イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない

藤永ゆいか

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第3章

◇お宅訪問

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 放課後。スポーツドリンクに、風邪薬。冷却シート、ゼリー、プリン。よし。これだけあれば、大丈夫かな。
 学校が終わり、一堂くんの家に向かう前にコンビニに寄ったわたしは、買い物袋の中を確認する。
 そして有働くんにメッセージで送ってもらった住所を頼りに、一堂くんのマンションまでやって来た。

 家、ここで合ってるよね? 予想通りの高級タワーマンションを見上げながら、わたしは息を飲んだ。

 ──ピンポーン……。

 ドキドキしながらインターホンを押すが、しばらく待っても応答がない。
 一堂くん、寝ちゃってるのかな?

「……はい?」

 迷惑も承知の上で、諦めずにインターホンを繰り返し押していると、何度目かでようやく返事があった。

「一堂くん! わたし、依茉だけど。学校の配布物を届けにきたの」
「は? 依茉!?」

 そのあと少しして、ガチャリとドアが開く音がし、中から一堂くんが出てきた。

「……なんで、依茉がここにいるの?」

 わたしを見た彼は、大きな目を更に大きくしていて。わたしの訪問に、かなり驚いているみたい。

「体調は大丈夫? お見舞いに来たんだ」

 わたしは、買い物袋と学校のプリントを両手で掲げてみせる。

「そうなの? わざわざごめんね」

 一堂くんはニコリと微笑んでくれるも、その顔はいつもよりも赤く、声も掠れている。

「はぁ……っ、しんどい……」

 すると一堂くんの身体がフラフラとよろめき、わたしの目の前でドサッと膝から崩れ落ちるようにして倒れた。

「えっ! ちょっと、一堂くん!?」

**

「すごい熱……」

 体温計で一堂くんの熱を測ると、38.3度。

 あのあと一堂くんはふらつきながらも何とか自力で立ち上がってくれたので、わたしが彼を支えながら一緒にベッドまで行った。

「はぁ……っ」

 目の前のベッドで横になっている一堂くんの顔は先ほどよりも赤く、時折咳き込んで苦しそう。
 支えたとき、一堂くんの身体すごく熱かったもんな。

「一堂くん、おでこごめんね?」

 わたしは、一堂くんのおでこにコンビニで買った冷却シートを貼った。

「依茉、ごめ……けほっ」
「いいよ、気にしないで」

 それにしても、物音ひとつしない静かな部屋だな。
 一堂くんの部屋は、生活に必要最低限のものしか置いておらず、がらんとしている。
 一堂くん、こんな広い部屋に一人で……。微力ながらも、彼のために何かしてあげたいな。

「ねぇ、一堂くん。何か食べた?」
「食べて、ない……食欲ないから」

 ゼリーとかなら、食べられるかな?
 わたしは買い物袋から、先ほど買ったプリンとゼリーを取り出す。

「一堂くん。みかんゼリーとプリン買ってきたんだけど、どっちが良い?」
「……どっちもいらない」

 一堂くんが寝返りを打ち、わたしに背を向ける。

「ごめん。ほんとに今、食欲なくて」
「そっか。せっかく買ってきたけど……食欲ないならしょうがないよね。冷蔵庫に入れておくから、体調が良くなったら食べてね」

 キッチンのほうへ行こうと、わたしが立ち上がったとき。後ろから、スカートの裾をくいっと引っ張られた。

「わっ!」
「……それ、俺のために買ってきてくれたの?」
「そうだけど?」
「だったら……食べさせて?」

 ……え?

