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若葉の時間

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ここは可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)。
私たちの住処のような、職場のような、まあそんな場所だ。

そして私はこの店を見守る熊のぬいぐるみだ。テディベアとも呼ばれている。

誰が私を作ったのか、いつから私はここにいるのか
全く覚えていないがそれは別にいい。名前は恐らくない。
名づけられた記憶がないからだ。

しかし少し前から店の奴らから【グレッド】と呼ばれるようになった。
グレーの毛とレッドのリボンだからというらしい。実に安直だ。

とはいえ名前がないのも不便なので
とりあえず「グレッド」と呼ばれたら「何だ?」くらいは答えてやっている。
断じて気に入っているわけではない。断じて。
・・・コホン、まあ私の話はここまでにしようか。


「ふわーぁぁぁぁ・・・あー・・・今日も実に平和だねー」


「平和」?「暇」の間違いだろう。なんて今更いうつもりはない。
このやりとりには飽き飽きだ。・・・おっと、また話が逸れてしまったな。
レジ机に座る私のすぐ隣で大欠伸をしている赤いシャツに黒エプロンのコイツは
この店の店長だ。・・・一応な。

寝癖そのままの赤茶色の髪をものぐさに掻きながら
眠そうな青い目で店のドアが開かないかなとぼんやり眺めてる。
それがこの男のお決まり行動。
他の仕事をやれなんていってた時期が私にもあった。
今はただ懐かしい。


カランカラン・・・コロンコロン・・・



「!」

おやおや、この可笑しな店の扉が軽快に歌い出したではないか。

「これはこれは、いらっしゃい!」

さてさて、本日のお客様はどんな味をご所望だろうね?
私は此の場で見物させてもらうとするよ。


「お好きな席へどうぞー」

こちらを観ることなくスマートフォンとやらを弄りながら
奥の席にどっかり座るお客。

長い髪色も化粧も装飾品も荷物も全部キラキラで
貰い物なんかを少し飾り、あとは育てている植物の鉢が並んでいるだけの
この店には実に珍しい出で立ちだ。
まあ、愛らしさなら私が一番だがな。何といってもテディベアだし。

「つーかさぁ・・・」

凄い速さで画面を叩きながらお客が口を開く。
お客が来たのにレジから出ずそのまま

「はい、何でしょう?」

と尋ねる店主。営業スマイルは完璧だが頬杖はやめなさい。

「あたしぃ、これから友達と遊びに行くはずだったんだけど
 ここ何処なわけぇ?」

魔女のように黒く縁取られた目がジロッと此方を向く。
正直、迫力がある。
あと関係ないかもしれないが
首から下が顔と微妙に色が違うのが個人的には気になった。

「こちらは『可笑しなお菓子屋』という店ですよ」

「は?何それダジャレ?ウケるー!」

馬鹿にしたようにケラケラと笑うお客。
「何だそれ?」という反応は見慣れたものだが大笑いとは珍しい。
だが、何がそんなに面白いのか私にはわからない。

「ここはとある条件に該当した方のみが来店できる店です。
 お客様がこの店にいらっしゃったということは
 その条件に当てはまったということですかね」

「ハァ?条件って何?意味わかんないんですけど」

お客はさっきまで笑っていたのに今度は怪訝顔。
よくもまあコロコロと表情が変わる人だ。
まあ私の表情が変わらないだけなのかもしれないけれど。
ぬいぐるみですから。

「我々に聞かなくとも、その条件はお客様の中に答えがあるはずですよ」

店主はニコッと笑うと、厨房の方を向いて

「おーい、お客さんだよー!お水持ってきてー」

と声を張り上げると

「はーい!」

という高くて可愛い声と

「店長も働いてくれよ!」

という低めの怒号が返って来る。
お客は目を丸くしているけれど、店主は変わらずニコニコ顔。

「んっだよここ・・・変な店」

惜しいなお客。変な店も不正解ではないが
ここは『可笑しな』お菓子屋なのだ。

「まあいいや・・・とりあえずぅ、喉乾いたしメニューちょうだーい」

ようやく握り締めていたスマホをテーブルに置き、ふぅ・・・と一息つくお客。

しかし・・・この店は・・・

「申し訳ありません。当店にメニューはないんですよ」

そう、お客のリクエストを聞くというのはやっているがメニュー選択はないのだ。
初来店するお客には店主自らその人に見合うお菓子とドリンクを考えて厨房が提供する。
「面白いね」というお客もいるが、大抵は・・・

