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柚希の戦い
ざまぁを見る幼馴染
午後の光が斜めに差し込む弁護士事務所で、柚希はパソコンの画面を見つめていた。机の上には、広げられた書類の山と、赤いマーカーで書き込みがなされたファイル。
「神崎グループ財務調査報告書」の分厚い冊子が、その中央に置かれている。
本物の資料は、すでに玲奈に渡してある。これは手元に残したコピー。今やっているのは、送付した内容に漏れがないかの最終確認だった。
「……問題なし。」
柚希は最後のページをめくり、静かに頷いた。神崎グループの財務状況、不正取引の証拠、経営陣の動き――すべて揃っている。調査の成果。弁護士としての知識と経験を総動員し、興信所にも大金を払って集めた情報の集大成。
---
そのとき、携帯が鳴った。ディスプレイには「笹木玲奈」の名前。
「玲奈?」
「柚希!資料、届きましたよ!もう確認しましたけど、完璧です。社長も驚いてました。」
柚希は小さく微笑んだ。
悠斗――かつての幼馴染であり、自分が裏切った相手。今は遠くから見守ることしかできない人。携帯を持つ手に、少しだけ力が入る。それでも、声は落ち着いていた。
「そう、よかった。明日の交渉では……。」
交渉の件を話そうとすると、玲奈はさえぎるように話を被せてきた。
「社長、すごく真剣に読み込んでましたよ。『誰が作った資料だ?』って聞かれちゃって。」
柚希の心臓が跳ねた。自分の名前を出すわけにはいかない。悠斗とは二度と会わないと決めていたのだから。
「……どう答えたの?」
「うちの法務部が作ったってごまかしましたよ?でも、『すごく優秀な人材がいるな』って言ってました。」
柚希は椅子に深く身を沈め、胸に手を当てた。悠斗に褒められたという間接的な喜びに、思わず頬が熱くなる。
「ありがとう、玲奈。」
「いよいよ明日、神崎グループとの交渉ですね?柚希も見たいんじゃないですか?見たいでしょ?」
「えっ?」
「リアルタイムの『ざまぁ』ですよ!」
玲奈の声は弾んでいた。
「同じホテルの別室を予約しておきました。交渉の様子をリアルタイムで中継しますから。アングルとかもこだわっちゃいますよ?」
柚希は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。私の復讐ではないが、悠斗の勇姿はリアルタイムで見たかった。
「悠斗が映るアングルで、お願いします。」
---
高層ホテルの一室で、柚希はノートパソコンを前に座っている。画面には会議室の様子が映し出されていた。玲奈がこっそり設置した複数の画角からの映像だ。
(玲奈、こんなにたくさんのカメラを設置してバレないのかな?)
柚希は少しだけ不安になった。
スクリーンの中、会議テーブルの下座に、神崎と彼の部下たちが座っていた。かつて、あれだけふてぶてしかった浮気相手が、今はあんなに小さく見える。
そこへ、部下を引き連れて、悠斗たちが会議室に入ってきた。玲奈も一緒にいる。
(部下を引き連れた悠斗、かっこいい!スーツ似合ってる!玲奈も素敵!あ……これ駄目なやつだ。リアルタイム鑑賞、最高かも。)
柚希は画面に釘付けになった。悠斗が会議室に入ってくる姿は、かつての少年の面影はほとんどなく、今や洗練されたビジネスマンだった。
神崎はまるで初対面かのように悠斗に挨拶している。柚希は苦笑した。神崎は悠斗が彼のことを覚えていないと思っているのだろうか。
---
交渉が始まる。柚希は息を詰めて見守った。神崎は資金繰りに苦しんでいることを説明し、悠斗の会社からの投資を求めている。スクリーン越しでも、神崎の焦りは明らかだった。
柚希が調査した通り、彼の会社は崖っぷちにいるようだ。
「条件は悪くないでしょう?」
神崎がそう言った。柚希は唇を噛んだ。ここからが本番だ。
---
スクリーンの中の、悠斗は書類をめくりながら、ゆっくりと口を開いた。
「悪くはないですが……うちが貴社を支援する理由が見当たりませんね。」
(きた!)
