恋が温まるまで

yuzu

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お見合い。

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 確かに名前を呼ばれたはずなのに……
田上さんは、こちらを見なかった。

 私と磯崎美優が並んで立つ廊下を、田上さんは立ち止まることなく通り過ぎていく。

 視線は前だけを向き、そこに私がいることなど意識していないようだった。

「あの……。」

 言いかけてやめたのは、田上さんの瞳が迷惑だと言っている気がしたから。

……その場に、立ち尽くすしかなかった。

「……ふふ」

 隣で、小さな笑い声が漏れる。
 磯崎美優が、私を見下すような視線を向けた。

「無視かぁ……嫌われちゃいましたねぇ。花田さん。」

 言い返したかった。
 けれど、その言葉は見つからなかった。
田上さんの背中は、振り返ることもなく廊下の奥へと遠ざかっていく。

「美優……話があるんだけど。」
ふと、立ち止まった田上さんは振り返らずに磯崎美優を呼んだ。

「はぁーい」

 甘えた声を上げながら、磯崎美優が田上さんの後を追う。通り過ぎざまに見せる彼女の表情は勝ち誇った様に微笑んでいる。

 二人の距離が自然に縮まっていくのを、私は黙って見送るしかなかった。

 その場に残されたのは、私ひとり。

「……どうして」

 ほとんど音になっていない声で呟いた。

 会いたかった。
 話したかった。

 その気持ちだけで、ここまで来た。

 それなのに、田上さんは私を見ない。

 胸の奥に、鈍い痛みが広がる。
 視界が滲み、慌てて俯いた。

 ここに来たこと自体が、間違いだったんだ……着物姿で、オフィスに押しかけて。自分の想いだけを、一方的に伝えようとして。

「……馬鹿だな、私。」

 小さく呟き、草履の先を見つめる。

 それでも、完全には諦めきれなかった。今の態度が本心だったのか、別の理由があったのか。

 その場に立ち尽くしたまま、静かに時間の流れを受け止めていた。
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