「何なのそれ!?こっちはお客だよ!?好きなもの注文させてよ。マジナイわー」

こうなる。もう慣れたもんだ。

どんなにお客が凄んでも

「それで何年もやっているので」

と店主は表情も態度も崩さない。
でもやっぱり頬杖は崩しなさいな。失礼だから。
でも怒りは一時だけ。店主が

「その代わりお金は一銭も必要ありませんので」

というと

「まあそれなら・・・」

と大人しく座り直すのが毎度のお約束。今回もまた然りだ。

「じゃあいいけどぉ、友達待たせてんだから
 さっさと作ってとっとと出してよね」

そういうとさっきから通知音が五月蝿い塊に再び向き合い
急いで返事を打つお客。
さっき話している時もチラチラと横目で確認しながらこっちを見ていた。
まるで主人のご機嫌を伺う飼い犬のようで
一体どっちが操作される側なんだか。

「さてと・・・」

ここでようやく私の隣から動く気配がなかった店主が
重い腰を上げて歩き出す。
三歩で着いたそこはレジの横にあるカウンター。
店主専用の作業場だ。
数限られたこの男の仕事は
この場所でコーヒーを淹れたりドリンクを作ること。

起きているのに寝ているのではないかというくらい
普段はぼんやりしているが、あそこに立つ時だけは別。
真剣な目で作業するというレアな光景が拝めたりする。
フルーツを軽快にカットしたりラテアートを描いてみたりと
案外器用なのが少し嫌味だが。

「「いらっしゃいませー」」

「ようこそ。こんな店ですがどうぞごゆっくり」

そんなことをぼんやり思っていると
今度は厨房からワラワラと従業員が顔を出してきた。

それぞれおしぼり、お水、お菓子をお盆に乗せてお客の席へ近づき
順番にテーブルに並べていく。
さっき店主が作った飲み物も勿論、一緒だ。

「お姉さん髪の毛すっごいねー!
 紫とピンク!絵本で読んだ魔女みたい!」

大きく澄んだ瞳に物珍しそうに見つめられ、少し気まずそうなお客に

「こらこら梓雪(しぶき)。そういうこというもんじゃないよー」

すかさず定位置に戻った店主が助け舟。

おしぼりを渡し、店主から梓雪と呼ばれた
黄色いエプロンのおこちゃまもこの店の従業員の一人だ。
といっても子供だから簡単な仕事しか任せられないけれど。

「もー、お姉ちゃんったらそんなこといったら駄目でしょう?」

次に水を置いた見た目の割りに大人びた口ぶりでいう少しおませなおこちゃま。
ピンクのエプロンが似合うこの子の名は乙季(いつき)。
彼女も簡単作業担当の従業員だ。
梓雪の双子の妹で顔は見分けがつかないほど瓜二つ。

ただ、髪型と目の色が違うのでそこで普通に見分けることは出来る。
姉の梓雪は長いツインテールにピンクの目で
妹の乙季はふわふわなポニーテールに赤い目。

服装も姉はカジュアルで活発系、妹はふわふわなお嬢様系と仲良しだけど正反対。

「こら、二人とも。お客さんが困っているから置いたらすぐ下がるんだ」

おっと、話題が逸れてしまったな。失敬失敬。

ちなみに今、双子に声をかけた抹茶色の作務衣を纏う
金目の少年の名前は実弦(みつる)。
この店の菓子職人であり双子姉妹の兄でもある。

愛用のノンフレーム眼鏡をカチャリとあげ

「騒々しくてすいません」

とお菓子を置き妹たちの手を引いて早々と厨房に引っ込む。
いつもよりせかせかしているのは何故だろう。

「はぁ!?ちょっとなぁにこれぇ!?」

それにしても今回のお客の声はやけに甲高いな。
語尾なんか超音波のようだ。
っと、それは置いておいて・・・今回の店主は何をチョイスしたのだろう。
私もお客のテーブルに目を向ける。
まあ、運んできたのが実弦という時点で検討はつくが・・・

