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プロローグ
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"最近ちょっと忙しくて"
そう言って、なかなか会えなかった恋人の磯崎貴史が……二月ぶりに私のアパートに来るって言うから、慌てて普段は使わない駅中のスーパーに駆け込んだ。
夕食はドリアにしようと、手に取った冷凍海老の値段に目を疑いながらカゴに突っ込む。
たかがドリアにいくらかける気だ?てくらい、牛乳もバターも玉ねぎも、みんな高額。
だけどそれら全部をカゴに入れて、ついでにバゲットも白ワインも。勢いでクラッカーや、食べたこともない名前のチーズ、SNSでバズってた話題のチョコレートや、大容量の筒入りアイスクリームまでカゴに入れたから、お会計は1万円越え。
(ちょっと買いすぎたかも…)
なんて反省しつつ、急ぎ足で電車に乗り込んだ。
最寄駅から徒歩15分。
わりと駅近な自宅アパートに急いで戻った。
そう散らかってもいない部屋をあれこれ片付けて、それからドリアに取り掛かると約束の10分前にはなんとか完成した。
美味しそうだと思った。
早く来ないかなって、窓から道路を眺めたり……スマホのメッセージ画面を開いたり閉じたりした。
待っている間、何度も鏡を見ては前髪を直した。
だけど、約束の時間を30分過ぎても……1時間過ぎても彼は来なくて、「大丈夫?何かあった?」って送ったメッセージは既読もつかない。
仕方なく、冷えたドリアにラップをかけて冷蔵庫にしまうと、テーブルに置いたスマホがようやく振動した。
「もしもし。どうしたの?心配したんだよ。今どこ?ご飯温めるけど」
あとどれくらいで着きそう?って聞こうとした私の言葉を彼は遮った。
「アパートには、行かないよ。」
「え?でも今日会うって…」
「うん。でも、美亜のアパートには入らない。下の公園にいるから来て。」
この後、何を言われるか大体予測がついた。
部屋の鍵をかけて階段を降りる間、"別れたくない"って縋る自分を思い浮かべた。
アパートの敷地を出る時、未練がましく縋らない方が……思い直してくれるかなって悩んだ。
公園まで歩いて3分。私の何が悪かったのか考えた。
そうしてベンチに座る彼の前に来た時、私の顔は決壊した涙でぐちゃぐちゃだった。
もう、玄関先から公園までの間に覚悟はできたつもりだったのに
「ごめん。別れよう。」
その一言を言われた瞬間、景色が灰色になった。
肺の辺りから、迫り上がるような
苦しい息を逃すように吐いた。
涙腺が崩壊して、ぼたぼたと涙が溢れた。
「別れたくない。何で?」
「ずっと一緒に居てくれるんじゃなかったの?」
「結婚しようっていったじゃない!」
責めるような言葉が幾つも頭の中を駆け巡る。でも、心の底に無理やり押し込めて飲み込んだ。
全て飲み込んでも、すぐに吐き出してしまいそうなくらいの意志を、なんとか繋ぎ止めて……言葉もなく頷いた。
両手で顔を覆い隠して涙を流す私を、隆はもう抱きしめたりしなかった。
肩のあたりを彷徨った手のひらは一度拳を握り、もう一度開くと頭をぽんぽんと撫でた。
そんな優しさは残酷なだけなのに。
寂しげな表情を浮かべて背中を向けた隆は、最後にポツリと……独り言の様に言った。
「悪いのは俺…ごめんな。」
1人でアパートの部屋に戻ると
ドリアのいい香りがして余計苦しくなった。
ベッドから剥ぎ取った毛布にくるまってソファで寝て。
深夜2時に、目が覚める。
鼻を啜りながら、微かな期待をしてスマホを開いた私は、メールが来ていないことを知るとまた、枕を押し付けて嗚咽を漏らした。
連絡先を削除するかしないか迷った挙句、消す勇気も無くて……。
スマホをベッドに放り投げ、再びソファに体を投げ出して毛布にくるまる。
誰かに話を聞いてもらえば、少しは気が晴れるのかもしれない。
だけど誰かに話す気にもなれなかった。
多分、話すのが怖かった…認めるみたいで嫌だったんだと思う。
それでも…遮光カーテンの隙間から漏れる光で陽が昇った事に気づいた私は、ふらふらとキッチンに入り、冷蔵庫から冷たくなったドリアを出して、レンジで温め直した。
部屋に再び、ホワイトソースのいい香り漂う。
昨日、あんなに美味しそうだと幸せな気持ちにさせたドリアは、魅力をすっかり無くしていた。
温め終了の合図を待って取り出したドリアをテーブルの上に置いたら、
スプーンで掬って口に入れる作業をひたすら繰り返す。
味なんか、わからなかった。