神崎の表情が一瞬で凍りついた。柚希は思わず身を乗り出した。
「正直に言いましょう。貴社の財務状況を見ましたが、かなり厳しいです。」
悠斗の表情が変わる。柚希はその変化を見逃さなかった。にこやかな表情から、冷酷なビジネスマンへと一変した。悠斗はニヤリと笑い、口調を変えて言った。
「ここで投資を受けられなければ……どうなるか、想像はついているよな?」
神崎の表情が焦りに染まっていく。柚希は息を呑んだ。
「昔、お前は俺から大切なもの奪った。今度は俺の番だ。なあ、神崎先輩。」
(大切なもの?……まさか、私のこと!?キャー!!)
「な、何の話を……。」
「忘れたとは言わせない。」
スクリーンの中で、悠斗は淡々と言葉を続けている。
まだ、私は悠斗が言ってくれた『大切なもの』という言葉の余韻に悶えていた。
「今、お前は俺に助けを求めているのだろう?俺から恨まれてるとは思わなかったのか?なぜ、俺がお前を助けると思った?」
神崎は言葉を失っている。柚希は画面に映る彼の姿を見た。
(いい……その表情!もっと、もっと見せてやって!!)
「お前の会社を買い取ろう。」
(かっこいい!かっこいい!これは永久保存版リピート再生案件!!)
「お前の会社は、俺が助けてやってもいい。債務は引き受ける。それなら倒産は避けられる。」
「だが、お前はいらない。もちろん、役員になっているお前の親族も全員退いてもらう。」
「お前の親族、相当ひどいな。キックバックまみれじゃないか。会社が傾いたのも、結局そいつらのせいだろ?」
柚希は思わず頷いた。それは彼女の調査で明らかになった事実だった。スクリーンの中の神崎は唖然としている。どうやら彼は本当に知らなかったようだ。
「銀行とはすでに交渉済みだ。俺の会社が資本を提供し、既存の融資は俺の信用で引き継ぐ。それで、お前らの連帯保証は正式に解除される。」
(……うんうん。連帯保証は怖いよね。)
「ただし、お前らが保証人のままでいる限り、負債の責任は消えない。もし倒産すれば、個人資産まで差し押さえられることになる。だが、俺が買収すれば、お前の個人資産は残るだろう。」
(さすが悠斗!逃げ場を全部潰しちゃうと、こういう男は、何するか分からないものね!)
画面の中で、悠斗はゆっくりと椅子に深く座り直し、強く、そして冷ややかに言い放った。
「──感謝しろ。」
「──そして、お前が大切に育ててきた会社をよこせ。」
「──俺がその腐った部分を取り除き、本物の会社に育て直してやる。」
(キャー!かっこいい!素敵!最高!)
柚希は興奮に震えた。まるで映画のワンシーンを見ているようだった。かつての優しい幼馴染は、今やこんなにも立派なビジネスマンになっている。柚希は、少しおかしくなっていた。
「そ、そんな……!私がここまで育てた会社なんです!私がいなければ駄目な会社なんです!」
「知るか。お前らがいたから、こんな状況なんだろうが。悪いが、ビジネスはシビアなんでね。」
(そうだ!ビジネスは甘くないぞ!)
柚希は、悠斗を全肯定するだけの機械となっていた。
「どうする?最後のチャンスだ。今すぐここで決めろ。俺は、どちらでもいい。」
(そうだぁ!いますぐ決めろぅ!)
スクリーンの向こうに沈黙が落ちた。神崎は唇を強く噛みしめ、肩を震わせていた。やがて、苦しげに顔をゆがめながら、かすれた声で言った。
「……よろしくお願いします。」
神崎の顔は血の気を失い、真っ青だった。まるで魂が抜け落ちたかのように、ふらつきながら椅子にしがみつく。悠斗はゆっくりと立ち上がり、無言のまま神崎の横を通り過ぎた。
(いい!いいよ……!もっと、もっと絶望して!悠斗を喜ばせて!!)
「なあ、神崎先輩。人の大切なものを奪うのって、そんなに楽しいか?俺には理解できないな。」
(大切なもの?また私のこと?キャー!)
悠斗は神崎にそう言い残し、部屋を後にした。神崎は、まるで糸が切れた人形のように、床に崩れ落ちていた。
(最高⋯⋯!そのリアクション最高だよ!なんていい駒!最高の駒!神崎先輩、見直した!)
