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卒業
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その日は雪が降っていた。
2月の終わり、
そろそろホッカイロをポケットに忍ばせる日々も終わりだろう……。そう思っていた爽子は、キッチンの窓越しに空から舞い落ちる雪を見る。
手指を擦り合わせて小さくため息をついた。
午前4:30。
白い息が、目の前をゆらゆらと登って消える。
タイマーをかけていた洗濯機が、カタカタと小さく音を立てて踊り出す。
爽子は少しだけ自分に気合を入れて
エプロンの紐を結んだ。
なべに湯を沸かしている間、冷蔵庫から取り出した鶏肉に衣をつける。
フライパンで油を温め、そっと泳がせた。
昨晩、下味をつけて冷蔵庫で寝かせておいた鳥もも肉は、シュワシュワと音を奏でた。
醤油とスパイスの香ばしい香りが立ち始める。
手前のコンロに卵焼き器を置いて、甘いだし巻き卵、ウィンナー、蓮根のきんぴら……。
次々と作ってはお皿に移すと、冷蔵庫から取り出した麦茶を湯呑みに注いで、一気に飲み干した。
「ふぅっ」
時計の針が5時30分を回る頃、テーブルの上は、お弁当のおかずと朝ごはんのおかずでいっぱいになっていた。
「おはようぐると。」
くだらないダジャレを言いながら、夫と息子の貴教がリビングに入ってくる。
「はいはい、おはようさん。」
いつものように適当な返事を返した爽子は、一旦菜箸を置いた。
急いで洗い上がった洗濯物をカゴに移すところから、玄関の掃き掃除まで。
簡単で面倒な家事を一気に済ませ、もう一度キッチンに戻ってくる。
アナウンサーに返事をしながら朝食をとる2人を横目に、爽子は大急ぎでお弁当を詰め始めた。
唐揚げ、卵焼き、ウィンナーに、きんぴら。
それからミニトマトや、作り置きしていた大学カボチャとおひたし、紫キャベツのラペをお弁当箱に詰め込むと、今日も良い出来栄えだと自画自賛した。
「お母さん。絶対来てね?遅れないでよ?いい?絶対に。だよ?綺麗な格好でお化粧もして準備万端で来てね?」
貴教が玄関先で何度も繰り返ししつこく爽子にお願いしたのは、参観日の事だ。
今日は高校生活最後の参観日。
つまり、子供が1人だけの爽子にとって、人生最後の参観日となる。
「はいはい。もうわかったから早く学校行きなさい。」
こうやって、貴教を見送るのもあと数回だけ。お弁当を持たせるのは今日が最後だった。
最後だから目一杯、貴教の好物を詰め込んだ。
「あー!やっとお弁当作りから解放される!明日から少しゆっくり起きれるな。」
そう言ってノビをした爽子に、夫が「オレがいるだろ?」とジェスチャーして笑わせた。
ようやく夫も家を出た8:00過ぎ。
爽子はようやく椅子に腰掛け、だし巻き卵のはじや、焦がした唐揚げを
おかずに朝食をとりながら参観日のお知らせに目を通した。
「参観日のお知らせ」
春寒の候、皆様におかれましては…
と、決まり文句の文章が並ぶのをとばして参観時間に視線を向ける。
参観時間 5時間目 体育館。
爽子は首を傾げたが、最後の参観日だし、クラスごとにお楽しみ会でもするのだろう…そう思った。
参観の時間になり、体育館に入った爽子は目頭が熱くなった。
そこにはパイプ椅子が卒業式と同じように置かれ、保護者席に生徒が着席していたのだ。
学年主任の先生に促されるまま整列した保護者たちは、戸惑いながら卒業ソング「手紙」が流れる花道を歩き、パイプ椅子に着席する。
それぞれ皆んな、嬉しいような戸惑うような表情で周りの様子を伺っていた。
保護者全員が着席し、BGMの音楽が止まると、体育館は本当の卒業式のように厳かな雰囲気に包まれた。
「えー…ではこれから、卒業授与式を行います。生徒代表、阿部 貴教 」
「はい!」
きびきびとした姿勢で歩く貴教。爽子と目を合わせることもなくまっすぐに歩いて行き、ステージに登壇すると、校長先生の様に演台の前に立った。
何も聞かされていなかった爽子は慌ててバックからスマホを取り出した。息子の勇姿を写真におさめようとしたのだ。
学級委員長の川田美香が、卒業生のクラス担任のようにステージ下のマイクで名前を読み上げた。
「3-1 阿部 爽子。」
「え!?私!?」
驚いて膝の上に置いたバッグを床に落とし、慌てふためきながらパイプ椅子の上に載せてから、花道を歩いてステージに登壇した爽子は、ハッとして涙を流した。
演台の前にお弁当箱の包みが置かれていたからだ。
「卒業証書授与。阿部 爽子!