「これがあたしに合うスイーツだってのぉ!?マジありえない!」

ほほう、なるほど。

「何これ激ダサなんですけどぉ?パンケーキとかマカロンとかないのぉ!?」

今回のお菓子は【蓬餅】というものだったか。
店主、隣で湯気を躍らせている湯のみには何が入っている?

「煎茶だよ」

なるほど、煎茶というそうだ。
ぬいぐるみの私には全部同じ緑の液体だろと思ってしまうのだが
それは大きな間違いで種類によって微妙に違うらしい。
不思議なものだ。

「もっとさぁ、フルーツとかクリームとかどっさり使った
 キラキラっていうか盛り盛りなさぁ
 マジかわで思わず写メっちゃうような感じってないわけぇ!?
 あたしこんな地味じゃないし!マジ超失礼じゃね!?」

おお、ここぞとばかりに喋る喋る。
息継ぎなしで、しかも噛まずによくいえるもんだ。

いわんとしてることはわからんでもないが。
ピンクのメッシュが入った紫の長い髪
何十分かかるかわからない盛りに盛ったメイク
凶器になりそうな長く丈夫そうな色爪
筋肉痛にならないか心配になってしまう
ゴツくて大きなアクセサリーの数々。

その人物の目の前には漆のお皿に盛られた緑色の餅と
花柄の湯のみに注がれた緑のお茶。
はっきりいってミスマッチ。だがそれも無理はない。

何故なら、店主がその人に見合う菓子や飲み物を考えるのに
相手の見た目や性格など人物イメージは一切考慮していないからだ。

「まぁまぁ、そんな目くじらたてないで一口だけでも召し上がってみて下さいよ」

店主が選ぶのはその人に似合うお菓子ではなく、その人に見合うお菓子なのだから。

「ハァー・・・今日何なわけ?いつもの道歩いてたのに変な店に入っちゃうし
 こんな古臭いお菓子があたしにピッタリとかいわれちゃうし、マジ最悪だし」

ピッタリなんて誰もいっていないんだが・・・まあいいか。

お客はぶつぶつ文句をいいながらも
黒文字を餅のど真ん中にズブリと突き刺して一口で頬張る。
元々小さめに作ってあるが、にしても豪快だ。喉の奥まで見えた。

「・・・・・・・!」

するとどうだろう、さっきまで文句が止まなかった口が
きっちりと閉じられてむぐむぐと動いている。
一個、また一個、途中から量を考慮したのか
慣れない手つきで一口サイズにして口に運んでいく。

「・・・どうやらお気に召したご様子かな?」

私に聞くな。あといくらこの耳がふかふかだからといって勝手に触るな。
それと疑問を抱いているようで確信を持っているいい方も
何度聞いても鼻につくぞ。

「ねぇ、ちょっと辛辣過ぎなぁい?
 見た目こんなに可愛いテディちゃんなのにさー」

そんなことよりいいのか?お客の様子、徐々に変わってきているぞ?

「ん?おや、ホントだ」

餅を噛み締める度にポタポタとテーブルに涙を零すのを店主が放っておくのか?
私に構うより他にいうことがあるだろう。
ほら、さっさとしないか。

「はいはい・・・どうだい?お客さん、お悩みを思い出すお味だったかな?」

はい、出ました。
これはお菓子を食べて反応を示すお客にいう台詞だ。
別にいらないだろとも思うのだが
店主曰く「決め台詞はロマンでしょ!」・・・らしい。

「・・・悩み?」

「ええ、それがうちの店の入場券ですから」

いつも思うが、店主のこの完璧な笑顔は
一体どうやったら崩れてくれるのだろう・・・

私も私で、こんなことを思っては諦めるのは
かれこれ何年目になるっけなぁ・・・?

