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魔女だから、できること②

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 また惚れ薬の時みたいに失敗するわけにはいかないし。
 そう付け加えれば、スカーレット様の目がぱちくりしていた。

「で、でも……どの医術師も、薬師も、これ以上は無理だと……」
「あぁ。魔法薬の類になりますので、惚れ薬と一緒で魔女の専売特許ですね。隣国のうちの本家なら……でもあまり利益の出る薬じゃないから作ってなかったかもしれませんね。私も一応、魔女の端くれですから。祖母の手記にはきちんと書いてある調合でしたし、なんとかなると思いますよ」

 基本的に、魔女の希少な存在だ。その魔女の作れる私の家族も本拠地は隣国に置いているから……いかに貴族とて、他国の魔法薬を手に入れるのは一苦労なのだろう。本家の情報は隣国内でも機密にされているって話も聞いたことがある。どこの国でも、庶民からしたら眉唾ものの存在で、王族貴族の一部のみの知る家系なんだとか。
 だからこそ、このローランド王国の隅っこで希少さを売りに私が生計を立てていけたのだ。それでもおばあちゃんほどすごい薬が作れるわけではないし、古くからの限られたお客さんもどんどん減っていたので、収入は先細りしていたけど。それでも、スカーレット様に勧めたい薬は一度作ったことがある。おばあちゃんのシミ消し薬として作らされたんだよね。

 心配だろうと、詳細を話せば――。
 私が勧めようとしている薬は、治療薬ではなく染める薬だ。正確にいえば、傷を治すのではなく、古傷として変色してしまっている部分をまわりの皮膚と同じ色で染める薬。もちろん人体に悪影響はなく、一度染めてしまえば効果は永続的。そのため慎重に色を選ばないといけないので、色調だけ慎重になる必要があるけど。レシピに多少の不安はあるけど、調合自体はそんなに難しくなかったはず。

 あぁ……あと問題があるとすれば、材料がの入手が私には難しい、かな?

「そんなに珍しいものではないんですけど、入手経路が限られていて、結構高いんですよね……それこそ王城の薬室ならあると思うのですが」
「い、いくらでも払うわ! 本当に傷をわからなくできますの?」
「それは大丈夫です。ただ、歳を老いてきて普通の肌の部分の色が変わってきた際、その変色した場所だけ色に違和感が出てくるかもしれません。まぁ、気になるようならまた染め直せばいいだけではあるのですが」

 まぁ、どのみち今すぐ出来るわけではない。
 正確な傷の色と、もとの肌の色を確認しなければならないし。そもそも魔法薬を作るための道具が、全部家にあるもの。
 王城の薬室でも出来ないことはないと思うけど……人前で薬を作るのは恥ずかしいし、やはり手に馴染んだ道具の方が安心感がある。レシピの確認もしたいしね。

「それこそ、お互い元の姿に戻ってからでも。どうしても魔力が必要なので、私が調合しないといけないのですが……あと、もうひとつだけ治療前にお尋ねしたいことがあります」
「な、なんでも答えますわ!」
「どのような経緯で出来た傷なのでしょう?」

 途端、晴れやかだったスカーレット様の表情に影が宿る。

「……それは答えなきゃいけないことなの?」
「はい。毒物や呪いなどが原因の怪我ならば、薬同士の反作用が起こる場合もあると思うので」
「…………毒などではないわ。子供の頃ボートから落ちて。その時に枝が深く刺さってしまったの」

 なるほど。それなら問題ないだろう。普通にレシピ通りで問題ないはず。
 ひとしきり考えてから、そう答えようとしたとき――スカーレット様の目から大粒の涙が溢れていた。
 ぽろぽろと。その目が溶けてしまったかと不安になるくらい、ぽろぽろと泣いていて。

「ねぇ……本当に治るの? この傷消える? もうクルトを悲しませないで済む?」
「クルトさん?」
「この傷は子供の頃、クルトとボートで遊んでいる時に出来たもので……ボートに乗りたいと駄々をこねたのはわたくしなのですよ⁉ それなのにクルト、ずっとそのことで負い目を感じていたから。だから、わたくし……」
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