プルートーの胤裔

ゆさひろみ

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無力な風景

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 わたくしは煙草を買う為、岸本の4WDに乗っていた。とにかく風が強くて、山からの地吹雪で前方は真っ白。両手でハンドルを握って、ブレーキから足を離せなかった。
 白樺の密林を抜けて、パッと景色が開けたペンション通りに出ると、あちこちで屋根よりも高く雪が飛んでいた。見れば2000㏄クラスの大型除雪機が、二段オーガを回転させて、ゆっくりとシューターを動かしていた。
 地方銀行の錆びた緑色の看板を目印に、丁字路を麓方面へ左折すると、天道と木原が心中自殺したという古い商店の近くを通り掛かった。程良い坂道が延えん麓まで伸びるような気持ちの良い通りだった。ルームミラーに後続車の映らない事を確認してから、わたくしはゆっくりとブレーキを踏んだ。脇道は車一台分の除雪がされていて、対向車が来れば、どちらか一方が引き返さなくてはならない小道だったが、夜の記憶を辿りつつ、慎重に雪の間を進むと、果たして左手に昨夜の自動販売機が見えた。
「人目につかない場所だな」
 除雪の影響で、雪の壁は三メートルを越えている。背伸びをすれば、住宅の三階部分が見えなくもないが、人の背丈以上の火の手でなければ、近隣住民は火災に気が付かないだろう。
 わたくしはエンジンを掛けたまま降車して、胸ポケットから最後の煙草を抜き取った。昭和の頃には駄菓子屋として営業していたのか、閉め切った木戸に『ファンタ』のブリキの看板が錆びて傾いていた。赤抜き文字で『たばこ』と書かれた看板は、枯草の下敷きになって落ちていたが、残念な事に、煙草の自動販売機は赤錆に朽ちて、サンプル品が飛び出していた。その横の雪には、昨夜岸本が突き立てたアルミスコップが、そのままの状態だった。
 わたくしは水仙の供え花が置かれた軒端に入って、岸本から渡された新聞紙を広げた。記事の内容については、既に知っての通りだった。
 十二月十三日未明、一台の車が炎上、近隣の住民から消防本部へ通報があり、消防隊によって直ちに鎮火。車内から男女の遺体が見つかった。遺体は近くのペンションでアルバイトをしていた天道葵さん(二十八歳)と、同ペンションに宿泊中の木原正樹さん(年齢不明)。遺書などは見つかっておらず、詳しい事情は分かっていないが、二人は心中自殺を図ったものと見て、M署は関係者に聞き取り調査を行っている。
 わたくしはしゃがみ込んで新聞を折った。そして、あの夜車が炎上したであろう空き地の雪を眺めた。
 四週間前、二人の人間がここで焼死した。その夜二人の間で何が起きていたのだろうか。二人はなぜ、突然死ななければならなかったのだろうか。二人は一緒に死のうと手を繋いで自らに火を放ったのだろうか。或いは何者かが二人を殺害してから、心中自殺に見せかけようと火を放ったのだろうか。その真相は、今や深い雪の底に眠っているかのように思えた。
「結局のところ」
 わたくしは風を避けながら煙草に火を着けた。
「ここに来て分かった事と言えば、この件に関して、俺は何の役にも立っていないという事だけだな」
 わたくしの今の所は岸本の相談に対して何一つ成果を上げていない事は明白だった。彼は今頃わたくしに相談した事を後悔しているかも知れない。やっぱりあいつじゃダメだな、そう坊主頭を掻いているかも知れない。
「敷島は、一体いつになったらここへ来るのだろうか」
 強風に煽られて、激しく煙草が燃焼した。煙が乱れてわたくしの目に入った。顔を引いて閉じた目を開けると、足元に何かが落ちているのが目に入った。
「?」
 わたくしは半ば雪に埋もれたカーキ色のそれを指でつまんで拾い上げた。頑丈そうな繊維を縦横格子状に織り込んだ五十ミリ四方の生地。それがその辺に存在する生地でない事は一目瞭然だった。何という訳でもなくわたくしはそのリップストライプ構造の生地をライターの火に近付けてみた。ほつれた繊維こそ炭化しながら踊るように焦げたが、生地の部分は容易には燃えなかった。
「耐炎性がある」
 ふと顔を上げると、一台のミニバンが雪の壁から顔を出した。わたくしはドキッとした。それはペンションの駐車場に駐車してあった、見覚えのある車だった。わたくしが乗って来た車の退路を絶つように、ミニバンは廃商店の入口に停車、降車して来たのは石動刑事だった。
「これはこれは宗村さんじゃないですか? ひょんな所で会いますね」
 まずい所をまずい相手に見つかってしまった。わたくしは無言で煙を吐いた。
「自販機で飲み物を買うわけでもなく、こんなひと気のない所で一服ですか?」
 石動は、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んで、活き活きとした表情でこちらへ歩いて来た。
「別に何もしていません。岸本から車を借りて煙草を買いに出たら、ついここが気になってしまって」
 わたくしは煙草を持った手で空き地を指し示した。石動はわたくしの所へは来ず、自動販売機の前に立って、コードバンの二つ折財布から硬貨を取り出した。
「宗村さんはここがどういった場所なのか、それをご存じの様子ですね」
 商品取出口から缶珈琲を拾って、こちらを向いてタブを開けた。背後で派手な電子音が鳴った。
「お、当たりましたよ宗村さん、こいつはラッキーだ。どうですか一本」
「はあ」
 わたくしは膝に手を突いて立ち上がると、自動販売機の前に立って昨夜と同じブラックを選んだ。それを無邪気そうに彼は眺めていた。わたくしの不審な単独行動を怪しんでいるのではないのか?
「宗村さんは、ここが天道葵と木原正樹が焼身自殺をした現場という事を知っている。もしかしてあなたは、今回の一連の騒動について何か関係があるのではないですか?」
 自動販売機の白光が雪の上を照らす時刻になった。
「まさか。俺は何も知りませんよ。何も分からない。ただペンションで働いていたバイトがここで自殺をしたって、岸本からそう聞いただけですよ。あまりに不可解な自殺だって」
 わたくしはここで、岸本から天道葵について相談を受けていた事を刑事に話した。
「そうですか。なるほど、ペンションのオーナーがバイトの心中事件を不審に思うのも無理はありませんね。確かに二人には自殺をする動機が全くなかった。それなのに警察は二人の死を心中事件として発表した。これに納得しろというのがそもそも無理な話ですね」
 石動は珈琲を一口飲んで、わたくしを横目で見た。
「宗村さん、率直に質問します。あなたは敷島探偵グループの社員ですか?」
 わたくしは消えて冷たくなった吸殻を雪の中へ差した。
「違います」
「晦冥会の信者でもない?」
「当然です」
 石動は珈琲を飲み干すと空き缶をゴミ箱へ投げた。
「おもしろい。敷島レナがあなたをここへ呼んだ理由がわかります」
「敷島?」
 わたくしも缶珈琲を飲み干した。
「どうですか宗村さん、ちょっと僕に付き合ってもらえませんか?」
 石動は腕を組んで強風渦巻く曇天を見上げた。
「あなたにお見せしたいものがあるんです」
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