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告白の答え
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明け方、皺々になったスーツのスカートを手で伸ばしながらベッドから降りた私は、洗面台のミラーに映るひどい顔をした自分を洗い流すようにシャワーを浴びると、カバンからスマホを取り出してメッセージを送信した。
「おはようございます。お話したい事があります。今夜、お時間いただけますか?」
終業時間を少し過ぎたオフィスには、静けさが漂っていた。私はゆっくりとパソコンをシャットダウンし、机の上を片付けながら、胸の奥で渦巻く思いを抑え込もうとしていた。
覚悟は決めた。そう思っていたはずなのに、まだ心のどこかで引っ掛かる感じがする。
エントランスを出ると、向かいの通りに一台の黒い車が停まっていた。八坂さんの車だ。運転席に座る彼が、こちらに気づいてやわらかく会釈を送ってくる。その仕草ひとつで、少しだけ心が落ち着いた。
「……お待たせしました」
助手席のドアを開けると、彼はいつも通りの穏やかな笑顔で答えた。
「大丈夫。今来たとこや」
私が乗り込むと、シートベルトを締める音とともに、車が静かに動き出した。
車内はしばらく無言だった。窓の外に流れる夜の街が、現実と心の距離をぼんやりとぼかしていく。
信号待ちで車が停車すると、私は小さく息を吸い込み、言葉を絞り出した。
「ちゃんとお話したいことがあって。今日、お時間いただきました」
八坂さんはハンドルを握ったまま、ちらりと私を見て、ゆっくり頷いた。
「うん、なんでも聞くよ」
その声のやさしさに、胸が詰まる。少しだけ視線を落として、私はゆっくり言った。
「私……一之瀬社長のことが好きなんです」
口に出した瞬間、心の中で張りつめていた何かが崩れ落ちた。
「叶わないってわかってます。あの人は、私のことを必要としていない。それでも、気持ちだけが残ってて……自分でもどうしようもないんです」
八坂さんは、黙ったままハンドルを握りしめていた。けれど、その静けさは責めるものではなく、私の言葉を受け止めようとしてくれているのが伝わった。
「それでも、前に進みたいと思ってて……忘れなきゃって……」
涙が浮かんでくる前に、私は続けた。
「……まだ、八坂さんにちゃんと向き合える自信はありません……」
車は静かにスピードを落とし、街が見下ろせる丘の上にある駐車場でエンジンの音が止まり、八坂さんがこちらに身体を向ける。
「……小鳥遊さんが好きなんは社長やて、わかってます。」
私は目を見開いた。彼は静かに、少し寂しそうに笑った。
「今日こうして、ちゃんと話してくれたこと、ほんまに嬉しかった」
私は黙って彼の言葉を聞いた。彼の声はあたたかく、胸に染みるようだった。
「前も言うたけど、過去の気持ちを無理に消す必要は無いです。恋って、綺麗さっぱり切り替えられるもんやないやろ?だから、それごと全部受け止めさせてくれへん?」
「……全部……ですか?」
「うん。好きな人がいたことも、その人をまだ忘れられへんことも。」
こんなふうに、自分をまるごと受け止めてくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。
何も言えずにいると、八坂さんはゆっくりと手を差し出した。
「焦らんでええ。ゆっくりでええから。……だから……これから一緒に過ごしていけへんかな?」
その言葉が、胸にまっすぐ届いた。
私は小さく頷いて、彼の手を握った。その手は大きくて、あたたかかった。
「こんな私でも……いいですか?」
声が震える私の肩に優しく手を回した八坂さんは即座に言った。
「いいに決まってるやろ。」
もう、涙は我慢できなかった。
それは悲しみではなく、救われたことへの涙だったのかもしれない。未練を引きずる私を、八坂さんがそっと、未来へ引っ張ってくれた気がした。
街の灯りが遠くに滲んで見えた。静かな川の音が、ふたりの間に優しく流れていた。
「よろしく……お願いします。」
「もちろん。こっちこそ、よろしくお願いします」
「おはようございます。お話したい事があります。今夜、お時間いただけますか?」
終業時間を少し過ぎたオフィスには、静けさが漂っていた。私はゆっくりとパソコンをシャットダウンし、机の上を片付けながら、胸の奥で渦巻く思いを抑え込もうとしていた。
覚悟は決めた。そう思っていたはずなのに、まだ心のどこかで引っ掛かる感じがする。
エントランスを出ると、向かいの通りに一台の黒い車が停まっていた。八坂さんの車だ。運転席に座る彼が、こちらに気づいてやわらかく会釈を送ってくる。その仕草ひとつで、少しだけ心が落ち着いた。
「……お待たせしました」
助手席のドアを開けると、彼はいつも通りの穏やかな笑顔で答えた。
「大丈夫。今来たとこや」
私が乗り込むと、シートベルトを締める音とともに、車が静かに動き出した。
車内はしばらく無言だった。窓の外に流れる夜の街が、現実と心の距離をぼんやりとぼかしていく。
信号待ちで車が停車すると、私は小さく息を吸い込み、言葉を絞り出した。
「ちゃんとお話したいことがあって。今日、お時間いただきました」
八坂さんはハンドルを握ったまま、ちらりと私を見て、ゆっくり頷いた。
「うん、なんでも聞くよ」
その声のやさしさに、胸が詰まる。少しだけ視線を落として、私はゆっくり言った。
「私……一之瀬社長のことが好きなんです」
口に出した瞬間、心の中で張りつめていた何かが崩れ落ちた。
「叶わないってわかってます。あの人は、私のことを必要としていない。それでも、気持ちだけが残ってて……自分でもどうしようもないんです」
八坂さんは、黙ったままハンドルを握りしめていた。けれど、その静けさは責めるものではなく、私の言葉を受け止めようとしてくれているのが伝わった。
「それでも、前に進みたいと思ってて……忘れなきゃって……」
涙が浮かんでくる前に、私は続けた。
「……まだ、八坂さんにちゃんと向き合える自信はありません……」
車は静かにスピードを落とし、街が見下ろせる丘の上にある駐車場でエンジンの音が止まり、八坂さんがこちらに身体を向ける。
「……小鳥遊さんが好きなんは社長やて、わかってます。」
私は目を見開いた。彼は静かに、少し寂しそうに笑った。
「今日こうして、ちゃんと話してくれたこと、ほんまに嬉しかった」
私は黙って彼の言葉を聞いた。彼の声はあたたかく、胸に染みるようだった。
「前も言うたけど、過去の気持ちを無理に消す必要は無いです。恋って、綺麗さっぱり切り替えられるもんやないやろ?だから、それごと全部受け止めさせてくれへん?」
「……全部……ですか?」
「うん。好きな人がいたことも、その人をまだ忘れられへんことも。」
こんなふうに、自分をまるごと受け止めてくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。
何も言えずにいると、八坂さんはゆっくりと手を差し出した。
「焦らんでええ。ゆっくりでええから。……だから……これから一緒に過ごしていけへんかな?」
その言葉が、胸にまっすぐ届いた。
私は小さく頷いて、彼の手を握った。その手は大きくて、あたたかかった。
「こんな私でも……いいですか?」
声が震える私の肩に優しく手を回した八坂さんは即座に言った。
「いいに決まってるやろ。」
もう、涙は我慢できなかった。
それは悲しみではなく、救われたことへの涙だったのかもしれない。未練を引きずる私を、八坂さんがそっと、未来へ引っ張ってくれた気がした。
街の灯りが遠くに滲んで見えた。静かな川の音が、ふたりの間に優しく流れていた。
「よろしく……お願いします。」
「もちろん。こっちこそ、よろしくお願いします」
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