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目覚め
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コンコン――
控えめなノックの音に、病室の空気がやわらかく震えた。
「入ってもいいかしら?」
扉の向こうから母の声がする。
(うん……)
小さく返すと、母はゆっくりと扉を開けて入ってきた。花瓶に生けた花束が優しく揺れる。
「美和ちゃん。これ、ありがとう。」
母は赤ちゃんを抱く美和に近づき、その寝顔に目を細める。
「まあ……なんて穏やかな寝顔なのかしら。美和ちゃんによく似て美人ね。」
そう言って微笑んだ後、ふと思い出したように言葉をつづけた。
「……去年までは毎日、あなたのところに通ってたのよ、一ノ瀬さん。一日も欠かさずに……病室で、静かにあなたの手を握っていたわ」
去年“までは”。
その言葉に、胸の奥がひそかに波打った。
頭では言葉の意味がわかっているのに、心がすぐには追いつかない。ただ、その一言が胸の奥に引っかかって離れなかった。
彼の姿を、思い出そうとする。あの人の声。手のぬくもり。名前。
(――春馬。)
唇の内側で、そっと名前をなぞっただけで、心臓がらきゅっと音を立てる。
聞きたい。今どうしているのか、知りたくて堪らない。
けれど、声にはできなかった。
もしも――もう別の誰かと……優香さんと、新しい時間を過ごしていると言われたら。
私は視線を落とし、何も言わず、ただ赤ちゃんの寝顔を見つめた。
沈黙を破ったのは、美和だった。
「一之瀬社長には、英介が連絡したよ」
その名前に、胸の奥がかすかにざわめいた。
美和は赤ちゃんの背をとんとんとやさしく叩きながら、少しだけ言いづらそうに続けた。
「この三年で海外にも支社がいくつかできたの。メディアにも取り上げられて、カリスマ敏腕社長だって騒がれてるんだよ。」
さらりと口にされた近況が、妙に現実味を帯びて響く。
春馬が、いつの間にか遠くに行ってしまったような気がした。
あの日の声も、あたたかさも、少しずつ薄れていくのかな……
私のことなんて、過去の事……だよね。きっと。
(……そっか。今も……忙しいんだね)
静かにその現実を受け止めようとした。
控えめなノックの音に、病室の空気がやわらかく震えた。
「入ってもいいかしら?」
扉の向こうから母の声がする。
(うん……)
小さく返すと、母はゆっくりと扉を開けて入ってきた。花瓶に生けた花束が優しく揺れる。
「美和ちゃん。これ、ありがとう。」
母は赤ちゃんを抱く美和に近づき、その寝顔に目を細める。
「まあ……なんて穏やかな寝顔なのかしら。美和ちゃんによく似て美人ね。」
そう言って微笑んだ後、ふと思い出したように言葉をつづけた。
「……去年までは毎日、あなたのところに通ってたのよ、一ノ瀬さん。一日も欠かさずに……病室で、静かにあなたの手を握っていたわ」
去年“までは”。
その言葉に、胸の奥がひそかに波打った。
頭では言葉の意味がわかっているのに、心がすぐには追いつかない。ただ、その一言が胸の奥に引っかかって離れなかった。
彼の姿を、思い出そうとする。あの人の声。手のぬくもり。名前。
(――春馬。)
唇の内側で、そっと名前をなぞっただけで、心臓がらきゅっと音を立てる。
聞きたい。今どうしているのか、知りたくて堪らない。
けれど、声にはできなかった。
もしも――もう別の誰かと……優香さんと、新しい時間を過ごしていると言われたら。
私は視線を落とし、何も言わず、ただ赤ちゃんの寝顔を見つめた。
沈黙を破ったのは、美和だった。
「一之瀬社長には、英介が連絡したよ」
その名前に、胸の奥がかすかにざわめいた。
美和は赤ちゃんの背をとんとんとやさしく叩きながら、少しだけ言いづらそうに続けた。
「この三年で海外にも支社がいくつかできたの。メディアにも取り上げられて、カリスマ敏腕社長だって騒がれてるんだよ。」
さらりと口にされた近況が、妙に現実味を帯びて響く。
春馬が、いつの間にか遠くに行ってしまったような気がした。
あの日の声も、あたたかさも、少しずつ薄れていくのかな……
私のことなんて、過去の事……だよね。きっと。
(……そっか。今も……忙しいんだね)
静かにその現実を受け止めようとした。
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