国の内戦。北征事変。六王の乱。海の国海戦。葉の国の反乱。ゲネブヘートの虐殺……。
様々な人々の想いと血と肉を飲み込んで時は巡る。
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◆千士隊
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【アールヴ暦23万4027年】
【帝国暦1136年】
帝国北部ダオラエスローノ地方。リーダティカ砦。冬。
砦は今、無礼な客人による非礼極まる訪問を受けていた。手土産は血と鉄の臭い。すなわち、小鬼の集団約300匹による襲撃だ。迎え撃つは砦に駐留するアールヴの守備隊、テスエローフ千士隊である。
「オレに続けぇ!!」
白い竜馬を駆る青年が、怒涛となって押し寄せる敵軍に単騎突撃を仕掛けた。古風だが上質な兜の下からのぞく髪の色は、アールヴには珍しい赤色をしていた。青年は、自信たっぷりに白い歯を見せて口角を上げる。
「目にも見よ! わが火纏の聖剣の威力を!!」
彼の突撃を受け、4、5体の小鬼がボーリングのピンのように弾き飛ばされた。悲鳴のような呪いのようなわめき声を撒き散らし事切れる。
遅れること2、3馬身。配下の100騎ほどが彼に遅れまいと必死で追走する。
「つええ!!」
「どーなってんだあの人!?」
「アレが亜竜殺し、ルーヴ・ドロウスか。すげぇな」
レイドークを攻略したルーヴは、「亜竜殺し」「アル・ユーシアの再来」と噂されるちょっとした有名人になっていた。今は故あってリーダティカ砦守備隊の百士隊隊長に収まっている。
「俺たちも行くぞ!」
部下たちが鬨の声を上げて彼に続いた。騎兵のみで構成されるこの部隊は強化竜騎隊と呼ばれている。
「今の百士隊はルーヴの隊!? あのバカまた暴走して!」
愚痴をこぼしたのは勝ち気そうな目をした娘シア・テスエローフである。丁寧に磨かれた軽装鎧に身を包み、戦いの邪魔にならないよう、その輝く金髪を背中で編みこんでいる。無骨な軍装に包まれてなお、隠し切れない輝かしい生命力にあふれていた。
今、テスエローフ伯爵家の跡継ぎとなった彼女は、テスエローフ千士隊を率いてここにいる。
シアの手には、レイドークの遺産の中にあった伝説級の魔槍リグナーグが握られていた。槍としての性能もさることながら、魔法増幅他、各種固有能力 を備えた逸品だ。
リグナーグを振りかざし、シアは竜馬上で直属の百士隊に号令を下す。魔法攻撃に特化した歩兵隊、魔導法撃部隊である。配下の魔道士が一斉に、一糸乱れず呪文を唱え始めた。
「澆季の業、戦の唄、朽ち壊れし破壊の旋律。顕現よ! 大火炎槍!!」
魔法を使う時シアだけは全身に魔法紋が現れる。その彼女を筆頭に、100の炎が死の宣告となって逃げ惑う小鬼達に襲いかかった。
一面を炎の壁が覆う。熱気が立ち込め、冬だと言うのに兵たちの額に汗が流れる。
小鬼の群れは大混乱に陥って焼け出された。
「よし、このまま一気に――」
「右翼前方に敵影! 大鬼約40!!」
「――何!?」
シアが命令を下そうとした時、それを遮るように報告があった。
「シア! ここは僕に任せて!」
「レイド!? ――任せる!」
右翼後方に控えていたレイドの百士隊が前に出る。
「みんな、準備はいいかい!?」
レイドが言い、配下の兵達が大声で応えた。隊長という役柄は彼にあまり似合っていないように見える。しかし、兵の士気は決して低くはなかった。
彼等が手にするのは、武器屋ナジーラガン製の弓だ。この世界で初めて量産されたものだが、かなりの完成度である。小さな武器職人の得意げな笑顔をレイドは思い出した。
正直、最初に弓を見た時の部下達の反応はあまり芳しくはなかった。だがそれも実践してみるまでのこと。今ではレイドの強化弓箭隊全員が自信を持って、その弓を構えている。
