4 / 5
第一章
3
しおりを挟む
当の直樹もやはり、釈然としない気分だった。
(…なんだ、意外とつまらないこと言うんだな…)
教室までの帰り道、貴之が吐き出した言葉を思い出す。
『俺を蹴落としたいのか⁉︎』
『それともお前は俺に恩を売り付けたいのか?仲間に入れてくれて有難うとでも言わせたいのか?』
何がそこまでの言葉を彼に言わせるのか。猜疑心に満ちた貴之の言葉。そうならざるを得なかった彼の状況を思うと、直樹は少し悲しかった。
高校から編入した直樹にとって、一位を取り続ける貴之は興味深い存在だった。
直樹は小・中学校と常に一位で神童と持て囃されて育ってきた。しかし、父親の転勤を機にこの海堂高校に入った直樹を待っていたものは絶対に超えることのできない壁だった。海堂高校は成績順にクラス分けされており、最も優秀なのはA組である。編入試験で満点を収めるも、暫定的にB組にされた直樹は、毎月行われた模試や定期テストで優秀な成績を収めていった。だが、直樹が一位をとることはなかった。A組、木下貴之。一位の定位置は常に彼のものだった。
直樹は興味を持った。学年首位はどんな奴なのだろうと。成績への執着がない直樹はまだ見ぬ学年首位に感心し、尊敬さえしていた。そんな直樹は一年の時に一度だけ、隣のA組の教室を見に行ったことがあった。
木下くんはどんな人なんだろう。純粋に好奇心だけだった。
A組。エリート中のエリートが集まるクラス。
だが、直樹が垣間見た空間は彼を凍りつかせた。
ピアノ線が張り巡らされているような緊迫した空気。一見和やかに見える談笑も上部だけ。少しでも劣るものを排除しようとする冷酷さ。自分の方が優れているという強烈な自尊心。水面下でぶつかるエゴに、直樹は嫌悪感を覚えた。
(全部成績のため、ってか…おかしい、そんなの)
彼は教室を見回して、やがて強烈な違和感に襲われた。
「………?」
そこだけノイズが入っているようだった。
教室の片隅、窓際の一番前の席。直樹の視線は急にそこへ引き寄せられた。
そこに、彼は座っていた。
ただ黙って、彼は座っていた。
教室の喧騒の外側に、彼は誰とも交わることなく、空間から隔離されるようにして、そこにいた。
眼鏡の奥の瞳には、何の感情も、体温も宿していなかった。
彼が木下貴之だと知らなかったのだが、直樹は瞬時に彼だと察知した。
彼は誰とも交わっていなかった。
(あれが学年首位か。俺が期待した『学年首位』?)
ひどい孤独。
今まで一位に立ったことのある直樹にはわかっていた。一位というだけで背負わなければいけない期待、嫉妬、羨望。彼はそれに無言で耐えていたように直樹には見えた。
その後も直樹は十ヶ月連続ベスト3入りを果たしたことと、年度末に行われる選抜試験で2位を取ったことが評価され、A組への移動が決まった。そして、今に至る。
直樹は初めて貴之を見た時を思い出していた。今思い出しても複雑な気分になる。カラーの中に混じるモノクロ。彼は完全に異物だった。
『俺を蹴落としたいのか⁉︎』
(成績に縛られてるのか…可哀想に)
直樹は廊下を黙々と歩いていた。
(確かに俺も強引な手を使ったことは認めるけどね…。こうでもしなきゃ君を取り巻く世界は変化しないだろう?俺に見せてよ。君はこの難局をどう乗り越えるのか。何を考えて、どう成長するのか。…頼むから期待を裏切らないでくれよ…君はこの程度で終わる人間ではないはずなんだ)
A棟に近づくと、廊下に響く賑やかなな声は一際大きくなった。
前方で、友人か呼ぶ。
「よー佐川。生徒会?」
「そ。総会近いし。……」
そう言って、直樹は人懐っこい笑顔を浮かべる。だが、その笑顔も曇っていく。彼の心に降りたのは、言いようのない虚無感。
(…俺を…)
瞬間、視界は色を失う。
(…俺を退屈させないでくれ)