きょとんとするお客に店主が微笑み
この店が一体何なのかを簡単に説明した。

っと、今回は特別に私が説明しよう。
この店、『可笑しなお菓子屋』は二種類の存在しか見つけられないし
入ることも出来ない文字通り可笑しな店なのだ。

一つ目の存在は・・・長くなるから後でいいだろう。
常連ばかりだからそのうち来るし。肝心なのは二つ目の存在。

それが今回のお客に該当する条件・・・【悩めし人】だ。

人にはいえない悩みを抱えてさ迷っている人。
その悩みの波長とこの店の波長が合いさえすれば
何時でも何処でも来店可能だ。

地図もお金も必要ない。
しかし、その波長は頻繁に合うものでもないので
悩んでさえいればどんな人間でも辿り着く・・・というわけでもない。

どうだい?面倒くさいだろう?私も心からそう思うよ。

だからこそなのか、お客の顔が見えたら
店主が悩みに寄り添えそうな組み合わせをその場で考えて
従業員一同で心からもてなす。そんな流れかな。

ちなみに扱っているのはお菓子だけだ。料理はない。
これも店主の拘りなんだそうな。

だからここは『可笑しなお菓子屋』と呼ばれているし
そう名乗っているとそういうわけだ。

「悩み・・・か」

説明を受けたお客は来店時には想像もつかないほどしんみりして
お茶の湯気に目を落とす。

「やっぱり、そうなのかな・・・」

そう呟くと、最後の一個になった蓬餅をまたカットして口に運び、お茶を啜る。

「うまいね、これ・・・見た目しょぼいなぁって思ったけど
 何ていうか・・・昔を思い出す味なんだよね。
 小さい頃、お祖母ちゃんが作ってくれたのと似てて・・・
 そういや、お祖父ちゃんとよく材料のこの葉っぱ?採りにも行ったっけなぁ・・・」

じわじわと声も優しくなっているな。

「他にも色々、畑とか庭の木で野菜とか果物とか採って来て・・・
 それを料理して・・・二人とも、基本的には何でも手作りして
 魔法使いみたいだって思ってたなぁ・・・」

そろそろ・・・かな?

「その・・・あたしね・・・」

安心したのか何なのか、お菓子を食べたお客は
いつもこっちが「よければ話して下さい」とかいわなくても
自然と自分の悩みを私たちに吐露してくれる。

一度、店主にお菓子に何か仕込んでいるのではないかと尋ねたことがあるが
そんなことするわけないだろうと厨房担当に叱られてしまったっけ。
実に解せない。

「あたしがこういう格好になったの、高校に入ってからでさ、その前は・・・」

お客がいうには、高校とやらに入る前は
髪も黒くて化粧すらしない運動少女だったらしい。
むしろ部活で日焼けをして、思春期にきびに悩むくらい
洒落っ気のないタイプだそうな。

しかし、高校に入ってから知り合いが一人もいなくなり
皆の輪の中に入る為に必死に周りに合わせていたら
段々こうなっていった・・・とのことだ。

「髪を染める時もピアス開ける時もネイルも全部
 「一緒にやろうよ」っていわれて・・・嫌だっていったら
 何いわれっかわかんないから「いいよ」って返事して・・・
 親から怒られても、先生に呼び出し食らって
 嫌だなって思う時もあるけどどんどんエスカレートしていくから
 「やめよう」ともいえなくて・・・そんで・・・」

そんな中、仲間の一人が

「お金がかかるし親に迷惑がかかるからもうやらない」

と言い出したら

「何いい子ぶってんだよ」

と仲間たちはその子を切り捨てて仲間外れにしてしまったらしい。
その時の態度の豹変振りは背筋が凍るほどだったという。

どんな時もずっと一緒で、お揃いになる度に
信頼関係も強くなっていってるんだと思って付き合っていたはずなのに
ほんの一瞬で砕けてしまった仮初の絆。

自分もそうなってしまうかもしれない。
そう思ったら怖くてたまらなくなり
今まで以上に仲間たちに従い、同調し続けているんだそうだ。

「最近は酒とか薬とかヤバい方にまでいきかけててさ・・・
 でも、怖いとかいったらあたしまでハブられる・・・
 友達でいられなくなる!連絡だってすぐ返さないと
 無視してるとか思われたら、全部終わっちゃうんだ・・・」