私は、全身が震えるほどの興奮に包まれていた。
---
どうやら、少し我を忘れていたようだ。心を落ち着けるために、数回深呼吸をした。
ふーっと息を吐きながら、柚希はノートパソコンを閉じ、窓の外を見つめた。
「これで少しは……悠斗の心が晴れるといいな。」
携帯が鳴る。玲奈からだ。
「柚希、交渉終わりました!どうでした!?最高のリアルタイムざまぁだったでしょ!?」
「すごい、すごかった!悠斗、かっこよかった!ありがとう玲奈!最高だったよ!」
「でしょ!」
玲奈の勢いにつられてしまい、再び、柚希は自分を見失ってしまっていた。
---
二人の興奮が落ち着いたころ、玲奈が言った。
「社長は、まだホテルにいます。柚希も戻るなら、少し時間を置いた方がいいかもしれません。」
鉢合わせのリスクは避けたい。事務所に戻るつもりだったが、少し部屋で時間を潰すことにしよう。
「ありがとう、玲奈。少し待つね。」
通話を切った後、柚希はベッドに横になり、天井を見つめた。全ては計画通りに進んだ。ただ、神崎グループの買収はあくまで手段。私の目的は、悠斗に過去を清算してもらうこと。
計画が成功したかはまだわからない。天井の模様を目でなぞりながら、私は思った。
(悠斗、スッキリできたかな……?)
---
三十分ほど経ち、玲奈から「大丈夫です」というメッセージが来た。柚希はホテルの部屋を出て、エレベーターに向かった。
エレベーターの到着を待っていると、そこに意外な人物たちが現れた。神崎と彼の部下たち。神崎は柚希を見て、明らかに表情が変わった。顔から血の気が引いたように青ざめている。
「ゆ、柚希……。」
柚希は思わず微笑んだ。この男には感謝すべきだ。悠斗の過去を清算する、完璧な駒になってくれたのだから。
「あら、神崎さん、お久しぶり。奇遇ですね?」
神崎は震えていた。恐怖で体が小刻みに揺れている。柚希には不思議だった。なぜそこまで怯えるのか?
「な、なんでここに……。」
柚希は首を傾げた。彼は何かを察したのだろうか?今回の件における柚希の関与に気づいたのだろうか?まあ、どうでもいい。
「失礼しますね。」
柚希はエレベーターに乗り込み、ボタンを押した。閉まりかけのドアの隙間から、ぶるぶると震えが止まらなくなっている青ざめた顔の神崎が見えた。
---
その夜、柚希は自宅のソファに横たわり、テレビをぼんやり眺めていた。頭の中はまだ今日の出来事でいっぱいだった。
携帯が鳴る。玲奈からだ。電話に出るなり、まくしたてられた。
「今日は最高でしたね!?こんなざまぁ、初めてみました!リアルざまぁですよ!私の心の一ページに深く刻み込まれました!」
私も、負けずにまくしたてる。
「悠斗、かっこよかった!あれから映像何度も見直してる!声もかっこよかったし、スーツ姿で冷徹に交渉してるところも素敵だった。あと『大切なもの』だって。あれ昔の私のことだよね?キャー!」
全く話が噛み合ってないことに気づきもせず、少しの間、お互いが好きなことを好きなように話してる時間が続いた⋯⋯。
---
お互いが落ち着いた頃、玲奈が思い出したように言った。
「そういえば、さっき社長と話してて……あの資料のこと、またすごく褒めてたよ?『うちにこんな優秀な人材がいて嬉しい』って。」
柚希の胸が熱くなった。悠斗に認められること、それは何よりも嬉しい。罪悪感と自己嫌悪感が少しだけ薄れたような気がする。
「柚希、これで一段落ですね?社長もすっきりした顔してましたよ?」
「そう……すっきりした顔してたんだ。よかった……。玲奈、本当にありがとうね。」
電話を切った後も、柚希は長いこと天井を見つめていた。柚希の望む方へ、すべての物事が動き、計画は成功した。玲奈から聞いた様子だと、多少なりとも悠斗に過去の精算ができたことは間違いないだろう。
どうやら、計画は成功に終わったようだ。私は心から安堵した。そして、少しだけ、自分への気持ち悪さが小さくなったのを感じた。
そういえば、神崎は、なぜあんなに震えていたんだろうか?顔も真っ青だった。
「まあ、どうでもいいか。」
柚希はつぶやいた。大事なのは、悠斗が前に進めること。自分はこれからも影から見続ける。これからも、やる事は変わらない。
---