「放て!!」
付与魔法で殺傷力を増した矢の雨が、大鬼の頭上に降り注いだ。その一矢の破壊力は、鉄の盾に直径30cmの風穴を穿つほどである。いくら大鬼と言えどもたまったものではない。たちまち死体の山を築き上げた。
「おお! あれが強化弓箭隊か」
「すげぇな、あの弓矢ってやつは」
シア隊の魔法使い達が噂する。
「付与魔法だけで攻撃魔法と同じぐらいの効果があるとはな」
「レイド隊長が発明したらしいぞ」
レイド本人は散々否定して回ったものの、噂が広がる速度には追いつかなかった。
「ラギに教えてもらったって言ってるのに……」
レイドークに同行した黒髪の少年の顔がレイドの脳裏をよぎった。ただ、弓に付与魔法をかける運用方法を考えたのはレイドである。
シア隊とレイド隊の攻撃により敵部隊は約半数が肉塊に成り果て、残り半数も満身創痍となって進撃を止めた。さらにそこへルーヴの強化竜騎隊が突撃し止めを刺す。敵の大部分はもはや戦意を喪失しており、1匹、2匹と戦列を離れ、やがて総崩れで敗走をし始めた。
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◆小さな戦果
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帝国領土最北の地ダオラエスローノ地方。ここにはリーダティカを始め幾つかの砦があった。これより北は魔獣達の領域であり、魔獣の脅威から帝国領土を守るために砦が必要だった。
その砦周辺で、この数日間どういうわけか魔獣の数が目に見えて増えていた。やがてそれは帝国北域全体に広がり、各地の守備隊は人手不足で悲鳴を上げることになる。
そんな中、リーダティカ砦を守るテスエローフ隊の活躍には目覚ましいものがあった。少ない兵力でよく戦いよく砦を守った。その一因が弓矢と傷薬にあったのは明白であろう。弓と薬、どちらも魔力の節約に大いに役立ち、結果、隊の実働時間が増え戦果も上がった。
実際この時期、アールヴ世界でもっとも進歩的だったのはここリーダティカ砦かもしれない。
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敵はほぼ逃げ散り、周辺に展開していたテスエローフ隊の各部隊も残敵を掃討しつつ本体と合流を始めた。味方の損害も殆ど無く、圧勝と言って良い戦果だ。それなのに、なぜかルーヴの表情は浮かなかった。
皆に背を向けて、小さくため息をつく。
原因は彼の魔力にあった。ここへ来て魔力の成長がほとんど止まってしまったのだ。これまでは干し森檎などの回復薬でダマシダマシやって来たのだが、それも通用しなくなりつつある。幸い、彼には類まれな剣技の才能があり、またその研鑽を怠らぬ努力のかいあって戦闘時に不都合は無く、むしろ以前よりも格段に強くなっていた。
しかし、アールヴの世界で魔法力が弱いということは、あまり歓迎される事態ではない。
「ちょっとルーヴ、なんなのよさっきの暴走は!?」
「ああ? なんだようるせーな」
そんなルーヴの悩みに気づきもせず、先ほどの暴走の件でシアが彼を叱りつける。仮にも今はシアがルーヴの上官なのだ。うるさそうにルーヴはシアを見たが、なぜだか嫌な気はしなかった。いつもと変わらぬ彼女の態度に、彼は少し安心したのかもしれなかった。
「またルーヴのヤツが暴走したのか。シアも大変だな」
「ヤレヤレだね」
ルーヴ達を見守るように2人の青年が言った。同じ孤児院出身のガーネリクとロラッカだ。2人とも武装歩兵百士隊の隊長を任されている。
「キャー、ルー兄お疲れ様ー!」
場所もわきまえずルーヴに抱きついたのはクックルという名の元気な少女だ。回復師としてシアの隊に同行している。孤児院出身者の中で一番の年下で、皆の妹的存在だった。
