隠れ御曹司は、最強女子を溺愛したい

藤永ゆいか

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第1章

新しい出会い

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4月上旬の、転校初日の朝。

雲ひとつない青空の下、私は家から学校までの道を必死に走っていた。

やばい、やばい。髪を結ぶのに時間がかかって、家を出るのが遅くなっちゃった。

──ガラガラ、ガシャン!

「ええっ!」

う、うそでしょ……。あと少しでたどり着くというところで、校門が無情にも閉まってしまった。

「はい。遅刻した人は、こっちに並んで。私に、自分の名前とクラスを申告してください」

メガネをかけた女性の先生が、遅刻した生徒に向かって声をかけている。

「そんなあ……」

転校初日から、まさかの遅刻。ついてないにもほどがある。

まるでヨーロッパのお城のような、立派な校舎を前に、私はがっくりと肩を落とした。

こんなことなら、髪結んでこなきゃ良かったかな。

耳のところでふたつに結んだ髪の毛が、ふわりと吹いた春風で揺れる。

私が今日から通う花城はなしろ学園は、世間でも有名な私立の進学校で、財閥の御曹司やご令嬢も多く通う、いわゆるお金持ち学校。

私は一般家庭で生まれ育ったけど、将来のことを考えて懸命に勉強して、転入試験に合格したのだった。

ああ……当たり前だけど、やっぱりどこの学校でも遅刻には厳しいなぁ。

私がおとなしく遅刻申告の列に並ぼうとした、そのとき。

「君、見ない顔だね?」

突然、背後から声がして、私はハッと振り向いた。

そこに立っていたのは、ひとりの男の子。彼と目が合った瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。

レンズが少し分厚めの黒縁メガネをかけた彼は、すらりと背が高く、サラサラの黒髪が風になびいている。

「もしかして、転校生?」
「はっ、はい。今日、転校してきたばかりで……」
「そっか。転校早々に遅刻だなんて、ちょっと可哀想だな。俺についてきて?」
「え?」

俺についてきてってって、いきなり何なの? この人。

見ず知らずの人に突然そんなことを言われた私は戸惑い、その場に立ち尽くしてしまう。

「ねぇ、早く! 君も反省文、書きたくないでしょ?」
「は、反省文?」
「ああ。遅刻したら、山ほど書かされんの。もし君がどうしても書きたいって言うのなら、無理について来なくても良いけどね」

唇の端を、くいっと上げる彼。

「は、反省文なんて、そんなの書きたくないですよ!」

逆に、反省文を書きたいっていう人なんてこの世にいるの?

「だったら、俺についてきて!」

大丈夫かな? でも、反省文は書きたくないし……。

「わ、分かった」

私は、いま会ったばかりの男の子について行くことにした。


木々が生い茂る薄暗い道を歩きながら、半信半疑で彼のあとをついて辿りついたのは、校門と正反対のところにある裏門だった。

大きくてキレイな正門とは違って、裏門は古めかしく随分と年季が入っている。

「あれ? でも、ここ鍵がかかってるみたいだよ?」

私が裏門に手をかけると、鍵がかかっていて開かない。

「門を開けて入るんじゃない。ここを登るんだよ」

そう言って彼は、私よりも背の高い裏門に両手をかけ、慣れた様子でよじ登っていく。

そして長い足で門を軽々とまたぐと、あっという間に飛び降りて、門の向こう側へと着地した。

えーっと。ひょっとしてこれは……私にも同じようにやれってこと?