窓の外の夜空を見上げると、星が一つだけ明るく輝いていた。柚希は手を伸ばし、その星にそっと触れるように見つめた。
明日もまた、見えない糸を操る日々が続く。悠斗が歩きやすくするために。
「神崎グループ財務調査報告書」の分厚い冊子が、その中央に置かれている。
本物の資料は、すでに玲奈に渡してある。これは手元に残したコピー。今やっているのは、送付した内容に漏れがないかの最終確認だった。
「……問題なし。」
柚希は最後のページをめくり、静かに頷いた。神崎グループの財務状況、不正取引の証拠、経営陣の動き――すべて揃っている。調査の成果。弁護士としての知識と経験を総動員し、興信所にも大金を払って集めた情報の集大成。
---
そのとき、携帯が鳴った。ディスプレイには「笹木玲奈」の名前。
「玲奈?」
「柚希!資料、届きましたよ!もう確認しましたけど、完璧です。社長も驚いてました。」
柚希は小さく微笑んだ。
悠斗――かつての幼馴染であり、自分が裏切った相手。今は遠くから見守ることしかできない人。携帯を持つ手に、少しだけ力が入る。それでも、声は落ち着いていた。
「そう、よかった。明日の交渉では……。」
交渉の件を話そうとすると、玲奈はさえぎるように話を被せてきた。
「社長、すごく真剣に読み込んでましたよ。『誰が作った資料だ?』って聞かれちゃって。」
柚希の心臓が跳ねた。自分の名前を出すわけにはいかない。悠斗とは二度と会わないと決めていたのだから。
「……どう答えたの?」
「うちの法務部が作ったってごまかしましたよ?でも、『すごく優秀な人材がいるな』って言ってました。」
柚希は椅子に深く身を沈め、胸に手を当てた。悠斗に褒められたという間接的な喜びに、思わず頬が熱くなる。
「ありがとう、玲奈。」
「いよいよ明日、神崎グループとの交渉ですね?柚希も見たいんじゃないですか?見たいでしょ?」
「えっ?」
「リアルタイムの『ざまぁ』ですよ!」
玲奈の声は弾んでいた。
「同じホテルの別室を予約しておきました。交渉の様子をリアルタイムで中継しますから。アングルとかもこだわっちゃいますよ?」
柚希は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。私の復讐ではないが、悠斗の勇姿はリアルタイムで見たかった。
「悠斗が映るアングルで、お願いします。」
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高層ホテルの一室で、柚希はノートパソコンを前に座っている。画面には会議室の様子が映し出されていた。玲奈がこっそり設置した複数の画角からの映像だ。
(玲奈、こんなにたくさんのカメラを設置してバレないのかな?)
柚希は少しだけ不安になった。
スクリーンの中、会議テーブルの下座に、神崎と彼の部下たちが座っていた。かつて、あれだけふてぶてしかった浮気相手が、今はあんなに小さく見える。
そこへ、部下を引き連れて、悠斗たちが会議室に入ってきた。玲奈も一緒にいる。
(部下を引き連れた悠斗、かっこいい!スーツ似合ってる!玲奈も素敵!あ……これ駄目なやつだ。リアルタイム鑑賞、最高かも。)
柚希は画面に釘付けになった。悠斗が会議室に入ってくる姿は、かつての少年の面影はほとんどなく、今や洗練されたビジネスマンだった。
神崎はまるで初対面かのように悠斗に挨拶している。柚希は苦笑した。神崎は悠斗が彼のことを覚えていないと思っているのだろうか。
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交渉が始まる。柚希は息を詰めて見守った。神崎は資金繰りに苦しんでいることを説明し、悠斗の会社からの投資を求めている。スクリーン越しでも、神崎の焦りは明らかだった。
柚希が調査した通り、彼の会社は崖っぷちにいるようだ。
「条件は悪くないでしょう?」
神崎がそう言った。柚希は唇を噛んだ。ここからが本番だ。
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スクリーンの中の、悠斗は書類をめくりながら、ゆっくりと口を開いた。
「悪くはないですが……うちが貴社を支援する理由が見当たりませんね。」
(きた!)