だけど気づいた頃には、2人分のドリアは空っぽだったし、お腹もいっぱいになっていて…満たされることの無い空虚な気持ちのまま頬を濡らした。
そう言って、なかなか会えなかった恋人の磯崎貴史が……二月ぶりに私のアパートに来るって言うから、慌てて普段は使わない駅中のスーパーに駆け込んだ。
夕食はドリアにしようと、手に取った冷凍海老の値段に目を疑いながらカゴに突っ込む。
たかがドリアにいくらかける気だ?てくらい、牛乳もバターも玉ねぎも、みんな高額。
だけどそれら全部をカゴに入れて、ついでにバゲットも白ワインも。勢いでクラッカーや、食べたこともない名前のチーズ、SNSでバズってた話題のチョコレートや、大容量の筒入りアイスクリームまでカゴに入れたから、お会計は1万円越え。
(ちょっと買いすぎたかも…)
なんて反省しつつ、急ぎ足で電車に乗り込んだ。
最寄駅から徒歩15分。
わりと駅近な自宅アパートに急いで戻った。
そう散らかってもいない部屋をあれこれ片付けて、それからドリアに取り掛かると約束の10分前にはなんとか完成した。
美味しそうだと思った。
早く来ないかなって、窓から道路を眺めたり……スマホのメッセージ画面を開いたり閉じたりした。
待っている間、何度も鏡を見ては前髪を直した。
だけど、約束の時間を30分過ぎても……1時間過ぎても彼は来なくて、「大丈夫?何かあった?」って送ったメッセージは既読もつかない。
仕方なく、冷えたドリアにラップをかけて冷蔵庫にしまうと、テーブルに置いたスマホがようやく振動した。
「もしもし。どうしたの?心配したんだよ。今どこ?ご飯温めるけど」
あとどれくらいで着きそう?って聞こうとした私の言葉を彼は遮った。
「アパートには、行かないよ。」
「え?でも今日会うって…」
「うん。でも、美亜のアパートには入らない。下の公園にいるから来て。」
この後、何を言われるか大体予測がついた。
部屋の鍵をかけて階段を降りる間、"別れたくない"って縋る自分を思い浮かべた。
アパートの敷地を出る時、未練がましく縋らない方が……思い直してくれるかなって悩んだ。
公園まで歩いて3分。私の何が悪かったのか考えた。
そうしてベンチに座る彼の前に来た時、私の顔は決壊した涙でぐちゃぐちゃだった。
もう、玄関先から公園までの間に覚悟はできたつもりだったのに
「ごめん。別れよう。」
その一言を言われた瞬間、景色が灰色になった。
肺の辺りから、迫り上がるような
苦しい息を逃すように吐いた。
涙腺が崩壊して、ぼたぼたと涙が溢れた。
「別れたくない。何で?」
「ずっと一緒に居てくれるんじゃなかったの?」
「結婚しようっていったじゃない!」
責めるような言葉が幾つも頭の中を駆け巡る。でも、心の底に無理やり押し込めて飲み込んだ。
全て飲み込んでも、すぐに吐き出してしまいそうなくらいの意志を、なんとか繋ぎ止めて……言葉もなく頷いた。
両手で顔を覆い隠して涙を流す私を、隆はもう抱きしめたりしなかった。
肩のあたりを彷徨った手のひらは一度拳を握り、もう一度開くと頭をぽんぽんと撫でた。
そんな優しさは残酷なだけなのに。
寂しげな表情を浮かべて背中を向けた隆は、最後にポツリと……独り言の様に言った。
「悪いのは俺…ごめんな。」
1人でアパートの部屋に戻ると
ドリアのいい香りがして余計苦しくなった。
ベッドから剥ぎ取った毛布にくるまってソファで寝て。
深夜2時に、目が覚める。
鼻を啜りながら、微かな期待をしてスマホを開いた私は、メールが来ていないことを知るとまた、枕を押し付けて嗚咽を漏らした。
連絡先を削除するかしないか迷った挙句、消す勇気も無くて……。
スマホをベッドに放り投げ、再びソファに体を投げ出して毛布にくるまる。
誰かに話を聞いてもらえば、少しは気が晴れるのかもしれない。
だけど誰かに話す気にもなれなかった。
多分、話すのが怖かった…認めるみたいで嫌だったんだと思う。
それでも…遮光カーテンの隙間から漏れる光で陽が昇った事に気づいた私は、ふらふらとキッチンに入り、冷蔵庫から冷たくなったドリアを出して、レンジで温め直した。
部屋に再び、ホワイトソースのいい香り漂う。
昨日、あんなに美味しそうだと幸せな気持ちにさせたドリアは、魅力をすっかり無くしていた。
温め終了の合図を待って取り出したドリアをテーブルの上に置いたら、
スプーンで掬って口に入れる作業をひたすら繰り返す。
味なんか、わからなかった。
だけど気づいた頃には、2人分のドリアは空っぽだったし、お腹もいっぱいになっていて…満たされることの無い空虚な気持ちのまま頬を濡らした。
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