だからずっとそれを手放さなかったと。
そんな一人で焦るような生活してたら身がもたないだろうな。
だが、仲間たちに知られたらと思うと迂闊に相談も出来ない。
なるほど、この人がお客として来るわけだ。
と、私も私で勝手に納得してしまった。

「ホントはもうヤなんだ。学校でも休みの日でも顔色うかがって
 それはどうなの?って思う時でも「そうだよね」とかいって笑って
 時にはいいたくもない誰かの陰口もいわなきゃいけなくて・・・
 あたし、何やってんだろうっていつも思って・・・」

本音を漏らす度にお客の声は徐々に震えていく。
店主はそんなお客は観ないようにしてテーブルに近づき

「よろしければどうぞ」

と湯呑みにお茶のお替りを注いだ後
皺一つないハンカチを置いてまた私の横へ。

その間にお客がハンカチを押し当てるのが見える。

「お洒落だって、本当はあれが着たいとか
 こういう髪型にしたいとか思っても
 実際そうしたら馬鹿にされるんじゃないかとか
 裏切るのかとかいわれると思うとすげぇ怖くて・・・!
 だからやるしかなくて!でも、でも・・・そうする度に
 あたしがあたしじゃなくなっていく感じがして・・・
 もう、わけわかんない・・・!」

私事だが、黒い涙というのは初めて見たな。
何年もこのレジ横で様々な客を観てきたというのに
新たなお客が来る度に新たな発見をするから奇妙なものだ。

「頻繁に遊びに行っていたお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家にももう何年も・・・
 「今のお前の格好を見て会わせられるわけないだろ」って・・・
 それがきっかけで親とも喧嘩してろくに口利かなくなっちゃって・・・
 他にも・・・」

見た目も態度も劇的に変化し過ぎたせいで
高校に入る前の友人たちとも疎遠になり、家族とも言い争いになり
周囲の大人たちからも何があったんだという目を向けられ
頑張れば頑張るほど、必死になればなるほど周囲との溝が深まっていく。

「何でだろう・・・何であたし、こうなっちゃったんだろ・・・
 独りが嫌だっただけなのに・・・
 ただ、友達が欲しかっただけなのに・・・何で・・・」

だからこそ寂しくて、独りにされるのが嫌で
結局いうことを聞いて嘘の輝きで身を縛る。
その負の連鎖こそ、お客がこの店に踏み入れることとなった
【悩み】ということだな。

「ひっく・・・会いたいよ・・・
 お祖母ちゃんのおやつ食べたいよ・・・
 お祖父ちゃんとも材料採りに行ったり
 色々教えてもらったり・・・したいよ・・・」

蓬餅の飾り気のない素朴な味が
彼女を雁字搦めしていた虚勢に寄り添ったのだろうか。
今ここにいるのは派手で粗暴な小娘なんかではなく

「家族皆が仲良しだった・・・あの頃に、帰りたいよぉっ!!!!!!」

懐かしい記憶に思いを馳せる
お祖父ちゃんお祖母ちゃん思いの普通の女の子だった。


「会いに行けばいいじゃないですか」

「え?」

いつの間にか厨房へ下がったはずの実弦がこちらを見つめていた。
一部始終覗いてたのか。
足元には妹二人がそれぞれ左右にぴったりくっ付いている。

「お祖父様もお祖母様も今はお元気なのでしょう?
 ならば、うだうだと考えて時間を無駄に費やすより
 行動で示した方が後悔が少なくなると思いますよ」

頭に巻いていた深緑色の手拭いを取りながらそういう実弦に

「お兄ちゃんのいう通り!」

「じゃないと二度と会えなくなるかもしれないよ?」

と双子も賛同。珍しいな。好奇心旺盛な姉妹はともかく
真面目で大人しいコイツが口を挟んでくるとは。

「まあいいじゃない。今回はあの兄妹トリオに任せようや」

楽しそうに・・・というよりは
まるでこうなることがわかっていたかのように目を細める店主。
どうでもいいが、俺の仕事が減るしとか思っていないだろうな・・・。

「二度と、会えなくなる前に・・・」

「ええ、そうです。ご親族に会うことすら許さない
 というか許可が必要なんてそれはもう友達ではなくただの支配者ですよ・・・
 お客様は一生、友達という名の何かに支配されて生き続けるんですか?」

