恋が温まるまで

yuzu

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#8 臆病な恋

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 昨日、逃げるように帰ったことについて、なんの言い訳も思いつかない。

 気まずさから視線を横に流すと——
次の瞬間、視界が田上さんの腕に遮られた。

「っ……」

 気づけば、背中が冷たい壁に押し付けられていた。田上さんの腕が、私の顔の横の壁に手をついている。

 至近距離で、田上さんの顔がある。

 途端に心臓が煩いくらい早鐘を打ちはじめた。

「強引でごめん」

 静かで低く、やわらかな声が、耳元で響いた。

 田上さんは、少し困ったように目尻に皺を刻んで笑みを浮かべながら、私をまっすぐに見つめている。

 逃げ場がない。

「……昨日は、すみませんでした。ご迷惑を——」
「昨日は、ごめん。困らせたよね」

 二人の声が重なって、思わず言葉を詰まらせた。

 田上さんは壁についた手に少しだけ体重を預けて、ふうっと息をついた。

 その吐息が、頬をかすめそうなほど近い。

「困らせるってわかってたのに……告白いいたくて、我慢できなかった」
「……」

 田上さんの瞳が、私を捉えて離さない。

 戸惑いを隠せない私に、田上さんの優しい声が心臓を揺らした。

「俺と、お試しで付き合ってくれない?」

 なんて返していいか分からない。
でも、何も言わずにいるのも不誠実な気がして——私はそっと目を伏せた。

「……困ります」

 張り詰めたような声で、それだけ答えるのが精一杯だった。

 田上さんは、私の視線を無理に奪おうとはせず、ただ静かに頷いた。 

 その沈黙が、逆に私の口を開かせた。

「私……恋をするのが怖いんです」

 溢れるように、少しずつ言葉が零れ始める。

「裏切られた経験が忘れられなくて……あんなに苦しむくらいなら、もう恋愛はしないって決めたんです」
「そっか。……じゃあさ」

 田上さんの声は、穏やかで優しかった。

「ダメだったら、その時点で断ってくれていいよ」
「……私、メンタル弱いし、泣き虫だし、マイナス思考で……」

 自分を貶める言葉が、次々と口をついて出る。
 これ以上期待されたくなくて、傷つけられる前に自分から壁を作ろうとした。

「違うよ。優しくて、一生懸命で、思いやりがあるよね」

 その言葉に思わず顔を上げると、田上さんの瞳に捉えられた。

 怖がる私ごと、受け止めようとしているようなそのまなざしが、まっすぐ過ぎて——目を逸らせなかった。

——この人は、きっと嘘をつかない。
そんなふうに思えてしまった自分に、少しだけ戸惑いながら。
それでも、小さく頷いていた。

「……はい。」

 震える声で告げると、田上さんは安堵したように微笑んだ。



 
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