恋が温まるまで

yuzu

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磯崎美優の要求

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 オフィス裏の小さな公園は、朝の通勤ラッシュから少し外れた場所にあって、時間が止まったみたいに静かだった。

 ブランコは動かず、砂場にはいくつかのおもちゃが転がったままで、昨日の名残がまだ残っている。

 腰を下ろすと、スラックス越しにベンチの冷たさが伝わってきた。

 公園の中央に立つ時計に視線を送る。
 約束の時間より五分早いことを確認して深呼吸をひとつ。

 頭の中では、考えないようにしていた可能性ばかりが勝手に膨らんでいく。

 (磯崎美亜は田上さんの元カノで、隆史と……出来婚。それって……)
 
 彼女の視線。
 職場での、あの微妙な空気。

 憶測が現実だった時、受け止めることができるのか自信がない。

「まさか……ね」

 そうつぶやいた時、背後に砂利を踏む、はっきりしたリズムが聞こえた。
 視線を上げると、相変わらず隙がなくきれいな磯崎美優が首を傾げ、微笑を浮かべていた。

「なにがですか?花田さん」
「磯崎さん……」

 彼女は数歩手前で立ち止まり、軽く会釈をした。

「おはようございまーす。」
 
 わざわざ距離を取るその仕草が、もう答えみたいだった。

 遠くで車の走る音と、鳥の鳴き声だけがやけに大きく聞こえる。

「……単刀直入に言いますね?昨日の夜、田上さんと一緒にいるのを見ました」

 胸の奥が、きゅっと縮む。
 やっぱり。
 否定も言い訳も浮かばないまま、私はただ彼女を見る。

「彼、私のものだって知りませんでした?」
 
 一瞬、世界が灰色に見えた。

「やだぁ、そんな顔しないでください。あ、なんなら隆史を返却してもいいですよ?」

 責める口調じゃない。
 なのに、刃物みたいに鋭い。

「私達は……私と田上さんは」

 言いかけて口ごもる。私たちの関係は”お試し期間”で、本当の恋人じゃない。でも、私は田上さんのことが……

「あーー。そっかぁ。”お試し”でしたっけ?どうでした?智くんとの相性」
「え?」
「違うんですか?やだ……わたし、てっきり。」
「……てっきり……何?」
「二人はセフレだって、言っちゃいました。人事部長に。」
 
 磯崎美亜の口元がいびつに歪んだ。

「ただ、一緒にいただけで……」
「一緒にいただけ。って、お泊りしといて?」

 美亜は小さく息を吐き、苦笑に近い表情を浮かべながらなにかを鞄から取り出した。

「これ、さっきコンビニでプリントしてきたんで、あげますね♡あ、おなじものを人事部長に送ってありますよ。」

 その言葉に、心臓が跳ねる。
 彼女が鞄からとりだしたそれに映っているのは、真赤な顔で田上さんの服を掴む私と、困惑した顔で私の肩を抱く田上さん。

「楽しみだな、どんな処分になるのか♡」

 淡々とした告白。
 感情を抑え込んだ声が、逆に重く響く。

「どうして……私に何か、恨みでもあるの?」
「え?ないですよ?」
「……じゃあ」

 磯崎美亜はスマホに目を落としながら、興味がなさそうに答えた。

「もっとお話ししたかったけどぉ、遅刻しちゃいますね。じゃ、私はお先に。」

 田上さんと歩いた、あの静かで温かい時間が脳裏によみがえった。
 夢みたいだった、あの感覚。

 私は、ゆっくりと息を吸い――
 ようやく、口を開いた。

「まって……磯崎さん」
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