結構深く刺さる感じの内容だな。
相手はお客だから丁寧な言葉をチョイスしてるようだが
だからといっていってることがマイルドになっているかといわれれば
案外そうでもない。

「結果的に理想とはかけ離れてしまったかもしれませんが
 それでもお客様は自分で自分の居場所を一度は作り上げたのですから
 他の居場所を新たに作るもしくは居場所の引越しをするくらい
 難しくはないと僕は思いますよ」

涙に濡れるお客の目が見開かれる。
実弦はいいたいことがいえて満足したらしく
ふぅーっと大きく息を吐いて眼鏡のズレをまた直す。

って、お前が満足してどうする!
満足しなければならないのはお客だろ。
私も少しこの空気に騙されかけたわ!

「じゃあ、あたし・・・もう無理しなくてもいいのかな・・・」

「いいも何も、派手になるにはまず
 素朴ながら味わい深い原材料が不可欠ですよ?」

「この、お餅みたいに?」

「ええ、どんなに道具や調味料が一級品でも
 蓬の葉が黴だらけ、もち米や小豆が腐っていたら
 どうやって蓬餅を作れというのでしょう?」

「ハハッ、確かにそうだね。うん、そうだ」

すると実弦は

「はい」

と、風呂敷包みを手渡した。
お客も目をぱちくりさせている。

「何、これ」

「蓬餅を箱に詰めたものです。ご家族に会いに行く際の手土産にどうぞ」

「でも・・・」

「僕の蓬餅をお気に召して下さったお礼です。ご迷惑でしょうか?」

「ううん・・・ありがとう」

お客は大事そうに箱を胸に抱え、少しはにかみながら

「久しぶりに会おうかな・・・お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに・・・
 化粧もアクセも取って、そのまんまで・・・」

と呟く。

小さな小さな独り言だったが
その表情は何かを吹っ切ったように明るさを帯びている。

「ウケるー!」といいながらゲラゲラ笑っていた時より
今の笑い方の方が私的には好ましいな。
文字通り縫い付けられた顔しか持たないぬいぐるみの私には。

「・・・そろそろ帰るわ。ごちそーさま!」

「いえいえ、お粗末さまです」

あれだけ肌身離さず、視界に必ず入れていたスマホを
バッグの奥にグッと押し込め
箱を抱えたまま席から立ち上がるお客。

「あ、あのさ!店長さん!」

おい店主、呼ばれているぞ。またお前の出番じゃないのか?

「はいはい」

お客は促したわけでもないのに、自然と私たちのいるレジの前へ。

理由は

「奢りだっていわれたけどさ・・・
 やっぱ・・・ちょっとくらいは払うよ・・・
 何ていうか、色々・・・きっかけになってっていうか・・・」

その言葉に店主はまたわかっていたかのような笑みのまま

「では、遠慮なく」

と返す。

しかし、お客が財布を出そうとすると・・・

「お客さん、さっきもいいましたがうちはお金はいただきません。
 うちが代金として頂戴するのは
 『悩みと共に捨ててもいいもの』ですから」

これもこの店のルール、というより店主のこだわりとでもいっておこう。
悩めし人の為に存在しているこの店では現金は何一つ価値を持たない。

菓子ともてなしに見合う品を渡してもらうのが
ずっと昔から続けている支払い方法なのだ。

「それって、何でもいいの?」

「勿論!私物でしたらどんなものでも。
 唯一、ゴミは受け付けてませんけどねー」

何を払うかはお客本人が決めていいし
店主のいう通り、ゴミとかじゃなければこちらは文句はいわない。
幸い、文句いうようなものは今まで貰ったこともないしな。
お釣りや領収書をくれといわれたら流石に断らざるを得ないが。

