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過激なクラスメート

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「ここは勝手に入っていい場所じゃない。今すぐ出ていけ」
 まるで ここの管理人が 無断で入って来た子供たちを叱るように、九条は大股でこちらへ近づいて来る。
 金田はしっかりと振り返って、九条を迎え撃つ。
「出て行けとは、あんまりだな 九条」
「ん? お前は、金田」
 厳しい表情は崩さずに、九条は次に八木の姿を認める。
「お前ら、ここで何をしている」
「何って、それはこっちのセリフだ。お前こそ、なんでこんな所へ入って来ている」
 九条は親指で後ろを差して、
「鍵が開いていたからな」
 そのとき金田の肩がつつかれて、「誰?」と八木の声。
「ああ、クラスメートだよ。九条修二郎。ほら、八木と同じダンス専攻」
 フーンと言って、赤い丸眼鏡が 金田の後ろから顔を出す。
「九条くんも、ここのシャンデリアを見に来たの?」
 九条はそれには答えないで、
「金田、お前、どうやってここの鍵を開けた。ここの鍵は」
 金田はズボンのポケットから鍵を出して、それを顔の高さまで持っていって、
「校長から許しを得た。この中に入っていいって。へへ、いいだろう?」
「校長?」と少し驚く九条。
 後ろから金田にひじ鉄が入る。
「あ、やべ、言っちゃった」
 九条は表情そのままで、
「お前ら、相当 優遇されているな」
 金田は気を変えたように、急に明るい声を出して、
「ところで九条、お前はなんでこんな時間に、こんなひと気のない場所に来たんだ? ひょっとしてお前も、俺たちと同じ目的で」
 九条は、自分の姿を 相手に目で追わせながら、勿体つけたように舞台の前まで歩いて行って、
「俺がいつどこで、何をしていようが、お前には関係ねーだろう」
 金田は口をとがらせて、
「へーへー、そうですか。ったく、愛想のない奴。まあ お前が何をしようと俺には関係ないけどさ。でも、こんな誰も近づかないような場所で、お前一人でいるなんて、まるで不審者だな」
 それを聞いて九条、オールバックの髪を整え、ため息まじりに、
「どっちかっつーと、お前らの方がよっぽど不審者だけどな。この森を歩いていたら、シャンデリア城の鍵が開いていた。だから俺は不審に思って、中に入って来た。誰かがこいつを盗み出そうとしているのかと思ってな」
 そういって、ズボンのポケットに手を入れたまま、片足だけで舞台の上へ飛び上がる。それを見た八木の目が大きくなる。
「フーン、そっか、そうだったのか。んじゃ安心しろ、俺らは泥棒じゃない。俺らいま、リボルチオーネの自慢のシャンデリアを堪能していた所だ」
 九条は舞台の上から、巨大なシャンデリアを見上げて、
「堪能だと?」
「ああ そうだ。このシャンデリアは、やっぱスゲーよ。人の心を動かす何かがある」
 九条は急に怖い顔をして、
「ふざけるな。そんなの ルール違反だろ。こいつは好きな時に好きなだけ見られる代物じゃない。善光寺の前立本尊みたいに、限られた時にしか見る事を許されない神聖なものだ。お前たちは、この学校の、シキタリを破っている」
 金田はあわてて両手を振って、
「お前だって、俺らに便乗して見ているじゃねーか。しかもそんな間近で。お前もルール違反だぞ」
 九条は下を向いて、小刻みに肩を揺らして、
「そうだな。俺もルール違反だな。いくら入口のドアの鍵が開いていたとしても、平時ここは立入禁止だ。無断でここへ侵入する事はこの学校ではかたく禁じられている。
 だがな 金田。俺は、そんなのどうだっていい。この学校のシキタリなんて、どうだっていい」
 金田は首筋を掻きながら、同じように舞台の方へ歩いて行って、
「なに言っているんだよ 九条。お前もシキタリを破ってまでここに来たって事は、やっぱりシャンデリア・ナイトに興味があるって事だろう? 今朝 校長にまくしたてられて、イベントをやらなきゃいけないって、じゃないと卒業できないって、はっぱをかけられたから、こうやってここへ来たんだろう? 俺らみたいに。なあ 九条、お前も少しはシャンデリア・ナイトをやる気になったか?」
 ドンッといって、九条は舞台から飛び降りる。
「あー、あったな、そんなくだらない校則。在学中にイベントを開催しなければ、ここを卒業できないとか、何とか、まったくくだらねえ」
 金田は走って行って、九条の肩をつかむ。
「くだらないってなんだよ。お前、この学校の校則を馬鹿にするのか?」
 九条は肩にある金田の手を見下ろして、
「馬鹿にしていたら、どうだって言うんだ」
 二人の間に険悪なムードが漂う。
「お前だって、その校則を知って、この学校に入学したんだろ?」
「ああ」
「だったら、なんで、自分たちの校則をそんな風に馬鹿にするんだ。お前はここの校則に承諾して」
 九条は勢いよく肩を引いて 金田の手を払う。
「俺はこの学校の校則に承諾した。そして入学した。だがな、金田、俺はイベントに参加するとはひと言も言っていない」
 そういって、さも冷酷そうな目を見せる九条。
「何わけのわからないコトを言っているんだ。イベントに参加しないんだったら、校則に承諾した事にならないだろう」