「クックル離れなさい! まだ戦闘中よ! まったくあんたはいつまでたっても甘えん坊で……!」
「いーやーだー」
シアがクックルを引き剥がそうとして彼女の服を引っ張った。まだ完全に戦いが終わったわけではなかったが、皆、警戒を解き始めていた。
「ふー、おまたせー」
最後にレイド隊が合流して、テスエローフ千士隊の全部隊が平原の中央に集合した。
「……もう反撃もなさそうね。砦に帰りましょう」
周囲をざっと一望し、シアが言った。
「フン。もう終わりか。他愛もない」
いささか物足りないといった顔をして、聖剣を鞘に収めながらルーヴが独り言ちた。――その直後。空気を揺るがす爆音が弾け、熱と爆風が彼の頬を殴るように炙った。
「!!?」
隊と隊の間に着弾した何らかの攻撃により、3、4mもの爆炎が立ち上った。周辺の兵達が吹き飛ばされ、あちこちから悲鳴とうめき声が聞こえてくる。
「敵襲!!」
ルーヴが大声で叫んだ。と同時に竜馬の手綱を引き腹を軽く蹴って走りだす。彼の声で全員我に返り、再び気を引き締め臨戦態勢を取る。
「姫さま」
執事兼参謀の初老の魔道士バルレットが促した。わずかに自失していたシアの表情がすぐさま改まる。
「防御陣形!」
そう言いつつも、内心彼女は思っていた。
「(だめだ、間に合わない)」
すぐに第二撃が彼等に襲いかかる。しかし、その攻撃は彼等の眼前で四散した。見ると、いつの間に移動したのかルーヴが聖剣を持って攻撃を受け止めていた。
「ルーヴ!」
すぐにレイド隊と支援部隊が対魔法障壁を展開して支え、どうにか第二撃を凌ぎ切った。
「攻撃を斬ったのか!?」
「なんてやつだ」
幸運な事に死者は出ていないようだが、それでも多数の怪我人を出してしまった。
シアの指示で、防御態勢を維持しつつ怪我人を少しずつ竜馬に乗せ後方へ送る。
「クソッ! まだ敵がいたのか!?」
戸惑いながら作業する兵達の後ろから、低く響く規則的な振動音が聞こえてきた。人の足音にしてはテンポが遅く音も大きすぎる。
「な、なんなのアレ……」
将たる立場を一瞬忘れ、シアが途方に暮れた様子で声を漏らす。
「まずい、まずいよこれは……」
顔色を失ってレイドが言う。
音のする方角には、小山のような影が1つ揺らめいていた。魔獣と見まごう巨大な人類種、巨人だ。20m近い巨体に高い知性を備え、部分鎧とその下には小綺麗な服まで着ている。動きが緩慢なのがせめてもの救いだ。
さらに、巨人の足元には大小様々な魔獣が蠢き、土煙を立てていた。その数は軽く万を超え、地平線が魔獣で埋まるほどである。ルーヴらには知る由も無かったが、これは例の、中央を南下していた13万にも及ぶ魔獣の群れの一部である。いち千士隊だけでどうこうできるレベルではない。
「ルー兄、シア姉、レー兄……」
蒼白になってクックルはつぶやいた。
―――――――――――――――――――
◆魔軍
―――――――――――――――――――
「全員、退けー!!!」
シアが鐙の上に精一杯立ち上がり、声を限りに叫んだ。皆が一斉に走りだす。
後方からは時折、先程の攻撃が繰り返された。ジーナントの魔法のようだ。走りながらレイド隊が防御魔法を展開し、かろうじて攻撃を受け流す。距離がまだ遠かったのが幸いだった。
「一体どうなってる!? どうして魔獣が徒党を組んで……」
巨人の出現にも驚かされたが、問題はむしろそちらのほうだ。別種の魔獣同士が軍隊のように統率された動きをする事など、これまで聞いたこともない。
「あんなの帝国正規軍でも勝てるかどうか……」
「なあに。リーダティカ砦まで逃げ切れればなんとかなるさ!」
弱気になるレイドに対し、余裕たっぷりの笑顔を作ってルーヴが言う。さらに彼は、皆を鼓舞するように声を張り上げた。
「全員で生きて帰るぞ!!」
兵達が大声でそれに応えた。
シアがクックルを呼んで自分の竜馬に乗せる。