「うーん・・・じゃあ・・・」

お客は少し悩んだ顔をした後
一旦テーブルに箱を置きもぞもぞと何かを外し

「これじゃ、駄目かな?」

手のひらサイズのミラーボールが何個もついているような
派手でゴツいネックレス。
さっきから派手だ派手だといっていたが
その中でも一際、目に負担がかかる輝きだ。

「・・・結構な重量ですねこれ」

店主も目を丸くしている。
右手を上下させて重さを確かめる度にジャラジャラと玉が鳴る。
これを首から下げていたら肩が凝るのではないだろうかとぬいぐるみながら思う。

「初めてお揃いで買ったやつなんだ。
 そんな見た目で8000円もしてさ!無駄遣いだって親にも怒られて・・・
 思えばここからだったのかもなぁ・・・」

「返金は扱ってませんけど、それでも?」

「うん、いいよ!元が高いから
 さっき食べた分とこのお土産分で・・・足りるよね?」

お客が笑ってそういうと、店主も目を細めて

「毎度あり」

と小さく笑ってレジ下の引き出しに仕舞った。
お客からは見えないが、中には過去にお客から払ってもらった
捨ててもいいものが詰まっている。
最近のものから、何時のだか思い出せないものまで。

「あのさ!」

「はい?」

こちらに背中を向けたまま扉を開けようとするお客の声に店主と
テーブルの後片づけをしていた兄妹が一斉に同じ方向を向く。
店主が何でしょうと聞くとお客はまた照れた顔でくるりとこちらを向き

「今度来る時は蓬団子が食べたい!
 丸っこくて可愛くて餡子たっぷりの・・・そんだけ!!」

こちらの返事も待たず扉を開けて足早に外へと消えていくお客。
カランカランカランとベルが歌うのを私たちはぽかんとした顔で見送っていた。

「あ!お客さんのお帰りだったのにありがとうございましたっていうの忘れた!」

しまった!って顔をしているが、そこじゃないと思うぞ店主。
それと、その歳で天然アピールはキツい。

「まぁ失礼ねっ!この毛玉っ!」

「くっ、ふふっ」

「うん?どうしたの?お兄ちゃん」

「嬉しいこと、あったの?」

突然吹き出した兄に手伝いをしていた双子姉妹がきゃっきゃとまた縋り付く。
兄も兄で慣れたもので
両足ホールドされているにも関わらず器用に食器を盆に乗せて

「いや、別に。ただ・・・結局、また蓬なんだなぁと思ってさ」

といいながらまたクスクスと笑って食器を洗う為厨房へ。

「お団子もいっぱいいっぱい作ろうねー!」

「また葉っぱ採りにおでかけしよーねー!」

妹たちも兄の言葉に何かを感じ取ったのか
ヒヨコのようにその後をぴったりと追う。
また厨房からあの薬みたいな
青々とした匂いが立ち込めそうだなと私は思った。

「いやー不思議なもんだねぇ。
 探す手間すらなく何処にでもあるものを
 心から求めてさ迷う時が来るだなんて・・・」

・・・どういう意味だ?と思ったが
尋ねても笑って誤魔化すだけだろうと思ったので
適当に「そうだな」と相槌してやった。
どうだい?私は気遣いの出来る熊だろう?

それから何日経ったかわからない後日。店に一通の手紙が届いた。
正確には手紙のような文章が綴られた紙切れ数枚が
扉の隙間に挟まっていたのだ。

用紙の薄い深緑色と赤紫色の花柄で
すぐに書いていたのが誰なのか理解出来た。
何故かって?あの日に観た蓬餅と同じような色をしているからさ。

「ねぇねぇ!何て書いてあるのー?」

「読んで読んでー!!」

「はいはい、わかったから押さない押さない!えっと・・・」

絵本を読み聞かせるように店主は文章を読み上げ
双子は仲良く座ってそれを聞く。
私もこの位置に座ったままなのでされるがままにそれを聞く。

予想通り、書き主はこの間の派手かと思ったら普通な女の子だったあのお客だ。

お客はあの後、友人の誘いは断って
化粧を落としたり服を着替えたりしながら
そのまま一人で祖父母の家へ行ったらしい。
数年ぶり、しかも突然の訪問に驚きながらも
好きなだけいていいと受け入れてくれて数日間泊まったと。