 九条は二人に背を向けて、ホールに向かって大きく両手を広げて、
「おーい金田、お前はこの学校の校則をちゃんと読んだのか? この学校の校則には、三年間のうちにシャンデリア・ナイトを開催しなければ、そのクラスは卒業ができない、そう書いてあるだけで、イベントに参加しろとは書いていない。だから俺は、その校則に承諾した。そしていま 俺は、その校則に従って、イベントに参加しない、この学校も卒業しない、それだけの事だ」
 金田の頭にハテナマークが浮かんだ。
「なに威張っているんだこの野郎、お前の言っている事は無茶苦茶だぞ。いくらそんな御託を並べたって、お前がイベントに参加しないでいい理由にはならない。そもそも、学校を卒業する気がないなら、なんでお前はこの学校に入学した」
 それを聞いて九条、右手で金田をどけて、倉木アイスの写真の前まで進んで、
「俺たちはみな、それぞれの目的をもって、この学校に入学する。そうだろう? 金田。好きなアイドルを追いかけて、そのアイドルに少しでも近づきたいって、そんなくだらない目的のために、入学して来るやつだっているんだからな」
「!」
 そこで二人の会話は途切れた。心配になった八木が、いがみ合う二人の顔を見る。と、そこへまた誰かがホールの中に入って来た。
「あーら 珍しいわね、九条くん、君がシャンデリア・ナイトの会場にいるなんて」
 大きく髪を掻き上げた、アマケースマイルが、ホールの明かりに照らされる。
「!」
 九条は大きく舌打ちをして、即座に二人から離れて行く。
 校長は少し声を張って、
「九条くん、分かっているわよね? 我が校の校則は絶対よ。いくらあなたが駄々をこねたってダメよ。必ずや校則に従ってもらうわ」
 校長から逃げるように出口に向かう九条、その背中が一瞬止まって、
「それじゃ、俺を退学にでもしますか?」
「それもダメ」
 再び九条は立ち去りながら、大きく両手を広げて、
「それじゃ、この先C組に待っているのは地獄だけですね」
 こう言い残すと九条はホールから立ち去った。
「な、なんか、過激な人ね、九条くんって」
 八木はハンカチで汗を拭く。
 金田はズボンのポケットに手を入れたまま、いつまでも九条の立ち去った後を見つめて、
「あいつは いつもああなんだ。一匹狼で、誰ともつるまず、あの通り口が悪いから、この学校で浮いた存在になっている。ウワサじゃ、他校の悪い連中とつるんでいるって話だし」
「不良?」
 そこで二人の目が合う。
「んー、ちょっと違うかな。不良ってさ、一般的に なんか悪い事をするイメージがあるけど、あいつの場合、何も悪い事はしない。しないどころか、言うコト成すコト、なんか間違っていないんだよな。言っている事に筋が通っているって言うか。逆にこっちが考えさせられるって言うか、うーん、あの口の利き方はさすがに腹が立つけど」
「フーン、ま、よく分からないけど、ただ者でない事だけは確かね」
 八木の眼鏡がピカッと光る。
「?」
「金田くん、あそこに立って、舞台の上まで、片足だけでジャンプできる?」
 そう言われて金田、リボルチオーネの校章が掘られた舞台の前まで行って、
「無理だよ、これ。胸くらいの高さまである」
「そうよね。きっと私も無理。それを彼は、ズボンのポケットに手をいれたまま、軽々と飛んだ」
 そこへ校長がやって来て、
「どう? シャンデリア・ナイトへの熱は上がった?」
 金田はボリボリと頭を掻いて、
「上がったんですけどねー、今(九条)ので、ちょっと下がりました」
 校長はやさしい顔を見せて、
「九条くんの事は、気にしなくていいわ。あの子はまだ、君たちの手に負えない。ほら、私の手にも負えないのだから」と右手を上げて、ひらひらとそれを動かして見せる。
「今は 君たちが イベント開催に向けて少しでも熱を上げてくれればそれでいい。君たちは絶対に、シャンデリア・ナイトを開催しなさい」
「はい」と良い返事を聞かせる八木。
「あ、あのー」と金田、妙にモジモジとして、
「?」
「もしも九条のやつが、まことに勝手ながら、みんなの制止も聞かずに、自分勝手にこの学校を自主退学した時は、その時は」
 校長は「ははん」といった顔をして、
「ああそのコト。その時は金田くん、あなたのせいよ」
「なんでだよ!」
「だれ一人欠ける事なく、みんな一致団結して、一つのことを成し遂げなさい。確かに私はこう言ったはず。もはやあなたたちの組は退学者を出す事さえ許しません。もしクラスの誰かが退学届を提出したら、それは全て 金田くん、あなたの責任です」
 がっくりと肩を落として、ボソボソと小声で不満をこぼす金田。
 今度は八木が妙にモジモジとして、
「あ、あのー、校長先生」
「なに」
「この写真の額縁、新しいのと交換できませんか?」
 そう言って倉木アイスの写真を指差す。
「写真?」
 八木はさらに額縁に顔を近づけて、表面カバーの一部を指差して、
「ここ、ガラスが割れてしまっているみたいなんです」
「あー! またなの? へんねこの写真、何回変えてもガラスが割れるのよね。いったい誰がこんなイタズラをするのかしら」
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