「ほら。君も早く登ってきなよ!」

やっぱり……! そうなるよね。嫌な予感、的中。

今はズボンではなくスカートであることが気になりつつも、私は門に手をかけてよいしょと登る。

「うわ、けっこう高い」

門の上をまたいでみて分かった予想外の高さに、私は思わず声をあげる。

「どうした? もしかして、飛び降りるのが怖いの?」
「こ、怖くなんか……」

『怖くなんかない』と言いかけて、私はふと思い出した。

──『男子って、守ってあげたくなるような女の子が好きらしいよ?』

この前ショッピングモールで話していた、いとこの風音ちゃんの言葉を。

幼い頃に、何度か木登りをして遊んだことだってあるし。今まで空手や合気道で鍛えてたから、ここから飛び降りるくらい全然平気だけど……。

「そ、そりゃあ怖いよ。こんな高いところ、今まで登ったことないんだもん」

私はあえて、平気じゃないフリをすることにした。

「まじか。それじゃあ、俺が受け止めてやるよ」

そう言って、下にいるメガネの男の子は大きく腕を広げた。

え? もしかして、あそこに飛び込めってこと?

少し戸惑っていると、彼は真っ直ぐ私を見つめ、力強い声で言った。

「大丈夫。俺が絶対に受け止めるから。怖がらずに、俺のところに来いよ」

堂々と言ってみせる彼に、私は大きく頷いた。

「それじゃあ、いきます!」

彼に声をかけると、私は「えいっ!」と思いきって門から飛び降りた。

「うわっ!」

だけど、勢いよく飛び込み過ぎたせいか、私は男の子もろとも地面に倒れ込んでしまった。

「きゃっ!?」

ドスン、と鈍い音がして、私は彼の上に覆いかぶさる形になっていた。

「ご、ごめんなさいっ!」

慌てて彼の上から飛び退くと、彼は地面に横たわったまま、顔をしかめて「痛たた……」と小さく呻いている。

「ほんとにごめんなさい。大丈夫ですか……あっ」

地面から立ち上がった彼の顔を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。

倒れた拍子に男の子が掛けていたメガネが地面に落ち、彼の素顔があらわになっていたから。

「やばい。かっこいい……」

無意識のうちに、そんな言葉が口からこぼれ落ちる。

黒目がちの大きな瞳に、スッと通った鼻筋。彼はまるで芸能人のように、美しい顔立ちをしている。

まさか、こんなにもイケメンさんだったなんて……。

あまりの美しさに、私はただただ、ポーッと彼に見とれてしまっていた。

「君、大丈夫!?」

起き上がった彼が、真っ先に私に声をかけてくれた。

「はっ、はい。私は大丈夫です……あなたは?」
「うん。どこも痛いところはないし、大丈夫だよ」
「はぁ、良かった……」

男の子が怪我をしていないと分かり、私は胸を撫で下ろす。

「あの、本当にすいませんでした」

地面に落ちていたメガネを拾って彼に渡すと、私はガバッと頭を下げて謝罪する。

「いいよ、いいよ。君に怪我がなくて良かった」

彼に微笑まれ、鼓動が小さく音を立てた。

なんていい人なんだろう。後光が差して見えるよ……!

そんなことを思ってると、彼が慌てたようにスマホを取り出し時間を確認した。

「やばい、時間が……急ごう!」
「わ、分かった」

遅刻をしたら、何のためにあそこから飛び降りたのか分からないもんね。

バタバタと走りながら、私よりも少し先を行く大きな背中に声をかける。

「あの……さっきは、本当にごめんなさい」
「ううん。俺が手を貸したくて、貸しただけだから。気にしないで?」
「ありがとう」

こんなふうに男の子と普通に話したのなんて、いつぶりだろう?

3月まで通っていた中学校では『男子よりも強い女子』と言われて、なぜか異様なくらいに怖がられていたから。

久しぶりに男の子と話して、親切にしてもらえて感動。

「そういえば君、名前何だっけ?」
「……は、羽生菜乃花です」
「俺は、宇山うやま すい。よろしく、羽生さん」

宇山……彗くん。

さっき素顔を知ったからか、彼の笑顔が一段とキラキラ輝いて見える。

「うん。こちらこそよろしくね!」

宇山くんみたいな男の子もいるんだって思ったら、これからの学校生活が楽しみになった。
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