貴方は3年間、健やかな日も不調な日も、外の寒さに震える冬の日、蒸し暑くて辛い日も、
変わらず僕に美味しいお弁当を作ってくださいました。
毎日おかずは何かと期待に胸を膨らませ、楽しい日も、嫌なことがあった日も、貴方のお弁当に安心し、喜び、幸せを感じた事を僕は忘れません。
どんな店よりも最高に僕好みの唐揚げ!
デザート感覚で何個もいけちゃう甘い卵焼き!
何が入っているか期待させるおにぎり!
全部!最高に!美味しかったです!!
毎日のお弁当作りを修了した事に、敬意と感謝の心を込めて、ここに証します。
令和6年2月21日。 阿部 貴教 」
目の前の貴教の顔が認識できないほど、溢れた涙で顔はぐちゃぐちゃだった。
爽子は表彰状を受け取ると、小声で貴教に言った。
「今まで残さず食べてくれて、ありがとう。」
階段を降りて自分の席に着席した爽子はもう一度涙が溢れた。
2月の終わり、
そろそろホッカイロをポケットに忍ばせる日々も終わりだろう……。そう思っていた爽子は、キッチンの窓越しに空から舞い落ちる雪を見る。
手指を擦り合わせて小さくため息をついた。
午前4:30。
白い息が、目の前をゆらゆらと登って消える。
タイマーをかけていた洗濯機が、カタカタと小さく音を立てて踊り出す。
爽子は少しだけ自分に気合を入れて
エプロンの紐を結んだ。
なべに湯を沸かしている間、冷蔵庫から取り出した鶏肉に衣をつける。
フライパンで油を温め、そっと泳がせた。
昨晩、下味をつけて冷蔵庫で寝かせておいた鳥もも肉は、シュワシュワと音を奏でた。
醤油とスパイスの香ばしい香りが立ち始める。
手前のコンロに卵焼き器を置いて、甘いだし巻き卵、ウィンナー、蓮根のきんぴら……。
次々と作ってはお皿に移すと、冷蔵庫から取り出した麦茶を湯呑みに注いで、一気に飲み干した。
「ふぅっ」
時計の針が5時30分を回る頃、テーブルの上は、お弁当のおかずと朝ごはんのおかずでいっぱいになっていた。
「おはようぐると。」
くだらないダジャレを言いながら、夫と息子の貴教がリビングに入ってくる。
「はいはい、おはようさん。」
いつものように適当な返事を返した爽子は、一旦菜箸を置いた。
急いで洗い上がった洗濯物をカゴに移すところから、玄関の掃き掃除まで。
簡単で面倒な家事を一気に済ませ、もう一度キッチンに戻ってくる。
アナウンサーに返事をしながら朝食をとる2人を横目に、爽子は大急ぎでお弁当を詰め始めた。
唐揚げ、卵焼き、ウィンナーに、きんぴら。
それからミニトマトや、作り置きしていた大学カボチャとおひたし、紫キャベツのラペをお弁当箱に詰め込むと、今日も良い出来栄えだと自画自賛した。
「お母さん。絶対来てね?遅れないでよ?いい?絶対に。だよ?綺麗な格好でお化粧もして準備万端で来てね?」
貴教が玄関先で何度も繰り返ししつこく爽子にお願いしたのは、参観日の事だ。
今日は高校生活最後の参観日。
つまり、子供が1人だけの爽子にとって、人生最後の参観日となる。
「はいはい。もうわかったから早く学校行きなさい。」
こうやって、貴教を見送るのもあと数回だけ。お弁当を持たせるのは今日が最後だった。
