イケメン御曹司は、親友の妹を溺愛して離さない

藤永ゆいか

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第5章

◇慧くんと保健室②

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先輩の後ろをついてやって来たのは、人気の全くない薄暗い非常階段だった。

 ちょっ、ちょっと待って……!
 モデルの先輩に連れてこられた非常階段には、彼女の他に2年生の女子があと2人いた。
 これは……絶対やばいやつだと瞬時に察したわたしは、咄嗟にこの場から逃げようとしたけれど。

「ちょっと。話は、まだこれからなんだけど?」

 金髪ギャルの先輩に、手首をガシッと掴まれてしまった。

「なに逃げようとしてるのよ」

 わたしは先輩たちに囲まれ、ギロリと鋭く睨みつけられる。

 ひいっ。こっ、怖い……。右にも左にも、前にも先輩がいて。後ろは壁。逃げたくても、もう完全に逃げ場はない。

「ねえ。うちらから逃げようとしたってことは、心当たりがあるんでしょう?」
「なっ、何のことでしょうか?」
「はあ? とぼけるんじゃないわよ!」

 声を荒らげた金髪先輩に、肩がビクッと跳ねる。

「慧くんのこと、独り占めなんかして。何なの、あんた」

 ……やっぱり。わたしがここに連れてこられたのは、慧くんが理由だったんだ。
 慧くんと付き合うようになってから、ただ廊下を歩いてるだけでやたらと女子に睨まれることが増えていたから。
 いつかこういう日が来るかも……とは、何となく思っていたけれど。

「たいして可愛くもないのに。なんであなたが、一堂くんの彼女なの?」
「良家のお嬢様とかならまだしも。西森さんって、一般家庭の子なんでしょう?」
「あんたじゃ、慧くんに釣り合わないわ」

 先輩たちの容赦ない言葉が、グサグサと胸に突き刺さる。

「少なくとも高校生になってからの一堂くんは、告白を断るなんてこと絶対になかったのに」
「そうよ。慧くんは、みんなのものだったのに。どうせあんたが、慧くんのことたぶらかしたんでしょう?」

 違う……!

「わたし、たぶらかしてなんかいません。それに、慧くんは物じゃない!」
「何よ、うちらに言い返すなんて。1年のくせに生意気……!」

 ──ドン!

「きゃっ」

 顔を真っ赤にさせた金髪先輩に勢いよく肩を押され、わたしは後ろの壁に叩きつけられる。

「痛っ」

 わたしは床に尻もちをついた拍子に、右足首を捻ってしまった。

「一体どんな手を使ったのか知らないけど……西森さん、慧くんと別れてくれる?」

 金髪先輩が、わたしの目の前にしゃがみこむ。

「慧くんのことを好きな子は沢山いるの。その子たちに恨まれる前に、さっさと別れたほうが身のためよ」

 どこから出してるんだと思うくらい低い先輩の声に、背筋がぞくりとする。

 わたしが慧くんと付き合っていることで、悲しい思いをしている人たちが大勢いるって思うと胸が苦しい。
 だけど、わたしも慧くんが好きだから……やっぱり簡単には別れたくない。

 こちらを鬼の形相で睨みつけてくる先輩とバチッと目が合い、思わず視線を逸らしそうになるけれど。ここで、負けたらダメだ。

 わたしは真っ直ぐ、金髪先輩のことを見据える。

「誰に何と言われようと、たとえ先輩に目をつけられようと……慧くんとは別れません! だって、わたしは慧くんのことが大好きだから」

 わたしが言い返すと、金髪先輩がわなわなと震える。

「は? 慧くんと別れないとか、ふざけないでよ!」


 金髪先輩は、更にこちらに詰め寄ってくる。

 怖くて、今すぐここから逃げ出したくて。

「……いっ、」

 起き上がろうと床に手をつくも、先ほど捻った足が思いのほか痛くて、わたしは起き上がることができない。

「あんたなんていなければ、あたしは今頃慧くんと付き合えていたのに……っ!」

 先輩はわたしに覆いかぶさるようにしながら、手を振り上げた。

 えっ、うそ。殴られる!?

