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#13 すれ違う二人
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「どうしてこう、私って流されやすいんだろう……」
昨夜のキスを思い返してはため息をつく。
田上さんの言葉、仕草、それに……唇の感触。
思い出すたび、心臓をわしづかみされたみたいに"ぎゅっ"となる。
たぶん……田上さんのことが好き……
だけど。だけど、どうしてもひっかかるのは、スマートフォンに表示された伊東美優の名前。
他部署といえど、同僚だし。
なにか仕事の用事かも。
でも、ならどうして電話にでなかったんだろう。
……後ろめたい事が、あるから?
考えれば考えるほど眠れないまま、気がつけば朝7時を過ぎていた。
いつもより早く着いたオフィスは、人の気配がほとんど無い。廊下に、足音だけがやけに大きく響く。
頭のもやもやをすっきりさせたくて、給湯室に向かった。
甘いコーヒーでものめば、すこしはすっきりすると思ったから。
給湯室のドアの前まで来て、ドアを開けようとした瞬間——中から聞こえてきた声に……指先が凍った。
「昨日、なんで電話に出てくれなかったの?」
(磯崎美優……)
彼女の名を心の中で反すうしただけで、胸の奥が冷えていく。
一緒にいるのは……課長?それとも。
「……用事があったから。」
いつもとは違う、淡々とした田上さんの声が聞こえて、私はその場に立ち尽くしたまま、手を引くことも、歩き出すこともできなかった。
聞いてはいけないと思いながらも、耳が勝手に会話を追っていた。
昨夜の「大丈夫。急ぎじゃない」という言葉が、脳裏に滲むように蘇る。
「冷たーい。」
甘えたような響きが、胸の奥を小さく刺す。
「でも、今日はもちろん私のために時間を作ってくれるでしょ?」
その一言が、胸の奥にずしりと沈む。
冗談めかした言い回しのはずなのに、妙に心が騒いだ。
知らなかった。ふたりの間に、こんな空気があったことを。
田上さんの返事は、間を置いて静かに落ちてきた。
「……ああ。わかった。」
その一言だけなのに、心の奥で、何かがゆっくりと崩れていく。
それは痛みに近い……嫉妬でも怒りでもない鈍い感情で、胸の奥に深く沈殿していった。
「そ?夜のデート、楽しみにしてるね。智くん♡」
——期待なんてしない。
そう言い聞かせてきたのに……。
どうして信じようとしてしまってたんだろう。
視線を床に落とし、溢れてしまいそうな涙を堪えて小さく鼻を啜ると、踵を返して廊下を駆け出した。背後で扉が開く気配がしたけれど、振り返るつもりはなかった。
「……だから期待なんてしたくなかったのに」
誰もいない階段の踊場まで来ると、張り詰めていたものが一気にほどけて、膝が少しだけ震えた。
昨夜の言葉が、まだ胸に残っている。
「今は……美亜との時間のほうが、優先だから」
あの穏やかな声音も、優しげな視線も、嘘には見えなかったのに。
でも、ほんの数時間後には磯崎美優の前で、まるで違う表情をしていたのだと思うと、呼吸の仕方すらわからなくなっていく。
「……バカみたい」
拭うこともせずに流れる涙が、あたたかく頬をつたう。
それがいっそう、情けなさを際立たせた。
昨夜のキスを思い返してはため息をつく。
田上さんの言葉、仕草、それに……唇の感触。
思い出すたび、心臓をわしづかみされたみたいに"ぎゅっ"となる。
たぶん……田上さんのことが好き……
だけど。だけど、どうしてもひっかかるのは、スマートフォンに表示された伊東美優の名前。
他部署といえど、同僚だし。
なにか仕事の用事かも。
でも、ならどうして電話にでなかったんだろう。
……後ろめたい事が、あるから?
考えれば考えるほど眠れないまま、気がつけば朝7時を過ぎていた。
いつもより早く着いたオフィスは、人の気配がほとんど無い。廊下に、足音だけがやけに大きく響く。
頭のもやもやをすっきりさせたくて、給湯室に向かった。
甘いコーヒーでものめば、すこしはすっきりすると思ったから。
給湯室のドアの前まで来て、ドアを開けようとした瞬間——中から聞こえてきた声に……指先が凍った。
「昨日、なんで電話に出てくれなかったの?」
(磯崎美優……)
彼女の名を心の中で反すうしただけで、胸の奥が冷えていく。
一緒にいるのは……課長?それとも。
「……用事があったから。」
いつもとは違う、淡々とした田上さんの声が聞こえて、私はその場に立ち尽くしたまま、手を引くことも、歩き出すこともできなかった。
聞いてはいけないと思いながらも、耳が勝手に会話を追っていた。
昨夜の「大丈夫。急ぎじゃない」という言葉が、脳裏に滲むように蘇る。
「冷たーい。」
甘えたような響きが、胸の奥を小さく刺す。
「でも、今日はもちろん私のために時間を作ってくれるでしょ?」
その一言が、胸の奥にずしりと沈む。
冗談めかした言い回しのはずなのに、妙に心が騒いだ。
知らなかった。ふたりの間に、こんな空気があったことを。
田上さんの返事は、間を置いて静かに落ちてきた。
「……ああ。わかった。」
その一言だけなのに、心の奥で、何かがゆっくりと崩れていく。
それは痛みに近い……嫉妬でも怒りでもない鈍い感情で、胸の奥に深く沈殿していった。
「そ?夜のデート、楽しみにしてるね。智くん♡」
——期待なんてしない。
そう言い聞かせてきたのに……。
どうして信じようとしてしまってたんだろう。
視線を床に落とし、溢れてしまいそうな涙を堪えて小さく鼻を啜ると、踵を返して廊下を駆け出した。背後で扉が開く気配がしたけれど、振り返るつもりはなかった。
「……だから期待なんてしたくなかったのに」
誰もいない階段の踊場まで来ると、張り詰めていたものが一気にほどけて、膝が少しだけ震えた。
昨夜の言葉が、まだ胸に残っている。
「今は……美亜との時間のほうが、優先だから」
あの穏やかな声音も、優しげな視線も、嘘には見えなかったのに。
でも、ほんの数時間後には磯崎美優の前で、まるで違う表情をしていたのだと思うと、呼吸の仕方すらわからなくなっていく。
「……バカみたい」
拭うこともせずに流れる涙が、あたたかく頬をつたう。
それがいっそう、情けなさを際立たせた。
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