最後のお弁当 (短編集)

yuzu

文字の大きさ
1 / 3

卒業

しおりを挟む
 その日は雪が降っていた。

 2月の終わり、
そろそろホッカイロをポケットに忍ばせる日々も終わりだろう……。そう思っていた爽子は、キッチンの窓越しに空から舞い落ちる雪を見る。

 手指を擦り合わせて小さくため息をついた。

 午前4:30。
 白い息が、目の前をゆらゆらと登って消える。
 タイマーをかけていた洗濯機が、カタカタと小さく音を立てて踊り出す。
 爽子は少しだけ自分に気合を入れて
エプロンの紐を結んだ。

 なべに湯を沸かしている間、冷蔵庫から取り出した鶏肉に衣をつける。

 フライパンで油を温め、そっと泳がせた。

 昨晩、下味をつけて冷蔵庫で寝かせておいた鳥もも肉は、シュワシュワと音を奏でた。

 醤油とスパイスの香ばしい香りが立ち始める。

 手前のコンロに卵焼き器を置いて、甘いだし巻き卵、ウィンナー、蓮根のきんぴら……。

 次々と作ってはお皿に移すと、冷蔵庫から取り出した麦茶を湯呑みに注いで、一気に飲み干した。

「ふぅっ」

 時計の針が5時30分を回る頃、テーブルの上は、お弁当のおかずと朝ごはんのおかずでいっぱいになっていた。

 「おはようぐると。」   

 くだらないダジャレを言いながら、夫と息子の貴教がリビングに入ってくる。   
 
 「はいはい、おはようさん。」

 いつものように適当な返事を返した爽子は、一旦菜箸を置いた。

 急いで洗い上がった洗濯物をカゴに移すところから、玄関の掃き掃除まで。

 簡単で面倒な家事を一気に済ませ、もう一度キッチンに戻ってくる。

 アナウンサーに朝食をとる2人を横目に、爽子は大急ぎでお弁当を詰め始めた。

 唐揚げ、卵焼き、ウィンナーに、きんぴら。
 それからミニトマトや、作り置きしていた大学カボチャとおひたし、紫キャベツのラペをお弁当箱に詰め込むと、今日も良い出来栄えだと自画自賛した。

 「お母さん。絶対来てね?遅れないでよ?いい?だよ?綺麗な格好でお化粧もして準備万端で来てね?」

 貴教が玄関先で何度も繰り返ししつこく爽子にお願いしたのは、参観日の事だ。

 今日は高校生活最後の参観日。
つまり、子供が1人だけの爽子にとって、人生最後の参観日となる。

 「はいはい。もうわかったから早く学校行きなさい。」

 こうやって、貴教を見送るのもあと数回だけ。お弁当を持たせるのは今日が最後だった。

 最後だから目一杯、貴教の好物を詰め込んだ。

 「あー!やっとお弁当作りから解放される!明日から少しゆっくり起きれるな。」

 そう言ってノビをした爽子に、夫が「オレがいるだろ?」とジェスチャーして笑わせた。

 ようやく夫も家を出た8:00過ぎ。

 爽子はようやく椅子に腰掛け、だし巻き卵のはじや、焦がした唐揚げを
おかずに朝食をとりながら参観日のお知らせに目を通した。

 「参観日のお知らせ」

 春寒の候、皆様におかれましては…

と、決まり文句の文章が並ぶのをとばして参観時間に視線を向ける。

参観時間 5時間目 体育館。

 爽子は首を傾げたが、最後の参観日だし、クラスごとにお楽しみ会でもするのだろう…そう思った。

 参観の時間になり、体育館に入った爽子は目頭が熱くなった。

 そこにはパイプ椅子が卒業式と同じように置かれ、保護者席に生徒が着席していたのだ。

 学年主任の先生に促されるまま整列した保護者たちは、戸惑いながら卒業ソング「手紙」が流れる花道を歩き、パイプ椅子に着席する。

 それぞれ皆んな、嬉しいような戸惑うような表情で周りの様子を伺っていた。

 保護者全員が着席し、BGMの音楽が止まると、体育館は本当の卒業式のように厳かな雰囲気に包まれた。

 「えー…ではこれから、卒業授与式を行います。生徒代表、阿部 貴教 」

「はい!」

 きびきびとした姿勢で歩く貴教。爽子と目を合わせることもなくまっすぐに歩いて行き、ステージに登壇すると、校長先生の様に演台の前に立った。

 何も聞かされていなかった爽子は慌ててバックからスマホを取り出した。息子の勇姿を写真におさめようとしたのだ。

 学級委員長の川田美香が、卒業生のクラス担任のようにステージ下のマイクで名前を読み上げた。

「3-1 阿部 爽子。」

「え!?私!?」

 驚いて膝の上に置いたバッグを床に落とし、慌てふためきながらパイプ椅子の上に載せてから、花道を歩いてステージに登壇した爽子は、ハッとして涙を流した。

 演台の前にお弁当箱の包みが置かれていたからだ。

 「卒業証書授与。阿部 爽子!

貴方は3年間、健やかな日も不調な日も、外の寒さに震える冬の日、蒸し暑くて辛い日も、
変わらず僕に美味しいお弁当を作ってくださいました。

毎日おかずは何かと期待に胸を膨らませ、楽しい日も、嫌なことがあった日も、貴方のお弁当に安心し、喜び、幸せを感じた事を僕は忘れません。

どんな店よりも最高に僕好みの唐揚げ!
デザート感覚で何個もいけちゃう甘い卵焼き!
何が入っているか期待させるおにぎり!

全部!最高に!美味しかったです!!

毎日のお弁当作りを修了した事に、敬意と感謝の心を込めて、ここに証します。

令和6年2月21日。   阿部 貴教 」

 目の前の貴教の顔が認識できないほど、溢れた涙で顔はぐちゃぐちゃだった。

 爽子は表彰状を受け取ると、小声で貴教に言った。

「今まで残さず食べてくれて、ありがとう。」

 階段を降りて自分の席に着席した爽子はもう一度涙が溢れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

麗しき未亡人

石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。 そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。 他サイトにも掲載しております。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ドS王子の意外な真相!?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……その日私は。 見てしまったんです。 あの、ドS王子の課長の、意外な姿を……。

6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。 まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。 今日は同期飲み会だった。 後輩のミスで行けたのは本当に最後。 飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。 彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。 きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。 けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。 でも、あれから変わった私なら……。 ****** 2021/05/29 公開 ****** 表紙 いもこは妹pixivID:11163077

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...