「やっ、やめてください……っ」

 わたしは首を必死に横に振るも、先輩には通じない。

「ほんとあんた、ムカつくんだよっ!」

 もう嫌だ。誰か、誰か助けて……!

 自分では、もうどうすることもできなくて。あまりの恐怖に、わたしがぎゅっと目を瞑ったそのときだった。

「キミたち……何やってんの?」

 氷のように冷たく低い声がして、恐る恐るわたしが目を開けると。
 今まで見たことがないくらい怒った顔をした慧くんが、わたしの頬に触れる寸前だった金髪先輩の腕を掴んでいた。

「いっ、一堂くん!?」

 けっ、慧くん! いつの間に!?

「ったく。3人で1人に寄ってかかるなんて、キミたち最低だな。しかも、2年生が1年生に……」

 はぁっと、呆れたように慧くんがため息をつく。

「ちっ、違うの。慧くん、これは……」

 金髪先輩の声が先ほどまでの低いものとは打って変わって、猫なで声になる。

「何が違うんだよ? 仲良くしていたようにはとても見えなかったけど?」

 鋭い目つきで慧くんに見られた金髪先輩が、ビクリと肩を揺らす。


 慧くんが、わたしのことを先輩たちから守るようにしてわたしの前に立つ。
 目の前の彼の背中は大きくて、とても頼もしく見える。

「よくも依茉のこと、傷つけてくれたね? 俺の大事な彼女ってだけでなく、依茉は俺の親友の妹なんだけど?」
「えっ、うそ。西森くんの!? ごっ、ごめんなさい」

 お兄ちゃんのことを知ってるのか、金髪先輩の顔は真っ青だ。

「謝るなら、俺じゃなくてちゃんと依茉に謝って」
「……っ。ごっ、ごめん、西森さん」
「本当にごめんなさい……」

 金髪先輩だけでなく、モデルの先輩やもう一人の先輩も次々とわたしに謝罪する。

「もしまた依茉にこんなことをしたら……次は相手が女だろうと、絶対に許さないから」
「はっ、はい……」

 蚊の鳴くような声で言うと、先輩たちは逃げるように足早に非常階段を降りて行った。

「ほんとあの子たち、逃げ足だけは早いな」
「慧くん……」

 安心したのか、わたしはずっと堪えていた涙がポロポロと溢れて止まらなくなる。

「……うっう」
「怖かったな、依茉」

 慧くんはわたしの前に両膝をつくと、ぎゅっとわたしを力強く抱きしめてくれる。

「っう、っく……」
「俺が来たから、もう大丈夫だよ」

 慧くんがとても優しい声で、わたしをあやすように背中をポンポンと叩いてくれる。

「でも、慧くん……どうしてここに?」
「職員室から教室に戻ったら、依茉がいなくて。東野さんに聞いたら、まだ戻ってきてないって言うから。もしかしたら何かあったのかなって、めっちゃ焦って探して……」
「そう、だったんだ。慧くんが来てくれて、良かった……」

 わたしの目からは、再び大粒の涙がこぼれる。

「ごめんな。俺のせいで、依茉がこんな目に……」
「ううん。慧くんのせいじゃない。慧くんは、何も悪くない」

 わたしは、力強く答える。

「助けに来てくれて、ありがとう」
「そんなの、当たり前だろ? 依茉のためなら、どんなときでも俺がすぐに駆けつけるから」

 慧くんの嬉しい言葉に、わたしはようやく笑みがこぼれた。

「それで依茉、大丈夫? どこか怪我とかしてない!?」
「あっ、うん。だいじょう……痛っ」

 慧くんに心配をかけないようにと、笑顔で立ち上がろうとしたとき、右足首に痛みが走る。

「依茉、足痛むの?」
「だっ、大丈夫だよ。このくらい」

 言葉とは裏腹に右足首がズキズキと痛んで、スムーズに立ち上がることができない。
 すると、慧くんがわたしに背中を向けてしゃがみこんだ。

「慧くん?」

 どうしたんだろうと、わたしが首を傾けていると。

「依茉、乗って」
「え?」
「足痛むんだろ? 俺が依茉をおんぶして、保健室まで連れて行くから」

 お、おんぶって……!