最後だから目一杯、貴教の好物を詰め込んだ。
「あー!やっとお弁当作りから解放される!明日から少しゆっくり起きれるな。」
そう言ってノビをした爽子に、夫が「オレがいるだろ?」とジェスチャーして笑わせた。
ようやく夫も家を出た8:00過ぎ。
爽子はようやく椅子に腰掛け、だし巻き卵のはじや、焦がした唐揚げを
おかずに朝食をとりながら参観日のお知らせに目を通した。
「参観日のお知らせ」
春寒の候、皆様におかれましては…
と、決まり文句の文章が並ぶのをとばして参観時間に視線を向ける。
参観時間 5時間目 体育館。
爽子は首を傾げたが、最後の参観日だし、クラスごとにお楽しみ会でもするのだろう…そう思った。
参観の時間になり、体育館に入った爽子は目頭が熱くなった。
そこにはパイプ椅子が卒業式と同じように置かれ、保護者席に生徒が着席していたのだ。
学年主任の先生に促されるまま整列した保護者たちは、戸惑いながら卒業ソング「手紙」が流れる花道を歩き、パイプ椅子に着席する。
それぞれ皆んな、嬉しいような戸惑うような表情で周りの様子を伺っていた。
保護者全員が着席し、BGMの音楽が止まると、体育館は本当の卒業式のように厳かな雰囲気に包まれた。
「えー…ではこれから、卒業授与式を行います。生徒代表、阿部 貴教 」
「はい!」
きびきびとした姿勢で歩く貴教。爽子と目を合わせることもなくまっすぐに歩いて行き、ステージに登壇すると、校長先生の様に演台の前に立った。
何も聞かされていなかった爽子は慌ててバックからスマホを取り出した。息子の勇姿を写真におさめようとしたのだ。
学級委員長の川田美香が、卒業生のクラス担任のようにステージ下のマイクで名前を読み上げた。
「3-1 阿部 爽子。」
「え!?私!?」
驚いて膝の上に置いたバッグを床に落とし、慌てふためきながらパイプ椅子の上に載せてから、花道を歩いてステージに登壇した爽子は、ハッとして涙を流した。
演台の前にお弁当箱の包みが置かれていたからだ。
「卒業証書授与。阿部 爽子!
貴方は3年間、健やかな日も不調な日も、外の寒さに震える冬の日、蒸し暑くて辛い日も、
変わらず僕に美味しいお弁当を作ってくださいました。
毎日おかずは何かと期待に胸を膨らませ、楽しい日も、嫌なことがあった日も、貴方のお弁当に安心し、喜び、幸せを感じた事を僕は忘れません。
どんな店よりも最高に僕好みの唐揚げ!
デザート感覚で何個もいけちゃう甘い卵焼き!
何が入っているか期待させるおにぎり!
全部!最高に!美味しかったです!!
毎日のお弁当作りを修了した事に、敬意と感謝の心を込めて、ここに証します。
令和6年2月21日。 阿部 貴教 」
目の前の貴教の顔が認識できないほど、溢れた涙で顔はぐちゃぐちゃだった。
爽子は表彰状を受け取ると、小声で貴教に言った。
「今まで残さず食べてくれて、ありがとう。」
階段を降りて自分の席に着席した爽子はもう一度涙が溢れた。
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