神崎の表情が一瞬で凍りついた。柚希は思わず身を乗り出した。
「正直に言いましょう。貴社の財務状況を見ましたが、かなり厳しいです。」
悠斗の表情が変わる。柚希はその変化を見逃さなかった。にこやかな表情から、冷酷なビジネスマンへと一変した。悠斗はニヤリと笑い、口調を変えて言った。
「ここで投資を受けられなければ……どうなるか、想像はついているよな?」
神崎の表情が焦りに染まっていく。柚希は息を呑んだ。
「昔、お前は俺から大切なもの奪った。今度は俺の番だ。なあ、神崎先輩。」
(大切なもの?……まさか、私のこと!?キャー!!)
「な、何の話を……。」
「忘れたとは言わせない。」
スクリーンの中で、悠斗は淡々と言葉を続けている。
まだ、私は悠斗が言ってくれた『大切なもの』という言葉の余韻に悶えていた。
「今、お前は俺に助けを求めているのだろう?俺から恨まれてるとは思わなかったのか?なぜ、俺がお前を助けると思った?」
神崎は言葉を失っている。柚希は画面に映る彼の姿を見た。
(いい……その表情!もっと、もっと見せてやって!!)
「お前の会社を買い取ろう。」
(かっこいい!かっこいい!これは永久保存版リピート再生案件!!)
「お前の会社は、俺が助けてやってもいい。債務は引き受ける。それなら倒産は避けられる。」
「だが、お前はいらない。もちろん、役員になっているお前の親族も全員退いてもらう。」
「お前の親族、相当ひどいな。キックバックまみれじゃないか。会社が傾いたのも、結局そいつらのせいだろ?」
柚希は思わず頷いた。それは彼女の調査で明らかになった事実だった。スクリーンの中の神崎は唖然としている。どうやら彼は本当に知らなかったようだ。
「銀行とはすでに交渉済みだ。俺の会社が資本を提供し、既存の融資は俺の信用で引き継ぐ。それで、お前らの連帯保証は正式に解除される。」
(……うんうん。連帯保証は怖いよね。)
「ただし、お前らが保証人のままでいる限り、負債の責任は消えない。もし倒産すれば、個人資産まで差し押さえられることになる。だが、俺が買収すれば、お前の個人資産は残るだろう。」
(さすが悠斗!逃げ場を全部潰しちゃうと、こういう男は、何するか分からないものね!)
画面の中で、悠斗はゆっくりと椅子に深く座り直し、強く、そして冷ややかに言い放った。
「──感謝しろ。」
「──そして、お前が大切に育ててきた会社をよこせ。」
「──俺がその腐った部分を取り除き、本物の会社に育て直してやる。」
(キャー!かっこいい!素敵!最高!)
柚希は興奮に震えた。まるで映画のワンシーンを見ているようだった。かつての優しい幼馴染は、今やこんなにも立派なビジネスマンになっている。柚希は、少しおかしくなっていた。
「そ、そんな……!私がここまで育てた会社なんです!私がいなければ駄目な会社なんです!」
「知るか。お前らがいたから、こんな状況なんだろうが。悪いが、ビジネスはシビアなんでね。」
(そうだ!ビジネスは甘くないぞ!)
柚希は、悠斗を全肯定するだけの機械となっていた。
「どうする?最後のチャンスだ。今すぐここで決めろ。俺は、どちらでもいい。」
(そうだぁ!いますぐ決めろぅ!)
スクリーンの向こうに沈黙が落ちた。神崎は唇を強く噛みしめ、肩を震わせていた。やがて、苦しげに顔をゆがめながら、かすれた声で言った。
「……よろしくお願いします。」
神崎の顔は血の気を失い、真っ青だった。まるで魂が抜け落ちたかのように、ふらつきながら椅子にしがみつく。悠斗はゆっくりと立ち上がり、無言のまま神崎の横を通り過ぎた。
(いい!いいよ……!もっと、もっと絶望して!悠斗を喜ばせて!!)
「なあ、神崎先輩。人の大切なものを奪うのって、そんなに楽しいか?俺には理解できないな。」
(大切なもの?また私のこと?キャー!)
悠斗は神崎にそう言い残し、部屋を後にした。神崎は、まるで糸が切れた人形のように、床に崩れ落ちていた。
(最高⋯⋯!そのリアクション最高だよ!なんていい駒!最高の駒!神崎先輩、見直した!)