「しっかりつかまってなさい」
「う、うん」
敵地上部隊の侵撃速度はそれほど速くはない。しかし厄介なことに、敵には空を飛ぶ魔獣部隊が存在した。小鬼の亜種である狗頭鬼が大怪鳥に乗り瘴気とともに空を舞っている。その中の一部が突出し、逃げるアールヴたちに向かって急速に追いすがった。残念ながら、アールヴにはまだ飛行魔法は無い。
「迎撃!」
立ち止まって反撃すれば敵本隊に追いつかれ、たちまち全滅させられるだろう。故に、テスエローフ隊は撤退しつつ反撃を行った。自由に飛び回る大鳥に逃げながら魔法や矢を当てる事は難しい。それでも、撃ち落とす事が出来ずとも牽制にはなる。
その、弾幕の隙間を抜けて3匹のダルーガが急降下した。ドルォボックが軽く首の付根を蹴ると怪鳥はカッと口を開き、ブレス攻撃を放つ。ダルーガのブレスは怪音波を伴うマイクロ波の一種で、10秒以上直に浴びると皮膚はただれ血が沸き立ち死に至る。また、直撃ではなくとも、不安や恐怖心を呼び起こし人を狂乱状態に陥らせる。
「散り失せし紅き穹窿、穿ちて降り、劫火の衣纏て刺し貫け――」
兵達が次々と倒れ悶絶する。あと数秒ブレスを受けていたら命は無かっただろう。その時、彼等とダルーガの間にルーヴが割って入った。
「――火炎付与」
少ない魔力を絞り出して聖剣に炎を付与させる。さらに全神経を研ぎ澄まし、すべての力を刃に集中させ、構える。まるで波1つ無い水面のような一瞬の静寂の後、急激に波紋が走る。
「截鉄!!」
切り裂かれた真空が刃となってダルーガに襲いかかり、ドルォボック諸共に真っ二つに切り裂いた。
「おお! なんだ今の魔法!?」
味方からもどよめきが起こる。初めて見るルーヴの剣技を魔法と誤認したのも無理からぬ事。この技は魔法によるものではなく、純粋に剣の技術によって生み出された固有剣技だ。レイドーク迷宮の戦いでロロクルオスを斬った時に生まれた技の実用版である。
あの時の技は聖剣の力によるものが大きかった。しかしルーヴはユウナギの剣技をヒントに、厳しい鍛錬の末自らの技として体得する事に成功したのだ。
「あの技、完成してたのか」
「いつの間に……」
目を見開いてロラッカとガーネリクが言う。砦の練兵場で見たときとは段違いの威力だ。
血煙を撒き散らし魔獣の残骸が別々に地面に叩きつけられた。他のダルーガ達が一瞬怯む。その隙を逃さず、負傷者を回収しできるだけ距離を稼ぐ。
「シア、レイド、先に行け!!」
ルーヴが叫んで自ら殿を買って出た。2人は何も言わずただ頷いた。下手に引き止めたり反論したりしなかったのは、信頼の証だろうか。ルーヴが無駄死にをするような男では無いことを、シアとレイドはよく知っていたから。
ルーヴの左右に2騎の竜馬が続く。部隊の指揮を副隊長に任せた武装歩兵百士隊の隊長2人だ。歩兵隊といえど隊長クラスは騎乗している。
「俺らも手伝うぜ」
「ヤレヤレ。しょうがないね」
ガーネリクとロラッカが、弟分をからかうように言う。ルーヴは笑って肩をすくめた。この2人にはいつまでたっても頭が上がらない。それでも、今は同格の百士隊隊長同士だ。表情を引き締めてルーヴは叫んだ。
「砦まで守りきるぞ!」
「まかせろ!」
「了解」
**********
リーダティカ砦はテスエローフ隊の目の前にまで迫っていた。砦の守備隊が門を開けて待っているのがルーヴにも見える。敵地上部隊は後方300メートルの距離にまで迫っていた。
仮に砦に入れたとして、あの大軍をしのぎきれるのか。魔法で強化されているとは言え、防壁は巨人の攻撃に耐えられるのか。様々な疑問もあるが、今は砦を頼るしかない。
「あと少し!」
だが、彼等の努力もダルーガの速さの前には徒労でしかなかった。10数羽の大怪鳥が包囲するように周囲を飛びながら一斉に飛びかかってきたのだ。
「くっ!!」
