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第7話 (2)
しおりを挟むミーサッハの脳裏に焼きつくその光景は、シリューズと過ごした日々と交互に、閉じた目に入れ替わり浮かんでくる。しかし再び目を開けたときの表情にはその苦痛は微塵も表さない。
「ビルトランに聞いた話では、あのあとフォルッツェリオ首都を中心に噂が飛び交った。シリューズの遺体が運び込まれ、密かに処分されたと。噂は何者かに操作されたように広まるのが早く、実際調査によって密葬した業者も見つけたそうだ」
ミーサッハは弟を見つめる。エルは目を限界まで見開いていた。ミーサッハもエルも、シリューズを襲った者から離れるために遺体の回収を諦めていた。
「エル。いずれ落ち着いたら、シリューズに会いに行こう」
エルはかすかに頭を下に落とし意思を示したが、思いがけないことを聞いた衝撃で体を硬直させていた。
「シリューズの遺体を持ち込んだ者はいまだわからぬそうだが、いずれ突き止めてみせる」
ミーサッハは鋭い目で笑顔を見せた。壮絶な気配を感じたイグニシアスは身を引いた。懐妊していてもミーサッハは戦士だった。
「そのことだけど、あなたを襲った者たちとなにか関係していると思う?」
「そうかもしれないが、現時では見当がつかぬな。いまフォルッツェリオ内で誰がどのように通じているのか、出国して長いわたしにはわからない」
「この国の王なら、把握してるよね?」
ミーサッハの瞳はイグニシアスを射抜く。
「彼を、担ぎ出すというのか」
一国の王となったレイグラントは、国内外の重要な政務を連日こなしている。関わりを断ち出国した傭兵一人の死の真相を探るために、彼の時間をさらに削るわけにはいかない。それがかつての戦友のためであっても。
「なにが真相なのかわからないなら、この国に一番詳しい人に訊くのが最良じゃない? それに、彼があなたの言うような人なら、エルの兄さんが殺されてなにもしないってことないでしょ。情報交換は必要だと思うけど?」
真っ当な意見だった。ミーサッハもそれを熟思する。
「じつは、侵入者の追跡を精霊にさせてたんだが」
イグニシアスが少々真剣な声で告げる。
「すでに居所を突き止めている。どちらにしても、誰かに手を借りないといけない」
ミーサッハは思案しながら話した。
「とりあえず、ビルトランには話しておこう。なんとかうまく話をもっていければいいのだが」
話がうまく伝わらなければ、イグニシアスやデットは不審者扱いされ、エルの身も危うくなる。
「さて、どこまで話をしたものかな。レイグラントは、エルのことはまだ知らないはずだ。彼にはいずれは話すつもりだったのかもしれないが、シリューズの思いはいまとなっては見当もつかない。こればかりはな。いくらレイグラントが寛容な男だとはいえ、“黒き悪しき王”の予言について、どのように思っているのか、腹を探ることも危険だ」
イグニシアスも考え込んでいた。問題が多すぎる。
あの侵入者たちに時間を与えてしまっては、次にどんな行動を起こしてくるか。追跡されていると気づかれてはいないだろうが、強力な身隠しの術を自分たちにかけ、この屋敷に易々と侵入を果たした者たちだ。いま突き止めた居場所から身を隠されてしまえば、イグニシアスの術者としての能力をもってしても探知が不可能となる。
早急に人手を使うには、せめてビルトランに相談しなければならない。しかしデットたち一行とはいまが初対面だと彼に思わせている。デュランとニースという人物として好感を持たれていても、その仮面を剥がし素性を明かせば信用を一度失うことになる。
ミーサッハとデットたちがじつは面識があったと話したとしても、最近知り合ったばかりの者たちにミーサッハが重要な秘匿事項を打ち明けることなどないとビルトランならば知っている。適当な作り話など、彼には通用しない。
ビルトランに話を通すなら、真実を話さなければならない。一つでも虚偽があったなら、ビルトランは気付く。フォルッツェリオ中枢の人間に近づく者が偽りを持った者だと知られたら、ただでは済まない。ビルトランは公正な男だ。ミーサッハが傭兵仲間であったとはいえ、共に処断されることもありえる。
イグニシアスは片手でしわ寄っていた眉間を揉みほぐした。
「もう、これはどうしようもないんじゃない? いつかは話さないといけないだろうし、エルの将来に関わる問題だ。いずれ必ず五精王の使い手と対面することになる。逃げてはいられない。どうせなら自分から近づいた方が対処はしやすい」
「賭けだな。すべてはレイグラントの考え一つ。わたしは彼を信じたいがな」
ミーサッハは力なく笑みを浮かべた。
エルは黙って二人の話を聞いている。いまの自分にできることはないと知っていて、二人に身を委ねている。ミーサッハもイグニシアスも、エルと視線を交わしながら話をしていた。その意図は汲んでくれている。
そのエルが、突然口を開いた。
「レイグラントに、会ってみたい」
「は? そ、うか、まあ、ちょっと待て」
イグニシアスは焦りの表情で手振りも添えてエルを制止する。ミーサッハも驚いた。
「あー、一応、デットに話をしてから、な。ほら、なにかあったときにおまえを守れるのは、いまのところあいつだけなんだ。俺は剣も使えないただの術者だし、やれることには限界がある。まして、五精王を持つカドルにゃ敵わねえよ」
エルはわかっているというふうにうなずいた。
エルには、計算で行動するところがない。頑な一面はあるが根っこは素直であるし、物事を見据えて自身で考えることもできる。
だが、先ほどまで兄の仇だと思っていた人物に、まさか会いたいと言うとは思わなかった。エルの思考の柔軟さに目を見張る。
ミーサッハとイグニシアスは視線を交わした。イグニシアスの表情は複雑そうな心境が現れているが、ミーサッハは彼が心からエルのことを考えてくれていると感じ取った。
イグニシアスが一つ息をついて言う。
「デットに戻ってくるよう、精霊を送ろう」
人間より精霊のほうが早いと、イグニシアスは早速自分の精霊の一つをデットの元へ送った。
デットが精霊の言葉を受け取り、ビルトランと共に屋敷に戻ったのは、その日の昼前のことだった。
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