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空港から 春馬side
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成田空港の駐車場に着いたのは、夕方六時を回った頃。
ドバイからの便は遅延、イミグレーションも混んでいた。焦る気持ちと裏腹に、時計の針だけが容赦なく進んでいく。
空気はすっかり冬の匂いで、吐く息が白く濁る。
キャリーケースを引きずりながら、自分の車へ急いだ。トランクに荷物を投げ込み、運転席に滑り込んだ。
「よし、行こう――」
キーを回す。……だが、何も起こらない。
キュルッ、ガクン。
もう一度。キュ、キュ、キュ……沈黙。
「うそだろ……」
嫌な汗が背筋を伝った。
ボンネットを開けて中を確認すると、ほんのりと焦げたような匂いが鼻をついた。冷たい風が吹き抜ける駐車場のなかで、俺はしばらく呆然と立ち尽くした。
まさか、こんな日に。こんなタイミングで?
ディーラーに電話をかけ、レッカーの手配を終えるころには、周囲はすっかり暗くなっていた。
内ポケットで、スマホが何度も通知を知らせていたけれど、それを確認する余裕は無かった。
真那が、目を覚ました。
その事実だけで、胸が締めつけられていた。
「……タクシー、拾うしかないか」
荷物を引きずって、ロータリーのほうへ足を向けた。
そのとき――
ヘッドライトが一対、静かにこちらを照らした。
黒のセダンがスッと滑るように目の前に停まる。
運転席の窓が下がり、中から懐かしい声が響いた。
「待ちくたびれたわ。」
「……八坂さん?なんで此処に……?」
信じられない思いで、その顔を見つめた。
「ヒーローの勘や。」
俺は思わず笑いそうになったが、そんな余裕はなかった。
「早く、真那が待ってる。」
黙って、助手席のドアを閉める。
エンジンが静かにうなり、車がロータリーを抜けて滑るように走り出した。
窓の外、成田の街の灯りが遠ざかっていった。
助手席に体を沈めた瞬間、わずかに遅れて暖房のぬくもりがじわりと伝わってくる。
運転席の八坂さんは、黙ったままハンドルを握っていた。
ロータリーを抜けた車は、すぐに空港通りへ滑り出す。
沈黙がしばらく続いたあと、八坂さんがぽつりと口を開いた。
「……真那のお母さんから、美和に連絡が来たんです。」
その声に、自然と背筋が伸びる。
「真那が目を覚ましました、って。」
少し笑いながら、信号でブレーキを踏んだ。
「で、帰国便調べた。オレならこの便に乗るやろって。もうついてるはずやのに連絡ないからもしかしてって思ったん、正解やったわ。」
「……なんで」
八坂さんが、視線を流しながら、冗談混じりに言った。
「あのレトロでカッコいい外車、すぐ故障するのはもう予測できてるもん。まぁ、オレならあの日、買い替えてますけど。メンテナンス費用幾らすんねん。」
返す言葉が出てこない。
「冗談はさておき、勘違いだけはせんといて欲しいんやけど……。」
「真那の為じゃない。美和の為や。」
言葉もなく、ただ耳を傾ける。
「妻の笑顔を守るのが夫の勤めやって、先輩として助言しときます。一之瀬社長。」
対向車のヘッドライトの光が、八坂さんの真剣な顔を照らす。
「真那を、幸せにしてやって下さいね。」
八坂さんはそう言うと、ただ静かにアクセルを踏み直した。
車は加速し、高速道路を進み出す。
……真那。もうすぐ会える。
会えたら今度こそ俺は……。
ドバイからの便は遅延、イミグレーションも混んでいた。焦る気持ちと裏腹に、時計の針だけが容赦なく進んでいく。
空気はすっかり冬の匂いで、吐く息が白く濁る。
キャリーケースを引きずりながら、自分の車へ急いだ。トランクに荷物を投げ込み、運転席に滑り込んだ。
「よし、行こう――」
キーを回す。……だが、何も起こらない。
キュルッ、ガクン。
もう一度。キュ、キュ、キュ……沈黙。
「うそだろ……」
嫌な汗が背筋を伝った。
ボンネットを開けて中を確認すると、ほんのりと焦げたような匂いが鼻をついた。冷たい風が吹き抜ける駐車場のなかで、俺はしばらく呆然と立ち尽くした。
まさか、こんな日に。こんなタイミングで?
ディーラーに電話をかけ、レッカーの手配を終えるころには、周囲はすっかり暗くなっていた。
内ポケットで、スマホが何度も通知を知らせていたけれど、それを確認する余裕は無かった。
真那が、目を覚ました。
その事実だけで、胸が締めつけられていた。
「……タクシー、拾うしかないか」
荷物を引きずって、ロータリーのほうへ足を向けた。
そのとき――
ヘッドライトが一対、静かにこちらを照らした。
黒のセダンがスッと滑るように目の前に停まる。
運転席の窓が下がり、中から懐かしい声が響いた。
「待ちくたびれたわ。」
「……八坂さん?なんで此処に……?」
信じられない思いで、その顔を見つめた。
「ヒーローの勘や。」
俺は思わず笑いそうになったが、そんな余裕はなかった。
「早く、真那が待ってる。」
黙って、助手席のドアを閉める。
エンジンが静かにうなり、車がロータリーを抜けて滑るように走り出した。
窓の外、成田の街の灯りが遠ざかっていった。
助手席に体を沈めた瞬間、わずかに遅れて暖房のぬくもりがじわりと伝わってくる。
運転席の八坂さんは、黙ったままハンドルを握っていた。
ロータリーを抜けた車は、すぐに空港通りへ滑り出す。
沈黙がしばらく続いたあと、八坂さんがぽつりと口を開いた。
「……真那のお母さんから、美和に連絡が来たんです。」
その声に、自然と背筋が伸びる。
「真那が目を覚ましました、って。」
少し笑いながら、信号でブレーキを踏んだ。
「で、帰国便調べた。オレならこの便に乗るやろって。もうついてるはずやのに連絡ないからもしかしてって思ったん、正解やったわ。」
「……なんで」
八坂さんが、視線を流しながら、冗談混じりに言った。
「あのレトロでカッコいい外車、すぐ故障するのはもう予測できてるもん。まぁ、オレならあの日、買い替えてますけど。メンテナンス費用幾らすんねん。」
返す言葉が出てこない。
「冗談はさておき、勘違いだけはせんといて欲しいんやけど……。」
「真那の為じゃない。美和の為や。」
言葉もなく、ただ耳を傾ける。
「妻の笑顔を守るのが夫の勤めやって、先輩として助言しときます。一之瀬社長。」
対向車のヘッドライトの光が、八坂さんの真剣な顔を照らす。
「真那を、幸せにしてやって下さいね。」
八坂さんはそう言うと、ただ静かにアクセルを踏み直した。
車は加速し、高速道路を進み出す。
……真那。もうすぐ会える。
会えたら今度こそ俺は……。
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