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主人のいない間の出来事②
しおりを挟むこの王城内の自由散策も、殿下の計らいだった。
自分が不在の間に、愛すべき妻が退屈しないようにと。まぁ、もう“スカーレット様”も王族の一員なのだから、我が家である城を自由に出入りする権利はあるのだろうが。それでも、新入りの小娘が我が物顔で闊歩できるわけではないのだろう。いくら元も公爵家の令嬢だとしても、この広い王城、無縁だった場所も多いはず。これもまた、王城内で働く人達に挨拶ができるいい機会なのだ。
そんな建前で、無縁だろう薬室の扉をノックしてみた“私”。返事はない。
「誰もいないんですかね?」
「でも、この時刻に行くと通達は頼んであるのでしょう?」
「そう聞いているのですが……ここで待ってみますか?」
本当はマリアさんが付き添ってくれるとのことだったが、断った。……ボロを出しそうだったし。でもこんなことだったら、やっぱり付いてきてもらえばよかったかも。
ドレスの下に隠れているスカーレット様と相談するも、スカーレット様は首を横に振る。
「通路で立って待っている王太子妃がいてたまるもんですか。鍵が開いているのなら、中で待たせてもらいましょう」
「あ、はい……!」
スカーレット様の許可が出るだけで、なんて心強いことか!
私はもう一度ノックしてから「失礼しまーす」とおそるおそる扉を開ける。途端、鼻に独特の生薬の香りが飛び込んでくる。
「わあ……!」
天国だった。簡易的な応接間のように置かれたローテーブルとソファ。だけど壁沿いには一面綺麗に整理整頓された薬品棚。ビーカーの中には数々の原料が保管されており、左右に続く開きっぱなしの扉の奥に繋がる部屋の片方には、さらに多くの薬品棚が所狭しと並んでいる。水場にはまだ洗っていない乳鉢や乳棒が積み重ねられていた。調剤台には潰し途中の薬。調剤台には潰し途中の薬もある。
「なんですの。この鼻につく臭いは……⁉」
「あはは。この作りかけの薬のせいですかね? モーラスの葉って、独特の臭いがしますから」
うん。あれだ。私の腰痛に使われたやつだ。いつ朝一に要求されてもいいように作り置きしているのかな? だったらすっごく恥ずかしい……。
だけど、そんな狭そうで広い薬室に、誰もいなくて。
もう一方の部屋を覗いて見るも、そこは本棚だった。薬品や植物の辞書と……あ、この辺は薬歴だ。これは見ちゃダメだね。個人情報だもの。あ、でもこの本は読んでみたい……。
「ちょっと。いつまでウロウロしていらっしゃいますの? 誰もいないなら、大人しく座っておきなさい」
「……ごめんなさい」
スカーレット様に怒られちゃった……。
大人しく中央の部屋のソファに座ろう――とした時だった。扉がバッと開かれる。
「すみません! コイツが急に腹が痛いって――」
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