(…なんだ、意外とつまらないこと言うんだな…)
教室までの帰り道、貴之が吐き出した言葉を思い出す。
『俺を蹴落としたいのか⁉︎』
『それともお前は俺に恩を売り付けたいのか?仲間に入れてくれて有難うとでも言わせたいのか?』
何がそこまでの言葉を彼に言わせるのか。猜疑心に満ちた貴之の言葉。そうならざるを得なかった彼の状況を思うと、直樹は少し悲しかった。
高校から編入した直樹にとって、一位を取り続ける貴之は興味深い存在だった。
直樹は小・中学校と常に一位で神童と持て囃されて育ってきた。しかし、父親の転勤を機にこの海堂高校に入った直樹を待っていたものは絶対に超えることのできない壁だった。海堂高校は成績順にクラス分けされており、最も優秀なのはA組である。編入試験で満点を収めるも、暫定的にB組にされた直樹は、毎月行われた模試や定期テストで優秀な成績を収めていった。だが、直樹が一位をとることはなかった。A組、木下貴之。一位の定位置は常に彼のものだった。
直樹は興味を持った。学年首位はどんな奴なのだろうと。成績への執着がない直樹はまだ見ぬ学年首位に感心し、尊敬さえしていた。そんな直樹は一年の時に一度だけ、隣のA組の教室を見に行ったことがあった。
木下くんはどんな人なんだろう。純粋に好奇心だけだった。
A組。エリート中のエリートが集まるクラス。
だが、直樹が垣間見た空間は彼を凍りつかせた。
ピアノ線が張り巡らされているような緊迫した空気。一見和やかに見える談笑も上部だけ。少しでも劣るものを排除しようとする冷酷さ。自分の方が優れているという強烈な自尊心。水面下でぶつかるエゴに、直樹は嫌悪感を覚えた。
(全部成績のため、ってか…おかしい、そんなの)
彼は教室を見回して、やがて強烈な違和感に襲われた。
「………?」
そこだけノイズが入っているようだった。
教室の片隅、窓際の一番前の席。直樹の視線は急にそこへ引き寄せられた。
そこに、彼は座っていた。
ただ黙って、彼は座っていた。
教室の喧騒の外側に、彼は誰とも交わることなく、空間から隔離されるようにして、そこにいた。
眼鏡の奥の瞳には、何の感情も、体温も宿していなかった。
彼が木下貴之だと知らなかったのだが、直樹は瞬時に彼だと察知した。
彼は誰とも交わっていなかった。
(あれが学年首位か。俺が期待した『学年首位』?)
ひどい孤独。
今まで一位に立ったことのある直樹にはわかっていた。一位というだけで背負わなければいけない期待、嫉妬、羨望。彼はそれに無言で耐えていたように直樹には見えた。
その後も直樹は十ヶ月連続ベスト3入りを果たしたことと、年度末に行われる選抜試験で2位を取ったことが評価され、A組への移動が決まった。そして、今に至る。
直樹は初めて貴之を見た時を思い出していた。今思い出しても複雑な気分になる。カラーの中に混じるモノクロ。彼は完全に異物だった。
『俺を蹴落としたいのか⁉︎』
(成績に縛られてるのか…可哀想に)
直樹は廊下を黙々と歩いていた。
(確かに俺も強引な手を使ったことは認めるけどね…。こうでもしなきゃ君を取り巻く世界は変化しないだろう?俺に見せてよ。君はこの難局をどう乗り越えるのか。何を考えて、どう成長するのか。…頼むから期待を裏切らないでくれよ…君はこの程度で終わる人間ではないはずなんだ)
A棟に近づくと、廊下に響く賑やかなな声は一際大きくなった。
前方で、友人か呼ぶ。
「よー佐川。生徒会?」
「そ。総会近いし。……」
そう言って、直樹は人懐っこい笑顔を浮かべる。だが、その笑顔も曇っていく。彼の心に降りたのは、言いようのない虚無感。
(…俺を…)
瞬間、視界は色を失う。
(…俺を退屈させないでくれ)
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる