蜜色キャンバス〜御曹司とオメガの禁断主従〜

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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81話 『明日を願う口づけ』

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 ーー夜


 綾明がそっと瑞希をベビーベッドへ寝かしつけ、静かに腕をベッドの縁へ乗せた。そのまま寄りかかるようにして、愛おしげに小さな寝顔を覗き込む。


 ベッドに腰かけた姿勢で、ふくらんだ大きなお腹を撫でながら、今日一日の出来事を思い返す。ふうっと小さく息を吐いて、呟いた。


「はー……今日、マジで疲れたな……」


 思わず本音が溢れてしまう。


「あはは、もう、ぐっちゃぐちゃだったからね」


 リビングの片付け、ケーキの準備、瑞希の全力バースデーパーティ。それらすべてが嬉しくて、幸せで。でもその分、体には思っていた以上に負担がかかっていたことに、今さら気づいた。


「でも、楽しかった」
「うん。……ねえ、水都の誕生日、教えてよ。白峰の件とか、妊娠のこととか、いろいろあって……ちゃんと祝えてなかったよね」
「……べつにいいのに。8月1日だよ」
「今年は、ちゃんとお祝いしよう」


 そう言って、綾明がゆっくり振り返り、俺のそばまで来る。自然な動作で肩に腕を回し、優しく抱き寄せた。


「今夜は、少しだけ……僕たちの時間、もらってもいいかな」


 耳元で囁かれる声は、やわらかく、甘く、心を震わせる。くすっと笑いながら肩越しに綾明を見上げた。


「……そのつもりで瑞希寝かしつけたんじゃないの?」
「そんなことないよ」
「嘘だ、絶対嘘!」


 からかうように笑うと、綾明も目を細めて、同じように微笑んだ。


 部屋の灯りは落とされ、唯一ベッドのサイドランプだけが、やさしく影を揺らす。綾明に肩を抱かれたまま、ベッドへ押し倒され、やわらかな口づけが落とされた。


「…っん……」


 最初は触れるだけのキスが、重ねるごとに深く、熱を帯びていく。舌先が絡まるたび、下腹の奥に熱がこもる。


「……んっ……ぁ……ふ……はぁ……んんっ、はあっ……」


 口唇が離れた瞬間、綾明がそっと頬に口づけた。俺は手を伸ばし、近づいた綾明の頬を指先でそっと撫でた。


「俺さ、最近、ずっと考えてるんだ……あと、どれくらい……こうしていられるのかなって」


 綾明の手が、俺の手に重なり、やさしく包み込む。


「そんなこと、考えなくていい。水都と過ごす『今』が、僕にとっては永遠なんだ」


 そう言って、綾明の手が、お腹へと添えられた。まるでそこに宿る命と、愛しい存在そのものに祈りの全てを込めるようにーーその手は、静かで、あたたかかった。


「あっ…綾明さっ……んっ……はぁっ…」


 服越しに鎖骨から胸元、腹部へと、そっと撫でる手つきは、いやらしさの欠片もない。ただただ、優しくて、尊くて、触れられているだけなのに、胸の奥がじんわり熱くなり、涙が出そうになった。


「……綾明さん」
「ん~~?」
「ありがとう。俺、ほんとに……幸せだよ」
「僕もだよ、水都。ずっと、ずっと一緒にいよう」


 綾明さんは、やわらかく微笑むと、俺の前髪を掻き上げ、額に口づけた。


「…えっと、その……あとさ……」
「なに?」
「……もう少し……触って欲しいな~~…なんて……」
「水都が僕に甘えてる」
「ち、ちがっ!! 綾明さんが、中途半端に触るからっ!」
「僕のせいなの? じゃあ、責任取らないとね」


 静かな夜。重なる鼓動と、甘い鳴き声が、部屋にそっと溶けていく。


 明日も、その先も。


 どうか、ずっと一緒にいられますようにーー。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー
 *

 ーー翌日、綾明の書斎。


「旅行へ行かれるのですか?」


 紅茶を運んできた菫が、湯気の立つカップを差し出した。それを受け取り、軽く口をつける。


「うん。水都の誕生日に……どうかなって」
「お腹のお子様の予定日は、たしか……六月でしたね。なら、海の見える、静かな別荘地などはいかがでしょう」
「うん、それもいいかも……。水都も、瑞希も、きっと喜ぶと思う」


 机上に広げたスケジュール帳と書類に目を落としながら、思案する。


 水都の誕生日。その日を、何より特別に、そしてーー命の節目として、祝いたい。


(……僕が守る。水都の未来を、全部、僕が……)

 

 その時だった。

 
 書斎の扉が、勢いよく開かれた。


「綾明様、大変です!!」


 血相を変えて飛び込んできたのは、菊也だった。普段は滅多に取り乱さない菊也の姿に、表情が険しくなる。


「水都様が……! 水都様が倒れて……! 急いでキッチンへ!」
「……落ち着け。すぐ行く」


 駆けつけると、水都がキッチンの隅で身をかがめ、眉をひそめて立ちすくんでいた。


「……あ……綾明さん……お腹、ちょっと、張ってるかも」
「痛みは?」
「……少しだけ」
「動ける?」
「……たぶん」


 お腹にそっと手を当てる。胎動は、ある。でもーー何かが、違う。直感的な不安が、胸を強く貫いた。


「……すぐ、病院へ行こう」


 水都の体をそっと抱き上げると、水都は抵抗せず、僕の首へ腕を回した。


 腕の中の体温が、やけに頼りなく感じたーー。

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