私は、全身が震えるほどの興奮に包まれていた。
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どうやら、少し我を忘れていたようだ。心を落ち着けるために、数回深呼吸をした。
ふーっと息を吐きながら、柚希はノートパソコンを閉じ、窓の外を見つめた。
「これで少しは……悠斗の心が晴れるといいな。」
携帯が鳴る。玲奈からだ。
「柚希、交渉終わりました!どうでした!?最高のリアルタイムざまぁだったでしょ!?」
「すごい、すごかった!悠斗、かっこよかった!ありがとう玲奈!最高だったよ!」
「でしょ!」
玲奈の勢いにつられてしまい、再び、柚希は自分を見失ってしまっていた。
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二人の興奮が落ち着いたころ、玲奈が言った。
「社長は、まだホテルにいます。柚希も戻るなら、少し時間を置いた方がいいかもしれません。」
鉢合わせのリスクは避けたい。事務所に戻るつもりだったが、少し部屋で時間を潰すことにしよう。
「ありがとう、玲奈。少し待つね。」
通話を切った後、柚希はベッドに横になり、天井を見つめた。全ては計画通りに進んだ。ただ、神崎グループの買収はあくまで手段。私の目的は、悠斗に過去を清算してもらうこと。
計画が成功したかはまだわからない。天井の模様を目でなぞりながら、私は思った。
(悠斗、スッキリできたかな……?)
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三十分ほど経ち、玲奈から「大丈夫です」というメッセージが来た。柚希はホテルの部屋を出て、エレベーターに向かった。
エレベーターの到着を待っていると、そこに意外な人物たちが現れた。神崎と彼の部下たち。神崎は柚希を見て、明らかに表情が変わった。顔から血の気が引いたように青ざめている。
「ゆ、柚希……。」
柚希は思わず微笑んだ。この男には感謝すべきだ。悠斗の過去を清算する、完璧な駒になってくれたのだから。
「あら、神崎さん、お久しぶり。奇遇ですね?」
神崎は震えていた。恐怖で体が小刻みに揺れている。柚希には不思議だった。なぜそこまで怯えるのか?
「な、なんでここに……。」
柚希は首を傾げた。彼は何かを察したのだろうか?今回の件における柚希の関与に気づいたのだろうか?まあ、どうでもいい。
「失礼しますね。」
柚希はエレベーターに乗り込み、ボタンを押した。閉まりかけのドアの隙間から、ぶるぶると震えが止まらなくなっている青ざめた顔の神崎が見えた。
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その夜、柚希は自宅のソファに横たわり、テレビをぼんやり眺めていた。頭の中はまだ今日の出来事でいっぱいだった。
携帯が鳴る。玲奈からだ。電話に出るなり、まくしたてられた。
「今日は最高でしたね!?こんなざまぁ、初めてみました!リアルざまぁですよ!私の心の一ページに深く刻み込まれました!」
私も、負けずにまくしたてる。
「悠斗、かっこよかった!あれから映像何度も見直してる!声もかっこよかったし、スーツ姿で冷徹に交渉してるところも素敵だった。あと『大切なもの』だって。あれ昔の私のことだよね?キャー!」
全く話が噛み合ってないことに気づきもせず、少しの間、お互いが好きなことを好きなように話してる時間が続いた⋯⋯。
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お互いが落ち着いた頃、玲奈が思い出したように言った。
「そういえば、さっき社長と話してて……あの資料のこと、またすごく褒めてたよ?『うちにこんな優秀な人材がいて嬉しい』って。」
柚希の胸が熱くなった。悠斗に認められること、それは何よりも嬉しい。罪悪感と自己嫌悪感が少しだけ薄れたような気がする。
「柚希、これで一段落ですね?社長もすっきりした顔してましたよ?」
「そう……すっきりした顔してたんだ。よかった……。玲奈、本当にありがとうね。」
電話を切った後も、柚希は長いこと天井を見つめていた。柚希の望む方へ、すべての物事が動き、計画は成功した。玲奈から聞いた様子だと、多少なりとも悠斗に過去の精算ができたことは間違いないだろう。
どうやら、計画は成功に終わったようだ。私は心から安堵した。そして、少しだけ、自分への気持ち悪さが小さくなったのを感じた。
そういえば、神崎は、なぜあんなに震えていたんだろうか?顔も真っ青だった。
「まあ、どうでもいいか。」
柚希はつぶやいた。大事なのは、悠斗が前に進めること。自分はこれからも影から見続ける。これからも、やる事は変わらない。
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