恋が温まるまで

yuzu

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#13 すれ違う二人

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 就業開始時刻ぎりぎりの8:30。

 今出社してきたばかりのように、同僚達に愛嬌を振りまきながらこちらに向かってくる磯崎美優が席に座る瞬間。

 彼女から男性物の香水……シトラス系の爽やかで官能的な香りがして、つい振り向いてしまった。

「やだ、気づいちゃいましたぁ?」

 硬直する私を見て、磯崎美優は口元に嘲笑を浮かべた。

「ふふっ。残り香が移っちゃったのかも。」
「朝から玄関ハグなんて、ご主人うらやましいなぁ。」

 阿部さんが話に加わってきて2人は談笑を始めたけれど……

"その香り、田上さんと同じだ……"

 ……と、私が気づく事を彼女は想定していたんだと思うと、思わず磯崎美優の唇に視線を落としてしまった。

 甘えるような声色で彼女はこう言った。

「やだ、グロス落ちちゃってます?」

 田上さんが磯崎美優を抱きしめてキスをする……そんな情景が瞬時に浮かんでしまった。

 『でも、今日はもちろん私のために時間を作ってくれるでしょ?』

 あの甘えた声。
 あの近すぎる距離感。

 それを拒まない田上さん。

 いつもなら、どんなに磯崎美優に絡まれても適当に流せた。我慢できた。

 でも、今日は無理だった。

「え、花田さん?!」

 談笑していた阿部さんの顔から笑顔が消え、心配そうに眉を顰めた。

 けれど私は、気づけば磯崎美優を突き飛ばして、その場から走り出してしまっていた。

 俯いたまま廊下を走る私を同僚の数人が振り返って見ていた。

 誰かが私を呼び止めたのも聞こえた。

 けれど、そのままオフィスの外まで走り抜けようとしたのに……

 前方から資料ファイルを積んだ台車を押す田上さんと鉢合わせてしまった。

「花田さん……どうして泣いて」

 そこまで言って、ハッとした顔をした。私が給湯室での2人のことを見たと、気づいたのかもしれない。

 引き止めるように伸びてきた田上さんの腕をおもいきり払いのけて、全速力で逃げた。

 
 
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