「依茉にあーんしてもらったら、食べられそう」

 あーんしてって……。

「こ、子どもじゃないんだから、自分で食べられるでしょ?」
「食べれないよ。だって俺、病人だし。手もだるいし」

 一堂くんがベッドから上半身を起こし、わたしに顔を近づけ口を開ける。

「ねぇ。依茉、ダメ……?」

 一堂くんは首を傾け、ねだるように上目遣いでわたしを見る。

 ……う。ただでさえ、風邪でいつもより弱々しいのに。そんな子犬のようなきゅるんとした目で見つめられたら、断れないよ。

「もう、しょうがないなぁ」

 立っていたわたしは、一堂くんのベッドに腰をおろす。

「プリンとゼリー、どっちにする?」
「プリン!」

 そこは、即答なんだ。

 わたしは蓋を開けると、プリンをスプーンでひとくち掬う。

「はい、一堂くん。あーん」
「あー……」

 ドキドキしながらわたしが差し出したスプーンを、一堂くんがパクっと口に含む。

「どう? 美味しい?」
「うん。美味しい」

 一堂くんのきれいな唇が、弧を描く。

「ほんと? 良かったぁ」
「今まで食べたプリンの中で、これが一番美味しいよ。依茉が食べさせてくれてるからかな」
「……っ」

 そんなことを言われると、やばいんだけど。

「ねぇ。それ、もっとちょうだい?」
「うん。いいよ」

 それからもわたしは、一堂くんに何度か食べさせてあげて、一堂くんはプリンを完食した。

「一堂くん、ちゃんと薬も飲んでね?」
「ああ」

 一堂くんが風邪薬を飲んだのを見届けると、わたしは帰る準備をする。
 一堂くんの部屋の窓の外を見ると、空は燃えるようなオレンジ色に染まっている。

「それじゃあ一堂くん。わたし、そろそろ帰るね」

 そう言ってわたしが、腰掛けていたベッドから立ち上がろうとしたとき。

「待って、依茉」

 一堂くんに、手首を後ろから掴まれてしまった。

「ねぇ、まだ帰んないでよ……」
「きゃっ」

 病人とは思えないほどの強い力で後ろに引っ張られたわたしは、ベッドに倒れ込む。

「俺、もっと依茉と一緒にいたい」

 ベッドに横たわるわたしの後ろから、一堂くんがぎゅうっと抱きしめてくる。
 背中から一堂くんの体温が直に伝わってきて、ドキドキする。

「今日依茉に会えなくて俺、めちゃめちゃ寂しかったんだから」

 腰に回された彼の手に、力がこもる。
 一堂くんも、寂しいって思っててくれたんだ。わたしも、本当は……。

「……しかった」
「え?」
「本当はわたしも、今日学校で一堂くんに会えなくて寂しかった」
「何それ。そんな可愛いこと言われたら、離したくなくなるんだけど」

 わたしは一堂くんにくるっと身体を彼のほうへと向かされ、一堂くんと目が合いドキッとする。

「ただでさえ今日の依茉ちゃん、髪ひとつに結んでて可愛いのに」

 わたしの髪の毛を後ろ手で軽く梳くと、一堂くんの唇がチュッとわたしの額に落とされる。

「……好きだよ、依茉」

『好き』だなんて。この人は、またそういうことを軽々と言う。

「わたしは……好きじゃない」

 一堂くんがあまりにもじっと見つめてくるものだから、わたしは彼から視線をそらした。

「えー? そこは普通『わたしも好き』って言うとこでしょ?」

 一堂くんが、クスクスと笑う。

「だって、一堂くんの『好き』は本当かどうか分からないし」

 そもそも一堂くんは、まだ熱があるんだから。熱のせいで頭がボーッとして、そういうことを言ってる可能性だってある。

「ひどいなぁ。昨日、本気出すって言ったでしょ? これからこういうことは、依茉にだけしか言わないよ」

 わたしにだけ……?

「ほんと?」
「うん。俺、これから頑張るからさ。依茉も、早く俺のこと好きになって」

 わたしの背中に一堂くんの腕が回され、彼のほうへときつく抱き寄せられる。

「ああ。こうして依茉を抱きしめていると、すごく安心する……」

 力いっぱい一堂くんにギュッとされて、少し苦しい。
 わたしは、一堂くんの抱き枕じゃないのに……!

 一堂くんの抱きしめている力が強くて、彼の腕からなかなか抜け出せずにいると。少しして、スースーと寝息が聞こえてきた。
 もしかして、一堂くん寝たの……? え、寝るの早すぎない?

 目の前の一堂くんは、とても穏やかな顔で眠っている。
 まつ毛、すごく長くてボリュームがあって羨ましいな。
 ていうか、普通にしててもかっこいいのに、寝顔まできれいだなんて反則だよ。

 一堂くんは1歳年上ということもあり、見た目は大人っぽいけど。寝顔はまだあどけなくて可愛い。

「ふふ。いつかのお返し」

 わたしは一堂くんの頬を指でつまんで、軽く引っ張る。すると、彼の顔がわずかに歪んだ。

「……ごめんね、一堂くん」

 さっきは照れくささもあって、つい『好きじゃない』って言ってしまったけれど。決してあなたが『嫌い』っていう意味ではないんだ。

 最近は一堂くんのこと、初めて会ったときほども苦手じゃないんだよね。

 一堂くんが苦手なトマトを克服しようとしているように、わたしも一堂くんのことを……今よりもっと好きになれたら良いなって思ってる。

 それはあくまでも、クラスメイトとして……だけど。

 一堂くんの温もりが心地よくて、それからわたしはウトウトして眠ってしまったらしく。
 目を覚ます頃には、もうすっかり日が暮れていたのだった。
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