その間、畑仕事を手伝っているうちに農業に興味を持ち
その分野を勉強を始めたらしい。
「どういう風の吹き回しか」と両親にも驚かれたが
同時に歩み寄るきっかけにもなり
友人たちには思い切り馬鹿笑いされたが
それも振り払って進路も決めたそうな。

「縁を切ったのか。じゃあもう仲間はずれに怯えて
 無駄な媚を売る必要もなくなったわけだね」

「そだねー。お前さんの蓬餅パワーのおかげって書いてあるよー?
 よかったねー」

「嘘つけ。書いてあるはずないだろ。ちゃんと続き読みなよ」

ツンと涼しい顔で店主をあしらってテーブル拭きを続けている
・・・ように見えてチラチラと緩んだ口元が見えるな。
嬉しいなら嬉しいと素直になればいいものを。

「えっと、それから・・・」

読むのを再開する店主。

手紙なのか日記なのか微妙な表記のそれ曰く
お客は高校を卒業した後農業大学に入学したらしい。
遠くにあるので親元を離れての寮暮らし。

そこで新しい友人も出来て、大変ではあるが楽しく暮らしているという。
少なくとも、あの頃よりは心から笑えるようになったと書かれていた。

「よかったねー!」

「うん、お兄ちゃんのお餅のおかげだね!」

自分のことのようにはしゃぐ双子に店主は

「お、こんなことも書いてあるぞ?」

とP.S(追伸)とつけられた一文を読み上げる。

『あれから疲れた時や落ち込んだ時はあの蓬餅が恋しくなるようになった。
 お祖母ちゃんから教わってから自分で作れるようにはなったけど・・・
 どちらの味にも遠く及びません。私もまだまだ修行が足りないなぁ』

「だってさ!はい、おしまい!」

一人称【私】になったんだな。
どうやら本当に今までの自分を脱ぎ捨てているらしい。
・・・ん?おい店主、お前の持っている用紙から何かがハラリと落ちたぞ?

「え?あ、ホントだ!・・・・・・・へーぇ・・・」

店主は足元のそれを拾い上げる。
すると一瞬驚いた顔をした後、ふっと悪戯な顔で笑った。

それを目にした双子が

「なになにー?」

「見せてー!」

と店主の腕をぐいぐい引っ張るので
イタタタ!と苦笑しながらその場にしゃがむ店主。

そのおかげで私の場所からも見えた。
心底楽しそうに写真に写るそばかす少女が。

右手はピースサイン、左手は太くご立派な野菜を持ったその姿は
頭、顔、作業着、軍手、長靴凡てが泥だらけで
来店した時の格好は幻もしくは
あの日だけの特別衣装だったのではないかと錯覚そうだ。

「・・・驚きの変化だな」

おや、テーブル拭きは終わったのか?
店主ではなく厨房担当が私の隣へ来るとは珍しい。

「女性っていうのは本当に化けるもんだなぁ・・・」

私も同意見だ。
あの写真の少女と店に来た娘が同一人物だとはにわかには信じられん。

「・・・でも」

ん?でも、何だ?

「いや・・・今の方が、ずっと・・・綺麗だなぁと思ってさ」

・・・ハハッ、何と今日は珍しい日だろうなぁ。
ここまでぴったり話が合ってしまうとは。

「お兄ちゃーん!しぶきもお餅食べたくなってきちゃったー!!」

「今日のおやつはそれがいいーー!」

「えー?いいけど、材料残ってたかなぁ・・・?」

困ったように頭を掻きながら厨房へ戻っていくまだまだ青い和菓子職人。




おやつの時間には

「小豆炊く時間なかった・・・」

といいながら

黄な粉がたっぷり塗された平べったい蓬餅が

テーブルをより素朴に彩っていた。
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