テスエローフ隊は疲労の極みにあった。魔力も尽きかけ、皆、重い足を鉛のように引きずっている。ルーヴにはもはや固有剣技を放つ気力さえもない。
彼はふと、馬蹄の轟が大きくなっている事に気付いた。テスエローフ隊だけでこれほどの騒音になるだろうか。その、騒音を引き裂いて豪快な力強い声が響いた。
「よく持ちこたえた!!」
声と同時に、ルーヴの眼前に迫っていたダルーガ3体が一瞬でザク切りにされ地に落ちた。
振り向くと、テスエローフ隊の横をすり抜けて駆けつける軍勢の姿が目に入った。ひときわ目立つ蒼い旗を掲げている。ルーヴにとってその旗は特別な意味を持つものだった。
「枢機兵団……!!?」
駆けつけたのは、帝国軍枢機兵団第6軍である。規模で言うと1万の兵を擁する万士隊に当たるが、その実力は10万の軍勢に相当すると言われていた。
先頭を駆るのは千年戦争の英雄であり、第6軍軍団長ヒューゼル・ロイヒで、先ほどの攻撃もこの男だ。鍛え上げられた肉体は野生の獣の如く張り詰めて、恐ろしいほどの膂力と魔力を蓄えている。アールヴの中でも極めて珍しい希少種、薄い灰色の肌と銀髪を持つ闇のエルフであった。
「雲の段、灰の眠り、狭き激流閃き落ちよ、黄昏は暗き水底に沈め――大瀑布!!」
ヒューゼルはさらに呪文を詠唱した。遠方から近づきつつある地上部隊の鼻っ柱へ、約30mにわたり大瀑布の如き水系統の上位魔法を叩き込んだのだ。100匹超の魔獣が押し流され、もともと沼地の多い足場がさらにぬかるみ進軍速度を鈍らせた。
テスエローフ隊から歓声が沸き起こる。声も出せず、ルーヴは目を丸くしてただそれを見ていた。
だがしかし、その魔法も巨人にはあまり効果が無いようだ。ぬかるみを数歩で飛び越えて、地響きとともに巨体がルーヴ達の眼前に現れる。あまりの大きさに、皆息を呑んで静まり返った。間髪をいれず、巨人は手にした鉄塊――巨大な鎚――を打ち下ろす。
「冗談じゃねぇ!!」
咄嗟に反応したルーヴが竜馬の背を蹴り、迫りくる鉄塊の側面に最後の力を振り絞って截鉄を叩きつける。巨大な鎚の軌道は僅かに逸れ、無人の大地にクレーターを穿った。
「ほう」
と感心したのはヒューゼルばかりでは無かった。鎚を引き抜いて、当の巨人が口を開く。
「我が名はギーガ……」
口や声帯が大きいため、空気とともに声が波打つ。
「しゃ、喋った!?」
ルーヴは驚いたが、巨人種も人類種の1つだ。高い知能を持つ彼等が喋っても何の不思議もない。
「小さきものよ……知るが良い。この地は魔王レフィキュル様のものである、と」
それは流暢なアールヴ語であった。
「魔王……!?」
聞きなれない言葉に、ルーヴはマユをしかめた。
ルーヴの前にヒューゼルが背を向けて立つ。人間で言うと50代ぐらいのはずなのだが、どう見ても40代にしか見えない。彼はおもむろに、そして瞬時に剣を振り抜いた。巨人が半歩後ずさる。頬には1mに渡る傷がついていた。巨人にとってはかすり傷だ。
「後は我らに任せよ」
「…………!」
有無を言わせぬヒューゼルの言葉に何も言えず、ぎこちなく頷いてルーヴは馬首を巡らせた。今の彼では足手まといにしかならないだろう。
それと入れ違うように、第6軍本隊から遠距離魔法による波状攻撃が行われた。指揮をとるのは副団長ニーア・ジーテラセタだ。一見すると善良そうな好青年なのだが、その影には残虐な笑みが潜む。彼のアダ名は"腹黒、腹以外も黒"である。
枢機兵団の打撃により巨人を始め敵の出足が鈍った。その間隙を有効に使い、ルーヴらテスエローフ隊はリーダティカ砦まで後退することに成功した。
大量の負傷者を出し魔力も体力も使い果たしてはいたが、奇跡的に死者はいなかった。……まだ、この時点では。
【続く】
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