「いっ、いいよ! おんぶしてもらうなんて、恥ずかしい」
「それじゃあ、お姫様抱っこのほうが良い?」
「おっ……」

 お姫様抱っこだなんて、想像しただけで顔から火が出そうになる。

「そっ、それは……もっと嫌だ」
「だったら、決まりだな。さあ、乗って」

 慧くんがわたしを思って言ってくれているのだと思うと断ることもできず、わたしは彼の背中に身を預けることにした。

「俺にしっかりつかまっててよ?」
「わっ」

 慧くんがわたしをおんぶして立ち上がると、わたしの目線が一気に高くなる。

 まさか、慧くんにおんぶしてもらうことになるなんて。まるで、慧くんにバックハグしているみたいでドキドキする……!

「ねっ、ねぇ。重たくない?」
「ううん、全然。つーか、依茉めっちゃ軽いな」

 おんぶされているとはいえ、自分から慧くんに後ろから抱きつくような形になるなんてことは初めてで。
 心臓が爆発するんじゃないかってほどに、胸はドキドキと高鳴っているけれど。
 慧くんの背中は、大きくて温かくて。すごく、すごく安心できた。

 ──ガラガラ。

 保健室のドアを開けて入室すると、薬品の匂いが鼻を掠める。

「すいませーん」

 慧くんが声をかけるもそこには誰もおらず、シーンと静まり返っている。

「先生いないね」
「ああ」

 慧くんは、保健室のベッドにわたしを座らせてくれる。

「あっ、冷却シート。とりあえず先に、これで冷やそう」

 保健室の棚から慧くんが、冷却シートを見つけたらしい。

「依茉、足首に冷却シート貼るから。靴下脱がすよ?」
「えっ、靴下くらい自分で……」
「俺がやるから。依茉はじっとしてて」

 わたしの前に屈んだ慧くんが靴下を脱がせてくれ、露わになった右足首は赤く腫れあがっている。

「こんなに腫れて、痛いよな……ごめんな」

 そう言うと、慧くんは患部に冷却シートを貼ってくれた。ひんやりとして、冷たい。

 それから15分ほど患部を冷やしたあと、慧くんが足首に湿布を貼ってくれる。

「慧くん、ありがとう」

 保健室の先生の代わりに手当してくれるなんて。慧くんの優しさが身にしみる。

「依茉、大丈夫?」
「うん。慧くんが手当してくれたお陰で、痛みも和らいできたよ。ほんとありがとう」
「ううん。ねぇ、依茉」
「なぁに?」

 慧くんが保健室のベッドのカーテンを閉めると、わたしの隣へと腰をおろす。

「あのさ。こんなときに悪いんだけど、少しだけこうしていても良い?」
「えっ?」

 すると慧くんは、わたしの肩に頭を預けてきた。

「けっ、慧くん!?」
「ごめん。ちょっとだけ……」

 この前、中庭で慧くんの実家のパーティーに誘われて。
 わたしが緊張しちゃったときも、こんなふうに慧くんの肩にわたしの頭をのせてもらって。
 慧くんが「大丈夫だよ」って、言ってくれたっけ。
 あのときと、今回は逆だなぁ。

 慧くんのふわふわの髪が首元に触れて、少しくすぐったいけれど。最近は慧くんと触れ合うたびに、彼を好きだって気持ちが大きくなる。

「慧くん、大好きだよ」
「俺も依茉のこと、すっげぇ好き」

 慧くんが、わたしの手に指を絡ませ繋いでくる。

「この先、たとえどれだけあの人たちに反対されても。どんなことがあっても……俺は、依茉のことだけは離さない」

 まるで何かを決意するかのように、慧くんの繋いでいる手にぐっと力がこもる。

『あの人たち』って、もしかしてご両親のこと?

 慧くんは何も言わないけど……やっぱりわたしたちの交際は、反対されているのかな? そう思うと、胸がチクッと痛む。

「大丈夫だよ。わたしも離れないから」

 わたしは、肩にのせられた慧くんの頭に自分の頭をくっつけ、目を閉じる。

 何も喋らなくても、慧くんとただこうしているだけですごく落ち着く。

 それから予鈴が鳴るまで、わたしたちは保健室のベッドに座ったまま、しばらくこうしてくっついていた。
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